あなたの考え、書いてみませんか。――交響パブリック

隔週メールマガジン【交響パブリック】第11号

2014/05/15 20:00 投稿

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こんばんは、今宵も満月がやってきました。交響パブリックの時間です。
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【目次】
1.お知らせ
2.あなたに抱かれて私は蝶になる (カリヲ)
3.Big Mouth! (K.K)
4.副題 女はどうしてディズニーランドと北欧家具が好きなのか (datto_man)
5.竜吉公主と結婚したいだけの人生だった (前川否負)
6.ノーマーク 第9話 (Kaerucar)
7.ライト・ライト・ライト!(伏見景雲)
8.申し訳ありませんが、本日体調不良でお休みをいただきたいのですが。(非口ユキオ)
9.ボソボソ楽しむ。これも乙。(桜井青洲)
10.奥付
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1.お知らせ

アウトプット / 【交響パブリック】テーマソング 作詞・作曲:Kaerucar


・【交響パブリック】表紙に掲載する写真や絵・イラストも募集しています。
・A4縦に掲載するので向きは横、長辺が580pixel以上、ファイル形式は問いません。タイトルを添えて最下に記したメールから送ってください。お待ちしております。

引き続き参加していただける方を募集しております。
(次回は5月29日の新月です。投稿には投稿フォームが便利です。)

以上

1.あなたに抱かれて私は蝶になる / カリヲ(第4回)

着飾るといことはつまりナルシズムであり、より自己を高尚なもの魅せる為の行動である。
三大欲求で言えば性欲に属するものであり、多くの生殖動物は強さ、能力(狩猟、巣作りや食べ物の贈り物など)を、大きさを、美しさを魅せつけることで異性を惹きつけてきた。
人の場合は自己持ち合わせている以上に周りにあるものを利用してそれに努める。美しさそれ即ち遺伝子の存続の闘争であり必須条件である。決して余暇ではない。それを放棄することは、次の世代を残すことを放棄することと近い。
そう見られたいという自己の欲望の塊が装飾である。
パンクロックなギザギザな格好をしているのに「外見で怖いと見られる、思われるのが嫌だ。」というのを耳にするが、トゲのある格好を見てトゲがある風に思ってしまうのは至って普通だろう。私自身がそうだったようにミリタリーを着ることによって、力による強さの憧れがあったり、また真面目に仕事してますという外見要素、または自己の意識高めの為、利便性に制服やスーツなどをきたりする。同じことから、相手に可愛く見られたいから可愛い服を着たりするのだろうと考える。そして、身にまとうことで、あたかも自分がそうであるかのようになりたいから。
生まれながら持った遺伝子は曲げられないものの、肉体作りよりも服を着ることははるかに理想に変身するにあたって容易い。シンデレラが魔法で舞踏会に行ったように、灰かぶりは美しいドレスを着ることで、注目の的になった。自分が意図せずとも、他者の目は残酷で外見にものを言わすことは多い。世界は残酷なまでに、それに魅了され、それを愛する。人生を削って作った金はそこに費やされる。特に女性にその傾向があるというのは、男性が視覚を主に物を見るからだという説もある。だから女性は美しくなければ、女性として生きられないのだと。花は花粉媒介の為に虫に注目されたくて葉が変色し、より強い個性を持って自分を際立たせ子孫繁栄を願った。人はより一層見ることが好きだから、花を切
り花になろうとし、毛皮を着て自らの皮膚にする。髪を艶やかに、唇を赤く、肌を白く、爪を磨き、耳を輝かせる。蝿を生け捕るほどの長いまつ毛を、脚を長く、ケツを高く、腰を細く、胸をでかく。
美しいものを愛でていたいからこそ、美しいものを得たいと思うのだろう。
これは一つの偏った見解である。しかし、生き物は生き残る為に美しくあることに一生懸命だ。残酷なまでに美しくあろうと、そう見えてならない。


はじめまして、つたない作家を営んでおりますカリヲと申します。私的な文章の他制作などもしております。よろしければサイト等にアクセス頂けましたらと存じます。
HP:http://qariwo.jimdo.com
Twitter:@qariwo 、作品アカウント@taturou62 、@caliwOX
ブログ:http://blogs.yahoo.co.jp/kario4970


2.Big mouth! / K.K(第5回)

どうもこんばんは。時間によっては、おはようございます。こんにちは。
私事なのですが、繁忙期でして馬車馬の如くキーボードを叩いたりプリントアウトしたりと働かせて頂いております。
気付いたらGWも過ぎて、投稿日当日。ぐうの音も出ず、まさに為体でしかありません。

