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川原先生の書いたオリジナル小説ですと、電撃イラスト大賞受賞者のイラストに電撃作家がストーリーをつける
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さて今回は「川原 礫10周年記念SAOコラボ小説」をブロマガ内でも公開いたします。
タイトルの通り、原作者・川原礫さん、イラストレーター・abecさん、
ならびにKADOKAWA電撃文庫編集部の許可を得て担当編集である三木さんが執筆したものです。
※2020年2月に発表したものを再掲載しております
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タイトルの通り、原作者・川原礫さん、イラストレーター・abecさん、
ならびにKADOKAWA電撃文庫編集部の許可を得て担当編集である三木さんが執筆したものです。
※2020年2月に発表したものを再掲載しております
「この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、いつもの《公式本編》とは関係ありません」
「……突然どうしたユイ? 誰に向かって話してるんだ?」
「はい! 私の独り言です! 一応言っておこうと思いまして!」
「? へんなユイちゃん。それより、そろそろ行き先を決めよう? キリトくん」
「おっと、そうだった。えーと……」
「パパ、ママ! 私はこの土妖精族(ノーム)領の《隠し砦の哀しき盗賊》クエストに興味があります!」
ぱたたたっと。
小妖精(ナビゲーション・ピクシー)のユイが、背中の翅を羽ばたかせ宙を舞う。
黒のストレートヘアをたなびかせる薄桃色のワンピース姿の女の子は、ママと呼んだ少女が空中に展開しているホロウィンドウの近くまで飛行、その一区画を指さした。
「たしかにこのクエストは少数精鋭でも達成可能っていう触れ込みだったな。集団というより個々人の火力次第で勝負が決まるって」
俺はこの世界の全体MAPを俯瞰しながら、小妖精の女の子が話した内容を吟味する。
ここは、《ALO》ことアルヴヘイム・オンラインに浮かぶ城塞《新生アインクラッド》。その二十二層には、俺たちがホームとして暮らすログハウスがある。
我が家は森に囲まれており、主街区のような騒がしさとは無縁だ。落ち着いて何かを相談する――次に挑む《クエスト》の作戦会議をするにはぴったりの場所だった。
ちょうど今の時期にまとまった時間がとれた俺は、水妖精族(ウンディーネ)のアスナと共にその件について議論しているというわけだ。
「ユイちゃんはなんでそのクエストがいいの?」
「はい! がっつりSTR特化推奨型だからです! なんと最後に待ち構えるボスは、《全装備強制解除》からの漢同士のガチンコ殴り合い! AGIに秀でるパパがスピードで相手を翻弄しながら勝利するかっこいい姿を見るチャンスです!」
「あははは……わたしは後ろで応援を頑張ろうかな……」
「攻略法まで指定されちゃったな。まあでも……それなら《体術》スキルが決め手になりそうだな。こないだ取得したのはたしか――」
顎に手をやり闘い方をついイメージしてしまう。影妖精族(スプリガン)の俺が得意とする幻惑魔法の出番はなさそうだが、剣すらも使用不可というのも逆に興味が沸く。
俺が真剣に戦略を練り始める。それを見たアスナが「またはじまった」とでも言うような困り顔で、
「でも、この三人きりのクエストって、なんか新鮮だね」
「リズとシリカはユナのライヴ観戦。スグは試験勉強で、クラインは出張。エギルは珍しく自国へ里帰り中……」
「こんな偶然もなかなか無いよね」
二人で顔を見合わせて笑い合う。
「……あー、でも話を戻すと、やっぱり俺はアスナも楽しめるクエストがいいな。せっかくのユイのおすすめだけど」
「わかりました! でしたら、音楽妖精族(プーカ)領の《失われた歌姫と海賊の王》クエストはどうでしょうか? こちらもレイドレベルの人数は必要ないとのことですよ!」
「おっ、なんか面白そうなネーミングだな。詳しく教えてくれ」
ああでもないこうでもないと、俺とユイは親子でわいわい議論する。
なかなか行き先は決まらない。しかし、こういう何気ない時間こそが、今の俺たちにとっては心地よかった。
《SAO》、《GGO》、そして《アンダーワールド》。
命懸けでフルダイブしてきたVRの世界は、ゲーマーとしての真価を問われているようで、どんな状況でも真剣そのものだった。
しかしそもそもは、そういった生死を懸けた戦いとは無縁の、《遊び》としてたしなむ今の《ALO》が本来のゲームプレイなのだ。
「クエスト途中で、《海賊の王》が主催する《歌唱コンテスト》があります。ここでNPCの審査員から一定以上の評価を得られないと、ボスに有効な武器が手に入らないようですね」
「ほうほう。うちのウンディーネさまなら楽勝だろう。優勝間違いなしだ」
「ちょ、ちょっと勝手に決めないでね」
――ゴ。
俺とユイのクエスト討論会の隣では、アスナが青いロングヘアの毛先をいじりながら、ゆったりとティータイムを楽しみはじめた。
――ゴゴ。
「ん?」
――ゴゴゴ。
「キリトくん?」
「どうしましたパパ?」
「アスナ、ユイ……なにか聞こえないか?」
――ゴゴゴゴ。
「な、なんだ、この音は……?」
「あ……私も感知しました。これは、地響きの《サウンドエフェクト》?」
