カラクリのブロマガ_二次創作SS/ツクール製ボイロRPG置き場

【にじさんじ二次創作SS】月ノ美兎は語りたい

2018/04/11 19:53 投稿

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最近クソはまりしたにじさんじの二次創作SS。
pixivでも上げてます。

高校一年の時のかえみとの出会いと言う妄想垂れ流し。
主人公はでろーんです。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 月ノ美兎。
 我らが一空(イチカラ)高校一年三組の委員長にして、高校でもトップクラスの有名人である。

 腰まで伸ばした艶やかな黒髪が特徴の正統派和風美人。
 推薦されて押し付けられたような学級委員長を誠実にこなす真面目な優等生。
 礼儀正しく、清楚で可憐で、男が十人居れば十人振り返るような、そんな絵に描いたような美少女。

 それが、月ノ美兎という女子高生であり。
 なるほど、それなら学校でも有名になれるだろうというパフォーマンスであり。
 しかして。
 彼女が有名なのは、それらが理由では断じて無かったのである。

 それは、彼女の高校入学から一月ほど過ぎた頃。
 言い寄ってきたイケメンに対して、ム○デ人間というホラー映画の内容を嬉々として語り、盛大にドン引きされるという事件があった。

 ドン引きもドン引き、一見清楚な美少女から熱心にム○デ人間について語られたイケメン君は、しばらく寝込んでしまう程のトラウマを植えつけられてしまったそうで。
 元気になり学校へと戻ってきた後も、彼女に言い寄る事はなくなって、むしろ彼女を避けるようになってしまったそうな。
 不意に廊下でエンカウントしようモノなら、意味不明に謝り倒して逃げ去っていく始末。哀れイケメン君は、完全にその牙を抜かれてしまったのであった。

 これがイケメンを撒くための演技であるならば、話はそこで終わりだった。
 清廉な美少女の口から、口と肛門を繋げられたモンスターの話が飛び出ると言う珍事は、あくまでその身を削った演技(フェイク)であったと。
 それならば、我々も幾分穏やかな気持ちでこの事件を消化できたのであろうが。
 残念ながら、そうは問屋が卸さなかった。

 果たして、彼女はガチであったのだ。
 趣味に付いて聞かれて、映画と応えた彼女は。その流れでオススメの映画を聞かれた彼女は。
 ガチで、大真面目に、そんなサイコでホラーな映画を、およそ清楚なJKには似つかわしくないその映画の内容を、嬉々として語ったと言う事だった。
 驚愕である。

 それをきっかけに、彼女の少々ズレた生態が明らかとなっていった。
 やれ小学生の頃に校庭の雑草を食い尽くしただの、ネット上の実写クソゲーをこよなく愛して日夜プレイしているだの。そういった奇行が中学以前の同級生達から続々と寄せられて。
 というか、彼女自身も、そういった自分を特に隠す事もしなかったために。
 大した時間も掛からず、彼女の名前は一空高校に知れ渡る事となったのであった。

 そう。 
 容姿端麗、頭脳明晰、聖人君子な学級委員長、としてではなく。
 サブカルクソムカデとか、雑草イーターとか、クソゲーハンターとか。
 そんな称号を引っさげた、一空高校トップクラスのやべー奴として。

 その名が知れ渡るのに、大した時間は掛からなかったのである。


 そんな月ノ美兎が、今、私の目の前で、やたらと熱心にクソゲーの話を語っていた。
 なんとかというゲームの、なにがしという奴のクソ雑魚パンチがツボに入って笑いが止まらなかったとか、その時を思い出したのか盛大に吹き出しながら語っていた。

 うん、悪いが何の事かさっぱり分からない。
 そのクソ雑魚パンチがどれくらいクソ雑魚だったのかを懇切丁寧に語ってくれているのだが、残念ながら私にはその情景がさっぱり思い浮かばなかった。
 ――そもそも、クソ雑魚パンチってなんや。パンチっていうならパンチなんやろうけど、クソ雑魚ってなに? 弱いって事? めっちゃ弱いパンチって事でええんかな。でも、そんなんがゲーム中に展開されるシチュエーションがまったく想像出来ん。
 というか、その顔でクソとか言ったらアカンやろ、とも思うが。彼女の勢いを押し止めてまでツッコム気力が私には無かった。
 やたらと楽しそうなのを邪魔するのは憚られた、とも言う。邪魔しない限り何時までも口を動かしてそうな気がするが、それでもそれを止める気にはなれなかった。

 はてさて、一体全体、どうしてこんな事になってしまったのか。
 彼女は有名人だし、ヤバイ奴と知られてる割には友人も多かった。それは彼女自身の人徳がなせる事だろう。
 ただ、私とは仲良くしているグループが違うという理由もあり、あまり接点は無かったはずだ。少なくともこうして放課後談笑するような仲でも無かったはずで。
 じゃあ、なぜ、どうしてこうなっているのか。

 そう思った私、樋口楓は。
 放課後から今までの自分の行動を振り返ったのだった。

 ◆

「楓! ゴメン!」
「おわっ!? びっくりした!」

 放課後、ホームルームの挨拶が終わり、クラスメート達が席を立ち始めた時。
 友人のカナが物凄い勢いで謝ってきた。突然の事に心臓が飛び跳ねる。

「な、なに? どうしたん?」
「ゴメン、今日約束してたの行けなくなったー」

 そう言って申し訳無さそうに両手を合わせるカナ。その勢いに驚き、一瞬思考が飛んでいた私だったが、彼女の言葉を受けて直ぐに自分を取り戻した。
 
「えー、なんでー? 凄い急じゃん。楽しみにしてたのに」
「ほんとゴメン。ちょっと急用が入って……」
「むー、そっかぁ」

 今日は友人達と一緒に、駅前に新しく出来たカフェに行く約束をしていたのだった。その後はそのままカラオケに繰り出す予定でもあって。
 正直楽しみにしていたので、私は非難めいた視線を友人に向けたのである。
 とはいえ、もちろん本気で非難する気は無い。まあ急用なら仕方ないか、そう言う事もあるだろう、と。
 まるで菩薩のように寛大な心を持つ私は、カナを許してあげようと、そう思った矢先。

「カナ、彼氏がバイト休みになったんだってさ。それでこれから遊びに行くんだってー」
「……なにぃいい!?」

 正面に居るカナの背後に立ったもう一人の友人、サチの言葉に。私の中の菩薩は般若の様相を見せた。

「ひやああ、ゴメンゴメン! でもさ、彼もあんまりバイト休めないから、こんなチャンスなかなか無いんだよ! だから今回はパスで!」
「何て奴だ! 女友達より男が大事か! 女の友情なんてそんな程度なのか!」
「JKとしてはそれで合ってんじゃないの」

 サチの冷静なツッコミが辛い。
 そりゃ私達は花のJKですよ。愛しいカレを取るのは自然なんでしょうよ。むしろそこで女の友情を取られても怖いわ。
 でも、独り身にはその話題はキツイんですよ。どういう訳か女の子の方にモテる傾向のある私には、しばらく縁の無さそうな話だし。
 アカン、自分で思ってて落ち込みそうだ。こんな話題止めてしまおう。

「はー……。まあ良いや。じゃあ何、今日は解散?」
「えー、二人で行ってきなよ。楽しみにしてたんでしょ?」
「とは言ってもねぇ」

 サチに視線を向けると、彼女も軽く首を振る。まあ、そりゃそうだよね。
 せっかくの初めての店だ。どうせなら皆で行きたい。
 いくら男を取った裏切者であろうと、友人は友人だ。はぶる様な真似もしたくない。
 店は逃げないんだし、また今度行けば良いのだから。

