昨今、インナーブランディングの重要性を疑う人はいないだろう。一方で取り組みの姿勢は企業によってまちまちだ。ループス・コミュニケーションズが昨年末実施した調査では、「会社のミッションが明文化されていない」と回答したビジネスパーソンは2割、「会社のミッション、ビジョン、コアバリューについて学ぶ機会がない」との回答は3割を超えた。

 

さて、ミッション、ビジョンを企業文化に浸透させるために真剣に取り組んでいる企業がある。会計などの業務ソフトウェアで高いシェアを持つ弥生株式会社だ。2012年秋にCIを改訂し、同時にインナーブランディング活動を開始。現在もその活動を続けている。

 

このシリーズでは、ループス・コミュニケーションズ代表の斉藤徹が聞き手となり、前編で代表取締役社長・岡本浩一郎氏にミッション、ビジョンに込めた思いを、後編ではインナーブランディング推進チームのメンバーの方々に活動の具体的内容を伺った。

 

 

「独立の最初の一歩」をお手伝いするのが会計ソフト

 

斉藤:独立して事業を始める人にとって、最初のハードルにもなるのが会計ですよね。多くの人は、会計についてそれほど知識がない。既に事業をやっている知人や会計事務所などにクチコミで薦められて導入を決めるというのは御社にとって大事なことですね。

 

岡本:「事業コンシェルジュ」を目指す私たちは、独立の最初のお手伝いをすることになります。そして、お客さまの会社が成長した一定の段階で弥生から「卒業」されていくのを見守ることもあります。

 

斉藤:「卒業」も含めて、会社の哲学とされているのは素晴らしいですね。ミッション、ビジョンを考案されたのは岡本社長ご自身でしょうか。

 

 

弥生 代表取締役社長 岡本浩一郎氏

弥生株式会社 代表取締役社長 岡本浩一郎氏
野村総合研究所、ボストン コンサルティング グループを
経て、2000年にコンサルティング会社を起業。
2008年4月、弥生株式会社 代表取締役社長に就任。

岡本:想いとして社員の皆がもともと持っていたものを、私が明確に言語化しました。私たちは、日本における中小企業、個人事業主、起業家の社会的基盤、すなわちインフラでありたいと考えています。インフラである以上は、電気や水道と同じように誰でも使えるもの。このミッションを果たすために「事業コンシェルジュ」というフレーズが出てきました。

 

斉藤:「事業コンシェルジュ」というのは、具体的にどのようなものでしょうか。

 

岡本:例えば、「仕訳相談サービス」「福利厚生サービス」など、現場の提案から生まれたサービスがあります。

 

本来、仕訳をどうするかはお客さまがご自身で考えること。ソフトメーカーの立場ならそれで終わりです。とはいえ、目の前のお客さまが現実問題として苦労されている。一度理解してしまえばクリアな仕組みなのですが、どうにも専門用語が頻出してとっつきにくい。そこで、税務相談に該当しない範囲で(注※税務相談は税理士のお仕事に相当)、仕訳に悩まれている方々へのアドバイスをやろうということになりました。

 

また、福利厚生というのは、中小規模の企業が自社で整えることが難しいサービスです。一社ではできないことが、私たちが間に入ることで、皆で力を合わせて実現できる。現在、弊社の有償保守サポートにご加入いただくと、自動的に福利厚生サービスを利用いただけるようになりました。

 

ミッション、ビジョンの揺らぎが思わぬ結果に……

 

 

ループス・コミュニケーションズ 斉藤徹

株式会社ループス・コミュニケーションズ
代表取締役社長 斉藤徹

斉藤:外から見るとメーカーでありながら、実はサービスに近いということですね。

 

岡本:これまでは「ソフトに付随するサービス」だったわけですが、現在は「事業そのもののサービス化」を目指しています。

 