以前にも書かせて頂きましたが、現在会社の中では留学中・休職という扱いなのですが、その期間も今年中で終わりとなりまして。
5月から来年の3月まではその留学・休職中に得た知識を企業へどのように改善・反映させられるかを結果として残さなければならない時期となりました。
前半は海外現地法人の改善を行い、後半はマザー工場の改善を行うといった日程ですね。
いつまでも学生気分でいたかったのですが、そうともいかず生活は学生生活から一転し、サラリーマン生活へ逆戻りです。
小さな頃は海外と日本を行き来してバリバリと働きたいなーと思っていましたが、まさに現在そんな生活をさせて頂いておりまして。
これから9月までは2週間間隔でインドネシアのジャカルタと日本を行き来しなければなりません。
何方かと言えば、人見知りといえる性格の私には異国での生活は苦行でしかなく、これから先は強い不安とプレッシャーでやられていきそうです。
プライベートで遊びにいくのであればまだしもですが・・・。

ちなみにどんなことをするのか少々紹介しますと、
私が属する企業は戸建の一軒家くらいの機械を製造しているんですが、その機械を海外へ輸出する為の主に貿易関係の仕事をさせてもらっていまして。
港に運ぶまでの最適ルートの選定、優良輸送業者の選定、価格交渉やら保険、簡単な契約の締結など裏方の仕事を担当しています。

そもそも何故休業する事になったのかと言えば、
輸送する鉄の塊(製品)がどのような加工をされているのか、完全に理解しているとは言えない状態にあったからです。
職場の人間も製造メーカでありながら文系大学出の方が多く、自社の製造物がどのようなものか深く理解している者が少なかった。
そこでなんちゃって工業出の私が二年間勉強して、職場全体のパワーアップに貢献しろという仕事を与えられ、休業する事となりました。
もちろん命令されたから仕方なく…という訳ではなく、元々製造メーカなのに何を作っていてどんな技術を用いてるのかを知らないのはおかしくないか?
と日ごろから思っていた事もあり、手を挙げたということもあるんですが。

少々話は変わりますが、
最近のコラム?を見ていると、就業時間外は会社のためになることなんて1秒ともしたくないという人が増えているようで。(極端な書き方をしていますが)
確かに残業代も出ない企業が存在している事は事実のようですし、
そんな残業代も出ない企業の為に自分の時間を費やしたいと思わない気持ちも分からない訳ではありませんが。
でも元々日本人ってそういう事を言えない性分な人が多いはずなのに、時間外だーとか言い始めてきたあたりアメリカみたいになってきたなーと感じてしまいますね。
いや、そもそもアメリカがどんなところかも知らないのですが、イメージです。完全な。すみません。

極端な私の考えだけで、尚かつ契約上の話をするとややこしくなるので考慮しないで話しますと、
サラリーマンである以上、企業へ十分な労働を提供した上で給料が出る訳じゃないですか。
業績ももちろん関係しますけど、残業代が出ないのは企業にとって十分な労働ではなく、企業への影響が少ない労働だからでは?と考えてしまいます。
中高大と適当に勉強して、適当な企業に入る。そんな人たちが騒いでいるようにしか見えませんね。
また、そういう人たちを対象にした記事しか書いてないんじゃないかと思うくらい。
たいした努力も貢献もしていないのに契約上の権利ばかり翳している人ばかりになってきたのかな?と感じてしまいます。

私の周りだけの話にはなりますが、本当の努力を重ねてきた人は例で挙げたような企業に就職した人はいませんし、
1秒も会社に時間を使いたくないという人はあまりいないので尚いっそうそう感じてしまうのかもしれませんが。

人それぞれ考え方もありますが、
自分が気持ちよく一度きりの人生を楽しむ為に企業に属せばイライラもしないのかなーと思っています。
自分が楽しむ事が出来ないのであれば、楽しめるように努めるべきだし、それでも出来ないなら鞍替えすれば良いと思いますし。

私のように休職させてもらってまで勉強できる企業はあまり無いのかもしれませんが、
スキルアップの為に努力する一方で、時間外〜などと言う人も居る。
企業側も大変ですね。笑

ひどいビックマウス。

K.K

3.副題 女はどうしてディズニーランドと北欧家具が好きなのか / datto_man(第5回)

