チロルチョコレートの受難

 6/11 12:57、ある女性がTwitterで芋虫が混入したチロルチョコレートの写真を投稿しました。写真には、チョコレートの中に芋虫がしっかり写っています。写真とともに、次のようなコメントが投稿されました。

「チロルチョコの中に芋虫いた。どーゆーこと?ありえない。もう絶対食べない。これ見ないで食べてたら、わたし芋虫食べてたってこと?怖すぎる、、」

 

 このツイートは衝撃的な写真もあいまって、12,000回以上リツイートされ、大きな話題になりました。事実であれば、チロルチョコレートにとっても、相当なダメージです。直ちに製品の回収、顧客・小売店等への謝罪、再発防止策の構築等に追われることになります。そして、何よりも深刻なのはブランドイメージです。著しく毀損することになるでしょう。

 結果としては、芋虫の混入はチロルチョコレートが商品を出荷したあとに生じたものであることが判明し、チロルチョコレートからすると「ヌレギヌ」であったことが明らかになりました。反対に、ネット上では「Twitter公式アカウントの対応が素晴らしい」と賞賛されました。この事案では、多くのニュース記事やまとめサイトが誕生しましたが、次のようなタイトルです。

 

Livedoor News:「チロルチョコの中に芋虫が!」写真つきツイートにチロルチョコが冷静な対応

 

NAVERまとめ:【チロルチョコ死亡か?】 チロルチョコの中に芋虫いた。どーゆーこと?  公式から素早く回答!

 

toggetter:チロルチョコ、工場出荷後の保存状態によっては害虫(芋虫)に狙われることもあると注意喚起

 

 事案の内容は、これらにまとめてあります。参考ください。あまりにも対応が評価されているので、その時の様子を伺いたくなり、チロルチョコレートのソーシャルメディア運用責任者・松尾さん(取締役)にインタビューをさせて頂きました。

 

その時、社内では何が起こっていたのか?

 

Q:当日の様子を教えてください

A:

・あの日、普通に仕事をしていたら、13時半頃(写真を投稿されたのは12:57なので約30分後)お客様相談室から電話がかかってきました。次のような相談を受けました。

 「苦情が数件きました。ツイートも広がっているので、どういう対応をしましょうか?」

 この時、既に当の投稿は、1,500件くらいリツイートされていました。

・直ちに対応に着手しました。

・営業統括の常務と一緒に画像をプリントアウトして状況をチェックしました。パッケージからクリスマス限定の商品であることが、一目でわかりました。この商品の最終出荷日を確認し、2012/12/25であったことを確認しました。

・写真を見て、芋虫は生後30-40日であると推測しました。丁度、害虫駆除の関連業者が工場に訪れており、写真を見てもらいました。芋虫の生後日数の見立ては同じでした。

・芋虫の生まれたタイミングと商品の最終出荷日を勘案すると、芋虫が工場で混入したものでないことに、確信がもてました。

・ここまでの確認作業が終わったのは、14:30ごろでした。ここから、発信するための文章の作成にとりかかりました。

・文章の作成では、推敲を重ねました。文章が完成し、常務の承認を得て、投稿しましたのは15:57です。このときは、どのような反応がくるのか分からず、さすがに緊張しました。(以下が、投稿した2件のツイート)

 

 

Q:問題の写真投稿を初めてご覧になったとき、どのようなことを考えましたか?

A:

・クレームとしては、よくあるパターンなので、それほど動揺はありませんでした。但し、リツイート数がどんどん増えるのに驚きました。

・写真から冬季限定商品であり、芋虫が生後30-40日であることを勘案して、当社の工場で混入していないことは、すぐに分かりました。

 

Q:文章を作成するにあたり、注意したことを教えてください

A:

・いかに誤解を与えないよう、どこから見られてもツッコミをうけないよう、細心の注意を払いながら、文章をなんども推敲し、作成しました。

・1ツイートに纏まるよう、色々工夫しました。(しかし、結果的に2ツイートになってしまいました。)

・なるべく難しい言葉を使わないように注意しました。

・虫の名前(種類)を書くとかどうかを迷いました。写真から推定はできますが、裏付けはありません。また、名前を出すとリアルさが増すので控えました。

・日本チョコレート協会のQA集のリンクを案内しましたが、は通常の顧客対応でも活用しているので、それを踏襲しました。このページに「芋虫がチョコレートに混入するケース」を説明している記事があることは、もともと知っていました。

・投稿された方を批判しないように注意しました。ご本人も率直に、本当に不快な思いをされて投稿されたのだと思います。

・謝罪の文言を入れるか否かも悩みました。当社の商品を見て不快な思いをされている方がいらっしゃるということであるから、最後に「お騒がせして申し訳御座いません。」としめくくりました。

 

どうして対応が評価されたのか?