――ゴゴゴゴゴ。
「――!!」
瞬間。
平和なひとときを堪能していたログハウスから、
俺たちは《強制転移》した。
* * * *
わけもわからず、突然の瞬間移動を強いられた俺たちが行き着いた先は、
「ここは……《はじまりの街》?」
数年前、大勢のプレイヤーが戸惑いと混乱をまき散らしていた、あの広場。
「! キリトくん、見て」
不慮の事態に驚いていたアスナが、上空を指さす。
「空が、夕暮れに変わってる……」
そう、この広場とこの景色は、あのときと同じだった。
ナーヴギアをつけ、期待に胸を膨らませながらログインした、《SAO》正式サービス当日。
チュートリアル的な位置づけのバトルを経た後に、《圏内》の中央広場に強制転移させられたあのときと。
しかし大きく違うところもある。
忘れたくても決して忘れることができない、デスゲームが開始されるあの場面では、約一万人のプレイヤーがここに転移させられて来ていたはずだ。
しかし今は、
「誰も、いない……?」
「パパ、ママ。これからさらなる調査を進める前提ですが、どうやらここは《アルヴヘイム》ではなさそうです。座標特定機能もエラーで返ってきてしまいました……」
不安そうな面持ちで、ぱたたっとアスナの肩に乗るナビ・ピクシーのユイ。
「どういうことなんだ、いったい……」
第六感のようなものが働き、辺りを警戒し始める俺。
なぜなら、次に起こるイベントが薄々わかっていたからだ。おそらく、同じく臨戦態勢をとる隣の青い髪の少女も同様だろう。
俺たちの予想通り。
リーン、ゴーン、と。
広場の中央に建てられた塔の上部にある鐘が鳴り始めた。
BGMもNPCの話し声もない静寂の中、荘厳な響きが辺りに広がっていった。
そして。
夕暮れの上空の一部分に、奇妙な形の六角形(ヘックス)が浮かび上がる。
横長に歪で、夕暮れの空よりも赤く点滅するそのヘックス内部には、文字が描かれている。
《WARNING》。
そして、《SYSTEM ANNOUNCEMENT》。
その横長の六角形は、まるでウィルスが増殖するように一つから二つ、二つから四つへと、倍増を繰り返し、空を埋め尽くす。
やがて空一面が自然な朱色から、異常事態において多用される《金赤色(ゴールド・レッド)》に変化した。
これも、あのときと同じだ。
次に、一部分のヘックス数個から、泥のような液体が滲み出てくる。その液体から形作られるのは、焦げ茶色のローブをまとうゲームマスター。
「キリトくん、あれ……」
この演出が意味することはひとつ。
「茅場……なのか?」
「まさか、またデスゲームに閉じ込められたの……?」
《ALO》の旧運営会社《レクトプログレス》は解体され、受け継いだ新会社《ユーミル》の運営体制はクリーンで安全なはずだ。
《ALO》にダイブ中の俺たちに対して、なぜこんなことが可能なのか、今は情報が少なすぎて皆目見当もつかない。
転移直後から細部を様子見しているが、確かにあの、当時の《アインクラッド》そのものだった。
「……」
泥から出現し、空中で静止しているローブ姿。
いまだ沈黙をまもっているが、俺たちが知っている歴史なら、このクローズド・サークルのルールを説明し始めているころあいだ。
「アスナ」
「うん、わかってる。でも団長はもう……」
「ああ。ただ、やつならなんでもありうる。今の俺たちの姿も、妖精アバターのままだからな」
黒の剣士と血盟騎士団副団長ではなく、スプリガンとウンディーネ。
アスナは俺の言葉を受け、美しい曲線の眉をしかめながら、
「もし仮に……本当に閉じ込められたとするなら。もう一度クリアを目指して百層まで行くなんて、絶対にやりたくないわ」
「もちろん俺もだ」
「私もです!」
俺の回答に即座に同意し、同じく不満げな顔をするナビ・ピクシー。
「はは……そうだよな、ユイ」
ただ、だ。
もし仮に。本当に再びデスゲームに閉じ込められたのだとしたら……
俺は、俺たちはどうすればいい?
「……今回はベータテストどころか、七十五層までの《攻略法》がわかってる。マッピングも物理的データとしては存在していないが、脳内で鮮明に補完されている。特殊系イベントの起こるタイミングだってバッチリだ。つまりもう過去のようなミスはありえない。ベストエフォートで対応すればあるいは……」
「ちょ、ちょっと! それでも一年以上かかるよ! いまは三人しかいないんだよ!? ほんとに相変わらずだね、キリトくん……」
そんな俺たちのお気楽そうなやりとりが癪に障ったのか、ついに空に浮かぶローブ姿が声を発した。
「ふふふふふ……」
ん……?
この声……俺が知ってる、茅場の声……じゃない?
なんというか、やけに浮ついてるというか、薄っぺらいというか……。
違和感を覚えた俺は思い返す。山寺さ……いや、茅場は本来、もっと重く、腹の奥まで響くような美声だったはずだ。喩えるならブラッド・ピットやウィル・スミスの吹き替えや銭形警部の濁声からめいけんチーズの吠声までこなすような。
まあいい。
話を元に戻そう。
とにもかくにも、俺たちの予想したあの宣言はこない。
代わりに、空に浮かぶローブ姿のゲームマスターは意外な行動に出る。
バサッ! とそのローブを脱ぎさったのだ。
「「!!」」
もともと、フードの奥は暗闇で見通すことはできないデザインだった。モデリング上、おそらくその中は空洞という予想をしていたのだが……違った。
ローブを取りさったそこには、
黄土色の土管のようなロボットが!!!!