遊園地には寂しさの要素が足りないと思うのですよ。

なぜディズニーランドは世の女性を虜にするのでしょうか。
なぜ女子会で「彼氏にランドに連れて行ってもらった」と報告すると他のメンツよりも
気持ち上に立つことができるのでしょうか。なぜティンバーランドは大学生に人気なのでしょうか。

それは、遊園地は人間の感情を呼び起こさせるようにできているからです。

人間には「喜怒哀楽」という、血液型占いのようなざっくばらんな感情の分け方がありますが、人気の遊園地はこの全ての感情が発生するようにできています。

社会で一人前に生活するには、理性で感情をコントロールすることを第一に要求されます。
人前で感情を出すな。感情的に物事を考えることは恥ずかしい。純情な感情は三分の一だけにしろ。
しかしながら、いつも100%理性的であり続けようとすると人間はいつか潰れてしまいます。遊園地では、こうした日常で抑えられている感情を解放させる場として人気なのです。


それではどのようにして遊園地は来園者の感情を引き出しているのか?
順に見ていきましょう。

まず「喜」ですが、これは遊園地に辿り着いた時点でクリアしています。
やっと着いたぞって。
やっとの思いで討ち取った敵将の首級を上官に見せるときはワクワクしまよね。
それと同じで、一日パスポート券を係員に誇らしげに示した時に喜びは最高潮に達しているのです。

次に「怒」ですが、これは「園内の人多すぎ!」ですぐにクリアです。
人気のアトラクションは平気で2時間待ちの行列とかありますからね。
人間は待つことによって一番ストレスを感じる生き物ですから、
あみん なんかは胃に穴を開けながら恋人を待っていたことで有名になった歌手です。

そして「楽」があるのは遊園地なんですから当たり前ですよね。
去年の冬に僕はスノーボードをやり始めたのですが、どうして人間はたかだか「雪の上を滑る」という単純な事をしただけで、こんなに楽しい思いをしなければならないのだろうと思ったことがあります。地に足をつけて歩く以外の方法で動くだけでめっちゃ楽しいなんて、その単細胞ぶりがむしろ悲しくさせます。

遊園地でしこたま遊び、夢のような時間が永遠に続くと思っていたがそこは儚い願望。
夕日が落ちて帰りの新幹線の時間を気にするようになってから人は最後、「哀」しくなるのです。夜になり、昼間の体力がすっかり無くなってグッタリしている頃にふとトイレの鏡を見ると「なにミッキーの耳なんかつけてはしゃいどんねん」と自分を客観視して哀しくもなります。

このように、遊園地には様々なシチュエーションで人間の感情を揺さぶる要素が含まれています。ですが、ここで一つ疑問が浮かびました。

人間の感情には間違いなく「寂しさ」というものがある。
全ての感情を解き放つ場にふさわしい遊園地にこの「寂しさ」が足りないのではないか?と。

そこであえて、誰もがめっちゃ寂しくなれるアトラクションを作ったら、完全無欠の遊園地として絶大な人気を得られるのではと僕は考えました。

例えば、体育館のような大きめな無人施設をつくり、はじっこの方にパイプ椅子を置いておいて、そこに座ってもらうとかね。これめっちゃ寂しいでしょ。誰も居ないだだっ広い空間に、
自分一人がずっと座っているだけのアトラクションですよ。泣ける。

その他で考えられるとすれば、「寂しいバッチ」を胸につけているだけで、
園内のスタッフ全員に話しかけても無視されるアトラクションとかね。
あんなに笑顔に他の客を誘導しているスタッフが、自分にだけ冷たいんですよ。
めっちゃ寂しいですやん。


しかし、いくら「寂しい」をテーマにアトラクションを考えても、なかなか心を揺さぶるような「寂しい」を見つけることはできませんでした。

こうなったら現場に行って実際に見て来た方が早いじゃないか。
そう思い立ち、先日の休みに近所の遊園地に行ってきました。

はてさて、どんな「寂しい」が見つかるのか?

