西洋哲学史

第3回 古代西洋哲学史 ピタゴラス

2013/05/14 20:59 投稿

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論証的で演繹的な議論という意味での数学は、ピタゴラスとともに始まるのだし、また神秘主義の奇妙なある形態が、彼と密接に結び付いているのである。哲学に対して数学が影響を及ぼすに至ったのは、部分的に彼を通してなのだが、その影響は彼の時代以降、深刻なものとなってしまったとともに不幸なものとなった。

ピタゴラスの生涯

 彼はサモス島に生まれ、紀元前532年ごろに活躍した。彼の時代には、サモス島は僭主のポリュクラテスに支配されていた。ポリュクラテスは紀元前ほぼ535年にサモスの僭主となり515年まで統治を続けた。しかしピタゴラスはその政府を嫌悪し、そのためにサモス島を去ったのである。そして彼は南イタリアのクロトンで身を立てるに至った。

 南イタリアにあるギリシャ人の諸都市は、サモスやミレトスと同じように富裕で繁栄していた。最も大きい都市は、シェバリスとクロトンであった。両都市はイオニアの器物をイタリアに輸入することで生計を営んでいた。しかし彼の到着後まもなく、クロトンはシェバリスとの戦争に完全な勝利を得て、シェバリスはまったく破壊されたのである。それまでシェバリスは、通商上ミレトスと密接な関係にあり、クロトンは医薬で有名であった。

 クロトンでピタゴラスは、息子たちからなる団体を作ったが、それはしばらくの間、その都市で勢力を持っていた、しかしついに市民が彼に敵意を示すようになったので、メタポンティオンへ彼は移住してそこで死んだ。まもなく彼は神話的人物となり、奇跡や呪術を行ったといわれたのだが、彼はまた数学の一学派をも創建していたのである。

ピタゴラス教団

 ピタゴラスは1つの宗教を創建したのだが、その宗教の主な教義は、霊魂の移住ということと豆を食べることが罪だ、という点にあった。彼の宗教は1つの教団というものにまで具体化され、その教団はここかしこで国家を統御するにいたり、一種の諸聖者の支配を確立したのである。

 彼の創建した教団は、男性も女性も平等な資格で入団を許され、財産は全て共有とされ、生活のやり方にも共通性があった。科学的、数学的な発見でさえ、集団的発見と見なされ、ある神秘的な意味で、ピタゴラスの死後もその発見が彼に起因するものと考えられるのだった。

 ピタゴラス教団の戒律をいくつか述べてみると、次のようなものだ。

 1 豆を食べざること。
 2 落ちたものは拾い上げざること。
 3 白い雄鳥には手を触れざること。
 4 パンをちぎらざること。
 5 かんぬきをまたがざること。

 全てこれらの戒律は、原始的な禁忌概念に属している。

ピタゴラスの宗教

 ピタゴラス主義がオルフィック教における1つの改革運動であり、オルフィック教がディオニュソス崇拝における1つの改革運動であった。歴史を還流しているとこの、合理的なものと神秘的なものとの対立は、ギリシャ人の間ではオリュンポスの神々と、人類学者たちの扱う原始的諸信仰というものにより強い親近性を持ったほかの神々との対立として、最初に現れているのである。彼の神秘主義は奇妙に知的な種類のものではあったが、この区分からすれば、ピタゴラスは神秘主義の側に属している。ピタゴラスの鼓吹した体系のすべては、あの世的である傾向があり、神の見えざる統一性の中にあらゆる価値を置き、目に見える世界は虚偽で錯覚的なもの、また天井の光線が砕けてもやや暗黒の中に分かち難くされてしまうところの、混濁した媒介物に過ぎぬとして断罪している。

 またピタゴラスの教えが次のようなものであったとされる。すなわち、まず霊魂は不死なものであり、それは様々な他の生けるものに変換される。更に、存在するに至るものは全て、ある周期の繰り返しの中で再び生まれてくるのであって、絶対的に新しいものは何も存在しない。また自らの内に生命を持って生まれてくる事物は全て、近親者として扱わねばならない、とピタゴラスは色々な動物にまで教えを説いたと言われている。

 また我々はこの世における異邦人であり、肉体は霊魂の墓場である。しかし我々は、自殺によって肉体から逃避しようと努めるべきではない。なぜなら我々は、神の有体財産であり、神は我々の牧舎であり、神の命令なしには我々は、逃避する権利を持たないからである。この世には、オリュンポスの競技に3種類の人々がやってくるように、3種類の人間が存在する。最低の人間とは、売り買いするためにやってくる人間であり、その上には、競争するためにやってくる人間群がある。しかし最上の人間とは、ただ眺めるためにやってくる人々である。したがって、最も優れて浄化に役立つものは公平無私の科学であり、誕生の車輪から最も効果的に自己を解放した人々は、その科学に自らをささげる真の哲学者なのである、と。しかしフット・ボールの試合について言えば、近代的心性を持つ人なら、試合をする人々を観客より偉いと考えるものだ。同様に国家についていえば、近代人は政治というゲームに現実に参加している政治家というものを、単なる傍観者よりも賛美するのである。この価値の変化は、社会組織の変化に関連を持っている。

ピタゴラスの数学

 だが以上のこと全ては、数学とどのような関係があるのだろうか?それは、瞑想的生活を賛美する1つの倫理によって、数学と結び付けられるのである。

 ピタゴラスにとっては、情熱的で同情的な瞑想とは知的なものであり、数学的知識をもたらすものなのである。
時として数学が我々に与えてくれるところの、急に分かったというよう様な喜びを体験した人々、また数学を愛する人々にとっては、ピタゴラス的見解は正しくないとしても、全く自然なものに思えるであろう。純粋の数学者は音楽家と同じように、秩序付けられた美の世界を自由に創造する人である、と感じられるかもしれないからである。