「ふははははははは!!」
真の姿を現し、謎の高笑いをするロボット。
俺たち三人は、その異様を見て――
「「「……誰?」」」
きれいにハモる。
「あっ! ひょっとして……」
「まさか、何か知ってるのか、ユイ?」
そのまさかだった。
アスナの肩から飛び立ち俺の回りで滞空する《トップダウン型人工知能》の妖精。彼女は、あらゆる情報が蓄積された持ち前の記録(ログ)を辿りながら、
「あのロボットですが……私の過去のデータベースによりますと、アニメ『アクセル・ワールド』ブルーレイ第二巻収録の第五話、Bパートのクライマックスシーンで登場したバースト・リンカーのモブ集団の一人、ブリキ・ライター! ……の背後にいるデュエルアバターです!」
「いやそれ、説明されても絶対わからないぞユイ」
「よい子は決してやってはいけませんが、『ブリキ・ライター』で画像検索したらその背後にいるロボットがそうですので、脳内補完が捗ります。よい子は決してやってはいけません」
「ログハウスにいたときからだけど、それは一体誰に向かって喋ってるんだ?」
「二人とも、気をつけて!!」
俺とユイの不毛なやりとりを制するアスナ。彼女の警告通り、そのくすんだ黄土色の土管は、俺たちから数十メートル離れた場所に降り立った。
「私の名はブラス・エディターです」
土管は丁寧に名乗ってくれた。俺たちが誰何したからではないだろうが……。
「いざ、お覚悟を」
やつは胸元の観音開きの扉を開き、中からなにかを取り出そうとしている。おそらくは武器。やはり、やつは俺たちに何かしらの危害を加えることが目的のようだ。
ユイを急いで俺の懐の中に隠れさせ、俺とアスナは再度身構える。
くすんだ黄土色のロボットは、胸に大きく開いた扉から、紅色の長い長い棒のようなものを取り出した。片方の先端は円錐形に尖っている。
「それがお前の獲物か?」
俺が問いかけると、
「はい。《赤ペン》です」
……たしかに、よく見るとそうだけどさ!
調子狂うんだよ!!
「……パパ、あのデュエルアバターの正体はブリキ・ライターの担当編集者です。なのであの胸元の《サッカ・カンヅメ・ジェイル》からはそれっぽい武器が出てくるので、気をつけてください!」
俺の懐の中から律儀に解説をしてくれるユイ。ちょっと何言ってるかわからない系情報に戸惑うが、
「うん、わかったよ! ユイちゃん」
アスナはわかっちゃったんだ!? めっちゃ気合い入れてレイピア構えてるし!
ええい、もうなるようになれだ!!
「ふはははははは」
黄土色の土管は超巨大な赤ペンを、片方四本×二の計八本あるチューブ状の細長い腕で器用にくるくると棒術のように回し、
「私の《強化外装(エンハンスト・アーマメント)》を喰らいなさい!」
なに……?
俺は土管ロボットの言葉にひっかかりを覚えた。
アンダーワールドの世界でコマンドとして存在する《武装完全支配術》。なぜあの技を目の前のロボットが? ……いや、ほんの少しだけ、スペルが違ったか?
混乱する俺を尻目に、ブラス・エディターはチューブ状の腕を器用に動かし、巨大赤ペンで空中に何かを書き記す。
これは……図形? 奇妙な円形が何重にも描かれていく。この幾何学的な文様は……魔法陣か! もちろんこんな演出の魔法は、《ALO》には存在しない。
やつ独自の技としか考えられない。どういうロジックかは判断つかないが……土管の軽薄そうな気配とは裏腹に、俺は確信めいた危機を感じていた。少なくともアンダーワールドにおける神器、その《武装完全支配術》レベルの攻撃が放たれると思っておいたほうがいいと。
「アスナ、支援魔法の準備を」
「うんキリトくん。まずは相手の出方を見極めよう」
まるで黒の剣士と血盟騎士団副団長時代に戻ったような二人。
しかしそんな俺たちを意に介さず、出現した魔法陣の精度を確認しながら、黄土色の土管はより一層軽薄そうな声で、
「キリトさん、お仕事で〜〜〜〜す(^o^) !!」
空に向かって叫んだ。
「………………なに?」
瞬間。
「う、うわっ!?」
俺は、見えない巨人族の手につかまれたような拘束感を覚える。続いて超強力な《引き寄せ(アポート)》作用の影響下にあることを自覚する。
つまり――。
ブラス・エディターが生み出した魔法陣ゲートの中に吸い込まれる!!
「キリトくん!!!!」
「アスナ!!!!」
そこからの俺に……記憶はない。
* * * *
時間にして、五秒程度だったらしい。
「はあっ、はあっ、はあっ!」
「……キ、キリトくん、いつのまに!?」
気づけば俺はまた、やつと対峙していた元の場所に立っていた。アインクラッド第一層、《はじまりの街》のあの広間だ。数十メートル先には、あの黄土色の土管が立っている。
しかしこの疲労はなんだ? やつに何をされたんだ!?
「俺はいったい……何が起こったんだ?」
「あのゲートに吸い込まれたと思ったら、キリトくんはまたすぐここに転移してきたの。わたしにもなにがなんだか……」
「パパがゲートに吸い込まれたあとの記憶は、私が記録しています」
ぴょん、と俺の懐から飛び出してくる薄桃色のワンピース少女。
「ユイちゃん、教えて?」
「はい。パパがゲートに吸い込まれたその先は、どこかの撮影現場でした……」
「さ、撮影現場!?」
どういう攻撃なんだそれは!?
ユイは深刻なトーンで続ける。
「白いシーツが敷き詰められたベッドに寝かされたパパは、きっと操られていたんだと思います。なんかいい感じのイケメン笑顔をしていて、半裸になった後はあられのない姿で何枚も写真を撮られました。意外と嫌じゃない風の笑顔です。そして「お疲れ様!」と声をかけられたあと、再び空中にゲートが開き……ここに戻ってきたんです」
「まったく記憶がないぞ……!」
「あのゲートは別次元……ここではないどこかの世界とつながっています。そこでパパは……なんといいますか……一生懸命《仕事》をこなしていました」
……まさか、先ほどブラス・エディターが空に向かって叫んだ言葉は、そのまんまの意味……ということなのか?
