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これが俺の忍道だ

2016/04/12 02:24 投稿

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  • きむそん
  • ナルト
  • 実況者


 季節がますます春らしくなり、桜が散っていくこの季節。そこには、出会いが始まる人もいれば、別れをしてしまう人もいるだろう。桜が満開だと言えば、これから始まる未知に対するワクワク感やドキドキ感が隠されているのに対し、桜が散ると例えれば、どこか儚げな、寂しさを感じるようにと。日本語には物事を直接的に言わずとも、何かしら伝わる良い言語だと思う。


 少々話が脱線してしまったが、「桜」を「散る」と例えるとそこには「別れ」があると先ほど上述したように、どこか儚げで、寂しさがあるといも言った。それなら桜が1年中咲いていてくれれば・・・なんて思うかもしれない。


しかし私は、1年に1度、この10日足らずの間に見るからこそ、人々の脳裏に焼きつき、また来年見ようと思わしてくれるのが「桜」であり「桜の生き様」だと信じている。


 ではなぜこのタイトルなのか。4月1日に新作実況を投稿した(結局宣伝)。

 それは「うずまきナルト物語」。火影を目指し、ひたすら走っていく主人公に様々な仲間やいくつもの試練が重なっていく物語。ひとえに言ってしまえばこの通りなのだが、少年の葛藤と成長、「忍びとは」を解いていく、少年の時に読むべき作品である。そこには数多くの名言もある。その中でも「これが俺の忍道だ」というものには各々の考えが内在してある。一様には説明できない言葉だと最近思う。

 忍道とはいわば忍びの道。掟に縛られ、耐え忍ぶもの。ただそれを1巻(だと思う)で崩してしまう言葉がある。それは

「掟よりも、仲間を見捨てるやつはそれ以上の・・・クズだ。」

 この忍びという世界では「掟を守らない忍びは一人前ではない。一族の恥さらし」揶揄されるほど厳しいものが「掟」であり、忍の中に意識的に植え付けられているものだろう。だからこそこの言葉というのは当たり前だろう、と思う中に口が裂けても言えない言葉、なのだ。



 そんな主人公ナルトが師に出会い、切磋琢磨する仲間がいて、徐々に認められていくその姿がこのナルティメットストーム4をもって終わってしまう。

 感傷に浸っている暇はない。前をみて進み続けることこそが、彼の「忍道」であり「生き様」なのであろう。



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