結城浩の「コミュニケーションの心がけ」2019年8月27日 Vol.387
目次
- 芸大の学生と数学 - 学ぶときの心がけ
- 教養とは何か
- 文章を書き進められない - 文章を書く心がけ
- 心の底から証明を理解し納得したい - 学ぶときの心がけ
- 頭を柔らかくする方法
- 自分自身を甘やかしてしまう - 学ぶときの心がけ
- 友人に数学を教えてもいいのだろうか - 教えるときの心がけ
- バックドア - 再発見の発想法
はじめに
結城浩です。
いつもご愛読ありがとうございます。
早くもアマゾンで「数学ガールの秘密ノート」第12作目の予約が始まりました! タイトルは、
『数学ガールの秘密ノート/学ぶための対話』
です。
今回は、数学が苦手な新キャラ「ノナちゃん」が登場する巻です。
いつもの「数学ガールの秘密ノート」は数学のテーマが一つあり、それを掘り下げていきますが、今回は「学ぶこと」や「考えること」を対話を通して掘り下げていく形になります。
アマゾンの予約は先週末に始まったばかりですが、読者さんの期待も大きく、Twitterでたくさんメッセージをいただいております。またアマゾンの新着「数学」ランキングでも第一位になりました。読者さんの応援に深く感謝します。
現在執筆中の本書。発売はだいぶ先になりますが、どうぞ引き続き応援よろしくお願いいたします!
◆『数学ガールの秘密ノート/学ぶための対話』
https://www.amazon.co.jp/dp/4815603995/?tag=hyuki-22
それでは、今週の結城メルマガもごゆっくりお読みください。
芸大の学生と数学 - 学ぶときの心がけ
質問
アートを志している芸大の学生に、数学者として心がけていてほしい点はございますか。
回答
ご質問ありがとうございます。
話の前に……結城は数学愛好家ですが、数学者ではありません。それはご承知おきください。
芸大の学生さんに対して私が言えることは特にありませんが、ふと思ったことを書きますね。
以下で「あなた」は「アートを志している芸大の学生」を指します。
もしも、もしもですよ。もしも、あなたが「自分はアートを志しているのだから、自分の活動に数学やコンピュータは不要である。だから、数学やコンピュータに関する知識や理解は不要である」と考えているならば「本当にそうでしょうか。実はそんなことないかもしれませんよ」と言いたいです。
現在でも既にそうですが、これからの時代はもっと、コンピュータを使って自分が思い描いた色・形・動き・音・インタラクションを表現する機会や場面が増えてくると思います。
そのときに、数学的なことを理解している度合いというのは、表現の大きさや幅にかなり大きな影響を与えるはずです。
アートを志すあなたは、審美眼という「目」を求めるでしょう。
数学はその目に、自分が持っている言葉を超える「言葉」を与えます。
コンピュータはその目に、自分が持っている手を超える「手」を与えます。
私はそのように思っています。
教養とは何か
質問
結城先生が考える教養って何ですか。
はっきりしない質問ですみません。
回答
私は「教養」を「必ずしも自分の専門ではない分野において、通りいっぺんよりも深くしかも有機的に身についている知識や考え方で、自身の思考法や生き方や価値観の土台の一部をなしているもの」だと思っています。
この表現は以下のように「○○だったら教養とはいわないなあ」と考えながら書きました。
- 自分の専門分野で知識をたくさん持っているからといって教養があるとはいわない。
- 一般的に知られていることを知っているからといって教養があるとはいわない。
- ばらばらの知識を持っているからといって教養があるとはいわない。
- 単に何かを知っているだけに留まっており自分の思考法・生き方・価値観に影響を与えていないものを教養とはいわない。
いわば消去法のように考えたことになりますが、何かを描き出しているのはおもしろいですね。
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