「ねえ、みて二人とも」
警戒を解かないアスナが、数十メートル先に立つ黄金色の土管を指差す。
「よし。この商材はコミケ会場で販売っと……」
チューブ状の腕、四対ある両腕の下から二番目の一組を使って、通常サイズに戻った赤ペンで手帳になにかを書き込んでいる。一番上の両腕で大きな布のようなものをつまんで広げていた。
これは……おそらくゲート先で作られたものなのだろう、俺の半裸(!)が、プリントアウトされている大きな布だった。
「『ソードアート・オンライン キリト 添い寝シーツ』完成っと……」
相手が戦闘態勢をとっているというのに、呑気にメモを取る偽茅場。
メモの不可思議な内容に、俺たち三人は顔を見合わせる。
「これは、つまり……?」
「パパ、ママ。おそらくなのですが……あの土管さんは、パパを別世界に連れ去り、文字通り道具のように扱って、勝手にキャラグッズを作って、どこかで販売しようとしているのではないかと……!」
「グッズ……? 販売だって……?」
「え……でも、わたしたちのグッズなんて……買う人いるの? だってわたしたち、ただの高校生だよ?」
「まずなのですが、ブラス・エディターなるデュエルアバターは、あの《異次元ゲート》を自らもくぐり、別世界からやってきたのだと思われます」
「それは……なんとなく理解できるわ」
「パパとママは《マルチバース理論》というのをご存知でしょうか?」
「えっと……最近のハリウッド映画とかで流行ってる言葉だよね。たしか本来は理論物理学の多元宇宙論が元の意味だけど、SFや映画の世界では……」
アスナは頭の奥底から知識を引き出すように、
「たくさんの《こうなっていたかもしれない未来》がどこか別の世界には存在している。そして、存在しているならその別世界に行き来できるんじゃないかっていう話……だったかな」
「その通りです、ママ」
俺もアスナに則り、仮説を引き継いだ。
「《こうなっていたかもしれない未来》が別世界に存在……それはつまり、ゲームで言うなら冒険の書が一冊のオートセーブじゃなく、ルート分岐ごとに冒険の書がパラレルで生み出されてるようなものか」
「はい。そのパラレルワールドの中の一つに、《私たちが人気商品になっている分岐ルート》があると言うわけです」
「なるほどな……ありがた迷惑な話だぜ」
「おそらくはその別世界からやってきたブラス・エディターは、私利私欲のために、この世界のパパを……!!」
悔しそうに俯くユイ。
「まだ《アース:AW》と《アース:SAO》を交差させるのは、バンダイナムコのゲーム《アクセル・ワールドVSソードアート・オンライン 千年の黄昏(ミレニアム・トワイライト)》以外では時期尚早なのに!! あの危険人物は、ブリキ・ライターさんの尻叩きだけに飽き足らず、作品と時空を跨いでまで支配を企むなんて……!!」
悲しみに暮れる小妖精だが、後半の部分はよくわからないし、いろいろヤブ蛇の予感がするからスルーしておくか。
「ま、まてユイ、仮に俺たちがグッズになる世界があるとしてだ。だとしたら、そこでもっとも求められる人材は俺じゃなくて――」
とっさに気づいた物事の真理。しかし、時はすでに遅かった。
「きゃあっ!!」
「アスナ!!」
今度はウンディーネの少女がゲートに吸い込まれる!!
俺は必死に手を伸ばして最愛のパートナーを逃さんとするが……無情にも右手は虚空を通過した。
「ママ!」
俺の反応より一足早くユイがとっさに青い髪の毛に捕まる。
しかしそのままアスナはゲートへと消えていった。
* * * *
数秒後、転移で戻ってきた彼女もやはり俺と同じ疲労困憊だった。
「はあっ……はあっ……」
「ユイ、今度はどうだったんだ?」
「はい……ママの場合は特に大変でした……。まずは牛丼チェーン店でのアナウンス、次にタワーなレコードショップで販売員を、さらに東に急ぐホームセンターや製麺屋さんでも店員に、つづいて黒縁眼鏡をかけて宣伝隊長、北九州に飛んでサッカーチームのチアガール、ペットロボットのお世話、着物を着てモデル撮影、そしてアプリゲームでは小悪魔風水着から猫耳メイドまで、ありとあらゆる衣装に着替えさせられ、最後にはパパと同じく添い寝シ――」
「よせ、もういいユイ!」
「そ、そんなに頑張ったんだ、わたし……!」
尋常ではないハードスケジュールをレポートするユイをどうにか制止し、
「こんな非道をこれ以上許すわけにはいかないぞ……! あのブラス・エディターの《引き寄せ(アポート)》攻撃を、どうにか回避しないと……!」
「もう一度キリトさん、お仕事で〜〜〜〜す!(^o^) 」
「う、うあああああああ!!」
* * * *
「はあっ、はあっ、はあっ」
「う、うう……」
あれからも、何度か俺とアスナはゲートに吸い込まれ《お仕事》をしてきたらしい。
「パパ、ママ、本当にお疲れ様です……」
パワハラ的な行いを阻止するため、やつの喉元に愛刀を突き刺してやりたいが、そのためにはこの《引き寄せ》攻撃をどうにかしなければ、自由に動くことすらままならない。
しかしどうやって?
俺は挑むべき相手に向き直る。
「……ブラス・エディター。俺はお前を許さないぞ……!」
「商品がこんなに潤沢に……。ふむふむ、一番ニーズがあったのはやはり水着のようですね……ありがたやありがたや」
下から二番目の両腕でひたすらメモを書き込む土管。ニーズがあるのは水着、か……。
――くそう、絶対にやつは倒す。
しかしどうやって?
……うん? すぐ前にも同じことを考えたな俺。
しかしどうやって? ……ええっと……まず頑張る。そんで、すごーい力でささっと倒して早く終わりまで行きたい。なんか間の展開はいい感じに誰か考えてくれないかな、ちょっとそろそろキツくなってきた……。そう考えると作家さんってやっぱりすごい。ずっと文章書き続けるのほんと大変(汗)、やっぱり原稿は書くんじゃなくて受け取るのが一番良いよね――――
「ちょ、ちょっと待ってくれ! なんか俺が、俺自身が変だ!?」
直前の思考がおかしなことに!?
