ブロマガ「IRVの東北戯言スポーツ」

サポーター世界の「レジェンド」たち

2014/05/08 01:29 投稿

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東北のサッカーにおいて語られるべきなのが「サポーター界のレジェンド」たち。

手前味噌な話題かもしれないが、東北地方にはサッカーの力が理解される前から啓蒙的なサポーターがいた。
(九州とか北信越、その他近年勃興した地域はどうかわかりませんが)

まず東北勢の草分けは山形・仙台。
山形は「クラージュ」、仙台は「VictoriaVient(ヴィクトリア・ヴィエント)」が最初のサポーターとなる。
また、両チームと共に旧JFL(今のJ2,現行JFLにつながる)に参加していた福島FC(1997年末解散)にもサポーターチームが生まれた。

仙台はやがてゴール裏勢力「LIBERO」や「イレブンサークル」といった勢力がサポーター会議を開いた。そこに県外人として参加した一人の若者、のちに山形や福島のサポーターにもつながりを持つ男が登場した。

その話はおいといて、前述の通り1997年に福島FCが解散後、一部選手やサポーターがFCプリメーロに流れていった。これがプリメーロサポーター「Pride of FUKUSHIMA(通称ぷらふく)」だ。

その同時期、岩手にも名門盛岡ゼブラを応援しようというサポーター部隊が誕生した。これが「IRV岩手レボリューション」である。仙台のサポーターの派閥抗争やごたごたに疲れた、と言う感じで仙台から地元盛岡にシフトしたオーガナイザーこそ、先ほどの仙台のサポーター会議に参加した県外人、斉藤晃なのだ。

その後東北地方ではあまりこうした社会人レベルでのサポーターの流れを聞かなかったが、これが変わりだしたのがW杯イヤーの2002年。
青森県五戸を拠点としていたアステール青森がサポーターを集めたのだ。この時集まったサポーターたちは、アステール解散後ヴァンラーレ八戸、ラインメール青森のサポーターとして活動している。

秋田は実力派企業チームのTDK、すなわち現ブラウブリッツ秋田が社員サポーターとかやるようになる。このメンツは「BLUE+AKITA」(ブラウブリッツサポーター)の他、TDK親和会のサポーターをする人(JFL時代の「ブルーラークス」から?)もいるようだ。

そして2006年、東北社会人サッカー界に後の覇権クラブが登場する。グルージャ盛岡と福島ユナイテッドだ。
グルージャ盛岡のサポーターは2006年(T1初年度)当初から独自性を打ち出しており、特に入場時のチャントはプレミアリーグからインスパイアされたもの。その他にもあまりJ1,J2で聞かないのもあるか。
そのサポーターの存在が既成勢力であるIRVを刺激し、IRVは「グルージャには負けない」と吹聴しまくるようになる。これがその後全国的なセンセーションを巻き起こしたが、それは別の話。

一方、福島は当初は少なかった。だが幾度かチームを襲った危機、サポーターたちは福島駅前の飲み屋にてミーティングを開くなどしてサポーターなりに危機を乗り切ろうとした。その甲斐あって2012年秋の郡山西部での歓喜を迎えた。

福島のJFL昇格でT1にやってきたのがヴァンラーレ八戸。ここにも全国に名を轟かせたサポーターが出現した。
ヴァンラーレの前身クラブOBがなんとマスクマンに変身、「ティガーマスク」と名乗って行動を起こしたのだ。これは青森県内で話題になり、その後ネットを通じて全国に広がった。

と、ざっくりと東北地方における地域レベルのサポーター史を書いた。

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