「カフェはまた今度にしようか」
「そっかー。ごめんね」
「貸し一だかんね」
「マジ? んーじゃあ今度なんかおごるよ」

 不満そうな声を上げながら、それでも笑顔で返すカナ。その後、彼氏が待ってるから、と。彼女は教室を飛び出して行った。
 まったく、お幸せにって感じである。
 そして残されたのは、寂しい私とサチの二人。

「……どうする? これから」
「んー、私は帰るわー。楓は? 帰らないの?」
「家に帰ってもなぁ……。今日は遅くなるとは言ってあるし、ちょっと時間潰してから帰るわ」
「そう? あんまり遅くならないようにね」

 それじゃー、ばーい、と。サチも教室を出て行った。それに手を振って応えた私は、さてどうするか、と教室を見回してみた。

 他のクラスメート達もそれぞれ友人と別れの挨拶を交わし、教室を出て行く。そのまま家へと帰る者、部活へと出発する者。そこの違いは有れど、皆が続々と教室を出て行った。
 普段教室に残る者などほとんど居ない訳で。直ぐにここも、もぬけの殻となるのだろう。

「楓ちゃん、バイバイ」「樋口さん、じゃあねー」
「ん、また明日ー」

 そんな風に、教室を出ていく皆を見送り、仲の良い何人かには手を振って応えて。
 そうこうしている内に、気付けば教室に残るのは私一人となっていた。

 ◆

「あー……。なんかタイミング逃したなぁ」

 誰も居なくなった教室を見回して、私は一人ごちる。
 いつもなら我先にと学校を出て、友人達と遊びに行くのが普通なのだ。だから誰も居ない教室と言うのは初めてで、なんだか不思議な気持ちだった。

「さて……どうしようかな」

 不意に空いてしまった時間。私は現在帰宅部だったために、部に出るという選択肢は無い。家に帰った所で、オカンに手伝いを命じられるだけだし。
 適当に時間を潰して帰ろうか。

 そう思いながら窓際に寄ると、校庭で部活動をしている生徒達が見えた。

 あれは陸上部だろうか。ウォーミングアップで軽く走ったり、練習に使うのだろう道具を準備したりしている。
 ウチの陸上部は強豪ってわけでもなかったはずだけど、それでも部員は多い。男女合わせて数十人が、毎日練習に励んでいる訳だ。
 大会で勝つとか、記録を伸ばすとか。皆そう言う目標に向けて努力している。一生懸命、頑張っている。

 まさに青春真っ盛りという様子で。
 なんだか、気まずかった。
 だから、私は校庭から目を逸らしてしまった。
 そのまま自分の席へと戻り、乱暴に座る。大きく溜め息を吐きながら、机に突っ伏してしまった。

ーー部活、何かやればよかったかなぁ。

 私だって入学当初は、どの部に入ろうかと悩んだ。やってみたい事なんて山ほどあったし、楽しそうだと思うモノもたくさんあった。
 だけど、放課後の時間を部活に費やすのと、友人との交流に費やすのと。天秤にして、私は後者を取った。
 まあ、他にも理由はあったけど。とにかく、私は帰宅部を選んだんだ。

 べつに部活をするのが学生として正しいとは思わない。友達と遊ぶのだって掛け替え無い時間のはずだ。少なくとも私はそう思う。
 だから、どっちが正しいとか、どっちが立派だとか。どっちが、高尚だとか。そんな事考えるつもりもない。

 でも。なんだか気まずいんだ。一生懸命に頑張っている人達を見るのは、気まずい。

 私は、君達に頑張れって言えるのに。
 私は君達に、頑張れって言われても。何を頑張れば良いのか、分からないから。

 だから、気まずい。すっきりしない。居心地が、悪い。
 そんな事考えた所で意味無いだろうけど。
 きっと、ただの自意識過剰なんだ。もしくは、自己嫌悪。どっちにしろ、ネガティブな考えだ。
 こんなモノ、忘れてしまうに限る。

「……まー、良いか。適当に時間潰したら、帰ろう」

 誰に言うでもなく呟いて、私は顔を上げた。時計を見るとまだ4時前だった。今帰ったら確実に家事手伝い確定なので、ここで時間を潰す事にしよう。

 私はカバンからスマホを取り出した。ちょろっとメールを確認して、それから始めるのはゲームである。
 まぁ、私はそんなに詳しくないから、その時々で目に止まったのをちまちまやるだけなんだけど。それでも最近はやりきれない程のゲームが出ていて、暇潰しには困らない。

「そういえばサチがなんか言ってたなー。」

 私達位の歳なら、ゲームが趣味って子が一人は居るモンで。その友人――サチが、時々オススメのゲームを教えてくれる。
 ちょうど最近も教えてくれていたのを思い出しながら、私はスマホを操作した。

「短時間で出来て、割と簡単で、可愛いやつ……って、これかな? おお、ディ○ニーやん、最近見てないなぁ」

 検索して出て来たゲームは、有名なアニメのキャラクターが野球をするゲームだった。私も小さい頃見た事がある。なんだか懐かしいなぁ。
 そう思いつつルールや操作方法を確認。なるほど、シンプルだし時間を潰すにはちょうどよさそうだ。

「ふんふん、おっけー。じゃあ、ちょっとやってみましょうか」

 椅子に綺麗に座りなおし、画面に集中。
 このアニメのゲームなら、キッズ向けで簡単だろう。ちゃちゃっとクリアしてやろうかねっと。
 
 口笛でも吹きながら気楽にゲームを始める私。
 そんな私の余裕っぷりが完全に打ち砕かれるのは、それから直ぐの事である。

 ◆

「……うがあああ! なにこれ難しすぎない!?」

 思わず声を上げてしまった。そのままスマホを机に叩き付けたい衝動を、なんとか押さえつけた自分を褒めてやりたい。

「これキッズ向けちゃうの!? こんなんキッズはクリア出来んやろ!」

 そのキッズ向けゲームは、ステージ1からなかなか難しく、ステージ2、3は必死こいて突破して、ステージ4に至っては手も足も出なかった。
 私もこれまでいくつもゲームをやってきたが、ここまでどうしようもなかった事は記憶に無い。
 難しいと吼えるのも仕方ない事だと思うよ。マジで。

 確かに、私はゲームが得意な方ではない。私よりゲームの上手い子供なんていくらでも居ると思う。
 それでも、これは無い。これがキッズ標準とか言われると、私は今後一切ゲームをクリア出来る気がしない。

 いや、これは子供向けアニメのキャラを使った子供向けゲーム、に偽装した鬼畜ゲームだったのだ。そうに違いない。誰かそう言ってくれ。ていうかなんてモノを進めてくれたんだ、我が友よ!