「パパ、慣れない小説執筆でヘトヘトみたいなんです。許してあげてください」
「ユイ、それは一体誰のことなんだ」
どうりで公式本編(いつも)に比べて、表現はたどたどしいし情景描写も疎かだと思ったよ……。一応、ここはまだ《はじまりの街》の広場な。全然周りの様子描かれてないけど。たぶんいっぱいいっぱいなんだろうな。
「今まで担当したすべての作家さんを改めてリスペクトします、だそうです」
「……ならもう引導を渡してやろうぜ、ユイ」
「そうですね……そろそろ終わりにしましょう」
こっちは、せっかくの家族水入らずの至福のひと時をよくわからない誰かの欲望によって邪魔されているのだ。いい加減、さっさとケリをつけたかった。
予想外の収穫だったのだろうか、くすんだ黄土色の土管はアイレンズ部分を《$》マークに変えて電卓を打っている。あまりに夢中でこちらを気にする様子もない。その顔を端的に表現すると、(¥▽¥)こうだ。
「でもキリトくん、いったいどうやって勝つの? あのゲートアポート技は《強制イベント》レベルだし、攻める糸口すら見つかっていないわ……」
隣で不安そうにするウンディーネの少女。
しかし俺は、
「いや、もう《攻略法》は見つけてる」
「え?」
「てわけでユイ、準備はいいか?」
「はいです、パパ!」
キョトンとするアスナに、俺は耳打ちをする。
* * * *
「おい、ブラス・エディター!」
「……なんでしょう?」
ほくほくと電卓を打っていた土管ロボットがこちらを向く。
俺は手に持っていた武器をストレージにしまい、両手を高く挙げた。
「お前のあの《ゲート》攻撃だけど……対応策がない。……降参(リザイン)するよ。俺たちはお前に、近づくことすらできないんだからな。だから……いくらでも俺たちを働かせてくれ。その魔法陣を使わなくても、いうことをなんでも聞く」
「……ふむ」
「そのかわり、ひとつだけ頼みがある」
俺はなるべくへりくだりながら、
「あんた、さっき、『グッズでは水着が一番ニーズがあった』と言ったよな。だったら、ゲートに入らなくても水着になるよ。でもせめて、この《はじまりの街》からは移動させてくれないか。この場所はトラウマが酷くてさ」
「……」
「俺たちはそもそも、自分たちのホームで次の攻略クエストを相談してただけなんだ。せめてその場所に行かせてくれよ。いくらでも仕事に付き合うが、それが終わった後はクエストに戻りたいんだ。音楽妖精(プーカ)領の《失われた歌姫と海賊の王》。そのスタート地点にさ」
黄土色の土管は少しだけ思案して、
「……いいでしょう。そのクエストはたしか……プーカ領の南西部、フルール海岸ですね。スチール撮影も捗ります」
もちろんこの会話は《ブラフ》だ。
* * * *
少し時間を戻そう。
俺はあのゲートに何度か吸い込まれた時、ユイから『BrainBurst2039』なる未来のゲームについての詳細と、そのゲームのアバターであるブラス・エディターのことを知らされた。
《異次元ゲート》には記憶を消失させる効果があるため、ユイは俺のストレージにメモを残してくれたのだ。
頼りになる小妖精がもたらした情報をもとに、アスナに耳打ちした内容はこうだ。
「うん、だいたいわかったよ。あのロボットの正体。つまり、未来のゲームのプレイヤーなんだね」
「ああ。そして俺たちはそのゲームのルール下に置かれている可能性が高い。《ALO》のシステムである座標特定が利用できなかったのもその影響だろう。俺たちはやつの礎となっているゲームルールを理解したうえで、やつを攻略する」
「それは、どうやって?」
「やつのアバター……デュエルアバターは、生成時に与えられたネーミングがその特性を表現している」
「ふうん……つまり、名前の由来が武器にも弱点にもなるってことだね」
瞬時に状況を把握するパートナーの聡明さに、俺は「その通りだ」と大きく頷きながら舌を巻く。
「やつの名前のエディターは当然、編集者という意味だ。編集ってのは編纂(へんさん)とも呼ばれ、本来は著作物の修正や改変、削除などの業務を指す。映像に至っては、最終的にその作品を完成させる業務を意味するんだ。つまり、《もともとある著作物》への修正や変更、削除、そして上書き(オーバーライド)まで行える」
アスナが俺の言葉を引き継ぐように呟く。
「その《もともとある著作物》への上書きが、あらゆるものに及ぶとしたら……たとえば……」
「この《アルヴヘルム・オンライン》も、です。パパ、ママ」
あくまで仮説でしかない推測ではあるが、それでも与えられた断片を繋ぎ合わせて、少しずつフォーカスしていく。
俺はあの黄土色の八本腕ロボットが発した言葉を思い出していた。
「《エンハンスト・アーマメント》……すこしスペルが異なるが、俺たちの知っている《世界》での意味は、本来は有り得ない事象を引き起こすための詠唱文句だ。……つまりこれは、やつの《心意》の力」
あの赤ペンの《武装完全支配術》が、《異次元ゲート》と表出させた、と考えてもいいのかもしれない。
「そして、あれが本当に《心意》の力だったとするならば――」
「わたしたちの《心意》だって、あの土管ロボットに届くはず……そうよねキリトくん」
「……そういうことだ。アスナ」
* * * *
そして時は再びリアルタイムへ。
ここはアルヴヘイム。
プーカ領の南西、フルール海岸。
温暖な気候で観光地としても栄えている……というゲーム上の設定だ。
白亜の砂粒が敷き詰められた浜辺で、当然だがゴミはひとつもない。少し陸のほうに戻れば、椰子の木が生い茂っている。寄せては返すさざなみのサウンドエフェクトに加え、遠くではカモメの鳴き声が聞こえる。
