多くの企業が失敗するエンタープライズソーシャル
エンタープライズソーシャルを効果的に利用する企業がある一方で「実際に導入してみたものの期待した効果は得られなかった」という声は決して少なくありません。多くの場合ただ社内にゆるい繋がりをもたらしただけで、イノベーティブな創造には至らなかったというのがその典型です。しかし、たとえそこに予期せぬ結果や使われ方があったとしても、それはソーシャルネットワークのもつ本質的な価値を損なうものでないことを強調しておきます。私たちは文殊の知恵の時代ではせいぜい大部屋で議論を交わすことが精一杯でしたが、ネットワークを通じて今は世界の裏側の人たちとも繋がるコラボレーションを可能としました。それは間違いなく企業としては利用すべきリソースであり、変化の激しい市場のリスクを減らす有効なオプションです。
情報は届かなければ意味がない
目の前に立ちふさがる諸問題を解決するために、まずソーシャルネットワークは正しいコミュニケーションを成立させる仕組みではないというところから始める必要があります。それは集合知のもたらす可能性を否定するものではありませんし、もちろん繋がりの否定でもありません。ただソーシャルネットワークは、あくまでメールや掲示板のようにコミュニケーションを仲介するメディアに過ぎず魔法の杖ではないということです。
例えば、私たちはあるメッセージを伝えるためどれほどの身振り手振りを尽くしても、発信者の期待する意味として届かないことがあります。またどんなに素晴らしいアイデアも、あらゆるメッセージは曲解される可能性を含みます。またメディアは常に誤配と遅配の蓋然性を有します。このテクストはこれを必要とする人に決して届くことはないかもしれないし、また何十年、何百年という長い歳月の後にようやく届けられることもあります。
その意味でソーシャルネットワークは正しいコミュニケーションの成立を必ずしも担保しません。ネットワーク上で扱われるメッセージはまるでガラス瓶にこめられた一通の手紙のようであり、それを海原に投げ込み私たちはそれにひたすらレスポンスがつくのを待っているような状況です。
「いいね 」を通じて私たちは世界の裏側の人たちをより身近なものとして感じられるようになりました。それは素晴らしいことです。しかしエンタープライズにとっては十分とは言えません。それは彼らが必要とするものはこのようにフワフワしたものでは決してないからです。
1.環境から変えてみる
企業がより望ましいソーシャルインタラクションを期待するのであれば、それをどのように形づくるかについて設計者は注意深く考えなければなりません。例えばオフィスに設置されるオープンスペースは机とまったく違う効果をもたらします。物理空間ではそこに一枚のパーティションを置くだけでそこで交わされる会話の内容の変化をもたらすでしょう。会議室の椅子の硬さを変えることで長く無駄な会議時間をゆるやかにコントロールすることが可能です。それと同じことがオンライン上のコミュニティにおいてもいえるはずです。
昨今いわれるようなゲーミフィケーションのような考え方もその一例です。バッジやレベル管理といった新たな手法はユーザーインセンティブに関わるある種の設計を可能にしました。
環境は人の行動を無意識に制限させることが可能です。逆に望ましい行為を喚起させる環境も設計可能です。その文脈において私たちは、どのような設計が私たちの行為を動機付け、どのような設計が行為を不可能にするかという事について再考すべきでしょう。「あとは社員に任せるのが関の山」というシニカルな諦めは必ず悲惨な帰結を生み出します。
2.社員は面倒なことが大嫌い
社員にとって”つぶやき”は必要条件ではありません。もちろんあってもよいですが、企業内においてあっても無くてもよいツールはいずれ廃れます。システムが使われなくなる3大原因として挙げられるのが、1.面倒、2.遅い、3.大した効果がない です。
ユーザーは面倒な操作に抵抗し、クリックしてパっと情報が出てこないとイライラし、時間をかけたのに大した効果がなければ早い段階で利用をやめます。それを考慮し、利用者にとっての “迷い”を極限に排除した上で、素早く効果を感じさせるシステムが最も理想的です。
これらをクリアすれば社内システムであれば7割は成功したものです。またこれは決して”劇的な変化”でなくても構いません。例えば、あなたの馴染みのコンビニのとなりに新しいコンビニができたとします、アクセスする時間に変化がなければ、品数の多い店に出向きます。“そこからしか選べない” という限定された環境においては、ユーザーの行動はいとも簡単に誘導することが出来ます。
“社員にとってつぶやきは必要条件ではない” と先ほど述べました。では逆に仕事の上で必須で社員が毎日無意識に利用するものはなんでしょうか。メール、スプレッドシート、ファイルサーバー、検索、ほかにもあるかと思いますが、こうした慣れ親しんだツールとソーシャルツールはとても親和性が高いです。
ここではエンタープライズソーシャルでの理想的な例でMicrosoft社 のコラボレーションツールのSharePointを取り上げます。
これは、普段馴染みのあるファイルサーバーと上手くソーシャル機能を連携させた例です。利用者はいつものと同じ操作で”共有フォルダ”にファイルをドラッグアンドドロップでシェアします。見た目と操作感は全く一緒なのですが、実は裏側ではファイルはSharePoint上のソーシャルスペースに格納され、ファイルの閲覧者は「いいね」をはじめとする評価の仕組みを通じて、その情報は自然に必要な人に「拡散」されていくというモデルです。いつもと同じ無意識な操作感で利用者には一切の教育も、無理強いも必要としないという点、ファイルサーバーを利用したいインセンティブをもった人であれば必ず利用されることが期待できる理想的システムです。なによりビジネスで必要とされる情報を中心に考えているところがエンタープライズにおける成功ポイントです。
3.良いことが起きれば、人は何回でも繰り返す。
自分にとって好ましい結果が得られた場合、人は同じことを繰り返します。例えば、あなたは友人からお菓子を勧められました。一つ食べてみると、とても美味しかったので、もう一つ食べてみた。また食べたものが美味しかったのでもう一つ・・・ということがあるでしょう。人は自分にとって得する出来事が起こった時に、自然に同じことを繰り返すことが行動分析の分野の研究で示されています。我々は日常そうしたことを無意識に繰り返しているはずです。
偶然入った店が美味しかったので、また行ってみることにした。とても希少な本を見つけることが出来たので、またあの本屋に行ってみようと思った。ある問題について適切なアドバイスをくれた人にもう一度聞いてみようとおもった。これらを行動随伴性といいます。ここでのポイントは”xxすると儲かる”というような結果に基づくインセンティブの効果です。シンプルなことですが、これはどんなことにも応用が出来るはずです。
【まとめ】エンタープライズソーシャルを成功させる3つのインセンティブ
1.環境から与えられるインセンティブ
2.”迷い”"面倒クサさ”の排除によるインセンティブ
3.結果によるインセンティブ
by 前田 直彦