「後でサチには折檻やな……。それにしても、これは……」

 溜め息を吐きつつ、ゲーム画面を睨む。画面には、相手役のキャラクターが不敵な笑みを浮かべている。正直イラッとする顔だ。
 ゲームでコテンパンに負かして、その顔が歪むのを見てやりたい。
 しかし、それは私には不可能だ。たとえ後百回挑戦しても、クリア出来る気はしない。
 そもそも、ここまででも随分と精神力を削られていて、これ以上続ける根性が私にはなかった。

「あー……。無理や、マジでクリア出来る気がせん。もう止めよう……」

 がっくりと肩を落として、私は机に顔を伏せる。

 まったく、ゲームって楽しむモノじゃあなかったのだろうか。それなのに、このゲームからは遊ぶ人を楽しませようという気概が感じられない。
 これはアレだ。いわゆる、クソゲーって奴なんだろうな――

「あら? もう止めてしまうんですか? まだクリアには程遠いでしょうに」

 突然、教室に、凛と澄んだ音が響いた。
 私以外誰も居なかった教室に、私以外の声が響いた。

「へっ!?」

 変な音を口から漏らしながら、私の体が飛び跳ねビクッと固まる。心臓がドクドクと煩く音を立てている。
 心底、驚いた。

 ゲームを始める前は、教室には私しか居なかったのだ。だから、誰かに声を掛けられるなんて思ってもみなかった。完全に油断していたのだ。
 と言っても、私はそこそこの時間ゲームをやっていたのだから。その間に誰かが教室に来ていても不思議じゃない。ただ単に、私がゲームに夢中で気が付かなかっただけだろう。
 どんだけムキになってたんだ、私は。

 そう思って、気恥ずかしさから頬に熱を持つのを感じながら。声のした方向へと、私は視線を向ける。
 そこには。

「まぁ、第四ステージは鬼門ですからね。でも、そこを超えてこそ、そのゲームは真の姿を見せるのです。そこでやめるのは勿体ないですよ?」

 流れるような黒髪に利発そうな瞳。きっちりと制服を着込んだ一見真面目そうな少女が。
 教卓に両肘を立て、両手を顔の前で組み。まるで某指令のようなポーズで、口端をにやりと吊り上げて。
 良く通る声が、教室に響く。

「こんな所で引いていてはハンターの名が廃るってモノですよ。さあ、もう一度コンティニューしましょう。そしてそのゲームの真髄を……プ○キの本気をその目に焼き付けるのです」

 月ノ美兎。
 この学校一とも噂されるやベー奴が。
 そこに、居た。
 
 ◆

 ――なんか変なヤツキターー!?

 思わず大声でツッコミたくなる程の熱い想い。しかし、残念ながら声には出なかった。
 ツッコミ所が多すぎて上手くツッコメない、と言う状況は実在したのだ。ある意味感動すら覚えるわ。

 しかし、本当に意味が分からない。
 なんか私でも知ってるようなアニメの司令のポーズをしているが、なんでそんなポーズをしているのか分からないし。その口が放った言葉は更に意味が分からない。
 てかプニ○って何よ? なんだかゲームの話らしいけど、その単語はどっから出現したの?

 そうやって、驚きと戸惑いで固まって数秒。私が再起動するまでの時間。その変なヤツ……月ノ美兎は、ニヤニヤとこちらを見詰めるばかりで動かなかった。
 一息吐いて、余裕を取り戻して、相手を良く観察出来るくらいに自分を取り戻しても。月ノ美兎は、動かない。余裕の笑みを浮かべるばかりである。

 彼女が一体全体何をしたいのか良く分からなかったけど。ただ、知らない相手ではなかったので。
 とりあえず、私は普通に声を掛ける事にした。

「えっと……、委員長? そんなとこで何やってんの?」
「あら、わたくしの事をご存知なのですね」

 委員長はゲン○ウポーズを解き、ちょっと嬉しそうに顔を綻ばせて、私の方へと歩いてくる。

「そりゃ、まあ。委員長だし」

 私の机の前まで来た委員長に、苦笑で応える。
 そりゃあ存じ上げておりますとも。色々と有名ですからね。
 そうでなくても、自分のクラスの委員長なのだから、知ってて当たり前だと思うんだけど。

「わたくしもあなたの事は存じ上げております。樋口楓さん」

 自分の胸に手をあて、はにかむ委員長。
 まぁ同じクラスだしね。別に不思議じゃないんだが。
 そうやってフルネームで呼ばれると、少しむず痒い。

 しっかし、なんだろうな、こうやって普通にしてる分には可愛い子だ。
 礼儀正しいし、物腰も柔らかい。口調もちょっとお嬢っぽいが、清楚な雰囲気ではある。これが、噂のような奇行に走る少女とは思えない。

 もしかしたら、あの噂は、本当の意味で唯の噂でしかなかったんじゃ――

「ですが、わたくし貴女の事を誤解しておりました。てっきり貴女は今時のJKを地で行くパリピだと思ってましたよ」

 おっと? なんだかイキナリ雲行きが怪しくなった。ニコニコと笑顔を浮かべながら、なかなか辛辣な事を言うものだ。
 というか、そう言う事は思っただけで口に出さないでください。私だってさっき変なヤツだと思ったけど、口に出さなかったというのに。

 ってそうだ。ついさっきその奇行を目にしてるじゃん。思いっ切りゲン○ウポーズで意味分からん事言ってたじゃん。全力で変なヤツだと思ったじゃん。
 てことは、やっぱ噂どおりって事じゃないの? 騙されてない? 私。
 
 でも、まあ、良い。思ってた、って事は、過去形だ。今は違うと言う事だ。
 なんだか知らないが、私の事を好意的に思い直したらしい。一体何を元に思い直したのか分からないのが、ちょっと不安だけど。

「ですが、まさか。貴女が同志だったなんて! わたくし、感動に咽び泣きそうです!」
「ど、同志?」

 神に祈りでも捧げるように、胸の前で両手を組み、キラキラした目を向けてくる委員長。いちいち動きがオーバーリアクションである。

 しかし、同志ね。同じ志を持つ者ってことで、同志だよね。
 つまり、委員長と私は同じ志を持っていると言いたいらしい。
 へー。ほー。ふーん。

 ……えええええ? まったく心当たりが無いんですけど?

「ゴメン委員長、同志って――」
「あら、わたくし達は同志。気軽に美兎とよんでくださいまし。わたくしも楓と呼びますので」
「いや、別に呼ぶのも呼ばれるのも良いけど。そうじゃなくて、なんで私達が同志なん?」
「なんでって……、貴女も――」

 委員長……美兎が、私の右手を取り、自分の両手で握りこむ。その顔がぐっと近づき、私の目を覗き込んだ。
 綺麗な瞳だ。くりくりとまん丸で、黒曜石のように輝く黒。感動と言っていたが、その瞳が少し潤んでいるようにも見える。
 
 これはマズイ。私が男ならコレだけで堕ちるぞ。
 いや、これじゃ女の私でもドキドキして、顔が熱くなって、美兎の事が好――

「クソゲーを愛する誇り高きクソゲーハンターなんですよね?」
「違います」

 あ、やっぱり無いわ。堕ちないわこれ。さっきまで忌まわしく打ち鳴らされていた心臓の鼓動もピタリと止まったわ。
 死にそう。

「またまたー。恥しがらなくて良いんですよ。なんて言ってもわたくしも同じなのですから。楓も憧れのクソゲーマスターになりたいんでしょう? ならなくちゃでしょう? さあ、わたくしと一緒に憧れのクソゲーマスターを目指しましょう」
「目指しません」

 なんだクソゲーマスターって。ポケモンマスターみたいに言わないでください。
 目指せ、クソゲーマスター! クソゲーゲットだぜ! ってか。やかましいわ。

 そうやって現実逃避気味に一人ボケツッコミを脳内で展開させていると、委員長は心底驚いたような表情を見せていた。
 いや、そんな驚かれましても。なんでそう思ったんだ。一体何処にそんなフラグがあったんだ。

「別に、そんなハンター言われるような事してないと思うけど……」
「だって、いま貴女が遊んでいるゲーム。歴としたクソゲーじゃないですか」

 そう言って、美兎は私のスマホを指差した。

 あ、ふーん。やっぱりこれクソゲーなんですか。何となくそう思ってたよ。薄々気付いてたよ。
 でもディ○ニーだし本当は面白いんじゃないかとも思って、それで頑張って三面までなんとかクリアしたんだけど。
 やっぱクソゲーだったんだ。
 ……。
 悲しい。

