とても多くの提案が寄せられましたが、これはマネージャーの「思い付き」で行ったものですので、強制では一切ありませんでした。業務でもありません。また、評価や褒賞が得られることもありません。しかし、多くの方々は自宅などで「こんな風にしたらもっと素晴らしいのに」と、発想を膨らませ、思い思いのアイデアを練られたそうです。果たしてそうしたチカラはいったい何処から生まれてくるのでしょうか。
そちらのオフィスで働く皆さんは、日常ソーシャルツールなどは使いません。ITにもあまり詳しくありません。そうした彼ら彼女らがこのような大きなチカラを発揮できるのは、社員ひとりひとりの個性やアイデンティティを大切にする「褒め合いの文化」が強く組織に根付いているからなのだそうです。なにかあったら感謝の気持ちを込めて「ありがとう」、いろいろな気づきに「ありがとう」、小さな提案に対しても「あなたのこの一声がありがたい」と。そのように多様な意見や考え方を賞賛し合えることで、どんなアイデアでも絶対に誰かが受け止めてくれる、そのことで発言自体がしやすい雰囲気が築かれ、コミュニケーションが共感をよび、仲間意識が生まれ、組織としての一体感が出てくる・・・そのことにより、自然に自分たちの会社や、その周辺の環境をも良くしていこうという気持ちに繋がるのだとおっしゃっておりました。これはひとつの「生産性」と考えることが出来るのではないでしょうか。
組織の中での生産性
組織のパフォーマンスを表す際にしばしば「生産性」という言葉が使われますが、多くの場合「この作業を終えるのにどれだけ時間短縮できたか」「いくらコストダウンできたか」「残業代がいくら減ったか・・・」という点に目を奪われがちです。しかし、そうしたオペレーショナルな問題に比べても、また別の意味で素晴らしい「生産性」をもたらしており、これは共感のコラボレーションによって体現されているのだと思います。
現在「コミュニケーションの活性化」という目標をたて、様々な形で取り組みをなされる方がいらっしゃいます。そうした方々から挙げられる声の中には、「ツールをただ導入しただけではなかなか178個のアイデアは生まれない」というものが決して少なくありません。もちろん離れた人たちを結び付けるツールの役割はとても大切ですが、それはひとつの手段に過ぎないからなのでしょう。
このように社員が自発的に発言し意見交換できるような職場環境には、「制度的」「心理的」の二つの側面への信頼が不可欠です。ひとつは 組織制度やシステムに対して、もうひとつは心理的ホームベースの存在。人々に感情的安全を保障し、いつでも帰って来られるがゆえに冒険や挑戦に乗り出して行けるホームベースの存在は何より重要です。こちらの会社のマネージャーの方は、オープンリーダーシップという考えのもとに、多くのことを実践されているのだと思います。
30年前のあるスーパーマーケットでの出来事
会社の規模が大きくなってきますと、「いつ誰が何処で何をしているのか?」「どんなことを考えているか?」ということを理解できる蓋然性は自動的に減っていきます。そうした問題を回避するために、企業は管理職を設置し、「いつ誰が何処で何をしているのか?」を、統制をとることになりました。しかし、時によってそれは、重要な人の声が然るべき人に届かないという現象に繋がります。
いまから30年ほど前に、イトーヨーカドーさんについてのエピソードでこのようなお話がありました。当時、どこかのテレビ番組で「スキムミルクを飲むと頭が良くなる」という情報が流れ、それをたまたま自宅で見ていたパートタイマーの女性が、「いまこんなことをテレビでやっていますよ」と本部の方に直接それを申し出たそうです。本部の方々はその方の意見を聞き「ありがとう」の気持ちと共に、大至急スキムミルクの在庫確保にまわったそうです。あくる日、競合するスーパーでは在庫が直ぐになくなりました。しかし、イトーヨーカドーさんには、あくる日もそのまたあくる日も、訪れるお客様の為に必要な商品を提供出来たという話です。これがどこまで本当の話か分かりませんが、イトーヨーカドーさんの中には30年前から、働く人のひとりひとりの声が直接本部に届く仕組みがありました。そしてそこには、働く一人ひとりの声を大切にする信頼関係があったのでしょう。これも先ほどの「褒め合いの文化」と同様に多様な意見を評価できる文化があってこそ成せた結果なのではないでしょうか。
昔と今と違うこと、同じこと
現在、私たちが扱うことが出来るテクノロジは30年前とはくらべものにならないものになりました。かつては電話を一本いれ、せいぜいその報告を何人かの人で協議することが精いっぱいでしたが、いまはテクノロジを通じて海の向こう側の人たちにも情報を届けることが出来ます。一線で働く営業の方、広報の方、在庫管理をされる方、マネージャーの方、色々な人たちに瞬時に情報を送ることが出来るようになりました。そして、facebookのようなソーシャルツールの登場により、宛先が分からなくともその情報を必要としている“誰かに”届けることが出来るようになったことは大きな進歩です。
この2つの例で共通して言えることは、一人ひとりの気持ちが尊重される開かれた環境と信頼があったということは言うまでもありません。恐らくこの方はテレビでみたことの報告を入れても、そのことでお給料があがったりすることはなかったでしょう。では、そこで意欲を掻き立てる源泉は何だったのでしょうか。それは、お客様から寄せられる感謝の声であったり、一緒に働く仲間の為であったり、会社のことを想う心なのかもしれません。「褒め合いの文化」は30年前からこの先の未来まで変わることのない、私たちの心を動かす「インセンティブ」のひとつなのです。
まとめ
Facebookに代表されるソーシャルネットワーク、あるいは企業向けに提供されるエンタープライズソーシャルネットワーク(ESN)を導入し「いいね」を押しても、急に会社に変化が起きたり、絆が深まるということは無いと思います。しかし、時間をかけ、いくつかの段階を乗り越え、社員が外発的に与えられた強制から、自発的に物事を考え行動が出来るようになってくると、非常に強いパフォーマンスを発揮できるチカラが生まれてくるというのが今回のご紹介した内容であり、ある企業においての実践になります。
社員ひとりひとりが何処で働いていても、また見ず知らずの人にでも、「すばらしい」「ありがとう」の賞賛の気持ちが自然に送り合える「褒め合いの文化」が根付く頃、ふとして私たちは、今より数段上のステージで高い生産性を持つことが出来ているのではないでしょうか?
※先日のエンタープライズソーシャルフェスティバルにてご紹介した資料より
by 前田 直彦
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