 対応を評価する声には、

 

 ・素早い火消し

 ・しっかり反論できるメーカーさん素敵

 ・簡潔で論理的に主張をまとめている

 

 等がありました。

 

松尾さんは、このような対応ができたポイントを次のようにお話されました。

 

 ・これまでにもお客様相談に問合せが寄せられたことがある「珍しくないクレーム」であったので、対応方法が分かっていた。

 ・パッケージから冬季限定商品であることがわかったことが、幸運だった。(通常商品であれば、このような対応はできなかったと思う)

 ・普段からコミュニケーションをとっている、お客様相談室と常務で方針決定できたので、迅速に行動に移せた。(文書は常務に確認をとったが、殆ど時間のロスはなかった)

 ・既に10,000人を超えるフォロワーがいたので、多くの方に当社の見解を多くの人に読んで頂けた。アカウントが活性化していなければ、不可能だっただろう。

 

危機管理にソーシャルメディアを利用する

 

 今回のチロルチョコレートのケースでは、クレームの発信源がTwitterであったこともあり、公式Twitterアカウントで対処することは合理的です。仮に、クレームの発信源がソーシャルメディアでなくても、ソーシャルメディアに飛び火することがあります。そうなれば、ソーシャルメディアを介して話題は人々に伝わってゆきます。今時、危機管理において、ソーシャルメディアも活用して対応方針を検討することは、効果的なリスクマネジメト活動です。また、これまでのリスクマネジメントでは、対処できない現実も明らかになってきました。

 

通用しない現実1:きりの良いタイミングで発表する

 

 2012年4月、三井化学工業の岩国大竹工場で爆発事故がありました。(詳細記事はこちら

 事故発生は深夜2:15。これに対して、企業の発表は7:00の工場長の記者発表です。常識的に考えて、大変迅速な対応です。実際、日経ビジネス(発行日:2013年4月29日)でも、対応を評価する記事が紹介されました。しかし、この工場爆破事故でも、爆発音した瞬間からソーシャルメディア上では、話題となり拡散がはじまりました。生活者は、待ってくれません。最初のツイートは、2:16。

うぉ、なんかすげえ音がした。

 爆発から1分後です。内容からして、爆発音を聞いた直後、すぐにツイートしたのでしょう。

 企業が沈黙している間、確かな情報のない人々は憶測を始め、風説がうまれることがあります。この事故では、事故発生直後、「工場爆発でなく、地震である」との噂が流れました。仮に、化学工場から有毒ガスが流れ出しているにも係わらず、津波を恐れた人々が家を飛び出して、高地を目指したらどうでしょう。自宅でじっとしていれば、吸い込まずに済んだ有毒ガスの被害を、被ることになるかもしれません。このように、風説の拡散が、二次災害を生み出す危険もあります。一刻も早く、責任ある者が把握していることを迅速に発信することが求められます。図は、「企業目線の時間軸」と「生活者目線の時間軸」を対比したものです。企業の方では初期報告は、リスクマネメント責任者が状況を把握したタイミングが考えられます。これに対して、至極当たり前のことですが、生活者はトラブルが発生した直後から「何が起こったのかを知りたい」と考えます。

 

企業が発表したいタイミングと生活者が知りたいタイミングには、大きな乖離があります。このギャップは、二次災害を生む可能性もあるとともに、企業に対する不満や不信を強める要因にもなるのです。

 

通用しない現実2:混乱を招くため、公表しない

 東日本震災直後、当時の政府は、緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム(SPEEDI)の情報を国内には公開していないにもかかわらず、米軍には公開していました。その事実が明らかになった際、文部科学省は「実態を正確に反映していない予測データの公表は、無用の混乱を招きかねない」と、公表しなかったことを理由に上げました。その後、この対応に厳しい批判があったことは、記憶に新しいところです。不祥事であれば、問題を起こした当事者からすると、建前は「混乱を招きかねないから」であっても、本音は「できれば、公表なしに過ごしたい」ということもあるでしょう。しかし今時、関心をもって調査すればネットで相当なことが、瞬時に分かります。有識者の意見をブログ等で読むことも出来ます。回答はもらえないかもしれませんが、有識者に直接質問をすることだって出来ます。内部告発する社員がいるかもしれません。今、米国政府を震撼させている米中央情報局(CIA)元職員のエドワード・スノーデン氏のように機密を暴露する人は、貴方の会社にもいるかも知れません。

 

通用しない現実3:質疑は記者会見で

 