「……確かに、これはクソゲーかもしれんけど。別にクソゲーをやってたからって、ハンターの域まで行くとは限らないじゃん?」

 私の言葉を聞いて、美兎は考えるように腕を組み、目をそっと瞑って。

「今は放課後。部活動に遊びにと、高校生が一番忙しい時間帯ですよ。そんな貴重な時間を、わざわざ教室に一人残りクソゲーをプレイする事に費やす。普通ならそんな事出来ません。それはまさに時間をドブに捨てるような行為ですからね。それが出来るのは、クソゲーを愛する、クソゲーハンターでしかありえないでしょう!」

 びしっと人差し指を立ててキメる美兎。素晴らしいドヤ顔である。
 そんな顔を見せられたら、思わず反論したくなる所だけど……。
 ……アカン、反論がまったく思いつかない。というかわざわざ説明されると空しくなってくるから止めて欲しい。別に捨てたくて時間をドブに捨てた訳じゃないんだよ、私は。狡猾な友人に騙されただけなんだよ。

 ……というよりも、だ。さっきからちょっと気になる事があるんだが。

「ていうかさ、私がやってたゲーム分かるの? 私のスマホ見た訳じゃないでしょ?」
「色々と口に出てましたからね。その言葉から簡単に想像できますよ」

 うわー、色々口に出ていたらしい。ムキになりすぎでしょう、私。
 しかし、それでも、それだけで分かるのは凄い気がする。

「……美兎は、このゲーム良く知ってんのね」
「当然です。○ニキはクソゲーを嗜む者なら知っていて当然でしょう」

 ごめん、私は知らなかったんだよ。というかさっきからプニ○ってなんなの。なんで○で伏せられてるの、禁止用語かなんかなの?
 そんな単語このアニメには出てなかったと思うんだけど……。

「ねえ、さっきも聞いたけど、プニ○って何の事?」

 美兎はぽかんと目を開く。なんだ、なんか変な事を聞いたのか。
 そう思って不安になっていると、美兎はおもむろに左手を腰に当て、右手のひらで顔を覆い、天を仰いだ。
 まるでジョジョのキャラがやりそうなポーズを恥ずかしげも無くキメて。

「……プ○キ」

 めっちゃためて、めっちゃ良い声で呟いた。ポーズと相まってかなり格好いい事になっているのだが、突然そんな事をかまされた私はただ困惑である。

 残念ながらまるで意味が分からない。なんで説明するのにわざわざそんなポーズ取るの?
 そんな全力で疑問符をぷかぷか浮かべる私を、なぜか満足そうに眺めた美兎は、ポーズを解いて何事も無かったように話を進める。
 いや、ほんとになんだったの今のジョジョ立ちは!?

「正式名称『くまの○ーさんのホームランダービー!』。○ニキとは、そのゲームの主人公、○ーさんの敬称ですよ」

 なんだか伏字が多くて変な事になってる。大丈夫かこの話。ディ○ニーに消されない?
 というか一瞬なんの話か分からなかったが、ぎりぎりでそのタイトルには覚えがあった。

「あ、ああ、このゲームの話な。てか○ーさんの事なんか」
「そう。くまのプ○さんのホームランダービー。「○ーさんと仲間が草野球する」という、一見キッズ向けのほのぼのゲームに見えますけど、その正体は泣く子も黙る鬼難易度の反射神経育成ゲーで――」

 なんか突然ウィキペディアみたいな事を言い出したぞ。どっかにカンペでも隠し持ってるんじゃないかと疑いたくなる程流暢な喋りっぷり。
 そしてその表情は、凄く生き生きとしていた。まさに水を得た魚、兎の登り坂と言った様子だ。

「ステージを進む毎に鬼畜度も増し、消える魔球等の変則的な投球の数々にプレイヤーの精神はガリガリと削られて――」

 止まらない。何時までも何処までも、よくここまで口が回ると感心すらするくらい。美兎はこのゲームに付いて話を続ける。
 私はこのゲームに関しての情報なんてまったく興味無いのだが、それを口にするのも無粋な気がしてくる。そう思うくらい、美兎は楽しそうに話していた。

 うん、本当に楽しそうに話すな。身振り手振りも大きくて、表情もコロコロ変わって。多分、話し方自体も上手い。いつの間にか、私の方もその話に集中してる。
 ただ、そんな話に対して。私は相槌を打つしかなかった。ふーんとか、へーとか、そんな音を発する事しか出来なかった。

 こんなに楽しそうに話すのだから、『会話』に昇華できればきっと楽しいだろうに。私では、とてもじゃないが彼女の話に割り込めそうにない。
 彼女の話に応える程のクソゲーの知識が私には無いから。言葉のキャッチボールが出来る程の経験が私には無いから。
 このゲームの主人公のように、その球を打ち返す事が私には出来ない。一方的に空振りし続けている。それが残念だと感じたのは。きっと、気のせいではなかっただろう。

 だから、私は。せめてもの働きとして。

「ふーん、クソゲーも色々あるんだ。他にも美兎が好きなゲームってあるん?」

 美兎が話すのを邪魔しないように。出来るだけ楽しく話せるように場を整えようじゃないか。それくらいなら、私にだって出来るだろうさ。
 だから、好きなだけ話すと良い。どうせ今日は、時間も余ってるのだから。

「もちろんありますよ! 今一番のオススメは――」

 その後も美兎のクソゲー講談は続いて。何時までも、続いて。

 気が付いたら、教室はうっすらと茜色に染まっていた。

 ◆

「あー。美兎美兎? もうそろそろ、良い時間なんだけど……」
「なんですか、楓。今すっごく良い所なんですけど……って、ふぇっ!? も、もうこんな時間?」

 すっかり教室が夕日に染まっている事に、美兎も気付いたようで。直ぐに時計を確認して、驚きの声を上げた。

「す、すみません! わたくしばかり喋ってしまって……ご迷惑をお掛けしました」
「へ? いいよ、別に、迷惑なんて思ってないから」

 まさかそれを謝られるとは思わなかったな。完全に偏見だが、美兎はそんな事を気にするお人じゃないと思っていた。ただひたすら我が道を行く、自由奔放なキャラだと思っていたのだ。
 でも、実際はそこまでのキャラではなかったらしく。美兎はなんだかしょんぼりと顔を伏せて。

「わたくし、てっきり同志が見つかったと思って舞い上がってしまって……、テンションおかしかったですよね」

 自覚があったのか! と驚き半分。
 ああ、そう言う事か、と。なんとなく事情を察した。

 同志が見つかって、感動に咽び泣きそうだってのは。別に冗談って訳でもなかったのだ。
 舞い上がって、テンション爆上げで。一通り喋り倒した今、精神的に落ち着いたって事なのだろう。多分、今くらいのテンションが本来の彼女の姿なのだ。

 なんだか悪い事したかな、という気分になる。クソゲー趣味なんてなかなか同好の志も見つからないだろうに、期待させてしまったのかもしれない。
 残念ながらその趣味に走るつもりは無いので、同志になる事は出来ないのだけれど。

 だけど。同志にはなれなくても。話を聞く友達くらいにはなれるんじゃないかな、と思った。

「まあ、今日は時間あったからなぁ。話を聞くくらいならどうって事ないよ」
「でも――」
「私もゲームはちょこちょこやるしねー。まったく分からない話って訳でもないからさ。だから、そんなに気にしなくても良いって」
「そうなんですか? じゃ、じゃあ、わたくし一押しのクソゲーがあるんですが」
「あ、ごめん。そのなんとか企画言うのはマジで興味ない」
「うっ、そ、そうですか」

