カラクリのブロマガ_二次創作SS/ツクール製ボイロRPG置き場

【にじさんじ二次創作SS】寂しがり屋の女神さま

2018/05/02 00:26 投稿

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にじさんじの二次創作SS第二弾はモイラ様で。
pixivでも上げてます。

女神が生放送配信とか一体どういう流れでそんな事になったのー!? という風に設定に驚いたのでなるべくドラマチックに書いてみました。
実際の女神様は「あ、なんか面白そう、やってみよー」ってノリだと思います。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 この世界の空の上。遥か彼方のその先に、天界と呼ばれる楽園がありました。
 そこには、一人の女神様が居ました。女神様は、ずっと地上を見守ってくれていました。その女神様のお陰で、地上は幸せで溢れていました。

 女神様は、天界でたった一人でした。天界には他に誰も居なくて、女神様はずっと一人で、地上を見守っていました。
 一人で、たったの一人ぽっちで。それでも女神様は、決して泣く事はありませんでした。女神様が悲しむと、地上も悲しみで溢れてしまうからです。
 だから女神様は、ずっと笑顔で居たのです。ずっと、ずっと笑顔で居るのです。
 それは、とても立派な事でした。とても立派で、とても悲しい事でした。とてもとても、寂しい事でした。
 
 でも、本当に悲しいのは。本当に、寂しいのは。
 女神様が、気付いていない事でした。なにも、知らない事でした。
 そして、知らないという事は。知る事も出来る、という事でした。
 
 もしも、その事に女神様が気付いた時。地上は、どうなってしまうのでしょう。世界は、終わってしまうのでしょうか。

 それならば、知らない方が良い。ずっと、気付かないほうが良い。その方が、きっと皆が幸せに居られるでしょう。
 それは、きっとハッピーエンドと呼べるのでしょう。

 でも。
 女神様が、知った時。それに気付いた時。
 その時こそが。このお話の、始まりなのです。


 □◆□


「はーーー……。退屈、なのだわ……」

 何処までも続く青空の下、同じく何処までも続く花畑の世界。
 見渡す限りの全てが美しく色鮮やかな、まるで楽園のような世界。

 そんな世界で、そんな世界に相応しい天上の音色が、そんな世界に相応しくない地の獄なテンションで吐き出された。

「アーー……。何か、面白い事でもないものかしら……」
 
 楽園の中心。そこには、澄み切った水が湧き上がる噴水があり。その傍には、純白の石で作られたテーブルがあった。
 そして、おなじく純白の石作りのイスに座り。退屈そうにテーブルへ頬杖を付いた女性が居た。

 美しい、などと。そんな言葉で表現できるような女性ではない。
 青空のように透き通った髪。雪のように白い肌。整い過ぎている顔立ちは芸術品のようで、その瞳はまさに宝石その物だった。
 そして、その背に見える一対の純白の翼が、彼女が人というモノから遥かに離れた存在である事を表していた。

 天上の楽園に存在する、人を超越した存在。
 古の時代から、地上を見守りし至高の存在。
 『女神』、と呼ばれるその女性は。

「ア゛ァーーー……」

 退屈で、死にそうな声を上げながら、純白のテーブルに突っ伏していた。

 ◆

「まずいのだわ……。こんなに退屈なら、寝るのが一番なのだけど……。さっきまでもう年単位で寝ていたから、まったく眠くもないのだわ」

 そう言葉にしながら、ダルそうに両手をテーブルの上で伸ばす女神。その姿は、とても女神などと呼べる姿ではない。
 古の時代、地上の人々に、慕われ敬われ恐れられた女神の姿とは、とうてい思えない姿である。
 もちろん、それには理由があって。仕方ない事情もあって。

「仕方ない、ちょっとは地上も見てみるのだわ」

 そう言いながら、女神がゆっくりと身体を起こした。そのままなにやら呟きつつ、前方の空間に向けてちょいちょいと指を走らせる。
 その指の軌跡が光の道となり、空中に幾何学的な模様を描く。その模様が光り輝いて、数度瞬いた後。ガラスが割れるような音と共に、光は閃光となり弾け飛んだ。

「さてっと、数年ぶりの地上は……」

 光が弾け飛んだ後。彼女の前には、幾つもの光のスクリーンが空中に浮かび上がっていた。そのスクリーンが映し出すのは、どうやら地上の光景であるらしい。
 地上の様々な場所が映し出され、目まぐるしく拡大縮小が駆使されて。地上の生き物……人間達の生活の様子が、驚くほど鮮明に映し出されていた。

「うーん、相変わらず、技術の発展がすんごいケド、地上が滅ぶような兆候もなさそうだし……、まあ、平和、なのだわ」

 地上をサッと眺めたのか、女神はそう呟く。平和だ、という事は喜ばしい事であって、彼女の音色も穏やかではあるのだが。

「これじゃあ、まだまだ私の出番はなさそうね」

 どこか、拍子抜け、という様子で。彼女は、軽く溜め息を吐いた。まるで、何か事件でも起こって欲しいような様子である。
 そんな考えは良くない事だ、と。彼女も自覚があるようで。自嘲気味に口元を綻ばせながら、軽く首を振った。
 そして、またスクリーンに視線を戻して。

「昔は、なにかあるたびに神頼みしていたというのに。まったく、こいぬ達の成長は目を見張るモノがあるのだわ」

 まさしく、子の成長を見守る親のように。慈愛に満ちた瞳が、地上を眺めていた。

 昔。古の時代。人が生まれて、文明というモノが創られ始めた時代。
 人々はまだ弱く、幼くて。だから、よく神を頼った。自分達ではどうしようも出来ない現象から救って欲しいと、神に頼って生きていた。
 だから、女神は人の為に働いた。人の為に力を使った。あの頃はブラック企業も真っ青レベルで忙しかったのだわーと、彼女は当時を覚えている。

 人は神に願い、神に祈り、神を愛し、神を恐れた。それはつまりは、人と神との繋がりだった。人と神は、確かに繋がり生きていたのだ。
 でも、今は。

「もう、巣立ちの時はとうに過ぎてるのでしょうね。私の顔も、忘れてしまったのだわ」

 人は、文明を発展させて。科学技術を発展させて。そうして、世界の理を解き明かすたびに、神との繋がりを失っていった。
 昔は、雷と言えば神の怒りであったのに。今では、ただの物理現象でしかない。神の怒りなどではなく、唯の自然の気まぐれに過ぎないと結論付けてしまったのだ。
 そうやって、世界から不思議な事が一つ消える度に、人は神から離れて行った。解き明かされた神秘なんて、誰も敬い恐れる事など無いのだから。それは、至極当然の事であった。

 そうして、数十年。最早人間が神に頼る事は無かった。そんな暇が有るなら、自分達の技術で解決すれば良いのだから。
 頼られなければ、神も動かない。動かない神など、誰も信じない。
 神の存在を『本気』で信じている者なんて、もう地上にはほとんど居ない。

 それは、確かに巣立ちであって。女神からしたら、歓迎すべき事なのだろう。
 でも。

「まあ、あの頃みたいに忙しすぎるのも嫌だけど。ここまでやる事無いってのもキツイのだわ」

 正直、退屈だったのだ。人が神を頼らぬ以上、彼女から動く事は無かった。そんな考えは彼女には無かったから。
 出来る事は、こうして地上の様子を眺めるくらい。それも、まあ、楽しくない事はないのだけど。

