プロとして何をすべきか考えぬく
部下一人ひとりと人間として向き合う
斉藤:浅井さんのマネジメントスタイルは、自らの強烈な体験からもたらされた信念にもとづいているんですね。(前回の記事参照:マネジメントは人間力だ)
でも、営業といったら、徹底した統制マネジメントが行われがちな最たる部門です。ダメなやつはどんどんやめていけ、できるやつだけが残ればいい、みたいなことが珍しくない世界。美談ではあっても、成功にはほど遠い感じさえする浅井さんのやり方が、突出した成績を打ち出したのはなぜなんでしょう。
浅井:有名な「2:6:2の法則」というのがありますね。成績の良いのが2割、普通が6割、悪いのが2割に分かれるという。あれは、成績表という線の上で見れば2:6:2に分布しているというだけの話。人間まるごとの可能性を見ているわけではありません。私は講演でよく「落ちこぼれを見捨ててなるものか」と言いますが、本当は落ちこぼれなんていないんです。成績表という分布の上では悪い方の2割に入っている人でも、別の視点から見れば、人間としてものすごく良いものを内在しているはずなんです。
成績という視点だけで部下を眺めていたら、可能性の探索はできなかったでしょう。成績に固執するのをやめ、部下一人ひとりに人間として向き合ったとたんに、可能性がたくさん見えてきた。「君はこっちは苦手だけどこっちの強みを活かしたらどうかな」とアドバイスできる長所が見つかった。
誰しも得手不得手があって当たり前。一人ひとりの持つポテンシャルに光を当て、それを引き出してあげる。個々に適した方法でアプローチすれば、成績は上がってくるんです。そもそも、マーケットというのは最終的には人間のニーズ。つまり、相手も変化に富んでいるんです。画一的な手法しか持っていなければ、さまざまなニーズに応えられません。
斉藤:下の2割を切っても残った集団が再び2:6:2に分布するという法則の論理に従えば、いかなる集団だろうと下の2割に属した人間はもれなく「出来の悪いやつ」ということになりますよね。でも、そうじゃないんだと。分布なんてひとつの側面にすぎない。個々が持っている人間力を発揮すれば、得意な分野ではだれもが一位になれる。そのポリシーで邁進して、慢性的に業績の低迷していた営業所を1年で日本一にしたわけですね。
浅井:正確な数字はわからないですけど、とにかく全国の他の営業所から、「浅井のところでいったいなにが起きているんだ」と、所長が営業員を引き連れて私のところに見学に来ましたから。社内ではそれくらい大きな衝撃だったようです。
福沢諭吉の『学問のすゝめ』に、「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず」という一節がありますよね。あれは、「生まれながらにして上下関係はない、みんな平等なんだ」という誤った解釈をされることが多いですけど、真意は別のところにあるんですよね。「天はそう言っているけれど、現実はそうじゃないよ。でもきちっと学問をすれば、格差も不平等も乗り越えられる。だから努力して学問しなさいよ」と説いているんです。2:6:2なんか問題じゃない。それぞれの個性を活かしながら、でもそれなりに研鑽を積みなさいと。そうすれば誰もが同じ領域に到達できる。リーダーはその手伝いをすればいい。
「部下の育成にそんな手間暇かけていられないよ」とあきらめる前に
斉藤:いまの浅井さんのお話を大企業の管理職の方たちなどが聞いたら、うーん、と唸っちゃうだろうなあ。「本当に浅井さんの言うとおりだ。でも現実には、自分たちの組織の実態はほど遠いんだ」と。部下一人ひとりを手厚くケアする余裕なんてないと口をそろえるでしょうね。もうあきらめの境地なんじゃないかな。
浅井:「よくそんなきめこまかいマネジメントができますね」とよく言われますね。「どうやったらそんな時間が捻出できるんですか」という質問も多いです。
斉藤:みな苦しんでいますよね。統制型マネジメントの中で。現場の人たちももちろんなんだけど、もっと苦しんでいるのは、はざまに立たされているミドルマネージャーなんですよ。
浅井:彼らを取り巻く環境はかなり厳しいものです。第一に、競争がグローバルになり、厳しさを増している。社の存亡がかかっていて、下手をすれば船がまるごと沈没してしまう恐れもある。成果に対するプレッシャー、我が身のプレッシャーもあるけど、会社そのものにプレッシャーがかかっている。第二に、人員的な余裕がない。合理化や人員整理で、本来10人でやるべきことを5人で回していたり。その結果、一人あたりの作業量が増えている。第三に、セクシャルハラスメントをはじめ、円滑な人間関係のために気を遣う要素が増えてきている。第四に、社内の意思伝達が難しくなっている。社員の大半が正社員だった時代は、似たような時間軸、似たようなベクトル、似たような価値観を持つ人が集まっていたけれど、今は違う。派遣社員、パート雇用、アウトソーシングと、雇用体系も立場もまちまちの人が集い、ひとつ屋根の下で働くようになった。目配せの仕方、業務連絡ひとつとっても、価値観が違う人だと解釈が全然違う。相手によって届き方が違う。