ほうほう、やはり晴れているだけあって人が多いですね。
あそこには親子連れがいるよ。子どもがはしゃいでいるね。

ふむ、ゴールデンウィークだからか、カップルも多いなぁ。手つないじゃって。あれま。
むむ、修学旅行でやって来ている集団がいるぞ。友達同士で遊ぶと楽しいんだよなぁ。

みんな楽しそうだなぁ。みんな、そうか、みんな。みんなはみんなで来ているのか。

・・・。

一人で遊園地来るんじゃなかった。めっちゃ寂しい。


datto_man


4.竜吉公主と結婚したいだけの人生だった / 前川否負(第10回)

はい、みなさんごきげんよう!
暫定無職の前川です!
いやはや人生のレールからフライアウェイしました!
踏み切りに失敗したので現在は低空飛行中です!
今回は会社を辞めるにあたって言われた嫌なワードについて書こうとおもいます。

まぁ会社を辞めようと思った経緯やらなんやらは長くなるので割愛させていただきます。
簡単に言うと職種&居住地を変えたくて~って感じです。
現在の会社を辞めるにあたり、自分の事はもちろんなのですが、残される同僚や上司の事も考えました。
『自分がいなくなっても仕事はまわるだろうか?』
『今まで世話になったのにこんな事をして良いのか?』
『自分が辞める事で上司の評価が悪くならないだろうか?』
等々様々な考えを巡らせ、それでも意志が変わらなかったため退職を決意したのです。

退職を打ち明けた時は驚かれはしたものの、理由を話すと渋々納得してくれました。
人によっては応援をしてくれる人間のできた人もいました。
しかし彼らがこぞって口にしたのは『信頼していたのに』です。

私はこの『信頼』という言葉がサイコーに嫌いなのですね。
ポジティブな場面で使う際は本当にいい言葉だと思うのです。
藤崎竜の封神演義で仙界大戦時に太公望が『信用』を『信頼』に言い換えるシーンがあるのですが、ソコはもうホントに好きなんです。
しかし、今回の様な場面で使われるともうホントに最悪ですね。

本来良い言葉である『信頼』が『耳あたりの良い責任転嫁の言葉』に聞こえてくるのです。
結局は自分の考えの至らなさや理解の浅さを相手のせいにしているように感じます。
いや、今回の例で言うと結局悪いのは僕なんですが。その言葉はズルいんじゃないかと、
他意はなく出てきた言葉だとしても『あなたはそもそも僕のことなんて何とも思ってなかったでしょう』と思ってしまったワケで、
まぁ僕が言外の意味を深読みする癖があるのが悪いのかもしれませんが、日本語ってのは難しいもんですね。

そんな前川くんの最近の悩みは布団に入ってから眠りに落ちるまで妄想の合間に『無職』という文字列が脳内をよぎるようになって妄想に集中できない事です。
全国の無職の方はどのようにしてコレを乗り越えているのでしょう…?
私、気になりますので何か良い案がありましたら御一報下さい。
なにとぞ。

前川否負(まえかわいなふ)


5.ノーマーク 第9話 / Kaerucar (第9回)

※登場人物の紹介
※サキ(主人公):チビな小3男子、魔女の弟子。
※シノ(ヒロイン):小4女子、福岡県出身。
※カワセミ:魔女。魔術師の家系の長(おさ)。

船が長面(ながづら)海岸へ到着したとたんシノが目を覚ました。船の縁に掴まりながら眠そうであろう顔で起きた姿は、スク水の所為も手伝って顔や手足だけ光って見えていた。船は、北上大橋が完成するまで渡船をやっていた船だ。雄勝町や河北町から学校や仕事に行く人を乗せていた船だ。今はシジミの養殖をしていると船の上で船頭さんが話してくれた。

懐中電灯を点けて、先に船から降りたカワセミの方を照らすと立派な袈裟を着たお坊さんと話していた。その横には、筋骨隆々な漁師であろうおじさんが二人の話を伺っていた。

「このクソ坊主。結局カワセミがお祓いするんじゃねぇか!金を返せ」と突然声を荒げて詰め寄り出した。

カワセミがこっちに来いと手をひらひらさせている。シノの手を引いて、低い位置から懐中電灯が近づいて行くと漁師さんは坊さんから離れてこっちに向かって挨拶してきた。

「こんばんわ。今夜はよろしく頼むな」

田舎の大人は子供の顔を見ると必ず笑って話しかける。漁師さんは特にそうだ。漁師さんは自分の軽トラックからお菓子や飲み物を持って来てシノと私にくれる。

何が起こってたか?
地元の人達が、高いお金を払って徳の高いお坊さんに幽霊のお祓いを頼んだが、一向に除霊出来ない。そこで地元の魔女カワセミ選手に代打が回ってきたらしい。
実際、カワセミはお寺(仏教)や神社(神道)や教会(キリスト教)などの宗教団体に頼まれてあっちこっちで除霊をやっていた。