「この平和が永遠に続くとは、流石に思わないけど。一体あと何百年続くのか……。これじゃあ私は干からびてしまうのだわー」

 力なく呟いて。女神はやはり、テーブルに突っ伏してしまうのだった。

 ◆

「はぁ、でも、眠くもないしー」

 のそりと上半身を起こして、女神はスクリーンを見やる。そのまま、スクリーンを指差して。

「……てきとーに、何かなーいかなー」

 指を横に払った。まるでルーレットのようにスクリーンをクルクル回転させる。その中の映像もぐるぐると場面が切り替わっている。

「ていっ」

 そして、適当なタイミングでビシッと指を差し。スクリーンの回転もピタリと止まった。
 そこには、地上のある場面が映っていた。

「さて、何か面白いモノでも映ってれば良いのだけれどー……。んー……。ここは日本の、あれは女子高生なのだわ」

 映ったのは日本の、何処かの都市。世界でもトップレベルで平和(何も無い)な場所。
 そこは日が落ちかけたいわゆる夕暮れ時で。そこを歩く人々は、おそらく仕事帰りの人々で。
 その人々の中に、スクリーンの中心にちょうど映し出された所に。二人の女子学生が、仲良さげに並んで歩いていた。

「友達と仲良く話しながら家に帰る女子高生の図。これぞ平和って感じの光景なのだわ……。ふむ、ちょっとほっこり」

 期待していた面白いモノ、とは言えないが。この光景も、これはこれで良いモノである。その少女達を眺める女神も、顔を綻ばせていた。
 女神様というだけあって、彼女は基本善性の塊だ。退屈と口では言っても、穏やかに過ごす人間を見るのが嫌いな訳が無い。
 なかでも、まだ子供と呼べる年齢の者達が、平和に仲睦まじく過ごす姿を、彼女は愛していた。

「やっぱりこいぬ達は仲良く暮らしているのが一番なのだわー。……って、あら?」

 地上を見ていた彼女の瞳が、少し驚いたように見開かれた。
 その視線の先では。仲良く下校していた少女達が、駅で別れる姿が映っていた。
 また明日、と声を掛け合う二人。二人は確かに笑顔であったが、一人はその笑顔に少しだけ元気が無いように見えた。
 それは、つまり。

「別れが寂しいのかしらね……」

 女神が呟く。
 スクリーンの中の二人は、確かに別れる瞬間で。しかし、二人の様子から今生の別れという訳でもなさそうで。
 それでも、寂しがる子はいるのだろう。いわゆる寂しがり屋さんという子で、別にそこまで珍しい事でも無い。
 人間なら誰でも、寂しいという感情は知ってるだろうから。だから、その二人の別れを目撃した周りの人々は、皆優しげな視線を送っていた。

 けれど。女神は、

「寂しいって、どんな気持ちなのかしらね。……私はずっとここに一人だったからなぁ。良く分からないのだわ」

 寂しい、という感情を知らなかった。そういう感情があるのは知っているが、自身がそれを感じた事は無かった。
 なぜなら、彼女は神なのだから。至高であり、孤高であり、最上のたった一人で在る事を義務付けられた存在なのだから。
 だから、彼女は。寂しいという感情を、知らなかった。

「人は弱くて、一人じゃ生きられないから。寂しいと思うのは、一種の防衛本能。……技術が凄まじく発展しても、根本は変わらないのかもしれないのだわ」

 人とは異なった視点で納得して、軽く目を伏せた。
 寂しいというのは一種の負の感情なのだから、感じないならそれが良いに決まっている。自分がそれを知らないとしても、なんら問題は無い。
 むしろそれを未だに克服できていない人間達を、少し不憫に思う。文明が発展し、生活が豊かになったとしても。そういう感情の支配からは逃れられないのだなと、女神は変に納得していた。

「まあ、そういう感情を失ったら、もう人とは呼べないのだわ。だから、これが正しい姿なのでしょうね」

 そう、感情を失った人間なんて、機械と変わらない。生き物と呼べるかも怪しい存在に成り下がってしまう。それは決して、進化とは呼べないと女神は思う。

――ならば。そういう感情を知らない私は……。

 煌めく瞳が前を向き、スクリーンを見詰める。いつの間にか、女子高生達の姿は駅前から消えていた。別れて、それぞれの帰路についたのだろう。

「あらあら、もう帰っちゃったのかしら。ちゃんと帰れるかしら……って、日本ならそうそう変な事も無いのだわ」

 二人の行く末を見落とした事を少し残念に思うが、ここなら事件に巻き込まれるような事態も無いだろう。
 気持ちを切り替えて、改めてスクリーンを見る。

「日本ねー。ここは流行り廃りが激しいし、数年前とも変わってるでしょう。今は何が流行りなのか確認してみるのだわ」

 ちょうど良い機会である。寝ていた数年の内に、日本の人達はどう変わったのか。
 それを確認する為に、女神はスクリーンを操作し始めるのであった。

 ◆

「ぶいちゅーばー? なるモノが流行っているのね。あれ、寝る前はゆーちゅーばーがちょっと流行ってたような気がするけど。あれの亜種なのかしら」

 それは、インターネット上のとある動画投稿サイトの事。以前はゆーちゅーばーというのが流行っていたが、それをヴァーチャル化したのがVTuber(ぶいちゅーばー)らしい。それが、今では飛ぶ鳥を落とす勢いで流行っているそうなのだ。
 人間も色々な事を考えるものだ、と女神は感心する。
 そして、その感心はその元となった技術へも跳んでいって。

「……しかし、このインターネットというのは本当に凄いモノなのだわ」

 ちょっと前までは、映像配信なんて一部の人間の特権だったというのに。誰でも映像を配信出来るようになったのだから、本当に技術の進歩は凄いモノだ……と思ったのも昔の事。
 今ではリアルタイムで映像を流して、世界中で人々が自由に交友しているのだ。
 電話が出来た時も驚いたモノだけど。最早声だけでなく姿形までもが繋がって、まるで目の前に居るかのように交流できるのだから。
 凄い、の一言だった。数十年前にはまるで魔法だったような事が、次々実現する。出来っこないと思っていた事が、人間の手で実現していく。

 なるほど、これでは、神の立つ瀬もないだろう。そう、女神は思っていた。

「これは、私も忘れ去られる訳なのだわー……」

 人間はもう立派に巣立っていっているのだ。もう神の手助けなんていらないのだ。
 それは、とても良い事であって。神としては、誇らしい事でもあるはずなのに。

「……うーん、一杯情報がありすぎて、ちょっと疲れたのだわ」

 そう言って、彼女はふぅと一息をついた。瞳をゆっくりと閉じながら、イスの背へとその身体を預ける。
 そのまま指で空中に模様を描くと、それが純白のカップへと変化した。彼女は空中に現れたそれを受け取って、そのまま優雅に口へと運ぶ。
 湯気の立ち方から、なにやら熱い飲み物らしいそれで喉を潤して。ほうっと、ゆっくりと息を吐いた。

 そのまま顔を天へと向けて。開いた瞳は、少し物憂げであった。

「……巣立った子達は、もう戻らないのかしら、ね」

 ポツリと呟く。
 なんだか、胸にチクリと差す痛みを感じたような気がしたけど。女神はそれがなんなのか良く分からなかった。
 良く分からなかったから、彼女は軽く首を振って。

「……ダメなのだわ! 女神たるモノ、いつでも笑顔で居るべきでしょう。神の私が暗い顔をしていたら、地上のこいぬ達が迷ってしまうのだわ」

 そう言って、すっと立ち上がり。数あるスクリーンへと立ち向かって。

「よーし、ぶいちゅーばーとか言うのが流行っているのなら、女神としてそれがどんなモノか確認しないといけないのだわ! さっそく、全部調べてやる……って、二千人近くいるのだわ!? む、むう、良いでしょう、全部調べてやるのだわー!」

 そう、誰に向けてかも分からぬ宣言をして。女神は再度、スクリーンの操作に勤しむのであった。

 ◆

「うん、基本はゆーちゅーばーと変わらないのかしら……。でも、仮装の姿で居るのだから、配信するハードルは下がってる気がするのだわ。自分の姿をだすのは恥ずかしいってシャイなこいぬも多いから、これは良い点なのかもしれないのだわ」

 何人ものVtuberを確認して、その界隈の状況を調べていって。色々と現状が知れてくる。

「しかし、この生放送は本当に凄いのだわ。沢山コメントが流れて、皆でその場に居るような気分になれるのだわ」

 それはあくまで、配信者と視聴者の一対多という図式であったが。リアルで打たれていくコメントが、場を上手く盛り上げている。
 遠く離れているであろう人間達が、まるでその場に集まっているかのような。不思議な臨場感がそこには在った。

 そんな風に、次々流れていくコメントを見詰めて。

「ふむ、コレくらいなら干渉しても問題無いのでは……」

 久しぶりに、悪戯っぽく笑みを浮かべる女神。彼女はそのまま指先を踊らせて、なにかの力を発動させる。
 すると……。

 幾つも在るスクリーンの一つ。女神の真正面にある一つ。対戦ゲームで遊んでる様子を配信しているらしいVTuberのコメント欄に。
 
 †女神† がんばれーまけるなーなのだわ!

