ぼくはマンガ家、柳沢きみお氏の大ファンである。
子供の頃は少年チャンピオンに連載されていた『月とスッポン』のファンだったし、高校の頃は『正平記』や『ソーイング』に夢中になった。大学生になってからは『妻をめとらば』や『俺にはオレの唄がある』など、氏のマンガはずっと読み続けていた。今も、氏のマンガはぼくの事務所の本棚に並んでいる。
こうしてみると、彼のマンガは常にぼくの人生のちょっと先、つまり小学校のときは中学校を、高校のときは専門学校を、大学生のときは大人の世界を舞台にしている。だから、ちょうど憧れの世代を舞台にしていたということもあって、ぼくの人生の指南役のような立場を担ってきたのだ。
特に、『ソーイング』という作品は、当時氏が住んでいた原宿を舞台にしているのだが、ぼくはこのマンガに影響されて自分の事務所を原宿にかまえたくらいである。それほど氏のマンガに強い憧れを抱いたのだ。
そんな彼は、『特命係長 只野仁』など、今も現役でマンガを書き続けているのだが、それと並行して文字の本もいくつか書いている。それをたまたま知って電子書籍で読んでみたのだが、二冊とも面白くて夢中になって読んだ。
この2冊はともにエッセイなのだが、両方とも氏の人生について論じている。氏の人生においてこれまで起こったことや感じてきたことなどを書いている。
俗に「人は誰でも生涯に一つ小説を書ける」という。どういうことかというと、「その人の人生」というのは誰にとっても興味深いコンテンツになるから、その人の人生を綴れば、それは立派な小説になるということだ。だから、職業小説家というのは、それ以外のものを書けるようになって初めていうことができる。
柳沢きみお氏のエッセイも、氏の人生が綴られているので、それはまさに小説というべきものだ。特に、ぼくが好きだった作品の舞台裏などが書かれているということもあって、非常に興味深く、僅か一日で両方とも読んでしまった。
ところで、このエッセイには氏の作家論も綴られているのだが、そこには「作家とは、つまるところ言いたいことがある人のことだ」と書かれていた。
どういうことかというと、マンガ、小説に限らず、何かを表現する「作家」というのは、「言いたいことがある」から作品を作っている。それを、現実世界では言うに言えない、上手く表現できない現状があるから、仕方なく「作品」という形で表現している。だから、言いたいことがなくなったら、それは作家としての終わりを意味している――というのだ。
翻って、今の若いマンガ家には、「絵は上手いけれども物語を作れない人」が多いという。それは、言いたいことがある人が少ないからだそうだ。彼らは、ほとんど何も言うことがない。だから、ちっとも物語が浮かんでこず、作品を作れないのだそうだ。
氏はその状況を憂えていたが、ぼくは、現代の若者は必ずしも「言いたいことがない」わけではないと感じている。今の若者は、本当は言いたいことがあるのだが、「言いたいことがあるのはかっこわるい」あるいは「言いたいことは言わない方がいい」という考え方が深く内在化しているため、どうしてもそれを表明したり、あるいは自分自身で認めたりすることができないのだ。本当は言いたいことがあるのだが、それを表面化、意識化できないのである。
おそらく、その言うに言えない思いが「絵を描きたい」という衝動になって発露するのだろう。だから絵を描くことはできる。あるいは、マンガ家という職業に憧れを抱くことまではできるのだ。
そんな彼らが、実は一番の願望として抱いているのは、まさにその「言いたいことを言う」ということではないだろうか。あるいは「マンガ家になりたいと表明する」ということではないかと思う。
それゆえ、今は「マンガ家になろうとする話」というのが増えている。
古くは『まんが道』が有名だが、『バクマン。』『青春少年マガジン』『ブラック・ジャック創作秘話〜手塚治虫の仕事場から〜』『あしたのジョーに憧れて』などなど、「いかにマンガを描いたか」というジャンルのマンガが確立してきた。
それは、「マンガ家になりたい」という思いを顕在化できない若者たちが、これらを読んで刺激を受けているからではないだろうか。
コンテンツというのは、そういう「人々の言うに言えない思いを上手にすくい上げたもの」が思わぬヒット作となる。だから、潜在的な需要に気づける人こそがヒットメーカーとなるのだが、ぼくは今、この「作家になりたい」という思いを抱えている人は、マンガ以外のジャンルでも多いのではないかと思っている。
だから、そういう人向けのコンテンツというのは(もちろんこれまでにもあったが)、今後もまだまだ受け入れられるのではないだろうか。
例えば、小説家になりたい人に向けて小説家になりたい人が主人公の小説を書いたり、映画監督になりたい人に向けて映画監督になりたい人の映画を作ったりするのである。そこに、これからのヒットの芽が隠れているような気がするのだ。
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