漁師さんが引きつった笑顔でカワセミに尋ねた
「坊さんからいくら貰った?」
「何も貰ってないよ」
カワセミはウソつかない。それは漁師さんもよく知っているのだろう。漁師さんが無言で暗闇に、徳の高い坊さんを引っ張って行く。坊さんがふがふがとなんか言ってる・・・。

「おーい。徳の高い坊主に狼藉を働くとバチが当たるぞ」
カワセミが「ヤカンのお湯が沸いたよー」みたいなテンションでたしなめている。

暗いところでお坊さんが解放されたらしい音がする。静かだ・・・。

本来弟子の修行で来ているのだが、子供を連れ歩くとこう言う副産物が有るのだ・・・。シノみたいな女の子は特にそうだ。
大人同士の揉め事を回避するためである。

酒で酔っていない限り、この辺の大人は子供の見ているところで喧嘩などをしないからだ。大体の大人は子供の顔を見るとニコッとする。普通に生活するのも大変だから先祖代々培ってきた生活の知恵が身に染み付いているのだろう。当然昼間から酒を飲んでいる大人など(カワセミ以外)見たことがない。

別なおじさんが、近づいてきてスイカを渡船に積み込んでいる。ちょっと先の畑で作っているのだろう。かすかに匂いが風に乗って漂ってきている。

お坊さんがカワセミを先導して、幽霊の出る場所に案内し始めた。・・・・が、実はこれは既に意味がないのだ。
対象の幽霊の意識の届けば、対象を任意で呼び出すことが可能だからだ。

だが、カワセミはお坊さんについて行く。お坊さんの面子が少しでも立つように気を使っているのだ。「こうすると後腐れなく別れられるからだ」大人になった時カワセミは言っていた。

まだ、私が小さい時「勝手に幽霊を呼び出したり、追いかけたりした時はキモを冷やしたことがある」とカワセミがにしゃにしゃと笑っていた・・・たぶん、キモを冷やしたのはお寺や神社や教会の人のことだろう。事実、白浜のお寺(檀家なのだが)に行くとお坊さんが露骨に嫌そうな目で私を見ていたし。

さて、幽霊がいる場所に来た。
こう言う書き方をすると、幽霊(意識だけの生命体)が物理的な座標を持っているように勘違いすると思うので少し説明をしておく。

幽霊(意識だけの生命体)には空間(物理的な座標)は関係ない。生きていた時の[体がある時の習慣]が抜けて無いので、人間に由来する[意識だけの生命体]である所の幽霊もそんな振る舞いをするし、生きてる人間もそんな風に勘違いをするのだ。

生きている人間が「そこに行けば居る」と言う勘違いを正さないのでこう言うコトが起きるのだ。
徳の高い坊さんなどが幽霊を認識できるのは、対象の意識に同調できるからである。この辺りで幽霊が[出る]のは、何らかの所縁がある人が、何かのきっかけで意識が同調するからでる。

幽霊が夜出やすいのは「周囲が暗くなると意識が集中しやすくなるから、意識の同調も起こりやすい」と言う単純な理由である。

夜に除霊を頼まれるのは、依頼する側の(習慣化された認識=勘違いの)都合であり、後日カワセミが「べつに昼間でもかまわないし、実は出かけて行く必要すらない。わざわざ出かけるのも相手を納得させる為だ。立会あわせて除霊して出なくなって納得するんだ。そうして人間は思い込みをどうしようもなく強くして行くんだ」と煎餅をかじりながらカワセミが答えた時の衝撃を私は忘れない。よくよく思い出せば、自分だってこの魔女と同じコトをこうしてやっていたのだから時々「一体自分はなんのだ?」的な自己嫌悪に陥ったものだ。

それでも、夜除霊をするのは魔術師の訓練に良いのだそうだ。視覚と聴覚の分離、視覚情報から来る魔術師の勘違いを矯正出来るからだ。

実際、幽霊を見る行為は認識的にも、文字表現的にも視覚表現に近いが、実は全く違う「体全体の認識する」である。人間の通常の世界とは全く関係ないものを認識するとはそう言うことなのだ。

さて、除霊はどうするか?
簡単である

意識だけの生命体に「消えろ」
と命令すれ(言え)ば消える。

(続く)
※この物語はフィクションです。
kaerucar


6. ライト・ライト・ライト!/ 伏見景雲(第11回)

僕が独自に入手したデータによると、世界の公用語はいつのまにか英語になっていたことが分かりました。しかしこれは嘘情報です。なぜなら僕の周りに英語を話している人は誰一人いないからです。僕の聴覚の及ぶ半径10kmの範囲でさえ、街中を歩いていても英語が聞こえてこないのです。(街中というのは世界の中心SAPPOROです。)