 という、当たり障りの無いコメントが一つ紛れ込んだ。それは他の多くのコメントに流されて、映ったのは一瞬であったが。
 女神は、その映像をしっかりと瞳で捉えて。にやりと笑みを浮かべていた。

「むふふ、上手くいったのだわ。まさか本当に女神がコメントしてるなんて、こいぬ達も思わないのだわ」

 そりゃそうだろう。†女神†、なんて名前でコメントを打たれても、本物なんて思うまい。むしろ本物だと訴えても信じてもらえないだろう。女神(笑)となるだけである。
 そして、今回はそれで良いのだ。女神だと信じられていないのなら、それは居ないのと同じだから。女神が自分から地上に干渉したのではないと、全く別人の戯言だと、言い訳も立つ。

 果たして、誰に対しての言い訳なのか、女神にも分かっていないけど。それでも、そんな言い訳を用意してでも。彼女は、コメントというモノを打ってみたかったのだろう。
 そして、それはおよそ彼女の期待通りの運びとなった。女神のコメントは速攻で流れてしまって、誰もそれを気にしなかった。配信者も特に触れる事もなかったのだ。
 しかし、それでも。その場に言葉を残したという、不思議な達成感を、彼女は感じていた。

 これなら問題無いと。上手くいったと。だから、彼女は少し調子に乗って。

「ようし、この調子で、皆にコメントを打ってあげるのだわー!」

 と。変なテンションで、女神の力を使い、コメントを打ち続ける事となった。

 当たり障りの無い言葉ではあったけれど、それぞれの配信に即した内容のコメントを。数十人のVtuberに『ほぼ同時刻』に打った、†女神†とか言う都市伝説のような存在が、一時期Vtuber達の間で噂となるが。それはまた別のお話である。

 ◆

 女神はコメントを打っていた。ほぼほぼ全てのVtuberの生放送に、ちょこちょこそれっぽいコメントを残していった。
 しかし、そうしてコメントを残す為に配信を開いていって。そこで、彼女は気付いた。

「……うん、人気というモノの差が大きいのも、ゆーちゅーばーと同じなのかしらね」

 とりあえず人気順に片っ端から配信を開いていたので、最初の内はコメントも人も多かった。しかし、それも段々と減っていき。遂にはほとんど人も居ない配信へとたどり着く。
 全ての人間が人気者になれる訳では無い。それは現実であり、仕方の無い事である。そんな現実が、ゆーちゅーばーにもぶいちゅーばーにも圧し掛かっていた。
 世知辛いのじゃー、と。仕入れたばかりの台詞が頭を過ぎる。まったくもって、人の世というのは世知辛い。

 いっそ自分に助けを求めれば、神に『本気』で祈れば。救いの手を差し伸べるのに躊躇は無いというのに。
 でも、そんな事は起こらないのだろうと。女神は既に理解していた。
 巣立ってしまった以上、自分達で解決しないといけないのだ。それが、この時代の現実だ。

 ならば。せめてもの力添えとして。コメントの一つでも打ってみようと思うのだが。

「うーん、これじゃあ流石に、軽々しく打つのもマズイわね……」

 女神なんて信じる者は居ない。しかし、あまり目立つのも良くない。長くコメント欄に残れば、それだけ目に付く事になる。さらっと流してもらえない。
 それはよろしくない。干渉が過ぎる。そう、思うのだが。

「……このこいぬは、誰も居ないのに一生懸命なのだわ」

 視聴者もほとんど居ないのに、一生懸命実況しながらゲームをするVtuber。
 キャラは可愛いし、声もキャラに合っているし。頑張って話している姿は好感が持てると、女神は思った。
 なぜこの子が人気が無いのか、彼女には良く分からなかった。

 まあ、今にして思えば、理由が無いのが理由なのだろう。人気者になれる者はホンの一握りで、でもなれるだけの理由があったのだから。
 その理由が無いのが、つまりは埋もれる理由なのだろう。
 一生懸命なだけでは、その理由には足らないのだろう。

 でも、その姿が、女神の琴線に触れたのか。

 †女神† 初めまして 実況頑張って

 と。やはり無難なコメントを打ち込んでいた。

「……まぁ、これくらい良いわよね」

 よろしくないとは思いつつも、我慢は出来なかった。なんとなく、見過ごせなかった。
 まあ良いか、と。どうせコメントを打った所で、こんな適当な台詞が影響を与える事も無いだろうと。
 そう、女神は思っていたのだが。

 しかし、次の瞬間。

『……わあ、女神さん! いや、女神様って呼んだ方がいいのかな。コメントありがとう!』

 と、スクリーンの奥から快活な声が響いてきたのだ。その声を聞いて、女神はビクッと身体を震わせた。

「……え? 今、私を」

 呆然とした様子でスクリーンを見る。その奥の彼女、Vtuberは、確かにこちらに向けて手を振っていた。
 もちろん、そのカメラの先に居るのが、本物だとは夢にも思っていない。ただ、自分の配信を見に来てくれた女神という名前のリスナーとして、こちらを認識したに過ぎない。
 それでも、確かに。その子は、こちらを認識して、こちらにコミュニケーションを取りに来たのだ。
 それとは知らずに、でも確かに。人と神が、繋がったのだ。

「……」

 この時の女神の気持ちを、代弁するのは難しい。彼女自身、良く分からなかったみたいで、聞いていてもいまいち要領を得なかったから。
 けれど、ひとつだけ、確かな事がある。

 色々な感情が織り交ざって、呆然としてしまう程の衝撃を受けて、心臓が跳ねるほどの驚きでもって。
 久しぶりに、本当に久しぶりに、己の事を認識した人間が居るという事に。
 嬉しくない筈がない、という事だった。

「ふむ、私の事をきちんと女神様と呼ぶとは、なかなかお行儀の良いこいぬなのだわ! ご褒美に、私がコメントで盛り上げてあげるのだわ!」

 †女神† 私もゲームは知らないけど、それでも上手だと思うのだわ
『ほんとー? 嬉しいなぁ。こういうゲームは結構得意なんだ。華麗にクリアしてみせるよ!』
 †女神† 頑張るのだわー

 コメントを打つ。その反応が返ってくる。それは、もう完全に対話のそれで。
 コメントを打つ目的が、完全に変わってしまっていて。

『やったー、クリアできた!』
 †女神† おおー、ほんとに上手なのだわ!
『えへへ、自分でも上手く出来たと思うよー。』

 そんな事は、もう。気にも留めていなかった。

 ◆

『お、そろそろ時間だね。じゃあ、これで配信終わります。ちょっとこれから用事もあるんでね!」

 目の前の彼女がそう言った。女神はあれ、もう? とも思った。そんなに長い時間が経ったとは思えなかったのだ。
 まぁ、実際には、結構な時間が経っていたのだけれど。女神にとっては、そうは思えなかった。
 だからと言って、終わるという彼女を引き止めるという選択肢はありえない。

