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MSC2019Re:という企画に対してのお気持ち表明文

2019/09/29 22:37 投稿

  • タグ:
  • アイドルマスター
  • ニコマス
  • im@sMSC2019Re:
先に表明しておくが、私は以下に述べる事象について「いい」とも「悪い」とも言うつもりはないし、なにかの批判をするつもりの文章ではないことを一番最初に書いておく。



1.肥大化するアイドルマスター


 #MSC2019Re: は千早のBaby, Baby(しょじょんP)の優勝によって幕を閉じた。優勝にふさわしい、先を見たいと思わせる素晴らしい作品だったように思う。
 そして2位以降は冬優子のin fact(とくめいきぼう氏)、まゆのI beg you(怒首領蜂P)、龍のStaRt(よりみちP)と続いた。
 この結果自体には何の不自然も無いが、ひとつ優勝作品と2位以下の3作品を決定的に分けるものがある。
 2位以下になった3作品はどれも、動画の内容と主題となるアイドルのパーソナリティが密接にリンクしている。言い換えると、他のアイドルに差し替えると作品が成立しないのだ。
 例えばとくめいきぼう氏の作品は「シャニマスで黛冬優子をプロデュースしたことがあり、シンデレラガールズの楽曲であるin factを知っている」ことが、本当に楽しむための必要条件となっている。
 繰り返すがそのことについて私は「いい」とも「悪い」とも言うつもりはない。ないが、全アイマスユーザーに対して動画を出すMSCという戦場において、これは明らかに不利に働く面がある。あの動画は冬優子とin factを知らない人間には圧倒的に「刺さらない」のだ。
 もちろん刺さる人間にはエグいレベルでぶっ刺さったし、だからこその2位なのだろう。私も本戦までは投票した。

 アイドルマスターというIP(コンテンツ)は拡大、肥大化の一途を辿っている。
 MSCV(2015年)の時代は765ASはまだOFA、シンデレラはデレアニの真っ最中だがデレステのサービスイン前、ミリオンはLTDが出る前だし、SideMはJupiter、ドラスタ、Beitハイジョまでしか声がついていない。シャニマスに至っては影も形もなかった(高山Pがバンナムに入社していたかどうか怪しいレベル)。
 必定MSCVの作品を楽しむためには765ASさえだいたい把握していればいいわけで、決勝の9作品もシンデレラとミリオンが1本ずつあるだけで、残り7作品は765AS主体の作品だった。(そしてトップ3は全て765AS主体だった)
 現代(2019年)においてはどうだ。シンデレラはデレアニとデレステから50万のユーザーを抱え、ミリオンはミリシタという新たな劇場で10万を超える物語が生み出されている。SideMはアニエムとエムステ、シャニマスはenzaとアプリで日々「アイドルと過ごす日常」を提供している。
 つまりどういうことか。「アイドルマスター内の特定のコンテンツ」だけで動画は作れるし、観る側としても「アイドルマスター内の特定のコンテンツしか知らない、ライトにアイドルと過ごす"ユーザー"」が圧倒的に増えているということだ。
 MSC2019Re:の決勝13作品のうち765ASがメインの作品は4本に減り、デレ3、ミリ2、M1、シャニ1、DSが2本。なんてこった。
 こうなったときに、投票先を選ぶにおいて「自分の知らないもの」にはなかなか投票しにくいという心理が働くのではないだろうか。「よくわからんけれどこの子だけは知ってるから投票する」という投票行動は発生するだろう。



2.クソデカ感情との付き合い方


 長いことアイドルマスターというIPに触れていれば触れているほど、そういった"ユーザー"の存在は見えなくなってくる。TLにいるのは自分と同等かあるいはそれ以上に「濃い」面子ばかり。
 急に自分の話をするが、年初にミリシタ内で行われた企画Theater Ch@llenge!!(アイドル投票TC)において千早のダイマを作成したとき、出来上がったものを確認して、そのクソデカ感情っぷり(お気持ちっぷり、と言ってもいい)に自分で引いた。自分で書いた文章に対して自分で引く。It is too 滑稽。
 これを見せる相手がどういったカテゴリの人物か。マーケティングにおける基礎の基礎、「ターゲットが観たいものをつくる」ができていなかった。

 MSCにおいて自分の動画を見るのはどういった人物だろうか。どの程度の「食べやすさ」にすればいいだろうか。
 優勝した千早のBaby, Babyは、極端なことを言えば観る側が「あの女の子(千早)が誰か」を知らなくても楽しめる。もちろんそれだけが優勝の理由ではない。そんな失礼なことはカケラも思ってない。
 ただ、大半の視聴者(=投票者)は、動画製作者である「自分」と比べて圧倒的にヌルい。ライトにアイドルマスターを楽しんでいる。MSCで優勝「だけ」を狙うのであれば、そういった視点を持つことが大きな助けになるであろう。



3.MSCは誰のためか


 参加者(動画投稿者)についての感想はこれまでにして、次はMSC2019Re:の運営について、自分が感じたことを記しておこうと思う。

 重ねて言うが、これはMSC2019Re:を「いい」「悪い」と評するためのものではないし、MSC運営に対する批判でも要望でもないし、ましてや「言い出しっぺの法則」のための前フリじゃない。ネタではなく本当に前フリじゃない。

 MSC2019Re:を最後まで観て感じたのは、「ああ、これはMSCをしたい人のためのMSCだったんだな」ということだった。
 前述したとおり、アイドルマスターとその"ユーザー"は肥大の一途をたどっているし、MSCVが開催された2015年と比べて、アイマス界隈におけるニコニコあるいはニコマスの比重は圧倒的に低下した。そうした環境の中で、MSC2019Re:は、「ニコマス村の外の人間を惹きつける企画」ではなかったように感じられた。

 私が望むMSCは「動画製作者に不利益(あるいは不平等)が発生しようとも、動画視聴者が楽しめる企画」であり、そういう意味でMSC2019Re:は過去のMSCと比べると、私の好みとはすこしずれる企画になっていた。

 これは言うまでもなく私が一方的に勝手に望んでいるだけであり、自分が勝手に想像して妄想していたものと違っていたから作り手の苦労を無視して「お気持ち表明」するという行為である。
 ただ私という一視聴者の感想として、そういった「お気持ちを明文化」しておくのは「私のためになるから」を主題とした上で、こうやって記しておいたものだ。

 私がこれを読むあなたに対して伝えたいメッセージは無いが、もしあなたがこれを読んだことで、あなたがMSCに抱いた感情(曖昧模糊としている)を具象化し、今後アイマス生活を送る一助になれば、こうやって見えるところに書いた甲斐もあるというものである。反面教師になれれば幸いです。

 オチはない。




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