ナッキー(ケーシー高峰)の屁理屈。

妖怪ウォッチ38話の再生数上昇&反応にみる「情弱思考のパターン」

2014/10/10 01:20 投稿

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何かやたら妖怪ウォッチ38話の再生数が伸びていた。



まあ多分、サムネバキューム的なものとネタ元がみんな大好きゴローさんだからだろうか。
それに加え、妖怪ウォッチの面白シーンより抜き動画なんてのも高い再生数を叩きだしていた。

何となくこの急伸状況からして予測はしていたのだが、いわゆる「再評価」的なコメントをする人をチラホラ見かけた「意外に面白いじゃないか妖怪ウォッチ」という事だ。

ちゃんと観ていた人なら言うまでもない事だが、アニメ版妖怪ウォッチはクレヨンしんちゃんじゃないが、大人と子供に刺さる要素をどっちも詰めている「親子連れ対応アニメ」でもある。ある意味ネタの詰め方は妖怪ウォッチの方が渋い所を付いているとも言える。そらそうだ、子供で孤独のグルメってそんなに浸透してんのか?って話だ。

だが、それを知らなかった人は今回のサムネ釣り針にあえて釣られる形で乗ってみた結果、自分らにも受け入れられる文法がある事を知った。実に有意義な釣り行為だったと言える。

しかし逆を言えば、これまで妖怪ウォッチに触れておらず「意外と面白い」と称した人は、つまり事前評価を低く見積もっていたという事である。しかも観てもいなかったのに、である。

何故彼らは観てもいない作品を、あらかじめ低い評価で見積もっていたのか?はっきり言えば、実際に接してもいない物を評価するなんてどう考えても不可能だ。いや、可能不可能以前に人間として最低の礼儀だ。自分が誰かに批判されたとして、それが確認もされていない事実無根の噂によるものだったとしたら、貴方はそれを許せるだろうか?

正しい批判・批評とは、批評者が自ら対象に接し、かつ自分の感性に基づいて「私はこう感じました」と語る事を言うのだ。その「批評の流儀」をちゃんと守った上で行われる批評であれば、たとえ自分が望む高評価ではなくとも、割と人はすんなりと「君はそう感じたのか」と腑に落とす事が出来る。「個人の感性」というのはそうそう変えられるものでは無いからだ。

食い物に例えると解りやすいだろう、「ピーマン苦手なんですよ」という人がいたとして、その人に「てめぇピーマン食えないなんて人間じゃねぇ!」なんて怒る人はそんなにいないだろう。だってそういう味覚なのだから(食わず嫌いでなければ)。

おそらく観てもいないのに低評価を決め込んでいた人は、以下のような先入観が働いていたのではないだろうか。

●既にある程度のビジネスになっていた事による反発(=アンチメジャー思考)
●任天堂ハードの流行りゲーに対する先入観の流用(=どうせガキ向け、子供だましだろ)
●「レベルファイブ」かつ「日野晃博」が関わっているという事実に対する先入観(某ガンダム的な不安/上と同じく子供向けだろ的な印象)

これらの「印象論」を総合し、彼らの多くは「どうせ…」という意識のもと、観もしない物をあらかじめ見下しておくという非常に行儀の悪い行為をやってのけた。アンチ・オールドメディアの気質が強い人がいる一方、自らの感性で自らの言葉で語るという事もしないワイドショー的思考回路の人々がネットからも発生している事実は、あまり笑える事実ではない。マスゴミなどと見下していたつもりが、結局自分ら同じ穴のムジナでしかなかった、という事なのだから。

●「批評」は対象に接した上で行え、また「あくまで私の感性に基づく評価である」と読み手伝わる様に語れ
●接していない「印象論」で語る場合は印象論であると読み手に伝わるように語れ

たったこれだけの事なのだ。これだけでネットで多発する「風評被害」はかなり少なくする事が出来る。これが実践できれば、少なくともアマゾンのレビューの星の数だけを見て判断するなんて馬鹿な事はしなくなる。ちゃんとレビュアーがどんな趣味と感性の持ち主で評価しているのかを判断できる様になれば、それで君もレビューの本質を見抜く良いクセがつく筈だ。それでやっと、情弱思考から脱却できるのだ。

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