コトマの心理学日記、時々趣味

人間の行動のきっかけは「こころ」か?

2015/09/16 00:16 投稿

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二つ目の投稿「応用行動分析学」の続きです。
http://ch.nicovideo.jp/kotomablomaga/blomaga/ar870835

以前、「応用行動分析学」を

『こころ』を行動のきっかけにしない心理学

と紹介しました。


 なぜ、このような方針を取っているのかというと。「応用行動分析学」の理論的背景になっている「行動主義」という心理学の考え方の影響を強く受けているからです。

 「行動主義」をものすごく乱暴な言い方で説明すると「心理学の研究対象から『こころ』といった目に見えないものを除外して、行動のような目に見えるものだけを研究対象にしよう」という考え方です。

 応用行動分析の開発者であるスキナー(
1904-1990)より30年くらい前に生まれた「ワトソン」(1878-1958)というアメリカ人の心理学者によって提唱されました。

 当時のアメリカの心理学(1900年前後)はフロイトの「精神分析」の影響を強く受けており、深層心理や無意識など『こころ』を研究対象にするタイプの研究がウケていました。まさにそれと真逆の流れをワトソン博士は提唱したわけです。


 今の心理学の概論書を開くと、心理学の定義を「『こころ』と行動の科学」と書かれていることが非常に多いのですが、「行動」という言葉がくっつく要因を作ったのは、このワトソンです。つまり、心理学の歴史を語る上で、絶対に外せない人物を言えるでしょう。

 この人は早熟の天才で、若くして著名な論文を書き、大学教授になったのですが、実験を手伝っていた女性助手に手をだして大学を追い出されました。 (何だこのオッサン!?)

 私の師匠は「行動家には皆ワトソンの血が流れてるから、多分みんな女たらしなんだろう(笑)」などと言っています(笑)

 大学をクビになったワトソンは、なぜか広告代理店のサラリーマンになりました。しかし、行動主義の理論を駆使してバリバリ業績を上げ、副社長の地位まで上り詰めたそうです。その後定年まで勤めて、後は実家で楽隠居し、結局心理学の世界に戻ることはありませんでした。


 ワトソンの「行動主義」によって心理学は目に見えること、実証可能なことを取り上げるようになり、心理学はオカルトではない実証可能な科学の領域まで到達しました。

 ・・・が、ワトソンは極端に人間の感情などを排除してしまったため、人間を取り扱う上でそれはどうなんだ、といった議論がアメリカで巻き起こりました。この議論の中心的な役割を果たしたのが、トールマン、ハル、そしてスキナーの三人の心理学者です。

 スキナーはワトソンの考えは行き過ぎであるということで、
「感情などの『こころ』も行動の一つとして研究の対象にしよう。ただし行動のきっかけにはしない」ということを宣言しました。スキナーは「こころ」を研究対象として扱うようにしましたが、行動のきっかけとすることだけはしませんでした。

 なぜ「きっかけ」にしないのかというと、いくつか理由があります。

 一つに精神分析の影響があります。精神分析はフロイトやユングといった著名な研究者の「こころの仮想モデル」を軸に研究や治療を行います。一応、最もらしく構築されていますが、実際に「こころ」がそうなっているかどうかは証明できません。

 そのため、あるかどうかもわからない「こころ」モデルに行動の原因を求めていくと、モデルごとに全然違った原因が出てきてしまい、結局何がなんだかわからなくなってしまう、という事態に陥ります。

 そのため「行動のきっかけに限っては、目に見えるもの、存在を実証できるものをきっかけにしよう、それならモデルごとに違ったきっかけや原因は出てくるようなことにはならない」

ということになりました。

 もう一つに、「循環論」を避けるという理由があります。
 
 教育現場などで頻繁に起きる、発達障害者(児)の問題行動の原因を語る際、

・「Xという性格だから」 (性格検査系の説明)
・「深層心理にXという思いがあるから」 (精神分析系の説明)
・「そういう障害だから」 (医学系の説明)

 という説明がされたりします。これらもまた最もらしく聞こえますが、

・「なぜそういう性格になったのか?」
・「なぜXという思いがあるとそうなるのか?」
・「なぜ、障害があるとそうなるのか?」

 という第二の疑問が出てきてしまい、説明と疑問が無限ループしてしまう現象が起きます。
これが「循環論」です。これに陥ると、研究や治療が全く前に進まなくなり、ただひたすら混乱を招きます。

 残念ながら、心理学や教育学の心得がある人でも、うっかりするとこの「循環論」に陥ってしまいます。なまじっか最もらしい説明(性格検査などを使われると余計に)なので、理解したような気になってしまいますが、実は「次に何をするか」といった今後の治療の手立てを考えることに全くつながっていません。

 これらが、「応用行動分析学」が人間の行動のきっかけを「こころ」に置かない理由です。
 

 こうした問題を避けるため、応用行動分析は、(問題)行動の自発について


このような(目に見える)きっかけが当時者の周囲で生じたから

当時者の行動の直後に、このような『いいこと』が生じたから


と説明します。

 次回は、実際にどのように「問題行動」が発生し、「問題行動」が消えていくのか、ということについて記述したいと考えています。


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