 ばっさりと切り捨てる私に、美兎が悲しそうな声を上げた。
 ちょっと罪悪感もあるけど、きちんと線引きはさせてくれ。いわば私は初心者なのだから、いきなりガチ目のは勘弁してほしいのだ。

「じゃあ、やっぱり迷惑だったんじゃないですか。興味無い事を、長々と聞かされて」
「んー、そんな事ないって。確かに興味はあんまし無いけど。でも、美兎の話は面白かったから」

 クソゲーにはほぼほぼ興味ないけど。でも、誰かの話を聞く事自体は嫌いじゃないし、楽しくない訳でも無い。
 そもそも、美兎の話は普通に面白かったし。それに、なにより、楽しそうに話す彼女を見るのは嫌じゃなかった。

「なんか、そんな口が止まらないくらいさ。好きだっての、見てて分かったから。ほんと、楽しそうに話してたし」
 
 果たして、私にはあるのだろうか。美兎の様に、話が尽きないくらいに、好きな事って。それくらい、情熱を注ぐ事の出来るモノって。

 そう思うと、なんだか羨ましかった。
 確かに、彼女の趣味は、高校生にしてはハイレベル過ぎて、周りは理解し辛いかもしれないけれど。
 同志だと思える人が居ただけで舞い上がってしまうくらい、マイナーなのかもしれないけど。

 それでもやっぱり、それだけ本気になれるモノがあるって言うのは――

「なんていうかさ……良いと思うよ、それ。私だってさ、友達と喋ってると時間忘れる事って、無くはないけど。でも、話題なんてまちまちで、その時その時で適当な事口に出してるだけでさ。正直実のある話なんてほとんど無いんだし」
 
 それだって、私には大事な事だけど。大切な時間だけど。
 やっぱり、それとは、全く違う事で。全くベクトルの違う話で。

「そうやって、一つの事を深く話すって……『語る』事って無いから。それが出来るってのはさ、マジで凄いと思うよ」

 それは、正真正銘、私の正直な気持ちだった。

 語れるってのは、それだけ知ってるって事だと思う。深く深く、その事を知っているって事だと思う。
 それはきっと簡単な事じゃなくて。きっと物凄く時間を掛けた結果で。それを、苦と思わないくらい好きな事なのだから。
 
 素敵な事だって。思ってしまった。
 クソゲーなのに。
 負けた気分だ、くやしい。

「……ぷっ」

 小さく、美兎が吹き出すように笑った。しょんぼりとしてた様子もどこへやら。薄く微笑を浮かべていて。

「そんな風に言われたのは初めてかもしれませんね。言っておきますが、クソゲーの話ですよ、これ?」
「そんなん分かってるって。でも、よくよく考えると趣味なんて人それぞれなんやし。別に否定する気はないよ、クソゲーでも」
「……やっぱり、楓の事は誤解してました。貴女は、もっとチャラいギャルキャラだと思ってましたよ」
「えー、私ってそんなん見える? ちょっとショック」
「ふふっ、すみません」
「もう」

 ショック、と口には出すが、本気じゃない。これはただの言葉遊び、悪意が無いのはもう分かってる。
 それに、印象が違ったのはお互い様だ。私だって噂でしか知らなくて、変なヤツだと思ってた。
 ……いや、変なのは違いないのかも知れないけどさ。それだけじゃないんだと、今は思う。
 そう、過去の事はもう良いんだ。大事なのは今、これから、なんだから。

「そんな膨れないでくださいよ。今は良く分かってます、楓が掛け替えない同志だと」
「だから、同志や無いって」
「恥しがらないでいいんですよー、あ、でも恥しがる姿も可愛いです」
「ちょっ、そう言う事言うな!」
「わー、すみませんすみませんっ」

 恥しい事を言う美兎にギャーと怒る。それは、あの二人の友人に対するように。私はもうほとんど素で対応していた。
 美兎の方も、なんだか調子出て来たみたいだ。楽しそうに悪戯っぽい笑みを浮かべる彼女を見て、そう思った。そういう顔をしている方が、彼女らしい気がする。

 マトモに話したのなんて今日が初めてだって言うのに。一丁前に友人ぽく思っている自分自身が、なんだか可笑しかった。

 ◆

「……楓には無いんですか? そういう、趣味とかって」

 話も一段落して。さあ、そろそろ帰ろうか、と。私が考えていたら。美兎が、少し神妙な目付きでそう聞いてきた。

「私? そうだなぁ、趣味って言える趣味はないかなー」

 しいて言えばカラオケだけど、趣味かと言うと微妙だ。友達と一緒に行くだけで、自分一人だと行く気にはならないから。
 家に帰っても、家事の手伝いして、勉強して。テレビ見たり漫画を読んだりもするけど、趣味かって聞かれると疑問だった。
 特に、美兎の語りを聞いた後だと。ハンパな気持ちで趣味を称する気にはなれなかった。

「たしか、部活もしてませんよね」
「そうそう、帰宅部。そういう美兎は映画研究部だっけ? ム○デ人間ってそんなおもろいの?」
「ム○デ人間はですねー、えっと」

 ちょうど良い機会だと、噂の真相を確かめるべくその話題を振ってみたのだが。美兎は目を泳がせて口ごもっていた。
 おっと、なんだか新鮮な反応だな。思わず追求したくなるじゃない。

「どうしたん、なんかキレ悪いやん」
「いえ、前にそれに付いて話したら、なんだか引かれてしまった事がありまして」
「あ、あー……」

 イケメン君轟沈事件、あれは真実だったか。私も話に聞いただけに過ぎないが、まぁドン引きだったらしい。
 しかし、この様子だと、美兎はその事を気にしてたのかな。一人のイケメンの牙を引っこ抜いてしまった事を、気に病んでいるみたい。
 やっぱり、噂よりも繊細なのかもしれないな、この子。
 そう思いながら美兎の顔をじっと見てると。彼女はなんだか慌てた様子で両手をあたふたと振って。

「いや、それは良いんですよ。今は楓の話でしょう」
「そうだったっけ」
「そうです。えっと、部活はやってないんですよね……結構ウチの学校って、部活豊富ですのに。なにか興味のある事はなかったのですか」
「興味のある事? そりゃあ、一杯あったけど……。今は、あんまり」

 一杯あった。高校生になったら、やってみたい事、やりたい事。
 でも、実際に高校生になって、新しい環境にアタフタと忙しくやってるうちに、いつのまにかその気持ちは薄れていた。
 日常に、埋まってしまっていたんだ。
 
 だけど、目の前のこの子にそんな事無いみたい。環境が変わっても、あくまでマイペースに、自分のやりたい事をやれるんだろう。
 それは、一体どうしてなのか。

「逆に、美兎は趣味多そうやん。雑学豊富やし、好奇心旺盛なんやね」
「まあ、そうですね。趣味は多いですし、好奇心もある方だとは思いますが」
「そっかー。私も興味あるのはあるんだけど、なかなか始めるまでいかないよね。楽しそうなんだけど、実際に自分でやるまでは行かないっていうかさ……。その辺、なんかコツとかあるん?」
「コツですか?」
「そそ。趣味を増やすコツ」

 ふむ、と。美兎は少し考えて。

「……恐怖というものには鮮度があります」
「……なにそれ、なんかのアニメの台詞?」

 美兎がちょっと声色を変えて言うから、直ぐにぴんと来た。
 ばつの悪そうに笑っている所を見ると、当たりだったらしい。

「でも、恐怖ってなに? 怖がってるって事?」
「ああ、いえ、そう言う事ではなくて。人の感情には鮮度があるって話です」

 鮮度。新鮮味。
 まあ、なんとなく言いたい事が判る気がする。

「嬉しかったり悲しかったり、そういう想いは抱いた瞬間がピークで、時間が経てば落ち着いていきます。興味と言うのも同じです。面白そう! と思った瞬間がピークで、後は落ちていくだけなんですよ」
「うん、分かる気がする」
「だから、直ぐに行動に移すのが大事なんだと思います」

