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紺碧の桜の“いとをかし”話だのう

久しぶりに某ロックスターさんの話

2019/01/30 18:00 投稿

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  • 伊東歌詞太郎
今から七年前の1月30日に動画を投稿して本格的に活動をSTARTしたわけですが、個人的にもそろそろ出会って(知って)から七年が経過するって事でもあるので、月日の経過をしみじみと感じております

まぁ長い月日が経過すれば誰もが様々な変化があるとは思いますが、音楽に対して情熱を持ち信念などを貫き通している…ある意味で武士みたいな人もおりますし、変わらないものってのもありますよね、環境の変化などによって表向きにはあまり出さないようになったとしても心の中にはずっと同じ気持ちがあるとか、ね

どんな事でもそうですけど、同じ事でも人によって解釈の違いなんかがありますが、例えばロックスターなんてものは明確な定義はないと思うので人それぞれ感じ方やどんな存在かは違うでしょう、数多くのファンの人たちは既に私にとってのロックスターです!と感じているかもしれませんが、本人にはまだまだ夢があり目指す場所があるので自覚と言いますか納得が出来ると言うか少しは近づけたかな?と感じられるのは、何か大きな事を達成した時かもしれませんね、きっとどんなに時間かかっても達成させるんだろうなとは漠然と感じています(この七年近くずっと)

個人的にこの七年間で知り合った人との出会ったキッカケの多くは…なので、約七年前の大きな出会いがなければ知り合う事はなかったんでしょうね、私は常套句として「縁が…」なんて事をよく言うんですけど、きっと知り合った人たちとは何かしら縁があったのだと思ってます、それはずっと関わっている絡んでいるとか関係ないと思うし、縁があればまた関わったり再会する事もあるでしょう、それは誰にでも言える事ですけど

何か懐かしい事でも書こうかと思ったけど、今ではあまり話題に出してもあれな事もありますので多くは言わないけど

そもそもは後醍醐天皇って名前にして(さすがに名前に天皇って使うのはアウトだからやめた)ニコ生でガンダーラ歌うってネタをやろうとしてたとか、機械音痴なので最初の頃は一人で配信が出来なかったとか、Twitterを始めた初期はフォロワーも少なかったし(すぐ多くなったけど)リプライをもらうのがとても嬉しくて毎日帰宅したらすべて読むのはもちろん返信するのが日課だったとか、画面の向こう側で想像以上に多くの人たちが自分の歌を聴いていてくれる事が嬉しくてその感謝の気持ちを直接伝えたくて全国で路上ライブして自分たちから会いに行こうと思ったとか(実行が出来るのはかなり後になるので先に想いを曲にして、それをCDにして販売して売上を旅費にしようと思ったとか)

そんな事があったなと今でも覚えてます、あとは個人的な事でどうでもいい懐かしい話だと、ほぼすべての動画を広告してましたね(今と違ってチケットなんてない頃)適当なコメント付きで、今では広告した過去の履歴はすべて消されてしまっているので投稿された当時に動画の最後に表示されていたのを見た人くらいしか知らない事ですけど

まだまだ書ける話はありますが最後に、自分にとって自分の歌は価値なんてない…そんな事を言う人で、聴いてくれる人が価値をつけてくれる感じてくれる決めてくれる、そんな事を思っていて、もちろん歌う事は好きだし音楽を愛しているけど、聴いてくれる人が居なかったら意味がない、聴いてくれる人が居るから歌い続ける事が出来る、この七年間ずっと歌い続けられたのは聴いてくれる人たちが目の前に多く居て、そして初期から変わらず今でも画面の向こう側にYOUが居るからでしょうね、普段はあまり動画を視聴したり曲を聴かなくなった人も周年って事で一年に一回のホシアイのように今日は視聴したり聴いて歌と会ってたら良いですな
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