 女神と人では、時間に対する感覚も違う。女神にとっては短いとも言える時間も、人にとっては長い時であったのだ。
 そう思って。なぜ時間を短く感じたのか、その意味をしっかりとは考えずに。

 †女神† お疲れ様 次の配信待ってるのだわ
『わあ、最後までありがとう、女神様! 時間取れたら、また配信するね! それじゃー、ばいばい!』

 なんだか名残惜しそうに、スクリーンの奥の彼女が手を振って。
 映像が切り替わる。配信終了の画像が浮かび上がった。
 その瞬間、二人の繋がりは断たれてしまった。その場には静寂だけが残されていた。
 その事を少し残念に思いつつも。人間にも都合が有るという、当たり前の事に納得して。
 だけど。

「また、次の配信で……もう一度、話したいな」

 そう、ぽつりと漏れた言葉。それは確かに彼女の本心だった。一切偽りの無い想いだった。
 それなのに。

「……え?」

 その言葉が自分のモノである事に、一瞬、気付かなかった。
 この場に居るのは自分だけなのだから、それは自分の言葉でしかあり得ないはずなのに。それなのに、気付かなかった。
 だって。そんな事を自分が考えるなんて、思わなかったから。そんな気持ちになるなんて、思ってもみなかったから。

 そして。
 それが、普段の音色とは、まったくもって違うモノだったから。

「……あらあら?」

 自分でも驚くほど声に力が無い。いつもの自分の声はもっと明るくあったと思う。気力と言うか、覇気というか。そう言ったモノが多少はあったはずなのに、今は全く感じられない。
 それだけじゃない。全身にもまったく力が入らない。気を抜けばその場に座り込んでしまいそうで。そう思っている内に、彼女はストンと腰を落としてしまった。
 一度座り込むと、もう立ち上がれない。足が言う事を聞いてくれなかった。

「? いったい、どうしたのかしら――」

 困惑を顔に浮かべて、女神が呟く。自分の身体に視点を落とすが、見た目には特に変わった事は無い。

 しかし、その身体は異常を訴えている。まるで全力疾走でもした後のような倦怠感。じわじわと体の奥から沸き上がってくる焦燥感。
 そんな、自分の異変に困惑して。彷徨うようにその視線が空を泳いで。

 その視線が捉えたのは、やはり先程と同じ画像。配信が終了している事を示している画像。
 先程まで談笑していたあの子は、もう、そこには居ないという。そんな簡単な現実が、たった一枚の画像で示されていた。

 それを、改めて。正確に、認識した瞬間に。
 正体不明の何かが、胸の奥をぎりぎりと締め上げてきた。

「……っ!」

 息が詰まる。背筋には寒気が走った。なんとも言えない悪寒が首を触ってくる。その感覚に釣られて、女神は後ろを振り返った。
 そこには。

 何も無かった。なんにもなかった。
 いつもと同じ、何処までも続く楽園が広がっていた。空の彼方も、陸の彼方も。何処までも広い空間が広がっていた。
 そのただただ広いだけの空間の、その中心で。自分一人だけが、力なく座り込んでいる。

「……あ」

 声が漏れた。そこには、なぜか恐怖の色が在った。その顔は青ざめて、その瞳が揺れていた。
 背を駆ける寒気が、ぐるぐると増していく。凍えるほどのその寒さに、思わず両の手で己の身体を抱き締めた。

 幻覚が見える。世界が広がっていく幻覚。何処までも広い世界が、さらに広く遠くなっていく。
 空を見ても、前を向いても、後ろを向いても。どんどんどんどん、世界の端が遠ざかっていく。
 自分が、小さくなっていく。

 広い世界で。自分が一人だと。たったの一人ぽっちだと。
 自覚する。自覚した。自覚させられた。

 その瞬間に、心の底から噴出した感情の名前を。女神は、知っていた。

「……馬鹿ね、またすぐ会えるじゃない。インターネットは、地上と天界すら繋げるんだから。だから、また直ぐ会えるじゃない。なにも、寂しい事なんて……!」

 そう思うのに。本当にそう思うのに。おどけたように言葉にしても、それは全く力を成さなかった。
 その名前だけ知っていた感情が、女神の全てを埋めていく。断たれてしまった何かを求める心が、煩いくらいに悲鳴を上げている。

 遥か昔も、誰かと交流する事はあったけど。それは、あくまで人と神で。どうしようもない程の立場の違いがあったから。だから、ここまで揺さぶられる事はなかったのだろう。
 でも、今回は違った。今回は、決定的に間違えた。
 まるで、人と人のように。対等に接してしまったから。それは、正真正銘、初めての事だったから。それは、とても、心地良い事だったから。

 それが断たれて。一時の事だと頭では理解しているのに、その繋がりを切断されて。
 それが、どうしようもなく。

「寂しい、のだわ……」

 気付くと、自分の頬を熱い何かが濡らしていた。それはとめどめなく溢れてきて。ぼたぼたと、地へと降り注いでいた。
 瞳から熱が零れ落ちる度に、体から熱が失われていく。力が失われていく。
 寒くて、暗くて。体が、震えて――

「あ……、あぁ……」

 何て馬鹿な思い違いをしていたのだろう。人間が弱いから、一人で生きられないから。だから、寂しいのだと。
 違ったのだ。全く違ったのだ。
 一人では生きられないから、防衛本能だから、なんて。小難しい話では無くて。もっと、もっと単純な話で。

「……楽しかった、な」

 誰かと居るのが、楽しいから。とても楽しかったから。それを知ってしまったから。
 一人に戻ると、寂しいんだ。
 たった、それだけの事だったんだ。何も、不思議な事じゃなかったんだ。

――そんな事を、私は、知らなかったんだ。

 知りたくなかった。気付きたくなかった。こんな想いは、知らずに在りたかった。
 
 でも、一度知ってしまったら。もう、戻れない。知らなかった自分には戻れない。
 この楽園に一人で居るのが寂しいなんて、考えもしなかった自分には、もう戻れない。
 誰かと共にあるのが楽しいと、そんな事も知らなかった自分には、もう戻りたくはない。

 でも。それはつまり。
 もう、一生、永遠に、永劫に。ここで一人で、居ないといけない現実を。
 受け止めなければならないと。そういう事だった。

 そんな事。いくら神であろうとも――

「……誰か……」

 漏れそうになる言葉を手で押さえた。勝手に動く口を押さえ込んだ。流れる涙を止めたくて、瞳をぎゅっと閉じて押さえ込んだ。

 情けない話だ。神が誰かを頼るなど。そんな事許されない。許される筈がないのに。
 愚かな話だ。ここには自分しか居ないのだから、助けなんて求めても意味は無いのに。

 自分は、救う側なのだから。自分を救ってくれるモノなど、どこにも居ないのだから。

――私は、ずっと。一人ぽっちなんだから。



『あ、繋がったか……。って、一人残ってるけど、もしかして女神様? おーい、聞こえてるかな?』
「……え?」
 
 自分一人しか居ないはずの世界に。誰かの声が響いた。目を瞑り、真っ暗に閉ざされた世界に、声が響いた。
 女神が伏せていた顔を上げる。涙でぐしゃぐしゃの顔が、スクリーンに向けられて。
 そこには、先程まで対話していたVtuberの子が居て。こちらに向けて手を振っていた。

『いやー、外出する予定だったんだけどね。なんかいきなり暴風雨が吹き荒れてさー、これじゃ外は歩けないって。もう、テレビもびっくりの異常気象だよ。仕方ないから、外出は諦めて、またゲーム実況しようと思ったんだけど……。んー、聞こえてる? もしかして、ページ開いたままどっか行っちゃったのかな』
「い、居る、ここに居るのだわ!」

 女神が反射的に声を上げた。無意識に力が使われて、発した言葉がそのまま。

 †女神† い、居る、ここに居るのだわ!

