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M‐1グランプリ2015の感想・批評~親愛なる永沢くんへ~

2015/12/06 22:02 投稿

コメント:1

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親愛なる磁石の永沢くんへ。


上から目線で申し訳ないが、僕が君たち磁石のことを高く評価している、ということは、以下の2014年のTHE MANZAIの記事を読まれたい。


http://ch.nicovideo.jp/jigafromjiga/blomaga/ar685924


ところで、君は、「敗者復活戦」を見たかい?


・・・君の上司たるスピードワゴンの小沢くんは、「選べないよぉ」と例のかすり声を漏らしていたが、――立場上、仕方がないことだが、色んな意味で彼は「甘い」ね。


結論から言おう。


今大会は、レベルが高すぎて「甲乙つけがたい」のではない。

「どのコンビも平均点すら取れていない」という意味で「甲乙つけがたい」のだ。

はっきり言って、2015年のM‐1は、出ているコンビほぼ全員が「放送事故」レベルの漫才をしていた。


そして、新参よりも古参の方がむしろ罪は重い、と思われた。

なぜなら新参の方がより漫才の「基本」を勉強してきた「」が見られるからだ。

それに比べて、古参の連中はどうだったろう?

僕は直接関係ないのに、その長いキャリアの中で何を学んできたのであろう? と少し義憤を感じたぐらいだ。

ポイズンガールズバンド、囲碁将棋、東京ダイナマイト、とろサーモン、――どのコンビでもよい。

視聴者を不快にさせたいのか、と思わせるぐらい、奇をてらって「間」を開けてみたり、ボケに乗り続けて「脱線」し続けることが、「漫才の深化」だと勘違いし、肝心の「漫才の基本」をものの見事に忘れている、悲惨な始末だ。


なかでも、ナイツは一番悪い形で「株を落とした」コンビだと思う。

ナイツは「絶対に空振りしないスマートで器用なコンビ」として世間に「信頼」されていたのに、今年のM‐1で「アヴァンギャルド」(実験的)な「形式」を選択してしまったことにより、意外にも「大きな空振りをする不器用なコンビ」でもあることがモロに世間にバレて、その嫌なイメージが定着してしまった。

こんなことは、ナイツ史上、なかったことだろう。

ナイツは、恐らくは、くりぃむしちゅ~の有田の助言から案出したであろう、土屋にボケさせる形式=『CA物語』路線でイケる、と踏んだのだろうが、「読み」が甘かった。

視聴者の誰一人、ナイツに「変化球」(実験漫才)など求めていないのだから。

みんながみんな、ナイツには「直球」=「時事ネタ」を求めていた。


しかし、ナイツは、“意識的に”「アヴァンギャルドな形式(土屋にボケさせる)」に振れたのではない、と僕には思われる。

ナイツは、以前のような「時事ネタ」を「あえてしなかった」のではなく、「時事ネタ」が「したくても出来なかった」のだ。

理由は、以前のような、「時局性」=「ニュース性」に対して、スピーディーに「対応」し「吸収・消化」(情報処理)できるだけの、「時間」と「精神的体力」が、今の彼らになかったからだ。

つまり、ナイツは「疲労困憊」だったのだ。

ナイツは明らかに昨年、今年と、漫才の「形式」をあえて変えてみたり、自身の「コンビとしての新鮮さ」の「提示」に対して貪欲な姿勢を見せていたが、それは裏を返せば、コンビとしてすでに精神的・肉体的に「疲労困憊」(行き詰っていた)ということでもある。


なぜ、こんなにもナイツのことについて字数を割くのか、と疑問に思われるかもしれないが、つまり僕は、ナイツ的な「時事ネタ」=「時局(ニュース)性」こそが、今年のM‐1を説く「カギ」ではないか、ということが言いたいのである。


今大会の「特色」は、明らかに「時事ネタ」=「時局(ニュース)性」の「不足さ」にある。

かのナイツでさえ、「時局性」に対して「余裕」が持てず、激動の「2015年」という「時局」を小気味よく軽快なボケとして「まとめ」られなかった。


これは逆に言うと、「時事ネタ」=「時局(ニュース)性」という「要素」さえあれば、簡単に2015年のM‐1において「ハネる(突き抜けた1位になる)」ことができたはずだ、という「予測」も立てられるのである。


はっきり言おう。


今大会などは、「時事ネタ」の連打・連打・連打で勝てていたはずだ


だから僕たち一般視聴者は、どこか力点の置き所を間違えている消化不良な漫才を虚ろな目で見つつも、心のどこかで、「ああ、爆笑問題的な世相を斬る漫才が見たい!」という「飢えと乾き」を抱いていたのではないか。


それにしても、永沢くん、磁石は残念だったね。


前回の記事でも言った通り、磁石というコンビは「技術点」だけならば「100点」であり、それに、時局(ニュース)を素早く取り込む「即興性」をも持ち合わせていた(れいの「高橋ジョージ」系のつかみボケ)。


・・・それなのに、準々決勝敗退


僕が心配しているのは、佐々木くんの方ではなく、永沢くん、君の方なんだ。


というのも、「今回のM‐1」=「一区切り」と考えて、「解散しよう」と言い出しそうなのは佐々木くんの方であるからだ。


佐々木くんは、最終的には「現実主義者」だ。


今生きている「この生活」が最重要であり、たとえ「漫才」(創作)を失っても、手段選ばず働き、しぶとく生き抜いていくような人間だ。


しかし、永沢くん、君は違う。


君は、下世話なこと・現実的なことをネタにしているようで、その実、「精神主義者」だ。


君にとっては、「創作」(精神活動)こそが「生活」であり、そこから「創作」(精神活動)を抜き取ってしまっては、それこそ「現実」まで破綻していってしまうタイプだ。


だから、僕は永沢くんには磁石を続けて欲しいのだ。


いや、磁石を続けるのがベストだが、それだけでなく、他の「創作(精神)活動」を諦めず続けていって欲しいのだ。


というより、君は、才能から言って、どんな形であれ、「創作」(精神活動)に携わり続ける人生になるだろう


大竹まことさんには散々だったが、僕は君の「詩」の世界は嫌いじゃない。


それに、『ALIVE』を聴く限り、冗談でなく、「音楽的才能」も多分にある。


最後に、なんと言っても「言葉」の才能だろう。これはピカ一だ。


この「言葉」の才能は、漫才、詩、エッセイ、そして、以下のような小説に到るまで幅広い可能性を提示してくれる。


小説『メビウスの環』

http://bookwalker.jp/decbc7f740-463e-4b8e-87b1-9cf1ef4c5f2c/%E3%83%A1%E3%83%93%E3%82%A6%E3%82%B9%E3%81%AE%E7%92%B0/


永沢くん。


絶望するな。
では、また。


コメント

Guraham
No.1 (2015/12/06 23:22)
あまりにも的外れな考察で笑ってしまいましました。
テキスト漫才も全然面白くないです。
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