 思い立ったら吉日。面白そうだと思ったら直ぐにやってみる。
 なるほど、それは大変理に適ってると思う。
 でもなかなか、難しいんじゃないだろうか。

「でもさ、なかなか難しいよね、それ」

 学校で友達と話していて。街を歩いていて。ネットを見ていて。
 楽しそうだと思うものなんていくらでも転がっている。でも、実際にそれを体験するまではなかなか行かないんだ。
 友達と一緒に、面白そうー! と話すのだけど。実際にやってみよう、とまでは行かないんだ。
 思うのと、実際に行動するのは、驚くくらいハードルの高さが違うんだ。

「そうですね、難しいというのは分かります。動くのはエネルギーが必要ですし……実際にやってみようってのは、大変です」
「ね。面白そうだとは思うけど、自分もやれる? て思うと、別に良いや、てなる」
「分かります。時間は貴重ですから、それを割いて新しい事をやるより、既に知ってる楽しい事をやる方が楽ですし」

 でも、と。彼女は言う。

「新しい事をやるってのも、楽しいですよ。自分の世界が広がるっていうか……。それが本当に面白いか、実は全然面白くないのか。やってみないと分からないってのも、ある意味スリリングですし」

 それは、なんというか。さすがクソゲーが好きなだけあるなぁ、という意見だと思う。

「美兎は勇気あるなぁ。それって面白くなかったら時間の無駄になる訳じゃん? 博打でしょ、それ」
「そうですね。楓の言う通り、博打です。もしかしたら、まったく面白くもなんともないかも知れません。やらなきゃ良かったって思うかもしれません」

 でも、と。彼女は続ける。

「もしかしたら、思ってたよりも凄く面白いかもしれません。もしかしたら、やってみてよかったって思えるかもしれません。もしかしたら、自分の価値観が変わる程のモノかもしれません。もしかしたら」

 自分の人生を、変える程の。何かである可能性だってあるんです。
 それを逃しちゃうのは。凄く、もったいない事だと思うんです。

 そう言う、美兎の姿は。
 凄く、大きく見えた。ずっと、大人に見えた。

「……だから、美兎は直ぐ動けるの?」
「いいえ、私は唯単に、後先考えてないだけです」
「なんやそれ!」
「ふふっ」

 せっかく感心していたのに。上手くはぐらかされた気がする。なんだか、悔しい。
 そう思っていると。微笑を浮かべていた美兎が、ちょっと姿勢を正して。

「ね、楓」

 と、私を真正面から見据えて。

「なにか、ありませんか? 貴女が、興味のある事。面白そうだと思える事」

 そう聞いてくる音色は、柔らかい。私を見つめる瞳が、優しい。
 それは、好奇心という自分本意な感覚とは駆け離れていて。ただ相手の事を考えた、慈愛の光を帯びていた。
 誰の事を考えているのかなんて、聞くまでも無い。なんだか、背中がむず痒くて。私は彼女から視線を外してしまった、

「……どうして、そこまで私の事を気に掛けるの?」
「わたくしが語るのを、『良い』と言ったじゃないですか。その時の貴女は、凄く悔しそうな目をしてましたから」

 そして、今も。結構、顔に出やすいタイプですね、と。美兎は続ける。

「……むぅ」

 ちょっと予想外だった攻撃に、顔が熱を持つ。もうマトモに美兎の顔が見れない。

 彼女の言う通りだ。私は、悔しいと思ったんだ。

 私には美兎のように、情熱を注げるモノが無い。美兎には、私と違って、情熱を注げるモノが有る。
 私に無くて、美兎には有る。それが羨ましい。
 私は、美兎より下なんじゃないか。それが悔しい。

 それはきっと、卑しい想いではなくて。ただ、彼女とは、対等で在りたいという想い。
 下でなく、上でもなく。対等で在りたいと想ったから。
 現状、そうではないと感じてしまう自分が、悔しいと思ったんだ。

 だから、きっと。美兎は、そんな私を見透かして。私のモノを引き出そうとしてるんじゃないだろうか。
 悔しがる必要なんか無いと。まるで、愚図る子供を慰めるように。
 でも、そんなモノ、私にあるのかな。

「別に、今じゃなくてもいいですよ。過去から、今までで。やってみたいと思ったモノ。なにか、ありますか?」
「……そうやなぁ」

 言って、私は目を瞑る。今までの人生を振り返る……なんて、大げさな事でもないけど。
 自分に問い掛けてみる。私だって、これまで十数年も生きてきたのだから。興味を持ったモノなら沢山あって、その中の一つくらい、心の中に引っかかってるモノがあってもいいんじゃないか。

 そう思って、遡る。中学生、小学生、幼稚園……。もうおぼろげになってる記憶を遡ってみて。
 私は、私自身を探してみた。

 ◆

「……あ」

 あった。見つけた。
 むしろなんで忘れていたんだろうと思うくらい、それは普通に私の中にあった。
 なんだこりゃ、拍子抜けも良い所、もったいぶっていたのはなんだったのだ。

 でも、これは……。

「どうしました?」
「あったけど……、ちょーっと恥しいなぁって」
「楓」

 私は、気恥ずかしさに思わず顔を背けてしまう。
 しかし、美兎が私の頬を両手でがしっと挟みこんで、ぐいっと目を会わせてきた。
 黒い瞳に、真正面から射抜かれる。
 ドキッと心臓が高鳴り、そのまま音が早く大きくなっていく。

「わたくしは知りたいです、楓の事を。わたくしの事ばかりではなく、貴女の事も、聞きたい」

 美兎は口元をぷくっと膨らませて、不満げに言った。

 思えば、私は月ノ美兎の事を、噂でとはいえ色々と知ってるけど、彼女は樋口楓の事をほとんど知らないのだ。チャラいギャル系JKだと思われてたくらいだからな。
 そして、それは不公平だと。もっと樋口楓の事を教えろと。わたくしのように、もっと自分を曝け出せと。
 美兎の瞳は、そう訴えているような気がした。

――それはズルくない? そんな風に言われたんじゃ、話すしかないじゃん。

 真っ直ぐに見つめてくる瞳には勝てなかった。私は早々に観念して、口を開く。
 自分を、打ち明ける。こんな事、友人にもやった事ないのに。

「ちっさい頃さ、なんかの学芸会かな? で、ほら、劇とかやるじゃん。それで、なんか主役っぽい事やらされたんだけど」

 私は小さい頃から活発だったから、そういうのにも選ばれたのだろう。最初は面倒臭いと思ったけど、みんなに頼み込まれて、しぶしぶながら引き受けたのを覚えている。
 でも、台詞を覚えたり、他の役の友人達と演技の練習したりして。
 その内、本気で演劇に打ち込んでいた。子供ながらに、一生懸命頑張っていた。

 本番では、そりゃあ緊張したけれど。いざ目の前の幕が上がると、自然に役に入っていけた。ちゃんと、役通りの演技が出来た。失敗する事なく、最後までやり通す事が出来た。
 後にして思えば、それは真剣に練習したからなのだろう。それは、私が本気で頑張った、その成果だったんだ。

