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(3/3)導く者は・・・「相手のために」の名を借りた「自分のため」であってはならないと思っています(主に甲子園・熱中症等について)

2013/08/16 11:40 投稿

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導く者は・・・「相手のために」の名を借りた「自分のため」であってはならないと思っています(主に甲子園・熱中症等について) (1/3) (2/3)

さて、予想外に長くなってしまったのですが、本当にこの記事で終わりにしたいと思いますヘ(゚∀゚ヘ)

 1,2回目の記事を読んでもらえば分かる通り、私は熱中症や生徒の身体を痛めつけることになる夏の甲子園や今の試合制度には問題があると考えています。

 決して勘違いしないでいただきたいのは私は高校野球自体を、高校球児のひたむきさ、一生懸命目標に向かって努力する姿を否定するつもりは毛頭ありません。むしろそれは素晴らしいことで賞賛されるべきことだと思っています。

 私が批難しているのは、伝統という名でごまかし、朝日新聞や高野連が創りだした「甲子園至上主義」というまやかしであり、他者から指摘されているのにもかかわらず改善策をつくろうともしない「高野連」であり、選手を酷使することこそ高校野球なりとする「指導者」であり、それを賛美する「自称評論家」です。

甲子園で「熱中症球児」続出の恐れ、高野連の言い分は…

 これを見ても分かる通り、自浄作用は全くといっていいほど作用しないだろうことがわかる。全国大会出場という名誉は甲子園でやらなくなったからといって、なんら変わることはない。現に高校サッカーなどは国立競技場を使うのはベスト4からだ。不評だったからという理由で甲子園以外の球場を使う選択肢を排除することはつまり前例主義、事なかれ主義の最たる例で、面倒くさいことはしたくないと自ら発表していることと同義である。

 また「球児の夢を叶えてあげたいという思いがある」という高校生を言い訳に使うのもなんと卑怯なことだろうか。冷静な判断をし、球児の健康を第一に優先することが運営として求められることだ。不評だから、夢を叶えてあげたいからといって球児たちを蔑ろにすることは絶対に許されない。こんな記事もある↓

高校野球の何が悪いというのか?…「暑い夏」と「甲子園」は欠かせぬ“舞台装置”である

高校野球の記事が多いのは「読みたい」という読者のニーズが多いから。選手たちは高校生活の3年間のすべてをかけて甲子園を目指して野球に取り組んでいる。チームメートや指導者、家族、友達…。そこで生まれる周囲の人との絆のストーリーは、誰もが身近なドラマとして共感できる。だから高校野球は日本人の心に響く。
 これはほぼ同意であるが、だからといって暑い夏に球児を酷使してまで行うこととなんの関係があるのか?この人も根性論者らしいので察したほうがいいのかもしれない。

「暑い夏」と「甲子園」は欠かせない舞台装置らしい。逆に言えば「暑い夏」と「甲子園」が無ければ高校野球は意味が薄れるということなのだろうか。私は決してそうではないと思う。

 また部外者は口出しするなという意見であるらしいが、確かに自浄作用さえしっかりと働く組織であれば口出しなどしないが、前述の記事の通り、それは難しいと言わざるを得ない。

 球児の健康を考えることは悪なのだろうか?

 
 私は開催時期についてはしょうがないと思っている。そのかわり開催球場を分散し、昼の最も暑い時間帯は避けて朝夕で試合をすればいいのではないだろうか。そして日程を詰めることなく間に休みを置くようにする。甲子園を使うのはベスト4からでいいだろう。何よりも優先すべきは球児の健康であり、彼らの未来なのだから

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