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ぼくのなつやすみ

2018/08/02 18:41 投稿

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  • ぼくのなつやすみ


 

 夏、とうタイトルで私は何回もこの記事を書かせてもらっている。その中でも「夏のせせらぎ」というタイトルで書いた造語の文章は個人的にはかなり良くできた部類だと自負している。


 今回このタイトルにしたのには二つの理由がある。一つは8月1日から投稿されている「ぼくのなつやすみ2」という実況動画だから。もう一つは、この造語に惹かれたから、という二点である。今回まず明確な理由、ぼくのなつやすみという実況動画の話からしてきたいと思う。


 みなさんはぼくのなつやすみというゲームをしたことがあるだろうか。主人公のボクくんが1ヶ月もの間、都会から離れて、慣れない田舎での生活を楽しむといったゲームである。このゲームは子供のみならず大人までもがプレイするゲームとなっている。いや、むしろ子供よりか音が楽しむゲームなのかもしれない。かくいう私もこのゲームは大学生になってからプレイしたのだが、そのときですらノスタルジックに浸った思い出がある。ゲーム冒頭はいる井上陽水が作った「少年時代」は曲だけでなく歌詞までも心に染み入る。この「夏」というものを「楽しむ」ではなく、どこか儚げな、寂しげに捉えた時、「ぼくのなつやすみ」というゲームは「僕」の心を突き動かしてくるのだとその時解釈し始めた。


 とはいえ、ここまで長々とぼくのなつやすみというものに叙述的に語ってはいるが、ここから先もっと深く入り込もうと思う。それが二つ目の点である「井上陽水の少年時代」である。彼の歌詞には過ぎていく夏を心から楽しんでいた、ようなフレーズが多く見受けられる。それを少しピックアップしていくと「かぜあざみ」や「宵かがり」、「ゆめはなび」など、今となっては聞き憶えもあるだろうが、これは全くと言って井上陽水の造語なのである。それなのに、どこかその風景を、そのニュアンスを感じ取れてしまうくらいこの歌詞には想いが詰まっているのだろう。


 あえてここで井上陽水の造語について紐解こうなんて思わない。おそらくこの言葉が生まれた時など本人でも知りえない「いつのまにか」や「なんとなく」が入ってくるからだ。しかし、この造語から感じるその意味、ニュアンスは私としても伝えていくことができたらなと思う。これは決して井上陽水に憧れてではない。一人の表現者としてなにか感じたことを造語で伝えることができたら私としては満足だ。これも一つの言葉遊びとして。


 以上、ぼくのなつやすみというゲームをとおして私にとっての造語、それにかかる夏のノスタルジックを語り尽くしたと思いたい。いや、まだまだこれはほんの序章に過ぎないのかもしれないが、今の私にとってはこれ以上「夏」というものから話を広げるには見聞が足りないと思う。またもう少し年をとってからこの課題に向き合いたいと考えている。




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