 演劇が終わって。沢山の拍手を受けて。友達も、先生も、来ていたオカンも、喜んでくれていたのが見えて。私も嬉しかった。
 
「あれは……凄く、楽しかったなって。今でも、思えるよ」

 小さい頃の記憶だ。鮮明に覚えている訳では無いけど、楽しかったのは覚えてる。嬉しかったのは、ちゃんと覚えてた。
 あれから何年も経って、私もそろそろ子供では無くなって。今ではすっかりその火は燻っているけど。でも、完全には消えてはいないような。
 そんな気がした。

「……そう言えば、演劇部は無いんですよね、ウチの学校」
「そうなんよ。ちょっと珍しい思ったわ」
「思った、ですか」

 美兎が、探るような目付きで私を見上げてくる。

「もしかして、楓が部活に入らなかったのって、演劇部が無かったからですか?」
「……どうなんやろ。確かに、演劇部があったら覗こうとは思ってて、でも無いのを知ったから」

 演劇部を探して。先生にも聞いてみて。今更ながら、この学校には無いのを知ってから。
 なんで事前に調べなかったと、割と本気で後悔して。だからと言って、今更転校する事も、一から部を立ち上げる事も出来る訳が無くて。

「まあ、無いもんは仕方ないやん。だから、諦めた」

 たしかに、そこで。私の部活動への興味は、ぷっつり切れてしまったのかもしれない。

 もし、演劇部が有ったら。私は、今頃。部活に励んでいたのだろうか。
 あの、陸上部の皆のように、頑張っていられたのだろうか。小さい頃の私のように、頑張れていたのだろうか。
 そんな事、考えても仕方ない事なんだろうけど。ちょっと、考えてしまう。

「ふむ、たしか……」

 美兎はスマホを取り出して、なにやらぽちぽち操作しだした。私なんかよりよっぽど扱いなれてそうな手つきで、チャカチャカと指を踊らせている。
 一体何をしてるんだろう、と思ったのも束の間。美兎は、こちらに顔を向けて。

「楓、今週末……土曜日の昼から、空いてます?」
「へ? あー、確か空いてると思うけど」
「それなら、これ、行きましょう」

 美兎がスマホの画面を見せてきた。
 そこには。

「……公民館で公演? 一空劇団……って、この街劇団があったんだ」
「小さな劇団ですけど、結構評判は良いらしいですよ」
「はー……。ようそんな情報知っとるね」
「こういうのは街の情報誌とか、最近じゃあホームページとかでも見れるんですよ。自分の通う学校がある街ですし、色々調べてるんです」

 美兎がちょっと自慢げに言った。なるほど、そういう所は好奇心旺盛な彼女らしい。
 しかし、劇団か……。

「それで、コレ観にいくって事?」
「そうです。まあ、今回のは近所の子供向けっぽいですけど、別にJKが観に行っても文句は言われないでしょう」
「ちびっ子に囲まれるんはちょっと恥しいけどなぁ」

 その姿を想像すると気恥ずかしい。正直、そこまで行きたいとは思えない。

「良いじゃないですか。それに、この劇団。劇団員はいつでも募集中らしいですよ。……もしかしたら、この学校に演劇部が無いのって、この劇団があるからでしょうか」
「……は?」

 うーん、と美兎は首を傾げて考察している。しかし、私にとって問題はそこじゃなかった。
 劇団員を募集中。それを美兎がわざわざ口にしたって事は。
 
「つまり、劇団に入れって事?」
「今直ぐ入れとは言いませんよ。だから、まずは公演を観てみましょう。それで興味が有ったら、入ってみたらいいんじゃないですか」
「いやいやいや! そんな劇団とか無理やって!」
「でも、演劇部には入ろうと思ってたんでしょう?」
「学校の部活動と劇団じゃハードルちゃうやん!?」

 思わず声を大きくしてしまった。部活と劇団は全然別物じゃんか。
 しかし、美兎はこちらにちょっと厳しい目を向けてきて。

「そんな事無いと思いますよ。学校の部活動だろうと、本気でやるなら一緒です」
「それはっ、そうかも、しれんけど……」

 美兎の反論に言葉が詰まった。
 確かにその通りなのだろう。私は、学校の部活動だからと下に見てしまった。それは、世の演劇部の人達に対して失礼な考えだと思う。

 でも、劇団の方は高校生だけじゃなく、大人も参加してる訳で。本気で役者を目指している人達ばかりなんじゃないだろうか。
 それに何より、対価を得て公演をしているはず。その劇団の規模は分からないけど、それでも自分達の演技で、お金を稼いでいるはずなんだ。
 やっぱり、ハードルの高さは違うと思う。入り口が、凄く狭く思える。
 私なんかが、そうやすやすと踏み入れて良い所じゃないと、そう思ってしまう。

「もちろん、無理に入れと言っている訳じゃないですよ。あくまでも、楓が入りたいと思ったら、です」
「そんなん、私には無理やって……」
「それは分かりませんよ。やってみないと分かりません」
「でも……」
「何度も言いますけど、本当に嫌ならやらなくて良いんです。この公演だって、楓が嫌なら行かなくても良いです。でも」

 と。美兎は言葉を続ける。

「もしかしたら、何か得るモノがあるかもしれません。楓が言う、小さい頃の演劇で得たモノが得られるかもしれません。それは、行かなきゃ手に入りませんよ」

 と、美兎は悪戯っぽく目を細める。まるで挑発するかのようだけど、やっぱり悪意は感じられない。
 あくまで私の意志を尊重する、というのは本音なんだろう。その上で、彼女は聞いているんだ。
 樋口楓は、どうしたいのか、と。

「それに、楽しそうじゃないですか。わたくしこういう公演って観た事ありませんから、もう興味津々ですよ」

 そう言って、美兎は無邪気に笑った。純粋に演劇を楽しみにしている。
 この分だと、私が行かないと言っても、きっと彼女一人で観に行くんだろう。行動力のある彼女なら、きっとそうする。
 そう思うと、やっぱり少し悔しい。美兎が出来て私に出来ない事は無いと、そう思いたい。
 彼女と対等な友人として在りたいなら、ここで退いてちゃいけないんだろう。

「……分かった。とりあえず、観るだけ、ね?」
「そうこなくっちゃ。じゃあ、ちゃんとスケジュール開けといてくださいね」
「別に私は売れっ子ちゃうで……まったく」

 私は溜め息を吐いて、美兎を見返す。彼女は、相変わらず楽しそうに笑っている。
 早まったか? とも思う。どう考えても、劇団なんて荷が重い。私がそんなのに入るなんて想像出来ない。
 でも、と。私は思う。

――もしかしたら、自分の人生を、変える程の。何かである可能性だってあるんです。

「……良かった、楓も楽しみなようですね」
「へっ?」
「笑ってましたよ、今」

 言われて、自分の頬をぺたぺた触る。
 確かに、今。私は、ほんの少しだけ――

「う、煩いなー。別にいいやん、楽しみでも!」
「もちろん、悪い事はないですよ。ふっふっふ」
「黒幕みたいな不敵な笑みやめえや!」
「アハハッ、すみませんって。そんな怒らないでください」
「もうーっ」

 ぎゃあぎゃあと騒ぐ私達。きっと教室の外にまで声が響いていただろう。
 だから。

「こらっ、貴女達! もう下校時刻になりますよ! そろそろ帰りなさい!」
「「わっ、す、すみませんー!」」

 見回りの先生に怒られてしまった。びっくりした、のは美兎も同じだったみたい。二人の謝罪がハモッてしまった。
 たしかに、茜色だった教室は、そろそろ群青へと色を変え始めている。完全に時間を忘れていた。
 私達は一度顔を見合わせて、急いでそれぞれの鞄を引っ掴んで。