この海岸からずっと沖まで行けば、かつて俺たちがユイにクジラを見せるために挑んだ《水中クエスト》のスポットがあるはずだ。
だが今は懐かしい想い出に浸っている暇はない。
ここにもあの土管ロボットの《心意》が働いているのだろうか、《はじまりの広場》同様に、まったくの無人だった。誰一人いない静かな砂浜で、俺たちは対峙している。
「さあ! 水着になってください! 早く!」
現実世界なら、いや仮想世界でも完全にセクハラ発言を吐きながら強制してくるブラス・エディター。俺はたしかに、やつとそう約束した。
しかし、
「断る」
「なに!? 約束を破るのですか?」
「ああ。俺たちの意思を蔑ろにして許可も取らず、勝手にグッズを作って記憶まで抹消するやつとの約束なんて守る必要はないな」
「……そうですか……なら、やはり今まで同様こうするしかありませんね!」
赤いペンを高速で動かし空中に魔法陣ゲートを描く黄土色のロボット。あれが完成したら次にやってくるのは、圧倒的な拘束力を展開する《強制イベント》攻撃だ。
「その前にお前を倒す!! アスナ、ユイ、作戦どおり頼む!」
「うん!」
「はい!」
俺はオペレーション始動の合図がわりに二人に声をかけ、キラキラと光る砂浜をやつ目掛けて駆ける。アスナとユイは左右に展開した。
俺は影妖精(スプリガン)の俊敏さを最大限に活かし、ブラス・エディターによる不可避な吸引攻撃が放たれる前に、やつの懐まで辿りつかんとスピードを上げる!
だが、あと数歩というところで。
空中で高速で動く赤ペンの記述が最終地点まで到達し、
魔法陣が完成した。
数メートル先で、無機質なアイサイトしか持たないやつがニヤリと笑った気がした。
「一番のニーズ、これすなわち一番のオススメグッズ!!」
空中に出現したゲートへ俺を吸い込まんと《引き寄せ(アポート)》が発動する。
俺のAGIに賭けたこの無謀なこの作戦は、
「《エンハンス・アーマメント》!」
「!?」
当然ながら、上手くいった。
俺を吸い込むはずのゲートから、声が聞こえてきた。とびっきりの、懐かしい声が。
《俺たちを吸い込むはずの異次元》から、《誰か》が飛び出してくる――!!
それは、その姿は。
央都セントリアで過ごした際の見慣れた服を着た、金髪碧眼の少年。
かつて、一年以上ずっと一緒に戦ってきた、俺の相棒。
「咲け! 青薔薇!」
修剣士姿のユージオは、白亜の砂浜に着地するや否や青薔薇の剣を真下に突き刺す。
突き刺した剣先を起点として生まれた氷山群は、砂浜の上をビシビシ! と音を立てながら、ある一点を目指して迸る。
向かう先は、黄土色の土管。
やつの足下から身体を伝うように、氷が襲い掛かる。
「な、なななな……!!」
下から迫りくる氷結地獄は、足から胴体、四対計八本ある両腕、そして首元まで侵食していく。
「ど、どういうことですか!? 不可逆のはずの、私の《ご都合主義ホール》から!!」
おい。それが《ゲート》の正式名称なのか……と、土管ロボットのセンスに突っ込みたくなるが、もちろんそんな場合ではない。
まだ、俺たちの作戦は始まったばかりだ。
「喰らいなさい!」
またしても、《ゲート》から声が聞こえる。
つづいて、黄金色の花びらが、ざああ! と群をなして魔法陣から飛び出してきた。俺は当然知っている。この花びら一つ一つが圧倒的な耐久値を持つ、凄まじい重さの礫(つぶて)であることを。
その形は、小さなひし形を十字に組み合わせたものだ。つまり、《彼女》の剣の鍔に施された意匠と同じ――。
「な、これは、まずいですよ!?」
氷漬けになり、身動きのできないブラス・エディター。
空中で大きく旋回し、勢いをつけたその黄金の小片群は、ものすごい速度をもってして黄土色の胴体に直撃する。
「ぐ、おおおおおお!?」
花びらの衝撃波がぶつかる直前、氷を支配するユージオが土管にまとわりつく氷の拘束を一瞬だけ解いた。
ガァアアアン! という高い金属音と共に、黄土色の土管は弧を描いて吹っ飛び、数十メートル先の海に落ちた。
そしてようやく、黄金色の重厚打撃を繰り出した主が《ゲート》から姿を現す。
空中の魔法陣から颯爽と地面に降り立ったのは、花びらと同じ色をした少女。
アリス・シンセシス・サーティ。
アンダーワールド《人界》を守護する整合騎士で、ボトムアップ型AIの最高峰。そんな彼女が現実世界にやってきた今は、俺たちのネトゲ仲間……でもある。
敵を揺動するため左右に展開していたアスナとユイと合流し、俺たちは最強の助っ人二人のもとに駆け寄った。
「アリスさん、助かりました」
アスナがアリスに、
「……ありがとうな、ユージオ」
俺がユージオへ、感謝を伝える。
「突然言われてびっくりしたけど……上手くいったみたいだね」
優しく微笑む相棒に俺も笑い返す。
その横で、しばらく土管の水没地点を見据えていた黄金の整合騎士も、ようやく警戒を解きこちらに向き直る。
「……私もあの不埒者によって囚われていましたから……。難儀しているところに妖精の少女がやってきて抜け道を教示してくれたのです。撮影とやらで何故かこの神器と整合騎士の鎧を纏っていたときでしたから、丁度良かった」
《あの》の部分で、顎をくいと、土管が沈んだ場所へ向けるアリス。
「はい! お二方にはしっかりと《ゲート》のセキュリティ・ホールを伝えました!」
俺の傍で滞空しながら、ユイはピースサインを見せる。