 と、コメント欄に、かなり大きな文字で叩き込まれた。

『おわっ!? びっくりした! おおー、居たんだ女神様。……あれ、てかコメントでかくない? え、何これ、こんな機能あったっけ』

 スクリーンの中の子が、いきなり打ち込まれたコメントに驚いていた。
 思わず力を使ってしまった事を自覚して、女神もうろたえた様に瞳を見開いている。
 
 でも、その瞳が相手の姿をしっかり捕らえて。それが、幻覚でも妄想でもない事をはっきりと確認して。
 涙で濡れた瞳が、まるで光を取り戻したかのように力強く輝く。それはまるで、闇夜に煌めく美しい月のようで。
 絶望に暮れていた顔が、ゆっくりと微笑んだ。

「……あれなのだわ、これも女神の力なのだわ」

 力を使って。自分の発言をそのままコメントに乗せる。
 女神の言葉が、リアルタイムでコメントに打たれていく。

『あはは、マジで? そんな事出来るの? なんか女神って力じゃないんですけど』
「そうね。まあ、目立つし、もう使わないのだわ」
『うーん、それが良いと思うよ。何をやったのか知らないけど、変な事してたらBANされちゃうよ』
「そうなったらあなたと話せなくなるのだわ。そんなのは嫌なのだわ」
『えー、大袈裟だなぁ、女神様は』 

 Vtuberの彼女が笑う。カメラの奥の、女神に向けて。
 自分に、向けて。彼女は笑った。

「……大袈裟じゃないのだわ。私には、あなたしかいないのだから」
『ちょっ!? 重い、重いよ! どうしたの、女神様』
「気にしないで良いのだわ。唯の戯言ですもの」
『気にするわっ! もう、なーんか浮世離れしてるっていうか……まあ、でも』

 その子は、まるで照れくさいとでも言うように、頬を手で掻く仕草を見せた。
 人の動きを投影したキャラクターだから、ちょっとぎこちない気はするけど。それでもやっぱり、それは人の仕草だと分かる。唯のアニメーションと比べると、ずっとそれっぽい動きだと分かる。
 そんな、なんだか人間臭いキャラクターが。おずおずと言った様子で、口を開いた。

『私も同じ。他の人を真似してこんな事始めてみたけどさ。ほとんど人は来ないし、コメント打ってくれる人なんて全然居ないし。想像してたみたいに面白くなくって、思っていたようにはいかなくてさ。もう辞めようかなーとも思ってたけど。でも』

 恥ずかしそうに、照れくさそうに。でも、笑顔で。

『今日は……楽しかった。女神様が来てくれてよかったよ』

 そう、話してくれた。
 きっと恥ずかしいのだろう。何言ってんだろう私ーと、その子は照れ隠しのように笑っている。
 でも、その言葉は、しっかりと女神の心に打ち込まれて。ぎゅっと、心臓を掴まれたような感覚があった。

「――っ!」

 それは、自分を肯定してくれた言葉。自分を認めてくれた言葉。
 自分を求めてくれた、と。そう感じた。
 それは、昔、人が頼ってくれた時とは、全く違う感覚で。
 もしかしたら、それは初めての事で――

 頬を伝う涙は、いつの間にか暖かい物に変わっていた。どれだけ流れ落ちたとしても、心の暖かさは変わらなかった。
 声は震えるけど、それをちゃんと言葉に変えて。彼女に、きちんと伝わるように。

「……私も、あなたと会えてよかった」
『……わー! 止めよう、めっちゃ恥ずかしいって!』
「私は恥ずかしくはないのだわ。本当に、あなたと会えてよかったと、そう思っているもの」
『ぐっ、さすが女神。そんな恥ずかしい台詞を惜しげもなく使うとは……。というか、そっちはコメントなんだから私よりマシじゃん! ずるい!』
「ふっふっふ。ちょっと気付くのが遅かったのだわ」
『もー、不公平だー!』

 片やただのコメントで。もう片方も、ヴァーチャルなキャラクター。
 お互いに、本当の顔も、本当の姿も知らないのに。
 それでも。その二人は、確かに。

「まぁ、落ち着くのだわ。それより、ゲームはしないのかしら」
『んー、もう雑談でも良いけど……。まあ、ゲーム実況って言ってたんだし、ちゃんとやろうか。でもどうしよう、さっきの続きかな、それとも他のゲームかな』
「あなたの好きにするといいのだわ」
『そっか。それじゃあねー』

 会話をしていた。言葉を交わしていた。
 地上と、天界と。想像もつかないくらい隔たれたその場所で。
 確かに、繋がっていた。

 ◆

 それから。
 結局、Vtuberちゃんはゲーム実況を数時間続けて。
 今度こそ、配信を終わろうと思った時。

『うわ、もうこんな時間か。いやー、楽しくてあっという間だった』
「……そうね。楽しい時間は、直ぐ終わってしまうのね」

 そんな事に、女神は今更気付いた。時間も忘れるくらい楽しかったのだと、今更気付いて笑ってしまう。

『そっか、楽しんでもらえたなら良かった。ほら、見ての通り過疎配信だからさー。自信もあんまり無かったんだ』
「それはタイミングの問題だと思うのだわ。こんなに楽しいのだから、続けていれば、きっと人は増えていくと思う」
『えー本当? 本当にそう思う?』
「本当。女神は嘘つかないのだわ」

 それは女神の率直な感想だった。身内贔屓的な感情が無いとは言い切れないけど、それでも本当にそう思った。
 人気商売に絶対なんて無いし、何がヒットするかなんて分からないモノだから、それは希望的観測に過ぎないのだろうけれど。
 この子なら人気も出てくるだろうと、本当にそう思った。

 本当は、神として力を貸してあげたい所だけれど。彼女はまだ、救いを必要とはしないだろう。
 必要ともしていないのに力を貸していたのでは、それは彼女に力が無いと判断している様なモノで。
 そんな無粋な事も無い。そんな事彼女にはしたくない。
 彼女の力を、信じたい。

――でもさ。応援くらいなら、しても良いよね。女神としてでなく、私個人としてなら。それくらい、良いよね。

 そう思う女神の想いは、らしくないモノだったそうだけど。それを咎める者なんて、ここには居ないのだ。

『そっか。女神様が言うならそうなのかも。よーし、これからも頑張っていこー、なんてね』
「頑張れー、なのだわ」
『たはは、そうだね。うん、頑張ってみる。せっかくこうやってキャラも用意したんだし、もうちょっと頑張ってみるよ』
「応援してるのだわ」
『ありがとうー、女神様!』 

 そう言って笑う彼女を見て、自分も笑顔になっていた。

『じゃあ、もう終わるね。次の配信は、まだ決めてないけど……私ツイッターで配信予定とか呟いてるから、良かったらフォローしてね! てかリプくれたらこっちもフォローするから!』
「……あ、私ついったーとかやってないのだわ」

 女神もツイッターについては知っていた。もう何年も前から存在していたコミュニケーションツールの一つ。それくらいは知っている。しかし、知っているだけで、やってはいない。
 まぁ、女神がツイッターなんてやっていたら一大事だろう。女神なう、とか呟いていたらびっくりする。なんだか無自覚に予言とか残しそうで恐ろしい。そう考えると、やっていなくて良かったのかもしれない。
 とは言え、相手はこちらを普通の人と思っているので。ツイッターをやっていないと言う女神の言葉に、その子は驚いて声を上げる。

『えっ!? マジ? なんで? SNSとかやらない人?』
「まあ、女神ですから……そういうのはちょっと」
『ええー!? 動画配信見て、こうやってガッツリコメントもしてるのに? その基準はいったいなんなの……』
「ふふ、そうね。今更よね」
『本当だよ、もう』