お客さまの私たちに対するイメージは、まだまだ業務ソフトメーカー。「事業コンシェルジュ」としてブランドを作っていきたいのですが、ブランドイメージというのはお客さまの心の中にあるもので、私たちが変えることはできません。ですから、企業文化を作っていかなければならない。ミッション、ビジョン、バリューを皆で共有し、企業文化として定着させることが必要なのです。

 

斉藤:最近はどのような企業でも、ミッション、ビジョン、バリューに相当するものが「あるといえばある」「どれか一つはある」といった具合です。ただ、社内に浸透させるために真剣に取り組まれているケースは、決して多くはないと感じます。

 

岡本:実は、私が2008年に社長に就任して最初にやったのは、ミッション、ビジョン、バリューを言語化することでした。ところが、社員は今ひとつピンときていないようでした。

 

というのは、一時期、高価格帯の商品展開を目指したことがありました。それなりの合理性があるチャレンジだったのですが、このチャレンジによって、むしろ私たちのコアな部分が揺らいでしまったのです。

 

当時、量販店の店頭で私たちの製品が鍵がついたガラスケースの什器に入れられていたことがありました。それが意味していることは明らかで、いつの間にか私たち自身が「ガラスケースの中に陳列されるような高額商品」を出す会社、つまり小規模企業からずっと遠くにいってしまった会社だというメッセージを内外に発してしまっていたのです。

 

弥生社の課題

課題を認識するために使っていた弥生の内部資料

 

そんな中、これまで順調だったはずの中小・小規模系のパッケージ商品の売上が突然伸び悩むようになり、そこへリーマンショックもありました。このような状況で、社会的基盤を目指そう、事業コンシェルジュになろう、と言っても、社員にとっては「新しい社長が来て、新しそうなことを言ってるけど、本当かよ!?」といった気持ちもあったでしょう。そこで、やはり、我々にとって大事なお客さまは中小企業・小規模企業なんだと改めて明確にし、そのとおりの行動をするようにしたのです。

 

2010年頃になって、ようやく収益としても結果が出始めました。自分たちの選択は間違っていなかった、という手応えをつかむことができたのです。やはり、ある程度は「分かりやすい結果」が出ないと、現場の腹に落ちるところまではいかないものだと感じました。

 

いろいろなことと同時並行でバリューの再定義も行うのですが……、具体的な内容については、社長の私よりも実際に進めてきたメンバーに話してもらうのが良さそうです。最初はなかなか定着しなかったのですが、あるときからじわじわと浸透し、今はミッション、ビジョンというものは私たちの会社のコアとして確実に機能してきていると実感しています。

 

企業哲学は企業文化を形づくる「永遠の上司」

 

斉藤:ミッションでお客さまを明確にし、ビジョンでありたい姿を明確にし、その組み合わせで事業の「選択と集中」をされたということですね。そこで視点をお客さまの求める方向へと変えていった。

 

岡本:仰るとおりです。業務ソフトとしてなら既存のお客さまに向けてできることは全てやり尽くした、今は新しいことをすべきだと考えた時代もあったわけですが、私たちを長い間支えてくださっているお客さまのニーズに目を向けると、まだやるべきことは山ほどあるな、と。

 

斉藤:企業哲学というのは、「永遠の上司」のようなものかもしれないですね。多くの会社では、創業時に素晴らしい経営者がいたり、中興の祖がいたり、そのときは良いのですが、人が変われば文化も変わり、内向きになることもあり得ます。だからこそ「ずっと変わらないもの」として企業哲学が必要になるのだと思うのです。

 

岡本:ええ。会社の想いであり、DNAですよね。経営者は変わっていきますし、また変えるべきでもあるでしょう。ですが、どのような想いで、どのような方に対して、どのような価値を提供するか、ということは変わりません。ブランドというのはお客さまの心の中のものですから、事業がしっかりしていないと企業文化を形づくることはできない、と考えています。

 

岡本浩一郎氏と斉藤徹

 

後編では、推進チームのメンバーの方々に具体的な活動内容についてお話をお聞きする。お楽しみに!

 

(構成・文:in the looop編集部)


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