ナッキー(ケーシー高峰)の屁理屈。

「AKB(笑)」と言う奴は100%周りから嫌われている。

2014/08/10 00:10 投稿

コメント:2

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現在のプリキュアのOP曲を歌っている仲谷明香が、今度はアニメ内で声優として出演する事になった。ED曲を歌う吉田仁美さんと共に出るそうだ。

><プリキュア>元AKB仲谷明香が声優出演 “キュアウェーブ”役に挑戦
http://news.nicovideo.jp/watch/nw1185274

既にAKBを辞めて1年半も経っているのに記事に「元AKB」をつけたのは恐らくメディア側の都合だろう。とりあえず「AKB」とつけておけばアンチが釣れてページビューが稼げるからだ。

そして案の定、悲しい事にアンチが釣られてコメントしていた。ニコニュースで批判コメントしか書かない人は基本的にフォロワーが少ない(誰からも読まれてない)ので、拡散力という意味では微々たる物なのだが、釣られた時点でメディアの思う壺なのは間違いない。

彼らの理屈は非常にシンプルだ。嫌韓と同じで、「もうお前ら(この場合はAKB)にはうんざりだ」という事だ。

もちろんこれは当人の嘘偽り無い感情なのであれば、それはむげに否定されるべきものではないのかもしれない。それが無知ゆえの感情だったとしても、人は感情と印象論で生きているのだからこれは仕方のない事だ。

だが、私は基本的にこういう考え方は好まない、その人のものの言い方によっては不快感を感じるし軽蔑もする。

そう感じる理由は単純だ。その人のその批判は、「印象」を批評材料にしているからだ。

私は基本的に、批判材料は「結果」を用いるべし、という考えである。つまりこの場合は、仲谷明香の芝居である。結果を用いたのであれば、本人の好き嫌いを含めた自由な批評、もちろん否定的なニュアンスを用いる事も大いに結構だと思う。「元AKBの仲谷ってやつがプリキュア出てたけど、合ってないと思う」という否定的批評ならアリだ。それは個人の趣味なのだから。宮﨑駿が萌え声芝居を嫌うのと同じで、結局は好き嫌いになるのだから。

だが、アンチはそういった結果批評ではなく印象批評、つまりレッテル貼りで言葉を吐いていく傾向がある。もはや本質的な芸事の出来うんぬんは彼らにはどうでもいい事なのだ。だって嫌いな奴は何やっても気に食わないのだから。そういった印象論によって結果が無視され、その相手に対する評価が低くなるという現象は沢尻エリカという女優の一連のメディア誘導によって証明されている。声優業界で言えば平野綾などがそうだろう。彼女らのアンチは見事に「性格の悪さ」一辺倒で彼女らを批判するが、芸事自体には全く言及しようとしない。そう、そもそもそんな視点が無いからだ。

AKBがやっかいなのは、あまりにも巨大な組織構造になったが故に、本人に全く過失のないことであってもAKBというだけで「加害者一味」みたいに扱われる事だ。AKB商法は別にメンバー本人が考案したものではない。男関連で辞めたり雑誌の一面を飾ってしまうメンバーもいたが、別にそれが数百名いるAKBグループ全員が行なっているわけではない。ロクに生歌で歌えない人間もいるが、中には増田有華や仲谷明香の様に根回しなしのアニソン仕事を取ってくる人もいる。世間的には多分美人と言われない顔の人もいるが、篠田麻里子や小島陽菜みたいにファッション系の仕事を続けている人もいる。

そう、あらゆる印象は「一例」でしかないのだ。AKBグループのメンバーである/あった事は何の保証にもならないし、AKB内部での人気ですら卒業後には関係なくなってきている。

繰り返し例に出している仲谷明香は本まで出したぐらいの非選抜メンバーだったし、女優としてテレビ、映画、ミュージカル、あらゆるジャンルに出続け、とうとう三谷幸喜の舞台でメインキャストまで務めた秋元才加はAKBでは中堅メンバー扱いで総選挙も中ほどの位置だった。現在アニメ「月刊少女野崎くん」で端役ではあるが常に名前がクレジットされている秦佐和子は元SKEだし、佐藤亜美菜という元メンバーは花澤香菜などがいる大沢事務所の所属となってトレーニングを受けている。探せば関係者である程度の道筋がついているメンバーは結構いるのだ。

AKBグループのファンはこのグループがそういった「多層性」を持っている事を自覚している。だからこそ「推しメン」という仕組みがあるのだ。AKBのメンバーがアンチ的なレッテル貼りで収まるような単純な構造だったらば、そもそも推しメンを作る必要がないのだ、誰を応援しても同じという事になってしまうのだから。もうその時点でファンとアンチには致命的な情報格差があるのだ。

そういった多層性を理解しないまま、「木を見て森を見ず」の真逆、「森を見て木を見ず」なものの見方で世の中を見ている人間は、ちゃんと対象を観察した上で批評するのではなく、世代論や印象論で勝手にレッテルを貼ろうとする。そんな人間を尊敬できますか?という話だ。だって殆ど大手メディアとやってる事が同類ではないか。

私が重要だと思うのは「批評の材料は”結果”から引用せよ」という事だ。その人がやった結果に対し批評・評価を下すのは腑に落ちる話だが、やってもいない印象論で「お前●●の人間だから/●●世代だからどうせこんな奴でしょ?」と決めつけられたら、君は嬉しいと思うのか?という話だ。少なくとも私そんなの嬉しくないと思うが。

コメント

ぴーや
No.1 (2014/09/09 13:18)
『「AKB(笑)」と言う奴は100%周りから嫌われている。』っていうタイトル自体があなたが批判している、印象論による決めつけ何じゃないかな?

結局、あなたは自分が否定しているレッテル貼りをアンチに対してしているじゃないか
rasesta
No.2 (2016/06/21 07:46)
21ヶ月も前のコメントに反論するのもどうかと思うが、筆者はそう思う理由をちゃんと書いてあるのに、どうしてそれを無視するのかね? ただの思いつきで勝ち誇ったような気分になっているようにしか見えない。
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