 ツイッターとか、そういうので人と直接やり取りするのは女神としてどうなの、とも思う。自分から言葉を発信していくのなんて、不味いんじゃないかと思う。
 でも、確かに。ここまで人と関わっておいて、今更だとも思った。
 それに、正直な話。あの寂しさを知ってしまったら、もう人との繋がり無しで生きるのは無理だと思った。
 だから、ツイッターと言うのを始めるのは、女神にとってはとても魅力的な話に思えて。

「ツイッターも楽しそうだとは思うのだわ。私はここで一人だから、話し相手が居ないと寂しいし」
『え、そんな環境なの女神って。他に誰も居ないの?』
「そうなのだわ。ここには私一人」
『ええー、そんなブラックな設定なの』
「設定じゃないのだわ」

 そう言うと、Vtuberちゃんはアハハと笑う。女神とは信じてはいないけど、設定には付き合ってくれている感じだ。
 女神も本気で信じてもらいたいとは思っていないので、これは唯の軽口。でも、寂しいと言うのは本音で。
 それは、相手にも伝わってしまったようで。笑っていたその子は、気を取り直すかのように咳払いして。

『んーじゃあ、やっぱりさあ、女神様もツイッターやってみなよ。多分人気出ると思うよ。キャラ立ってるし。ちゃんと女神様っぽいし』

 そう言われて、女神は思わずぷっと吹き出してしまった。
 そりゃあキャラ立ってるだろう。立ちまくりだ。彼女ほど女神キャラが立つ者もいまい。なにせ本物なのだから。彼女の振る舞いこそが、女神のそれなのだから。
 そう。彼女は、本物なのだ。
 だからこそ、思う所もある。

「寂しいからと、人と関わるなんて……。女神がそんな事をやって良いと思う?」
『え、なに、どういう事?』
「神と言うのは人を導く存在だから。人の為に在る存在なのだから。自分の為に動くなんて、女神らしくないのだわ」
『ぷっ、あははは! なにそのプロ根性! もう、ほんとに女神みたいな事言ってるー』
「えー、私は女神なのだわ。誰が何を言おうと女神なのだわ」
『それ分かってて言ってるでしょー。もう。……でも、そうだなー』

 ほんの少しの間、自分の考えをまとめるために、その子は目を瞑って。
 次に瞳を開いた時には、その視線はまっすぐこちらを見詰めていた。

『人の為にやればいいじゃん。人を楽しませるためにって、そう思ってやれば良いじゃん。私のカンだけどさ。そういうの女神様は向いてるんじゃないの?』

 私も女神様のお陰で楽しかったから、と。そう付け加えた。

 確かにそれは、正しいかもしれない。本当にそういう気持ちでやれるなら、それは正しいかもしれない。
 でも、自分のお陰で楽しかったと言われるのは。それは、違う。違うと思った。
 だって。

「楽しかったのは私の方なのだわ! 貴女のおかげで、私は楽しかった。凄く楽しかった」

 思わず感情的になって、女神は叫んだ。

 楽しかったのは私だ。嬉しかったのは私だ。救われたのは、私の方だった。
 私がした事なんて、唯のコメントの賑やかしに過ぎないじゃないか。そんなモノ、私がしてもらった事に比べたら、とても釣り合わない事じゃないか。
 だから、

「私が貴女にした事なんて、なにも――」
『ほら、お互い様じゃん』

 あっけらかんと、彼女は言った。
 それは、それこそが真実だと言うように。至極当然と言った様子で。
 間違っているのは自分だと、そう女神自身に思わせるくらい、堂々としていた。

『私の考えだけどさ。多分、本当に、本気で人を楽しませる事が出来たのなら、自分だって楽しいんだよ。そんで、逆にさ。自分が楽しかったら、やっぱり相手も楽しいんだよ。人を置いといて自分だけ楽しめる人なんて……まあ、中には居るのかもしれないけど。普通じゃないって。私達みたいな一般人はさ、皆一緒に楽しめば良いじゃん』

 あ、女神様は女神か、一般人には程遠いじゃん、と続けて。彼女は笑った。
 本気では信じていないくせに。いや、もし本気で信じていたとしても。その子は、同じ事を言ったと思う。
 神も人も、一緒に楽しめば良いと。そう、言ったと思う。

『女神様もさ、楽しもうよ。楽しい事やろう』
「……そうね。それくらい、許されるよね」
『許す許す! 私が許すから!』
「女神を許せるなんて貴女は誰なのよ」

 くすくす笑いながら、女神は言う。
 でも、なぜか。本当に、許された気がした。その子が言うのなら、大丈夫なんだろうと。そう思った。

『ねえ、女神様』
「なあに?」
『とりあえずツイッターのアカウント作ってさ、ちゃんとリプちょうだい』
「そうね。今度作っておくのだわ」

 観念したように。少しの逡巡も無く。女神はそう応えた。
 そんな女神に満足したのか、スクリーンの中のその子は、一つ頷いて。

『友達になってよ、私と』

 今日一番の笑顔で、言う。実際の顔なんて見えていないのに、それが透けて見えた。
 誰かにそんな事を言われるなんて、想像もしていなかったから、凄く驚いたけれど。本気で言ってくれているというのが分かったから。冗談で言っている訳では無いと分かったから。
 それが凄く嬉しくて。飛び跳ねたくなるくらい嬉しくって。
 でも、やっぱり不安もあった。

「良いの? 女神となんて怖くない?」

 と、そんな事を返してしまった。
 なんというか、今更な、間の抜けた返事だ。言った後で少し恥ずかしくなってしまった。
 そして、そんな微妙な気持ちは、相手にも伝わってしまった。
 スクリーンの中の、その子は。今日一の爆笑で、もう遠慮は要らないといった様子で。

『今更そんな事言うー!? え、どっこが怖いのさ、コワイ要素無いじゃん! アハハハハ!』
「もう、怒ったら怖いのだわ。天変地異が起きるのだわー」
『いやーやめてー、怒らないで女神様ー』
「もう、まったく信じていないのだから」
『あはは、ごめんごめん。でも、別に女神だろうと関係無いじゃん』

 私だってバーチャルだし、と。やはり彼女は、笑顔で言った。
 そう言われてしまったら。もう、反論は残っていなかった。

「……分かった。私達は友達なのだわ」
『本当? やったー!』
「私にとって初めての友達なのだわ」
『ええ!? だからちょくちょく重いってば! あははは!』
「ふふふっ」

 女神にとって初めての友達と、スクリーン越しに笑い合った。
 二人で、一緒に、笑っていた。
 もう配信は終わると言っていたのに、そんな事も忘れて。
 気が済むまで、笑い合ったのだ。

 友達、なんて。ただの言葉でしかないけれど。別に、目に見える根拠が有る訳ではないけれど。
 それでも。その言葉は。
 途方も無い距離に在る自分達を、繋ぎ止めてくれる。
 そんな、魔法のようだと。
 そう、思ったのだ。


 □◆□


『ねえ、女神様もVtuberやったら?』
「は? いきなり何を言うのだわ」

 それは、何時ものゲーム実況配信中。
 女神の言っていた通り、そのVtuberちゃんはじわじわとリスナーを増やしていて。
 同じく増えたコメントの中で、それでも女神のコメントはきちんと拾ってくれる、その子の実況配信の最中で。
 実況も一段落して、ちょっとまったりしつつ雑談していた時に。なんとなしに、彼女が口にした言葉。

『だって、いっつも一人は寂しいーって言ってるじゃん。私だって24時間配信出来る訳じゃないし。Vtuberやれば、一杯友達増えると思うよ?』
「……そんな事ココでばらさないで欲しいのだわ」

 急に爆弾を落としたその子に向かって、女神はスクリーン越しに睨みつけた。
 そんな視線を画面越しに感じたのか、その子はへへへーと笑っている。

 女神に初めて友達が出来てから、既に数ヶ月が経っていた。
 その間、女神はちょくちょく配信にお邪魔して。時にはメールやチャット等のプライベートなやり取りも行っていて。
 もうお互いに、すっかり気のおけない間柄だったのだ。