 瞑想的な理想は、純粋数学の創造をもたらしたゆえに、1つの有用な活動の源泉であったし、またそのことが瞑想の威信を増大させ、神学や論理学、哲学における瞑想に、そうでなければ勝ち取り得なかったような成功をもたらしたのである。

 大部分の科学はその発端にあっては、何らかの形態の誤った信念と関連してきたのであり、そのことが科学に虚構の価値を与えていた。天文学は占星術と関連していたし、化学は錬金術と連なっていたわけだ。しかし数学は、もっと洗練された種類の誤謬に関連していたようである。数学的知識は確実で精密で、実在の世界に適用し得るように見えたし、更にその知識は、観察を必要とせずに単なる思索だけで獲得できた。その結果、数学は、日常の経験的知識の到達し得ない1つの理想、というものを提供していると考えられ、また数学という基礎に立って、思索は感覚より優れ直感は観察より優れている、と考えられるに至った。たとえ感覚の世界が数学に適合していないとしても、いけないのは感覚の世界の方だとされたのである。様々なやり方で、数学者の理想により多く近づく方法が研究された。その結果もたらされたもろもろの提案が、形而上学や認識論における多くの誤りの源泉となった。その種の哲学が、ピタゴラスとともに始まっているのである。

ピタゴラスの哲学

 誰もが知っているように、ピタゴラスは全ての事物は数であると言った。この言明は近代風に解釈すると、論理的なナンセンスであるが、彼の意味したことはナンセンスばかり言えないのである。音楽における数の重要性を見出したのは彼だし、彼が確立した音楽と算術との関係は、調和平均とか調和級数という数学用語の中に今なお生き残っている。彼は数というものを、サイコロやトランプ・カードに現れているような形として考えた。我々は現在でも、数の自乗や立方という風な表現を用いるが、そのような表現を我々はピタゴラスに負っているのである。彼はまた、長方形の数、3角形の数、ピラミッド型の数などについても語っているが、それは、それぞれの形を作るに要する小石の数なのであった。おそらく彼は、世界が原子からできているものと考え、諸物体が様々な形に配列された諸分子で成り立つものと見なしたのであろう。このようにして彼は算術というものを、美学におけると同じく物理学においても、根本的な研究として必要なものにさせたかったのである。

ピタゴラス教団の数学的発見

 ピタゴラスあるいは彼の直弟子による最大の発見は、直角3角形に関する例の命題である。すなわち、直角を形成する2辺の自乗の和は、残りの1辺、つまり斜辺の自乗に等しいという命題だ。エジプト人たちは、3辺が3、4、5にあたる3角形は直角を持つ、ということを前から知っていたのだが、一般的命題の証明を発見したのはギリシャ人たちであった。しかしピタゴラスにとっては不幸なことだったのだが、彼の定理は直ちに通約できない数というものの発見をもたらした。それは彼の全哲学を覆すように見えたのである。このことがギリシャ数学者をして、幾何学は算術と独立に確立されねばならない、ということを確信せしめた。

哲学に対する数学の影響

 幾何学が哲学や科学的方法に及ぼした影響には、深刻なものがあった。ギリシャ人が確立した幾何学は、自明であるところの諸公理から出発して、演繹的な推理を経てまるで自明でないところの諸定理に到達する。公理や定理は、現実の空間に関して真であると考えられるのだが、現実の空間とは経験において与えられる何ものかなのである。このようにして、まず自明なるものを認知しそれに演繹を用いることによって、現実の世界に関する様々なことを発見しうるかのごとく見えていた。このことから、全ての厳密な推理は、感覚しうる対象とは違った理想的な対象に適用されるものだ、という見解が暗示されてくるのだが、更に1歩突っ込んで、次のように論じることは自然であろう。すなわち、思惟は感覚よりも高貴であり、思惟の対象は感覚知覚の対象よりもより実在的である、という議論である。永遠に対する時間の関係、ということについての神秘的な教説もまた、純粋数学によって補強されてくる。というのは、数というような数学的対象は、たとえそれが実在的であるとしても、永遠的であって時間の中にはないからである。このような永遠的対象は、神の思惟あると見なしえる。啓示宗教と対置されるところの合理主義的宗教は、ピタゴラス以降、特にプラトン以降は顕著に、数学および数学的方法に完全に支配されてきたのである。

まとめ

 ピタゴラスとともに始まった数学と神学との結び付きは、ギリシャや中世における、またカントに至るまでの近代における宗教的哲学を特徴付けた。ピタゴラス以前のオルフィック教は、アジアの密儀宗教に類似したものがあったが、プラトンや聖アウグスティヌス、トマス・アクィナス、デカルト、スピノーザ、ライプニッツにおいては、宗教と推量との、また道徳的抱負と無時間的なるものの論理的賛美との緊密な混合が存在した。それはピタゴラスから派生するものであり、またそれが、ヨーロッパの知性化された神学をアジアのより直截な神秘主義から区別するものなのである。知性には顕現するが感覚では捕らえ得ない永遠なる世界という全概念が、ピタゴラスから派生しているのである。彼が存在しなかったならば、キリスト教徒たちはキリストを、言葉とは考えなかったであろうし、また彼がいなければ、神学者たちは神とか不死ということの論理的証明を探求しなかったであろう。

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