なんとなく、アリスとユージオが巻き込まれている理由がわかった気がした。敵が必要とし、魔法陣へと吸い込む理由はただ一つ、俺たちのグッズを作りたいかららしい。
つまりこの助っ人二人もそういうニーズが《分岐した世界》ではとても高い……ということなのだろう。
「今がちょうど旬だから、とお二人は言われたそうです。アリスさんやユージオさんも、花嫁姿になったりタキシード姿になったりと大変そうでした……」
やっぱりそうだよな……おつかれ、二人とも。
嘆息するアリスの隣で、優しく微笑み続ける金髪の少年はどこか居心地悪そうだ。
その様子を受けて、ユイがこっそりと俺とアスナに耳打ちする。
「このアリスさんは《この世界》のアリスさんです。ラースでのお仕事のさなか、息抜きでALOにログインしたところ、あの《ゲート》に囚われてしまったそうで……。そして、ええと、このユージオさんは……」
「うん」
「ああ、わかってる」
……そう、目の前にいる修剣士服姿の少年は、アリスとは異なり、《別次元》のユージオなのだ。
彼は俺に向き直り、恐る恐るといった感じで、
「ええと……こっちの世界のキリト。この妖精さんからきいたよ。きみも大変だね、僕の元の世界のキリトと同じくらい面倒ごとに巻き込まれていそうだよ」
「ああ、でも本当に助かったよ。これからもよろしく頼む」
俺は、何もなかったかのように。
「うん。こっちの世界のユージオにも、よろしく言っておいて」
「……ああ。もちろんだ」
とびっきりの笑顔で、答えた。決して悟られないように。
「じゃあ、僕は《元の世界》に帰るね! 妖精さん、《時の監獄》から助けてくれてありがとうございました!」
「いえいえなのです! お気をつけて!」
そうして、ユージオだけは再び《ゲート》をくぐって元の世界に戻って行った。
これでいいんだ。
歴史を変えるわけには、いかないから。
そのとき、アリスの周りを光がまとわりつき、気づけばケット・シー姿のアリスに戻っていた。俺たちが、アンダーワールドから連れだした後、《ALO》にログインするさいの馴染みの妖精アバター姿だ。
残った俺、アスナ、アリス、ユイの四人は、平穏を取り戻した浜辺で一息つく。
「でもユイちゃん、本当によくここまで準備が整えられたよね」
「はい、ママ。別次元の《ユイ(わたし)》とも連絡を取り合って、オペレーションを進めたんです! 異なる世界の同存在と協力する……このやりとりは私にとってもとても新鮮で、たとえるなら次元を超えたデイジーチェーンとでも申しましょうか、真なるクラウドシステムと表現すべきか、相対性理論を覆す量子もつれの実証が成されたといいますか……」
ナビ・ピクシーの少女が興奮気味に話しているそのときだった。
「……ゆゆゆゆ、許しませんよ!!」
ざばあ! とエメラルドグリーンの海から飛び出してくる、黄土色の円柱体。
「キリトくん!!」
アスナが警戒と驚愕の混じった声を上げる。
「ばかめ、この程度で私がやられると思ったのですか」
ガッシャン! と海から砂浜へと着地した土管ロボットは、あれほどの高威力の打撃を受けたにもかかわらず無傷だった。
恐るべき耐久度だ。やつにダメージを与えるには生半可なことでは難しいだろう。
そして俺は……ニヤリと笑い、
「いいや、思わないね」
これからが本当の作戦だからな。
「アリス!」
「言われずとも!」
ケット・シー姿のアリスが、いまだ手に持つ《金木犀の剣》に何かを念じる。
妖精アバターに戻ったにもかかわらず、その剣は健在だった。
柄だけの状態で。
「……むっ!?」
浜辺に着地した黄土色の土管、その周りにいつのまにか黄金の花弁がまとわりついている。
海中にたたき込んだあの初撃のあと、花びらたちは剣身に戻らず、復活するブラス・エディターを予想してずっと付近に滞空していたのだ。
黄金の群勢は、ざああっ! と木枯らしのような音を立てながら、螺旋を描き竜巻となって土管を包み込む。そして、やがて硬質で巨大な円柱を形作った。
それはまるでコーヒーチェーン店で売られているタンブラーのような形。
「アスナ!」
「うん!」
続いてウンディーネのアスナが魔法を高速で詠唱する。《ALO》ではその長い暗唱スペルを間違えるとファンブル扱いになり、もう一度最初から唱えなおす必要がある。
しかも《エクスキャリバー》獲得クエストで俺たちは痛感したが、アスナも俺もマスターしている攻撃魔法は圧倒的に少ない。つまりこの土壇場でのミスは許されないということだ。
しかしアスナは、ひと文句も間違えず、完璧に詠唱しきった。
海面から、巨大な竜が湧き上がってくる。海水で作り上げられたその水流が、上蓋のないタンブラーのような棺桶目掛けて突撃する。
「むむむむむ!!」
水の竜が直撃し、その圧力で棺桶の底に固定され身動きができないブラス・エディター。
水流の突撃が終わるころ、バコン! と花弁でつくられた蓋が棺桶を封印した。棺桶を閉じる。ほんの少し、隙間を残して。
そして、
「キリトくん!」
今度は俺の番だ。
アリスとアスナが時間を稼いでくれていた間に、詠唱し続けてきた魔法を発動させる。スプリガンの最上位魔法の一つ――雷撃魔法。
突き抜けるような青空に、いつのまにかゴロゴロと黒雲が発生し、そこから一筋の稲妻が迸る。
ガァアアン!! という轟音と共に棺桶に直撃した。黒雲から放たれる稲妻は一度では終わらず、連続性を帯びて何度も何度も撃ち放たれる。
ユイが叫ぶ。
「私たちで強く願うんです!! 敵の《心意》を上書き(オーバーライド)するために!」
* * * *
雷撃が終わった。稲妻の連続攻撃が終わり、あたりは静寂に包まれた。
プスプスと煙を噴く棺桶。