冗談はさておき、僕は英語が得意なので公用語になっても構わないのですが、きっと僕を含めた多くの人が英語が公用語になっても日本語を使い続けるでしょう。

その英語の話せる能力の度合いのことを英語力(English-Force)というらしいのですが、やはり力というくらいですから鍛えれば鍛えるほど物理的に強くなるのでしょう。
そこで問題になるのは「どのくらいの力があるのか」という基準を設けることだと思います。ボクシングは体重によってクラス分けがありますが、同じ種目だからといってクラスがないと対戦しても面白くないし、モータースポーツも車の構造やエンジンの型式など、さまざまな規定があるから面白いわけですよ。しかし英語にはそれがない。これは由々しき事態です。英語力の強い人が英語力の弱い人をボコボコにするのは当然です。弱い人が強い人に勝つには集団で闇討ちするしかありません。それはそれでストリートファイトというジャンルを担ってはいますが、問答無用と思われるバトルにも一定のルール(流儀)は存在するはずです。例えば英語力を競うバトルなのに、急に日本語が飛び出してきたらバトルになりませんよね。他には相手が服を着てないと恥ずかしいし、英語が堪能な友達のボブが代打するのも騎士道精神に反するでしょう。

話が逸れました。その「英語力を測る基準」というのは、実はテストで判定します。日本では英語検定というテストがご当地検定と並んで有名ですが、同じ級だとご当地検定の方が難しいと評判です。

学生の頃、「英語話すのにテストが要るんだ!」と思った人も要るかもしれませんが、そのとおりです。英語を話すのには資格が入ります。だから点数が悪いと怒られるのです。無免許で話すと英語圏から追放されるので高いお金を払ってテストを受けましょう。

僕は英語に関するテストといえば資格の授与されないモグリのテストだけは受けたことがありますが、これは無料である代わりに時間を無駄にするというメリットが有ります。もう一つのメリットとして「ああ、これが嫌がらせなんだな」ということを体験できることも挙げられます。

話が逸れました。英語の公的なテストというのは、国内では英語検定があるというお話をしました。しかしこれは日本国内でしか有効ではありません。国外で英検のみの資格で英語を話すと強制送還になるので注意が必要です。それと級数が決まっているのですが、話者はその合格した級を超える内容の英語を喋ってはいけません。普通車免許で大型車が乗れないのと同じです。2級の英語力を持っている人が3級を受験しても3級しか貰えませんので、より上級の英語が話したければその都度お金を払って受験しましょう。検定というくらいなので当然ながら不合格ということもあります。お金を払いましょう。

「じゃあ国外で話したかったらどうすればいいの?」という人にオススメなのが、トエイクという試験です。英語で書くとTOEICですが、トエイクはビジネス向けの英語力を測るテストです。それとトエフエルというものもあります。英語で書くとTOEFLで、トエフエルは非英語圏の人の留学審査に使われるテストです。なんにせよまずはお金を払いましょう。これは英検と違って英語力が弱い人も強い人も同じテストを受けて、正答の数がそのまま技量を表す形式なので不合格というものがありません。それに英検と違って130カ国以上の国で活用されている国際的なテストなので「俺はトエフル3級だ」とか言えばガミラス帝国でも通用します。

僕はこれらの英語テストを受けたことはありませんが、仮に受けたとしたら英検なら3段、トエイクなら2段、トエフエルなら3段くらいは貰えるでしょう。英語は得意なので。段持ちは帯が黒くなるので英語バトルでも見るからに強そうに見えるメリットが有ります。マザー2のボスを倒した後のように、ザコ敵は寄ってこなくなるのでオススメです。お金がかかるので受けたことはありませんが。

「お金がなければ英語を話せないのか?」という質問を受けることが多いのですが、それについては残念ながら「貧乏人は無理」と即答する以外にありません。しかし読み書きは自由ですし、独り言なら看過されることも多いようです。でも「これは独り言なので聞き流して欲しいんだが――」などと言って重要な案件をそれとなく漏らす人はダメです。


ところで長い前振りでしたが、今回のタイトルの「ライト・ライト・ライト!」とはそれぞれRight、Light、Writeをカタカナで表してみたのですが、みなさん分かりましたでしょうか?

