原子力戦争の論理
――〝事変〟に見る不可視の戦時リアリズム
▼日本は〝誰〟と闘っていたか
東京事変を知っている人はいても、北支事変という言葉は、いまでは使われないのかもしれない。私が子供の頃は、北支事変から支那事変へという推移は知っていたが、なぜそうなるのかがわからなかった。「なんでこうなるの?」と質問すると、当時の担任の先生は「わからないうちに進むのが戦争なのだ」と言っていた。いま思えば、昔の先生は優秀だった。
――〝事変〟に見る不可視の戦時リアリズム
▼日本は〝誰〟と闘っていたか
東京事変を知っている人はいても、北支事変という言葉は、いまでは使われないのかもしれない。私が子供の頃は、北支事変から支那事変へという推移は知っていたが、なぜそうなるのかがわからなかった。「なんでこうなるの?」と質問すると、当時の担任の先生は「わからないうちに進むのが戦争なのだ」と言っていた。いま思えば、昔の先生は優秀だった。
小学校のときに〝日華事変〟という言い方が使われていたかどうかは定かではないが、そのように記す教科書もあったかもしれない。おそらくは〝日中戦争〟という言い方で統一する動きがあって、中学生ぐらいのときがその過渡期だったようにも思う。だが、少なくとも私のジェネレーションまでは、支那事変と日中戦争は別物という認識だったはずである。
試しに山川出版の日本史教科書を見てみると、やはり日中戦争という括りである。盧溝橋事件に始まる事変が全面戦争に至ったという書き方はしているが、これだと日中戦争の〝中〟とは何かがわからない。日本軍が戦っていたのは〝何〟なのか。それが現在の〝中国〟ではなくて蒋介石の中華民国だとわかればまだマシだが、実際には、日本は蒋介石の正規軍とだけ戦っていたのではない。南京政府と北京政府のそれぞれのなかに軍閥がひしめいていた。
蒋介石政権は南支と北支の統一を目指したが、異なる民族を抱えた軍閥は分裂したままだった。それぞれが英・米・ソ・日の傀儡政権だったからである。中華民国すら事実上は一軍閥にすぎず、良くも悪くも大陸でまともな国は、日本が建国した満州国だけだった。その他の民族的統一は理想ですらなく、単なるスローガンにすぎなかった。大陸は欧米・ソ連・日本が分割統治するしかないのが現実だったが、欧米とソ連が日本の権益拡大を嫌ったのである。
蒋介石政権は南支と北支の統一を目指したが、異なる民族を抱えた軍閥は分裂したままだった。それぞれが英・米・ソ・日の傀儡政権だったからである。中華民国すら事実上は一軍閥にすぎず、良くも悪くも大陸でまともな国は、日本が建国した満州国だけだった。その他の民族的統一は理想ですらなく、単なるスローガンにすぎなかった。大陸は欧米・ソ連・日本が分割統治するしかないのが現実だったが、欧米とソ連が日本の権益拡大を嫌ったのである。
そんな情勢が果たして〝日中戦争〟なのか? 先日も若い人と話をしていると、彼はやはりこの〝中〟というのが現在の中国すなわち〝中共〟だと誤解していた。戦時の中共というのは、単なるコミンテルンの傀儡部隊である。蒋介石の国民政府軍と対立したり合流したりしていたが、日本軍と直接戦っていたわけではない。蒋介石は日本の和平工作に対してもまともな態度を見せず、やがて分裂したグループが日本とともに英米に宣戦布告した。その勢力が汪兆銘政権であるが、かくも変幻した情勢を〝日中戦争〟と呼ぶのは冗談じみた話だろう。
前回vol.41で『将軍と参謀と兵』のことに触れたが、あの映画で描かれる日本軍のムードには、何やらやむをえない戦いという雰囲気が漂っていた。敵を描かないという方針の国策映画に象徴されるのは、実は誰と戦っているのかよくわからないという割り切れなさではなかったか。そのモヤモヤした感覚から日本人が解放されたのは、対米英開戦の臨時ニュースを伝えるラジオ放送だった。ここで明確に大義が示されたと感じて多くの国民が快哉を叫んだが、ラジオ1個でそこまで騙されることを今日の目から見て笑える人は幸せである。
中国をめぐる欧米と日本の複雑怪奇な構図というのは、もちろんいまも存在する。さる4月25日に発表された日米共同声明を見ると「米国は、尖閣諸島に対する日本の施政を損おうとするいかなる一方的な行動にも反対する」と宣言されている。この文言は、外務省が公開している英語版では〝the United States opposes any unilateral action that seeks to undermine Japan's administration of the Senkaku Islands〟となっている。つまり、2013年1月18日に当時のクリントン国務長官が岸田文雄外相に述べた文言と同じである。
中国をめぐる欧米と日本の複雑怪奇な構図というのは、もちろんいまも存在する。さる4月25日に発表された日米共同声明を見ると「米国は、尖閣諸島に対する日本の施政を損おうとするいかなる一方的な行動にも反対する」と宣言されている。この文言は、外務省が公開している英語版では〝the United States opposes any unilateral action that seeks to undermine Japan's administration of the Senkaku Islands〟となっている。つまり、2013年1月18日に当時のクリントン国務長官が岸田文雄外相に述べた文言と同じである。
同じ文言のくりかえしであっても、それを大統領に言わせたことに意味があるというのが日本側の見方だが、オバマ大統領はつくづくパペットであって、日本政府にいいように利用されている。共同声明は、単に日米安保の追認であり、以前と何も変わっていない。それを日本政府が報道向けに、尖閣防衛を大統領が確約したという風に演出しただけである。なお共同声明に言う〝all the territories under the administration of Japan〟(日本の施政下の全領域)に竹島は入っていない。竹島は日本の施政下にはないからである。
尖閣は日本の施政下にあるが、領有権に関してアメリカは中立である。これも以前と変わらぬ姿勢である。ただし、日本側は共同声明のなかの〝any unilateral action〟すなわち日本文で言う「いかなる一方的な行動」にもアメリカは反対するという文言を重視している。これは尖閣を民間人が不法占拠した場合も含まれるという解釈である。漁師に化けた中共武装兵が島を占拠することもあり得るので、日本側の提案であえて広義の文言にしたという。
なるほどその方が賢明だと思う人は、いたって従順な人である。この文言の内実は、最初から〝事変〟を念頭に置いたものである。つまり、不測の事態を防止するための文言ではなく、トラブルのシナリオをあえて織り込んだ文言である。
なるほどその方が賢明だと思う人は、いたって従順な人である。この文言の内実は、最初から〝事変〟を念頭に置いたものである。つまり、不測の事態を防止するための文言ではなく、トラブルのシナリオをあえて織り込んだ文言である。
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