斉藤:やらなくちゃいけないことが山積していますね。しかも決して怠けてなどいない。
浅井:責任感は持っているから、なんとか与えられた目標を達成しようとしている。だから、ままならない状況になると自分がプレーヤーとして出向いて行き、かろうじて帳尻を合わせる。そんなことをしているから、部下の育成やチームの管理に手が回らない。部下が育たないから、毎回のように予算に穴があく。穴があくたび、自分がプレーヤーと化す。リーダーシップに当てる余裕をどんどん失って、ますます人は育たず、自分も慢性的にバタバタしている。
斉藤:完全な悪循環ですね。多くのミドルマネージャーは、この悪循環を諦観しているのだと思います。循環というのは非常に怖いですよね。ひとたび蟻地獄に入り込むと、落下を食い止めるのはたやすくない。ましてや這い出すためには莫大なパワーが要る。
浅井:「このままじゃいけないけど、そうは言ってもな」というあきらめ気分の段階は、自覚症状があるだけマシなんです。それが常態になってしまうと大変。ただ指示命令だけして、ダメだったら部下のせい、というところに行き着く。もう気づきの発露はない。組織は自浄作用を失います。
精神論だけでは業績をたたき出すことなどできない
斉藤:錯覚が常識へと変化してしまうんですね。本人はもう気づけない。
浅井:だから外から教えてあげないといけない。客観的に。私の話を聞いて彼らは「目からウロコです!」「まったく逆の発想ですね!」と驚きの声を上げる。異常な状態が当たり前になっている証拠です。私は正しい姿をぶつけているだけなのに、「こんな世界もあるんだな」と彼らは感嘆してしまう。
指示の解釈が部下一人ひとりで十人十色にばらけるんだったら、整えなくちゃいけない。リーダーがいくら吠えたところで理解の仕方、受け止め方のギャップは埋まらない。どんなに詳しくわかりやすい説明をしようとも。全員に指示通り動いてもらうよう説明責任を果たさなければと、一人で抱えてしまう。そうではなくて、メンバーが双方向にディスカッションする場を設けるなどして、「これをきちんと遂行するために何が大事だと思う?」「どう思う?」「どう動けばいいかな?」と問いかけてみればいいんです。
斉藤:部下をコントロールできると思わない。一人で抱え込まず、部下たちに直接相談してしまおうと。
浅井:「助け合う」というと精神論に流れてしまいがちだけど、プロフェッショナルのマネジメントの領域では当然それでは済みません。連携の仕方、場の持ち方、機会の提供、仕組みの作り方。そういうお膳立てをきちっとしなければ、助け合えません。逆に、それさえできればいいんだけど、その材料、ノウハウを多くの企業は持っていないなというのが私の実感です。でも、お膳立てさえできたら、もとが優秀だからみんなできます。一人で抱えるよりよっぽど楽に。
斉藤:そのほうが実は楽なんですよね。しかも部下もハッピーだし、なによりリーダー自身がいちばんハッピーになれる。
浅井:助け合うといっても、これは単なる精神論じゃない。そこを履き違えないでほしいんです。私は確かに助け合うことで破格の業績を出したかもしれないけど、結果を出すためにプロとして何をすべきか熟考に熟考を重ねて考えぬいた上で行動していました。なぜなら、営業所のみんなの生活・人生がかかっているから。決して「業績なんか度外視だ、使命を持て、助け合え」みたいなフワフワした精神論ではありません。
斉藤:プロフェッショナルとしてのマネジメント。そのとおりですね。業績をたたき出すために必死で考えたら、シンプルなところに戻っていったということですね。
次回は、結果を出すためにどう助け合い、どう連携し、何をどう整えるのか、具体的なプロセスについてお聞きしたいと思います。
(構成・文:石橋真理)
浅井浩一(あさい こういち)
1958 年生まれ。大学卒業後、JT(日本たばこ産業)に就職。「勤務地域限定」の地方採用として入社。「どんなにがんばっても偉くなれない立場」から、キャリア をスタートさせる。日本一小さな工場勤務での、きめ細かなコミュニケーションを通じた働きぶりを買われ、本社勤務に。その後、営業経験がまったくない中 で、全国最年少所長に抜擢され、リーダーとしての一歩を踏み出す。
「一人の落ちこぼれも作らず、チームが一丸となるマネジメント手法」により、職場再建のプロと称され、歴代最年少の支店長に大抜擢。
2001 年より日本生産性本部(経営アカデミー)で多くの企業幹部を指導。2013年4月、JAICフェローに就任。現在、「人の本質に根ざしたマネジメントの実 践」をメインテーマに、業種を問わず、数多くの企業、大学、ビジネススクール、各種業界団体、NPO団体、行政機関等で幅広く講演、コンサルティング、学会での提言活動等を行う。
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