 そんな二人のやり取りに、コメント欄が妙に騒がしく見えたのは、気のせいではなさそうだ。
 もうそれも何時もの事なので、そんなコメントは好きにやらせておく事にして、

『ほら、思ってた通りツイッターも人気出たし。ていうか普通に私より人気出てるしさー』
「そんな事無いと思うけれど……」
『嘘だーー。フォロワー数めちゃくちゃじゃんか、その辺の芸能人より全然多いから』

 その子に言われたように、女神のツイッターはかなりの盛況を見せていた。
 なにせ相手は女神。
 ずっと地上を見守ってきただけあって、知識やら常識は人並み以上。
 人間達の機微にも敏感で、思いやりに長けているのは流石と言った所。
 更にはやたらと時間だけは持て余した存在であり。
 ダメ押しに、チートじみた力まで持っている。

 その時間と力を駆使し、ついーとりついーとふぁぼりぷらいを巧みに操り、フォロワー達の心を掌握するその女神のアカウントは。もはや並みの人間では手も足も出ない程の、コミュ力おばけと化していたのだ。
 そのフォロワー数は、アカウント開設以降、ひたすら右上がりに伸び続けている。

 なぜそんなに伸びるのか、女神自身には良く分かっていないようだが。それも人気の一つだったのかもしれない。

『これだけ下地があれば絶対成功間違いないと思うよ、冗談抜きで』
「でも、私ゲームとかやらないのだわ」
『そんなもん雑談で良いって。話しているだけで凄い楽しいんだからさ』

 その言葉に同意の意見がコメントにも書かれる。ここのリスナーは、もはや二人のやり取りを目的に来ている者まで存在していた。

『ほら、皆もそう思うって』
「うーん、そうなのかしら」

 女神は、なかなか頷き辛い様子だった。
 それを機敏に感じ取って、Vtuberちゃんは。

『それにさ、私も女神様の声を聞いてみたいし、直接お話してみたいじゃん』

 そう言ってきた。それを聞いて、女神は少し頬が熱くなるのを感じた。
 たしかに、それ(Vtuber)をするなら。自分の肉声を披露する事になるのだ。それはちょっと恥ずかしい気はする。

 でも、今みたいにコメントじゃなく、ちゃんと自分の声でその子と会話できるというのは。
 案外、悪くないとも、そう思った。

『それでさー、人気出たらコラボしようよ。そうすれば私のリスナーも増えるじゃん』
「ちょっと、何その打算的な考えは?」
『あはははは! 良いじゃん、みんなコラボとか普通にやってるしさー。絶対面白いって!』
「それは、そうかもしれないけど」

 なるほど、Vtuberになれば彼女と一緒に配信とかも出来るのか。一緒に、ゲームで遊んだりも出来るのか。
 それだけじゃない、他にも何か、出来る事は増える気がする。楽しい事が増える気がする。

『まあ、本当にやるなら、色々準備しなきゃだけどさ。キャラも用意しないと。女神様だし、女神様ってキャラを作らないとさ』
「それは、直ぐ出来ると思うのだわ」

 力を使えば、それくらい朝飯前である。キャラクターも、いっそ自分をモデルにすれば良い。女神がモデルなら、それっぽくもなるだろう。
 本来なら、そんな事に力を使うなんて考えは無かったけど。別に歴史に影響を与えるような話でもないのだから、問題ないだろうと。女神はそう思うようになっていた。

『あ、そっすか。相変わらず変に技術力高いよね……。私のロゴとかも作ってもらったし』
「それくらいならお安い御用なのだわ」
『うーん、頼もしいなぁ、女神様。その分なら、配信環境もすぐ揃いそうじゃん』
「もちろんちゃちゃーっと揃うのだわ」
『流石過ぎるわー』

 あはは、と。なんだか気の抜けた笑いを見せるその子。なんだか呆れられている気がする。
 そう思って、じっとその子の顔を見つめていたら。不意に、彼女はなにやら真面目そうな顔をして。

『でもさ、本当にVtuberやるんなら、もう一個大事な事あるじゃん』
「え、何?」
『名前!』

 その子は、こちらをビシッと指差して。そう言った。

『ツイッターの方も†女神†だけどさー。やっぱり名前は要るって。名前付けて、名前』
「……女神に名前なんてモノは無いのだわ」
『それ前も聞いたけど。ちゃんと、固有名詞があった方が良いって。その方が親しみも沸くよ』
「そうかもしれないけど……」

 女神は少し思い悩む。

 名前とは、この世で個を確定するための、最も重要な要素。そのモノをそれ足らしめる、絶対の真実。
 そのモノの為だけに用意された、とても特別で、大切な言葉であるのだ。

 女神は、ずっと女神で在ったので。何千年も、女神で在ったから。
 今更、そんな大切な物を得るなんて。

「そんな大それた事、私にはもったいないのだわ」
『もー、本当変な所で頑固だよね。そんなの気にしなくていいじゃん』
「気にするのだわ。私はずっと女神なのだから、これ以上自分勝手に動くのも問題なのだわ」
『良いんだよー。今までずーっと他の人のために頑張ってきたんでしょ。ちょっと我がまま通したって、罰はあたらないんだから』

 そう言って、彼女はちょっと怒ったような顔を見せた。
 それは、女神のためを思った言葉。
 何も遠慮する事なんて無いと。自分のために動けば良いと。
 彼女は、ずっとそう言い続けていた。

「……そうね。罰を下すのは、私だもの。自分を罰したりしないのだわ」
『そうだよ、その調子だよ。その調子で、名前くらいパパッと付けちゃおう。こんなの大事なのはフィーリングだからさ。……そんなに悩むなら、なんなら私が名前付けちゃうよ』
「ああ、それも良い考えな気がするのだわ」
『ちょっ、冗談だって。私なんていい名前思い浮かばないし。ペットの子犬の名前もちょっと変だって言われるし』
「こいぬ」

 それを聞いて。ちょっとピンと来た。

「こいぬの名前を教えるのだわ」
『うえっ? その名前付けるの? ダメだって、自分で考えようよ』
「そのままは使わないのだわ。その子の名前から、捩るから」
『いやー、でもさー』
「お願い」
『……分かったよ。あの子の名前は――』

 その名前を聞いて。なんだ、センスのある可愛い名前じゃないと思って。
 女神は、自分の名を。決めたのだった。

 ◆

「さて、と。準備をしましょうか」

 楽園で優雅に紅茶を飲んでいた女神は、地上と連動している時計を確認して。
 持っていたカップを虚空へと収納し、ゆっくりと立ち上がる。

 今日は初めての配信の日だった。やっぱりゲームとかは止めておいて、ただの雑談をするつもりだ。
 ツイッターでも宣伝はしたけど、果たして人は来るのだろうか……。

 そう、ちょっと不安に思いながらも。女神は、指を空中で踊らせて。
 光が飛び散る。その後に現れたのは、カメラと幾つかのスクリーン。

「カメラで映した私を、キャラクターに変換して……こっちはコメント、こっちはついったー、と」

 そう言いながら、ちょこちょこと両手を振って、セッティングをして。
 準備は、整った。

「じゃあ、スタート」

 時間が来たのを確認して、女神が手を振った。それに合わせて、目の前のカメラが光を灯す。
 配信が始まった、はずだ。そう思って、スクリーンに映る配信画面に目を向けると。
 確かに、自分をモデルにしたキャラクターが映し出されていた。

「あ……ちゃんと繋がったのだわ。変な所もなさそう……」

 そう、誰とも言えず話していると。

『おー、女神様だー。なにそれキャラ可愛い! ってか声綺麗!』
「あら」

 配信を始めた数秒後である。
 女神の大切な友人が、さっそくコメントを打ち込んできた。
 きっと、わざわざ配信前から待機していたのだろう。コメントの一番目に、そのコメントが打ち込まれた。