日本人の話す英語をネイティブスピーカーから「Engrish」といわれることがあります。綴りをよく見てください。「English」のLがRになっています。日本人はエルとアールを使い分けられないことを揶揄しているのです。確かに日本語は世界的に見れば独特の言語かもしれません。しかしエルとアールの発音くらい出来ます。ほら、ァィゥェォ。ィンゴ、ゴリァ、ァッパ、パンツ。言えるじゃないですか。

え?言えてない?ちゃんとLa Li Lu Le Loって打ちましたよ。Lingo, GoriLa, Lappa, Pantuって打ちましたよ。

何が言いたいのかって?
前々から思っていたのですが、LとRの役割逆じゃないですか?

リンゴも打つときはRingoですが、日本語的に発音するならLingoですよね。
しかしLingoと入力するとィンゴになってしまう。赤い果実が少し卑猥に見えるじゃないですか。ゴリラはゴリァだし、ラッパはァッパ、パンツはパンツになってしまいます。

どう考えてもLとRが逆なんですよね。

日本人が「Engrish」になってしまう原因の一つがここにあるような気がしてなりません。
多くの現代人は学生(英語を勉強し始める年代)の頃からパソコンやスマートフォンのキーボードに慣れ親しんでいます。それゆえにLとRの役割についてヒドく誤解していて、かつ、それをいくら教えてもピンと来ないのだと思います。

つまり、パソコンやスマートフォンが普及すればするほど、日本人は英語に疎くなってしまうかもしれないのです。

あとはXの扱いの酷さに僕は悲しみすら覚えます。
なぜ[SAX]とか[SIX]とか、「ックス」という読み方があるのにXAはァなんですか。

もう「余った字は適当に全部小文字作成用にしてしまえ!」という投げやりな態度が見え隠れしていますよね。
その割にQの待遇はいいんですよね。QAは「クァ」だしQOは「クォ」になります。実質使わないのに。あとCもちゃんと打てますよね。C+母音だとカシクセコという意味のわからない並びになるというのに、やはり投げやりな態度です。許せません。

TOEFLやTOEICは国際的な英語レベルの証明となっているため留学ビザの審査にも使われています(本当)。しかしここにきてイギリスで留学滞在ビザの申請にTOEICやTOEFLが使用不可になったようです(本当)。なんでも2月に英国内でTOEIC試験に組織的な不正があったことが理由だそうです(本当)。あと使えるのは「IELTS(アイエルツ)」という聞き慣れない名前のテストで(本当)、ビザ申請では割りと一般的らしいですが日本では壊滅的に知名度が無いですよね。

まぁでも麦酒をBeerという割にビールと言ったりする日本人には関係ないような気がします。
少しの間だけでも嘘を連発すると信じてもらうために苦労しますね(本当)。

伏見景雲


7.:申し訳ありませんが、本日体調不良でお休みをいただきたいのですが。 / 非口ユキオ(第7回)

いま、とっても体調が悪いです。
具体的には、倦怠感、悪寒、身体のふしぶしが痛い、鼻水が止まらなく、頭も痛いです。
腹痛と下痢もある事から、これは完全に体の病です。

なんでこんなことになったのでしょう。

考えうる理由は3つです、
①連日の飲み会による睡眠不足、②自炊による偏った食生活、③先日の登山
なぜこんなことになったのか、一点づつ説明していきます。

①連日の飲み会による睡眠不足
社会人にとって、飲み会とは避けがたいもので、大抵なんだかんだともっともらしい「参加すべき理由」をつけてきます。
たとえば、プロジェクトのキックオフや歓迎会、送別会、祝勝会に、快気祝い等々。確かにめでたいことです、みんなが集まって、
ワイワイするに足る理由づけだと思います。そりゃあ断れない、断れないんです。
断れないからこそ、恐ろしい。なぜなら、飲み会は体に悪いんですから。
から揚げに代表される飲み会の料理は、油や塩分が多く、おいしいのは間違いないですが、お世辞にも体にいいとは言えないでしょう。そして、飲み会といえばお酒ですが、そもそもこれは体内で毒素(アルデヒド)になる物質で、たしかに、気分の高揚や酔った勢いで感情を爆発させるのは心の健康という意味では薬ですが、爆発させた勢いで大雨の路上を駆け回ったことの身体的リスクを考えれば、どちらかというと毒です。

