bearkumaの違法行為シリーズ

「痴女が何をしでかすかわからない件」のあとがき

2014/11/02 20:45 投稿

コメント:13

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  • 公式が病気

公式が病気って、確かにそうだよな・・・・

ということで、次回作の製作途中でしたが、放送を見て、急遽、つくりました。
公然わいせつ罪というと、S○○Pの×彅×が思いついたのですが、動画が削除されるどころか、社会から抹殺されたくなかったので、使うのを思いとどまりました。

さて、コメントの中で、軽犯罪法第1条第20号の規定について言及されたものがありました。条文では「公衆の目に触れるような場所で公衆にけん悪の情を催させるような仕方でしり、ももその他身体の一部をみだりに露出した者」とあります。
じゃぁ、カオルのこの行為も軽犯罪法違反ではないのか?と思われるかもしれませんが、無理があります。

というのは、この規定自体、公衆わいせつ罪の補充的規定であるため、この規定が適用されるのは、公然わいせつ罪の構成要件に該当しない場合のみ成立するものです。そのため、公然わいせつ罪が成立するのなら、この規定が適用されないのです。

刑法と軽犯罪法の補充的規定について説明すると、一例として、軽犯罪法第1条第32号の規定があります。
「入ることを禁じた場所又は他人の田畑に正当な理由がなくて入った者」
このように規定されていますが、後段の部分(「又は」からの部分)でいえば、他人の田畑に入ることは住居等侵入罪を構成しません。つまり、住居等侵入罪で罰せられません。
ところが、田畑の所有者や管理者にしてみれば、まったく関係のない者が勝手に自分の田畑に入られては困りますよね。そのため、軽犯罪法の規定でこれを処罰行為として規定することで、刑法で処罰できないケースを、軽犯罪法で処罰できると「補充」しているのです。

では、軽犯罪法第1条第20号の規定は、公然わいせつ罪をどのように補充しているのか?という問題があります。
そもそも、わいせつとは、「いたずらに性欲を興奮または刺激させ,かつ,普通人の正常な性的羞恥心を害し,善良な性的道義観念に反するもの」(昭和26年最高裁)と定義されます。
まとめると、
1 いたずらに性欲を興奮又は刺激させ
2 普通人の正常な性的羞恥心を害し、善良な性的道義観念に反するもの
この1と2を同時に満たさなければならず、特に1の問題が、軽犯罪法第1条第20号を補充します。
1は、つまり性的意図があることを要するという意味で、故意の質の問題になってきます。

例えば、行為者が性的意図がない路上パフォーマンスと言い、尻などの身体の一部を出す行為をした場合、性的意図を必ずしも立証できるとか限らなくなってしまいます。そうなると、公然わいせつ罪で検挙、処罰できなくなる可能性があります。それ以上に、問題なのは、公然わいせつ罪として、その行為をその場で止めさせる根拠がなくなってしまうのです。
逆に言えば、行為者の意図に関係なく、軽犯罪法第1条第20号の規定で、「おい!やめろ!!」と止めさせる根拠も存在しますし、場合によっては検挙できます。


では、動画のケースではどうなのか?といえば、上記の2は充足するのはもちろんのこと、1についても充足しています。そのため、軽犯罪法での適用をする必要性がなく、公然わいせつ罪での適用がされるのです。

最後に、刑法では、「○○だから違法」「××だから違法じゃない」と単純に決められるものではありません。キスや胸を出す云々、一概にわいせつではないとするのは、これは誤解を生みます。
恋人同士がキスをする行為は公然わいせつ罪に該当しませんが、実際に無理やりキスをする行為について、強制わいせつ罪で処罰したケースもあります。(実際にはほとんどのケースで暴行罪の適用をしていますが)同じキスという行為でも、わいせつかどうか?違ってくるのです。
わいせつとは何か?ということについて、具体的な事案、行為を照らし合わせて、その罪の構成要件に該当するのか?と検討をする必要があるのです。



コメント

B・B
No.11 (2014/11/25 21:23)
>>7
たぶんそれは拡大解釈じゃなくて縮小解釈ですね。通常の用法より適用範囲を制限する方向で解するならば縮小解釈のほうが合ってると思います。
あと、強姦や強制わいせつにおける暴行が強盗におけるものほど強度である必要がないというのは、強盗は相手が抵抗できない状態にしてから物を奪う必要があるわけですが、強姦や強制わいせつは最悪エロいことが出来る程度に相手の反抗を抑圧できればよいからです。
解りやすい例としては、電車で降りる際にドア付近にいた女性の胸をわしづかみにしたら強制わいせつです、相手方はこの際不意をつかれ反抗が出来なかったのでそれで反抗を抑圧されたと言ってしまってよいのだそうです。
相手方の反抗を抑圧する程度の解釈が異なるだけでそれ自体はやはり必要です。
B・B
No.12 (2014/11/25 21:38)
>>10
まず、公然性ですがその理由付けで認めることはいささか乱暴だと思われます。
居酒屋の個室の扉を不特定又は多数の者にあけられるなんてことまずありえません。店員ですら何か業務上の必要があるか、呼ばれた時でない限りは開けることはありません。
そして、人気が無いとはいえ公園や道路では不特定又は多数の者に見られる危険性が非常に高いのでその性質が大きく異なり、一緒にして論じるのはまさに暴論です。
酩酊状態の区分についてはさすがに初めて知りました、勉強になります。
確かに病的ではないでしょうから複雑酩酊の可能性について検討すべきであり、その場合心神耗弱者の検討に入るのでしょうね。
カオルに未必の認識があるかが問題となると指摘していらっしゃいますが、これはないと言ってしまってよ... 全文表示
B・B
No.13 (2014/11/25 21:50)
一応補足として
未必の認識という言葉はありませんが、未必的認識という言葉はあります。
ただ、この場合でもその意味は未必の故意の中でも認識、認容まで要するという立場の学者があれて用いているものであり、つまるところ未必の故意のことです。
個人的に一部の学者が勝手に使っているだけの言葉をその学説を指示する人以外の目に触れる可能性のある場所では用いるべきではないと考えているので、私はこの場合でも未必の故意、もしくは未必の故意的な認識と言うことにしています。
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