 それを確認して、女神は笑みを浮かべて、

「いらっしゃい。コメントありがとう」

 それは、最初の言葉。二人が最初に出会った時の、思い出の言葉。
 それは、相手も覚えていたので。すぐに、コメントが返って来る。

『なんだか懐かしいなーそれ』
「確かに、もう結構前の事なのだわ」

 もう何ヶ月も前の話だけど。まだ昨日のように覚えている。
 あの時の事は、今もはっきり覚えている。

『あー、他にも人来てるー、やっぱり結構人多いじゃん』
「そうね。みんなもいらっしゃい。来てくれてどうもありがとうなのだわ」

 その子を皮切りに、リスナーが増えてきた。初めての配信だというのに、有りがたい事だ。
 それもこれも、彼女のお陰だ。全部、彼女と出会えて始まったのだ。

『女神様ー。自己紹介。名前決めたんでしょ』
「ああ、そうだったのだわ。初めてだから、自己紹介しなきゃ」

 コメントで言われて気付く。これは初めての配信なのだから、自己紹介をしなければならない。
 実際の所、ツイッターとかで知っている人ばかりなのかもしれないけど。名前は初披露なのだから、ちゃんと紹介しなければ。
 それじゃあ、こほんと一つ咳払いして。

「こいぬ達。はじめまして、なのだわ。私は女神。ただいま天界から配信しているのだわ」
『女神様? 名前名前』

 あの子がコメントを打ってくるのが見えた。大丈夫、忘れている訳では無い。

「慌てないで。ちゃんと決めたから。ちょっと勿体ぶりたかっただけなのだわ」

 せっかく決めたのだから、そんな簡単に披露するのも勿体ないじゃない。
 でも、そうだな。そろそろ、ご披露しておこうかしら、と。
 女神は、精一杯の笑顔で。カメラの先の、リスナーに向けて。

「私は今まで女神と名乗っていたけれど。ちゃんと、名前を決めたのだわ。だから、今日からはこの名で呼ぶと良いのだわ」

 彼女のこいぬの名前から捩った言葉。けっこう、気に入ってしまった言葉。
 私というモノをこの世に定義する、大切な言葉。

「私の名前は――」

 今日から、私は、この名で生きていく。
 それは、まるで。生まれ変わったかのような、そんな気持ちだった。

 ◆

 こうして、女神様はVtuberを始めて。瞬く間に人気となって。今日も人々を笑顔にしている。
 彼女は人と比べると永遠と呼べる存在だ。だから、きっと、これからずっと。私達人間には真似も出来ない程の人達を、笑顔にしていくのだろう。
 ずっと、ずぅっと。数え切れない人達と、楽しい時を過ごしていくんだろう。
 そうに違いない。

 なにせ女神様だから。全能の神様だ。俺ツエー系なんて足元にも及ばない最強だ。
 上り坂や壁なんてなんのその。何か有っても、直ぐに解決してくれる。問題も、障害も、何も意味は無いのだろう。

 障害も何も無い物語なんて詰まらないって? そんな悲しい事言わないで。たまにはそんな物語が有ってもいいじゃないか。
 笑顔だけの物語が、有ってもいいじゃないか。
 それも案外、楽しいモノだと思うから。
 だから、一緒に楽しんでいって欲しい。
 これからの、女神様の物語を。


 そう。このお話は、ここが始まり。ここが出発点。
 そして、きっと、終りは無い。ずっと続いていく物語。
 
 寂しがり屋の、女神様の。何処までも続く物語。
 何時までも続く、笑顔の物語。
 その幕が、ようやく、上がったのだ――。



 □◆□



 この世界の空の上。遥か彼方のその先に、天界と呼ばれる楽園がありました。
 そこには、一人の女神様が居ました。女神様は、ずっと地上を見守ってくれていました。その女神様のお陰で、地上は幸せで溢れていました。

 でも、その女神様は寂しがり屋でした。天界には女神様一人しか居なくて、他に誰も居ないから。女神様は寂しくて仕方がありません。
 でも、女神様は泣きませんでした。女神様が悲しむと、地上も悲しみで溢れてしまうから。だから女神様は、ずっと笑顔で居たのです。ずっと、ずっと笑顔で居るのです。
 それは、とても立派な事でした。とても立派で、とても悲しい事でした。とてもとても、寂しい事でした。
 
 そんな時。女神様は、一人の人間と出会います。その出会いが、女神様を変えました。
 その人は、女神様の寂しさを癒すために、女神様と一緒に居ました。女神様と一緒に、楽しい事をたくさんしました。
 たくさん、たくさん、楽しい事を探して、やってみたのです。女神様に、楽しい事を教えたのです。

 それは、長い時が経った後も。色々な話をして、色々な経験をして。
 その相手が、本当に女神様だと、信じる事が出来た後も。自分とは違う存在だと気付いた後も。
 それでもその人は、ずっと女神様と一緒に遊んでいたのです。いえ、相手が本当に女神様だったからこそ、ずっと一緒に居たのです。

 だって。 
 その人は、いつかは死んでしまうから。

 ずっと一緒には居られないから。人間の寿命なんて、女神様にとっては一瞬だから。
 いつか必ず訪れる別れの前に、女神様がその先も笑顔で居られるように。

 自分がこの世に残っている内に、いろんな、たくさんの楽しい事を、女神様に残したのです。
 そう、したいと。思ったのです。

 このお話も、その一つ。
 この空の彼方に、そんな女神様が居る事を知ってもらえるように。人々が女神様と、仲良く共に居られるように。
 そう祈って、このお話を残します。
 だから、ほんの少しで良いから。このお話を読んでくれた人も、力を貸してくれたら良いなぁ、なんて。
 そう思うのは、私のわがままかもしれないけれど。
 もう、私は想う事しか出来ないのだから。

 だから、願わくば。
 あの子が、ずっと笑顔で居られますように。あの、優しくて、悪戯好きで、頑張り屋で、寂しがり屋な、女神様が。ずっと笑顔で居られますように。
 例え私が居なくなったとしても、あの子が笑顔で居られますように。

 なんて。
 あの子の周りには、もう沢山の人が居るんだから。そんな心配は、要らないのかも知れないけれど。
 もしかしたら、ただ単に、時々で良いから、私の事を思い出して欲しいから、なんて。そんな考えもあるんだろうけれど。
 でも、それでも。
 この願いは、本当だから。本気だから。

 あの子が、ずっと笑顔で居られますようにって。
 私の本気の願いを。きっと、天は聞き届けてくれると。
 そう、祈っています。



 最後に。

 貴女に聞いた話を、こうやって物語にしてしまってごめんなさい。
 貴女は、私がその話を信じていないと、そう思ってたのかもしれないけど。私は、信じていたんだ。
 ちょっと恥ずかしいかもしれないけど、我慢してね。こうやって、皆に気持ちを伝える事も、必要な事だと思うから。
 私達はもの凄く離れた場所に居るんだから、よけいに、そう思うんだ。


 あのさ……、覚えてる? 私達が、最初に出会った時の事。
 私は、ずっと覚えてる。

 あの時、貴女が来てくれて本当によかった。救われたのは、私も一緒だったよ。
 きっと私だけじゃない。他にも、沢山、救われた人は居ると思うんだ。貴女の笑顔に、助けられた人は多いと思うんだ。
 だから、貴女は、これからも、ずっと楽しい事をやり続けてね。皆を楽しませて、皆と楽しんでね。

 ……大丈夫だよ。泣かないで。泣いたらまた暴風雨になっちゃうじゃん。そうなったら大変でしょ。
 ほら、なにも、悲しい事なんて無いんだから。だって私は、今からそっちに行くんだから。
 それなら、これからはずっと一緒。寂しくなんかない。

 初めて、本当に、直接会えるんだね。なんだか、楽しみだと思わない?

 ねぇ、女神様――



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