SOHIKO BLOMAGA

小池壮彦 怪奇探偵ブロマガ vol.45

2014/06/29 23:59 投稿

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  • vol.45「1937年7月7日の〝変〟」
  • 歴史と社会
  • 怪奇心霊
七夕怪談
  ――
1937年7月7日の〝変


 ▼エベン・アレクサンダー医師の臨死体験

 戦時怪談には、虫の知らせの話が多い。満蒙からの引き揚げにまつわる死者からの通信という話を子供の頃によく聞いたものだが、この種の現象を科学的にとらえようとした研究が1980年代に話題になった。超心理学者イアン・スティーヴンソンの『虫の知らせの科学』をはじめとする本を読んで、自分もこのような事例を集めてみようと考えたことが思い出される。

 臨死体験の事例でもそうだが、この種の現象の説明として、死後の世界を仮定する必要があるかどうかが問題になる。テレパシー仮説では説明できない事例の発掘が求められるが、仮にそういう事例があったとしても、死後の世界はあるという話にはならない。その仮説を棄てるには至らないというだけである。また信仰上死後の世界を信じている人にとっては、最初から仮説もへったくれもないので、科学的な説明の意味はさして重要ではないだろう。

 どうにも埒のあかない研究なので、私はこの種の話への関心を失って久しいが、近年話題になったアメリカの脳神経外科医エベン・アレクサンダー氏の臨死体験は興味深いものだった。エベン医師は臨死体験時に見知らぬ美女に出会った。その人は一度も顔を見たことのない実の妹だったことが後に判明するのだが、それだけなら類似の体験は他にもある。だがエベン医師の臨死体験は、脳機能が停止した状態でなされたため、脳の働きによってあらわれた現象ではないという。また脳機能の再起動時に過去の記憶が整理される現象があったとしても、そもそも記憶にない人物の映像再生は説明できないというのである。

 しかし、本人が蘇生できた以上は、やはり臨死体験ではあっても死後の世界の体験ではないという意地悪なことを言う人もいる。脳機能の再起動時に超感覚的知覚が発揮されたと考えれば、見知らぬ妹に出会った体験もESP仮説で説明できそうである。要するに脳の働きには未知の部分が多いので、まだ認知されていない脳の働きがあったと言えば、死後の世界は永遠に仮定しなくてすむ話になる。私が臨死体験研究に興味を失ったのはその辺の事情があるからだが、体験というのは本人だけにわかる固有の意味がある。その価値観の扱いというのは、はじめから人文科学の問題であることにそろそろ気付いてもよさそうに思う。

 私たちが生きているこの世でさえ、何層もの現実がある。現世は一通りではない。それぞれの人が身近な層の現実だけを見て生きているだけである。昔はよく半径2メートルの世界で生きている井戸端会議の主婦たちという悪口が言われたものだが、いまは半径50センチぐらいで生きている人もいる。自分の知らない外部は常にあるので、この世とは別の次元の層がどこかにあっても不思議とは思わない。それが臨死体験に出てくるような世界であってもかまわないが、私はたぶん違うだろうと思っている。

 たとえば、私はこんな想像をすることがある。仮に〝あの世〟があるとして、その世界の人々にとっての〝あの世〟というのは、私たちがいる〝この世〟かもしれないではないか。つまり、私たちはあの世で死んでから、別の層である〝この世〟すなわち現在の世界に来たのかもしれないのである。だとすると、別の層での記憶や経験は、どうやら運べないらしい。赤ん坊のときにかろうじてその記憶があるのかもしれないが、数年も経てば〝以前死んだ世界〟すなわち〝この世に生まれる前の世界〟の記憶は失われる。それでまた赤ん坊からやりなおして現在に至り、死んだ後は別の層で、別の存在としてまた人生を送る。

 そんなことをくりかえしているのではなかろうか……と想像してみると、あまりあの世を美化しない方がいいということになる。いま私たちが生きているような、この程度の世界が、単に層を成しているだけかもしれないのである。その幾重ものくだらないウエハースの重なりからの解脱を目指したのが仏教の開祖の真意なら、その慧眼だけでも彼は真に天才だろう。しかし、釈迦が本当に解脱したのかどうかは不明であるが。


 ▼〝あの異変〟にまつわる噂

 ところで、私は以前に戦時怪談を蒐集していた頃、虫の知らせや臨死体験の話をたくさん聞いたが、ある本を読んでいたとき、それらとは異なる奇妙な話に出くわした。スタイルとしてはまったく怪談ではないのだが、それゆえに気になったのである。

 話している本人が怪談だと思っていない方が、かえっておぞましく感じることがある。怪談だのホラーだのとジャンル化された瞬間に、生命を失う話は枚挙にいとまがない。

 ことの発端は、1937年(昭和12年)に陸軍中央部をかけめぐったひとつの〝噂〟であった。こんな怪情報が流れたという。
 

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