そして、ざああ! と棺桶が黄金片に戻っていく。
そこに残されたのは、ブラス・エディター。
ウンディーネとスプリガンの連続魔法攻撃を受けたその結果は――。
またしても、やつは無傷……。
……ではなかった。
「ギギ……、な、なんギですギギか、こギギギれは……ギギギギ?」
キラキラした浜辺に立つ黄土色のロボットは、その身体を動かすことができない。その身体の至る所に、赤茶けた部分が観て取れる。
つまり、錆びているのだ。
俺はカラクリを説明する。
「この空間は、ブレイン・バーストのゲームロジックも組み込まれている。そうだったよな、ユイ」
「はいです、パパ!」
「ブラスはBrass、真鍮のことだ。黄銅とも呼ばれる金属。そして、金属は塩分濃度が濃い海水に浸し電流を流せば……《腐食》を促進できる」
腐食とは金属を酸化させることだ。酸化とはつまり……。
「お前には、《サビ》という強力なデバフがかかったんだ。もちろん、腐食といってもこんなに早く錆びるわけがない。電解のための電極もないしな。だから、《心意》で事象の上書きも加えた」
「な、ギギ……なんギギギですって……ギギ」
「なあブラス・エディター。その自慢の強硬度ボディだけど、錆びて動きが鈍くなり、そして脆くなった今、俺たちの全力のアタックに耐えられるか試したくないか?」
「……!?」
「いくぞ?」
俺は改めて二本の剣を構える。
いつも《クエスト》で愛用する剣と、聖剣《エクスキャリバー》を。
「ちょ、ギギま……待ってギギギギ、待……!!」
「いくぞ!! 《スターバースト・ストリーム》!!」
* * * *
キラキラした白亜の砂浜に、透き通るような海、突き抜ける青空。
そんな美しい景色の中に、異質な一点がある。
スクラップ同然に赤茶けた、土管のような形のロボット。
俺の二刀流十六連撃を受けて、完全に破壊された敵だ。
朽ち果てた土管は、ひび割れたアイサイトを点滅させながら、忌々しく叫ぶ。
「……やはり……強い……。私はもう終わりだ……」
ボロボロのブラス・エディターの身体が光に包まれ始める。
「しかし! 私はお祝い年があるたびに蘇る!! 次は、次は……!!」
そして爆発、霧散した。……お祝い年? 最後まで、何を言っているかよくわからない謎の敵だったな……。
フルール海岸に、俺たちのもとに、また平穏が訪れた。
「……終わった……のか?」
「そう、みたいだね」
一息つく俺の隣で、遠くを見つめるアスナ。
「やれやれ、でした」
獣耳を頭に戴くケット・シーのアリスは、手に持つ《金木犀の剣》の花弁を呼び戻し、その剣身をふたたび現した。その剣は、粒子になって消えていく。《元ある世界》に帰っていったのだ。
脅威は去った。
俺も両手の剣をストレージにしまい、皆に向き直る。そして戦闘中、確認できなかったことを問うた。
「ユイ、本当に助かったよ。でも、あの手際の良い解析情報は、いったいどうやって?」
「そうだよね。さすがのユイちゃんも別次元の情報まで網羅しているわけはないのに、一体どうやって……」
「はい! 実は……《BrainBurst2039》の情報や、ゲート解析の最適パッチ、別次元からユージオさんを呼んでくるアイディアは私だけのものではありませんでした」
「え……?」
「誰か他にも助っ人がいたってことか?」
『うちの馬鹿者がお騒がせしてしまい、すまなかった』
会話を遮るように、どこかから音声が発せられた。その優しそうな威厳高き声は、ユイが展開しているホロウィンドウからた。
そこには、四角いメガネをかけた、グレーを基調とする金属製のデュエル・アバターの姿が。
「まさかこの人は……」
「ブリキ・ライターさんです」
『あいつは、暴走してしまって制御が利かなくなることが多くてね……《別世界》にまで迷惑をかけ始めて困っているところだったんだ。だからキミたちが制裁を加えてくれて、感謝してる。彼にも良い教訓になったはずだ。これに懲りて当分はおとなしくなるだろう』
「……はあ、なるほど……」
『これからもいろいろ苦労をかけるけど、よろしく頼みますね。私も、頑張ります』
ブリキ・ライターなる人物は力強くそう宣言すると、回線を切って姿を消した。
俺たちが把握していない別の世界では、きっといろんなことが起こってるんだろう。
しかし、それを俺は知りたいとも思わない。壮大なるこの世の摂理を違反するような気がするからだ。俺はこれからも、この世界で生き続けるだけだ。
「キリトくん……」
「ああ。なんとも不思議な出来事だったな……」
ともあれだ。
これで、ようやく元の話に戻ることができる。
「さあ、我が家に帰ろう。次に攻略する《クエスト》をいい加減決めないと、だからな」
「うん!」
「はい!」
「もちろん、アリスも一緒にな」
「ええ、ぜひ参加させてもらいます」
俺たちは愛すべきログハウスへ帰るべく、背中の翅を羽ばたかせようとして――。
そのとき、ヒラリヒラリと紙が落ちてきた。
「ん、これは……」
ブラス・エディターが取っていたメモの切れ端だ。
「この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、いつもの《公式本編》とは関係ありません」
「読者の皆様、いつもありがとうございます。次回、川原礫20周年もよろしくお願いしますm(_ _)m」
おしまい
いかがでしたでしょうか?
次回の更新もお楽しみ!
いかがでしたでしょうか?
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