「先生、また明日ー!!」「失礼します、先生」
「ええ、気をつけてね、って、廊下を走らない!」
「「はーい!」」

 二人で、ばたばたと。教室を飛び出したのであった。

 ◆

「はー、びっくりした……」
「ちょっと夢中になりすぎましたね」
「ほんとだよ」

 校舎を出て、校門への道を歩く。そろそろ日も落ちかけて、うっすらと空が暗くなっていく。
 隣で歩く美兎に顔を向けると、向こうもこちらを見上げてきた。

「美兎は帰りは電車? バス? っていうか、家どこなん?」
「私は電車で、家は二時市です」
「あ、結構遠いねんな。私はバスで割りと近くやから……。まぁ、駅までは一緒に帰ろうか」
「はい」

 二人で並んで歩く。二人の長く伸びた影が、揃って歩いている。
 教室で騒いだ反動か、日暮れのモノ悲しさを感じてか。私達は口数も少ない。
 でも、それは嫌ではない。まるで長年の付き合いである友人かのように、私達は自然体だった。

 そんな時。直ぐ傍の校庭で、息を切らせて走っている人影が見えた。
 教室の窓から見えていた、陸上部の一人。彼女は長距離走の訓練でもしているのか、苦しそうに顔を歪めながらも、懸命に走り続けていた。
 その顔を見て、思い出す。彼女は、私達のクラスメートの一人だった。仲が特別良いわけではないけど、帰る時に挨拶をするくらいの仲ではあった。

 それを見て。私は、思わず声を上げてしまった。

「ユカちゃん! 頑張ってー!」

 突然大きな声を上げた私に、隣の美兎がビクッと体を震わせる。突然声を掛けられたユカちゃんも、驚いたようにこちらを振り向いた。
 その顔が、瞳が私を捉えて。手を振っている私を捕まえて。

「ありがとー、楓ちゃん!」

 同じく、手を振り返してくれた。
 そして、そのまま前を向きなおして、力強く駆け抜けていく。
 そんな彼女を見送り、上げていた手を下ろした時。隣の美兎が、声を掛けて来る。

「びっくりしました……同じクラスの子でしたか」
「そうやね。私もあんまり話した事は無いけど」
「でも、あんな急に声を掛けたら、タイムに影響が出るかもしれませんよ」
「え゛っ」

 あ、あー、それは考えてなかった。
 確かに、練習中だってタイムを計ってる可能性はある。自分のペースで走っているときに声を掛けられても、迷惑かもしれない。
 考え無しだった自分に、ちょっと落ち込む。

「アカンかったかな……」
「まあ、いいんじゃないですか。まだ元気に走っていますし」

 見ると、ユカちゃんは変わらず懸命に走り続けている。いや、気のせいかもしれないけど、ちょっとスピードが上がってるかもしれない。

「応援が効いたのかもしれませんよ」
「そうかなぁ。そうやと良いけど」

 そうだったら、嬉しいな。それなら、この罪悪感に沈みかけた心も、救われるというモノだ。

「でも、部活動中のクラスメートを応援なんて、なんだか楓らしいですね」
「え、そう思う?」
「ええ、明るくて活発な楓には似合ってます」
「そうかなぁ。自分でも、ちょっと驚いてるのに」
「あら、そうなんですか?」

 美兎が少し不思議そうに見上げてきた。だから、私は少し苦笑して返した。

 本当だよ。だって、ついさっきまでは。そんな事出来ないと思ってたから。
 だから、自分でも驚いた。考えるよりも先に動いた身体に、驚いた。
 
 でも、笑顔で手を振り返してくれたユカちゃんを見て。私は、声を出してよかったと思った。
 まだ私には、彼女の様に頑張れるモノは無いけど。もう、気まずさは感じない。
 吹っ切れたというか、すっきりしたというか。なんだか胸に沸いていた霧が、綺麗に晴れた気分だった。

「ね、美兎」
「なんですか、楓」

 呼びかけると、応えるように見上げてくる。そんな彼女に、素直に気持ちを口にする。

「公演、誘ってくれてありがと。私も、楽しみだよ」
「そうですか。それはよかった。誘った甲斐があるってもんです」

 そう言ってニッと笑う美兎。夕日に照らされたその笑顔が、綺麗だと思った。
 だから、私も負けじと笑ってみる。まったく、本当に私は負けず嫌いだ。でも、そんな自分も嫌いじゃない。今はそう思える。

「……これからも、よろしくね、美兎」
「なんですか。わたくし達は同志でしょう。そんな事当たり前です」
「いや、同志にはなれんなぁ」
「なんでですか、あのゲームをチョイスするあたり、楓には素質がありますよ」
「そんな素質いらんわ……。というか、クソゲー以外にオススメはないん? 普通におもろいゲームとか」
「もちろんありますけど。クソゲーと比べてインパクトは落ちますよ」
「ええよ。クソゲーのようなインパクトは無くても、おもろそうなヤツ」
「ふむ、それじゃあ……」

 いよいよ日も落ちてきて、赤と青の境界線が生まれた空の下。
 美兎がゲームに付いて語るのを聞きながら、私達は学校を出た。
 隙あらばクソゲーを勧める美兎を回避するのは大変だったけど、やっぱり彼女の語りは面白くて。
 相変わらず、私は相槌を打つしかなかったけれど、それでも楽しくて。

 あっという間に、私達は駅に着いていた。

 駅に着いて別れる時はちょっと寂しかったけど。また明日も会えると、悪戯っぽく美兎は笑う。
 見透かされた私は恥しくて、声を荒げて怒ってみせた。そんな私から逃れるように、美兎はクスクスと笑いながら。

「じゃあ、また明日、楓」
「うん、また明日ね。美兎」

 そう言い合って。別れを交わして。美兎は、駅へと駆けて行った。
 私も、駅へと向かう彼女の背中を見送って。それから、一人バス乗り場へと向かう。

 急に、静かになってしまった。やっぱり、少し寂しさを感じる。それくらい、私の中で美兎の存在は大きくなっていた。
 たった数時間でしかないのに、それくらい私に影響を与えてくれた。
 それは、羨望か、はたまた嫉妬なのかもしれないけど。
 私も、彼女のように、語れる何かが欲しいと。頑張れる何かが欲しいと。
 それはもしかしたら、ずっと前から思ってた事かもしれないけど。
 もしかしたら、演劇がそうだったのかもしれないけど。
 今はまだ、わからないから。

「私も、いつか。美兎みたいに、語れるモノが出来るかな……」

 呟いた言葉は宙に溶けて。
 見上げると、すっかり日は暮れてしまって。
 空には、星が輝いていた。

 ◆

 これが、私と美兎との出会い。これから長く続く、私が彼女に振り回される物語の幕開け。
 普通に、無難に過ごすだけだと思っていた高校での生活は、早々に終りを告げて。これからは、どたばたと騒がしい毎日が続く。
 そう私に予感させる、大きな出来事だった。そして、その予感はきっと正しい。

 これから先、どんな事が私達に待ち受けているのかなんて、まだ分からない。
 きっと、楽しい事も嬉しい事も、悲しい事も辛い事もあるだろう。
 喧嘩だってきっとするさ。お互い気は強そうだし、ぶつかる事だって無いとは思えない。

 そう、いろんな事があって、大変な事も沢山あって。
 でも、それを乗り越えていきたい。乗り越えて行けると。そう思った。

 最初は変なヤツだと思って。素敵な人だと友人になって。大好きな親友となってからも。
 きっと彼女は、好奇心のまま、いろんな事をやらかすのだろう。
 そんな彼女の隣を、彼女と同じくらい自信満々に。
 堂々と、歩ける自分で在りたいと。
 そう、思っている。


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