ひゅきの徒然草

ひゅきの徒然草 2014/11/12号

2014/11/11 19:48 投稿

  • タグ:
  • デリー空中衝突事故
  • 今日は何の日?
  • 池田内閣
  • 日本経済
皇紀2674年11月12日 曇
今朝は3時すぎに起床した。が、5時間ほど寝ているので十分と思う。
私はこの生活リズムが意外と気に行っている。
のんびりコーヒーを飲みながら一日どう過ごすかを考えるのだ。
大音量のアニソン、そして紫煙とともにw

1996年11月12日は、かなり痛ましい事故が起きた日である。
といっても、日本ではこの事故をご存知の方は少ないかもしれない。
インド・ニューデリー上空でインディラ・ガンディー国際空港を離陸した
サウジアラビア航空のボーイング747型旅客機と着陸しようと降下中だった
カザフスタン航空のイリューシンIl-76型機貨物機が空中衝突し、両機は墜落。
乗員乗客の全員にあたる349名が亡くなった事故である。

事故の経緯は以下の通りである。
サウジアラビア航空機には14000ftまでの上昇が管制から指示され、
カザフスタン航空機には15000ftまでの降下の指示が与えられていた。
すなわち、両機は1000ftの高度差を保ってすれ違うはずだったのである。
ところがどうしたわけかカザフスタン航空機は15000ftまで降下しても降下をし続け、
結果、14000ft上空でサウジアラビア航空機と衝突した。

この事故、直接の発生原因は単純である。
カザフスタン航空機の機長が自機に割り当てられた高度を14000ftと勘違いして
降下したことがCVR(コクピット・ボイス・レコーダ)の解析結果から判っている。
つまりは、パイロット・ミスが主原因というわけだ。
この割り当て高度誤解についても、カザフスタン航空機機長の英語不理解などの
さまざまな要因が重なって発生しているのだが、本稿の主題はそこにはないので割愛する。

この種の事故は現在ではほとんど発生しないであろうと言われている。
というのも、この事故に関係した3者、デリー管制・サウジ機・カザフ機のいずれも
現在に比べると装備が貧弱だったからである。

まずデリー管制である。
当時のインディラ・ガンディー国際空港には、1次レーダーという旧態依然とした
航空管制レーダーしかなく、管制機の飛行高度は乗員からの報告が頼みだった。
だが、現在では2次レーダーという進化したものが使われており、飛行高度が
レーダー画面に表示されるようになっている。

続いて衝突した両航空機である。
現在の旅客機はある装置を搭載していないと飛行できないように多くの国で定められている。
それがTCAS(衝突防止装置)である。
この装置は衝突の危険がある航空機があるとコクピットにその旨が表示され、
衝突回避のための飛行方法まで指示してくれるスグレモノである。
が、当時は搭載が義務化されておらず、両機とも搭載していなかった。

これら2つの技術とそれを生かすための規定の整備によって、
現在ではこのような事故はほぼ起きないと考えられている。
だが、こと安全に関する技術導入に関してよく言われる言葉がある。

”Anytime too late. (いつだって手遅れ)”

つまり、そこに新技術があっても犠牲者が出るまで導入されない。
最初の犠牲者を技術が防ぐことはできない、という意味である。
いち技術者としては非常に心の痛む言葉である。

日本経済はバブル崩壊以後、失われた20年と言われる時代を過ごしてきた。
私より下の世代、1980年代以降に生まれた世代は、物心ついたときには
この失われた20年の時代に入っている。
いわゆる、日本経済の”いい時代”という奴を経験していないのである。

今、日本経済は池田内閣以降の貯金を食い尽くしつつある状況ともいわれる。
ぜひ、手遅れになる前にまともな経済政策を行い、私たちの世代にも
”いい時代”というものを経験させていただきたいものだ。

すでに多くの犠牲者が出ているのだから、もはや"too late"なのかもしれない。
だがやらないよりはやるほうが万倍ましであろう。

ひゅき

コメント

コメントはまだありません
コメントを書き込むにはログインしてください。

いまブロマガで人気の記事