②自炊による偏った食生活
私は、一人暮らしをしています。一人暮らしといえば、誰もが憧れるのは料理男子です。(例、速水もこみち)
ただし、それは憧れでしかありません。自炊を始めた当初はロケットスタートのように、一汁三菜の健康的で手のかかった料理を作りましたが、
徐々に雑な料理へとシフトしていき、最終的には米と焼いた肉のみという驚くべき低空飛行の栄養価の食生活になり、
結果、失われたビタミンとミネラルにより、健康的とは言い難い体内環境になっていきました。
③先日の登山
孤高の男であるところの私は山を愛しています。嘘です。少し友達がいないので、一人で山に登り、都会の喧騒を忘れ人生について考えるのです。
つまり、ゴールデンウィークという日本最大の行楽シーズンに、近所の山にこもりました。おのれの野生をとぎすまし、寂しさを忘れようとしたのです。
結果として、5月の山の夜は非常に寒く、持っていたバイクツーリング用のテントと寝袋は、まるで冷凍ミカンのネットのような防寒性能をいかんなく発揮し、
私の体調にとどめを刺す形になりました。登山は、私に寂しさを忘れさせ、有給休暇中の布団の心地よさとおかゆのおいしさを教えてくれました。

以上が、私が現時点で体調の悪い理由です。風邪は誰でも引くもの、だからこそ日々の生活が大切ですね。

健康管理は、大人のマナー

非口 ユキオ (アラズクチ ユキオ)


8.ボソボソ楽しむ。これも乙。 / 桜井青洲(第11回)

ゴールデンウィークに久しぶりにプロ野球を職場の人たちと観戦に行ってきた。昨シーズンも一度足を運び、1年ぶりにのプロ野球観戦。一応はファンは北海道日本ハムファイターズ。元々はジャイアンツが好きであったけども最近はイマイチ、北海道に移転したということもあり応援している。それでも地元で頑張っており何か贔屓なものがあったほうが娯楽は楽しく熱入りはするもの。どちらかというとプロ野球という大きな括りで僕は好きである。勝敗よりも面白い試合や選手を見るのが楽しくてプロ野球が好きなところもある。

「桜井くんは、好きな選手いるの?」

今回の観戦に当たり幹事役を務めてくれたK田さんから入場中に聞かれた。

「日ハムであれば金子選手ですかねぇ。」
「お、なかなか渋いじゃん。何?野球好きなの?」

今回はプロ野球初観戦という人がいたこともあり、わりと僕が野球好きということに食いついてきた。そこからはもうダラダラと野球談義が始まる。


活字プロレスや居酒屋サッカーなんて言葉が存在するもので、日本人は趣味が合うもの同志で語るのが好きだったりする。そしてこのプロ野球も同様である。攻撃側守備側とそれぞれ別れ、9人の選手個人個人の役割を担い戦う団体競技であり個人競技、スピーディーな展開もありながらも間合いがしっかりある。いかにも日本人が好きそうなスポーツなのである。野球好きが語るとなるとついつい盛り上がってしまう。

観戦が始まると僕とK田さんは隣同士である。K田さん奥さんには悪いがもうラブラヴである。当日は話題の大谷選手が先発であり、スタートから話が盛り上がる。速球が売りの大谷選手、初回の方から球は走っているもの勢いのある対戦相手のオリックスはスイングのタイミングがあっている。

「勝投手の権利ついたら下げますね。」
「だろうね。バッターが3周すれば打たれるかも。」
「移動日挟んで野手出場も考えられてますから完投なし温存濃厚でしょうね。今は怪我人も多いですし。」
「うむ。」

案の定、大谷選手は6回で下がり、2人はニンマリである。その後も大引選手の盗塁や打線の単打で繋ぐ戦法、相手投手の配給等で盛り上がる。これが人と観る野球の醍醐味である。戦法や作戦、采配にチーム、監督の意図や意味、行間を読み取り、自分のイメージと照り合わせ、同士と語る。これが野球会場での最高の肴なのである。もちろん一緒に行った連れ達のようにスティックやメガホンを叩き叫ぶのも悪かない。むしろそれが健全といえば健全かもしれない。だけども僕やK田さんようにボソボソと言い合うのも野球観戦の楽しみなのである。

オリックスの攻撃の間に2人で喫煙所で一服をしながら、互いの野球論で盛り上がり、帰りに車では会社の連中がイビキをかいてる横で好きなバッティングフォーム談義で盛り上がる。家の前まで送ってもらいK田さんから最後に一言

「次は紙とペン持って居酒屋だね。」
「いいっすね!やりましょうよ。」

「俺たちのベストナイン!」

思わずハモって大笑い。久しぶりに楽しい野球が観れたかな。


(桜井青洲)


10.奥付

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