天皇の女系継承を容認する皇室典範改正を、政府が極秘に検討しはじめたのは1997年のことである。当時はまだ話題に上らなかったが、同じ年に中華人民共和国では東北工程と称する奇妙な歴史改ざん計画が開始された。これらが明るみに出るのは2000年代になってからだが、一見関係ないように見えるふたつの計画には不気味なシンクロがある。

 東北工程というのは、端的に言えば、中共による歴史の書き換えである。7世紀まで現在の北朝鮮エリアにあった高句麗を中華王朝の属国と見て、その歴史を中国史に吸収するという認識を中共が示した。周辺民族を〝中華民族〟という幻想の翼でおおう計画であるが、ちなみに〝東北〟というのは大陸の東北部のことで、旧満州国エリアにあたる。

 大日本帝国時代に整備した満州国のインフラが老朽化したため、その再開発に乗じた利権問題が背景にあるのだが、故金正日は北朝鮮を高句麗の後継国家と位置づけていたので、中共の言い分を認めていたわけではない。金王朝は必ずしも中共の傀儡ではなく、むしろ金正日が核武装を進めたのは対米示威ではなくて中共の圧力を睨んでのことである。彼は「中共を信用するな」と息子に遺言して死んだ。

 一方で、南朝鮮すなわち韓国の歴史認識では、高句麗は朝鮮民族の国ということになっている。したがって、東北工程に見られる中共の言い分には激しく反発した。人気俳優のペ・ヨンジュンに高句麗の広開土王を演じさせる国策ドラマをテレビ放送していたのはまだ記憶に新しい。高句麗にしても、その後継国の渤海にしても、彼らに言わせるとすべて朝鮮民族の国ということになってしまうが、むろんそのような事実はない。

 さてこれだけなら日本にとっては対岸の火事である。もとより史実の争いではなく、どう見なすかという擬制の問題である。歴史問題は常に擬制には違いないが、韓国の言い分のレベルだと中共に対抗するのは無理である。とはいえ五十歩百歩の認識なので、せいぜい勝手にやってくれというしかないが、それはこちらに迷惑がかからなければという条件付きである。

 中共は高句麗滅亡時に多くの住民が中国に帰化したと主張している。人口の4分の3だか何だかと言っていたと思うが、それが東北工程のひとつの根拠にもなっている。すると、同じ頃に日本列島に流れ込んだ難民も相当数に上るのだから、中共がこの問題を通じて何を展望しているのかを考えたとき、やはり対岸の火事ではなくなってくる恐れがある。

 つまり日本と高句麗の関係――裏の関係というようなものだが――を考えたとき、東北工程と時期を同じくして日本政府が皇室典範を変える話を密かに始めたというタイミングは、やはり注意するべきことになる。内閣府の役人がどちらを向いているのかという疑問もある。我が国のジャーナリズムはいまだに男系か女系かのレベルで泳いでいる始末だが、中共は建前ではなく本音で事を押してくる。倭国が〝日本〟に変貌した裏事情も研究している。