 これまでのリリースは、企業から生活者に向けた一方向の情報でした。記者会見等では、ニュース記者等、その場に集まれた者だけが質疑可能でした。質疑は、社会的注目の高い問題であれば、テレビ放映されることがありますが、通常はどのような質疑が行われたかは、記者が記事にすることがなければ目にすることはありません。前稿で紹介した「丸亀製麺のカビの生えたザル」の件では、リリース文に対しても、たくさんの指摘が寄せられました。お客様相談に掛かってくる電話であれば、かけた人と電話応対者しか、そのやりとりは分かりませんが、ソーシャルメディアでは、それを大勢の人が目にすることがあります。チロルチョコレートの場合も、Twitterで発信したメンションに対して、リプライがたくさん届いています。多くは励ましのツイートです。中には「文章が読みにくい」といった批判もありました。このような反応がリアルタイムに確認できることも、ソーシャルメディアが普及したために可能になりました。反応を見れば、誤解されている箇所、説明が足りていない箇所を、その場で補足することもできるでしょう。誤りを指摘されれば、訂正も迅速にできるでしょう。自らのアカウントで直接発信出来れば、ニュースとなった記事内容が記者によって歪められ、「真意が伝わらなかった」といったこともなくなります。

 

危機管理にソーシャルメディアを利用する際のポイント

 上記のような危機管理(クライシスマネジメント)において、ソーシャルメディアを意識せざる負えません。むしろ積極的に活用することで、逆に良い評価を得ることもあります。そのためには、運用を開始する前の準備が大切になります。必要なポイントを最後に紹介します。

 

・通常時と危機管理時それぞれの運用体制(コンテンツ作成者、投稿者、承認者、読者との対話担当者等)を決めておく

 通常運用時には、運用チームの判断して行動することも、危機管理時には、そうはいきません。危機管理時には、多くの場合、一貫性のある対応をするために、リスクマネジメント責任者が選任され、采配を集中します。このため、リスクマネジメント責任者に、ソーシャルメディアで発信する情報、ネット上の反応など逐一報告・共有することが求められます。そのプロセスを予め決めておきましょう。

 

・通常時から危機管理時、危機管理時から通常時への移行ルールを決めておく

 リスクマネジメント責任者が任命された時点で、ソーシャルメディアアカウントも危機管理モードに切り替えます。勿論、事案の内容によっては、通常と同様の運用を継続することもあるでしょう。切り替えるか否かの判断も必要です。一方、ソーシャルメディアアカウントを事案に関する情報発信に活用する場合、アカウントの運用目的も替わります。運用担当者の意識も切り替えなければなりません。通常運用のルールとは異なることもたくさん出てきます。事が起こって慌てないよう、予め想定をしておきましょう。また、よくあるのが、ソーシャルメディアツールを活用して自動投稿の設定をしているケースです。危機管理モードで運用しているのに、不本意にも予約投稿が投下されてしまうことがあります。必ず、設定を解除しましょう。2011年3月11日の東日本大震災の時にはも、テレビが深刻な津波被害の映像を流している最中、自動車関連会社のTwitterアカウントから、

 

「週末がやってきました。今週もおつかれさまでした!明日は、海岸沿いをドライブしませんか〜」

 

といった発信がなされました。当然ですが、ひんしゅくを買っていました。

 

・危機管理時から通常時への移行ルールを決めておく

 重要なポイントです。事案がある程度沈静化したタイミングで、通常運用に戻りたいのですが、まだくすぶっている状況であれば、不興を買うこともあります。せっかく沈静化したのに逆戻りにもなりかねません。事案の性質によって判断する条件は異なると思います。また誰が意思決定をするかも決定しておきます。早めにイメージして、関係者と合意しておきましょう。また、通常時に復帰した際にも、当初は内容を注意しましょう。例えば、問題を起こした製品に関する投稿は控えるなど、配慮をしましょう。

 

・検討した内容、実施した内容を記録するルールを決めておく

 危機管理状態は、大変貴重な経験です。この経験をしっかり記録しましょう。一度経験をすると危機対応能力は確実に高まります。この知見を組織のものとして蓄積・応用できるよう、なるべく詳細に、検討したプロセスなども含めて記録しておきましょう。

 

おわりに

 チロルチョコレートの松尾さんは、淡々とインタビューに応じてくださいました。その落ち着いた語り口は、トラブルに動じることもなく、日々の業務の延長線上で丁寧に、誠実に対応されたことが伺えました。そして、常にお客様の気持ちを考えながら行動されました。炎上事件などを耳にすれば、運用や生活者との対話を躊躇することもあるでしょう。今回の一件を振り返り、松尾さんは次のように語られました。

 

「恐らく、1万人を越えるフォロワーとの良好な関係性がなければ、当社のメッセージは世間に届かなかったでしょう。Twitterを運用していて、本当によかったと思います。」

 

ソーシャルメディアの運用がリスクマネジメントに貢献することが実証された一言でした。ソーシャルメディア時代の危機管理対応は、危機管理時はもとより、通常時より生活者の反応に関心を持ち、その気持ちに寄り添った対応を心がけることが大切であると思います。

 


 

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by 福田 浩至
RSS情報:http://media.looops.net/fukuda/2013/07/16/crisis_management/