ドラッカーは常に社会を見ていた。
青年期、二〇世紀前半のドイツに暮らす中で、ナチスの勃興、及びその蛮行に直面した彼は、こう考える。
「この厄災の理由は何か?」
熟考の末、辿り着いたのは「時代が変化するとき、旧勢力と新勢力との間に摩擦が起き、それが争いを生む」という結論だった。
例えば、ドイツにはまず産業革命があった。そうして新勢力たる市民が力をつけてきたのだが、それに対し、旧勢力たる貴族、及びブルジョワジーはこれを押さえつけようとした。そうして、富を独占しようとしたのである。
それで、市民の間には貴族、及びブルジョワジーを打ち負かす革命家の出現が待ち望まれるようになった。それに呼応する形で現れたのがナチスである。そのため、彼らは急速に勢力を拡大し、大きな争いを生み出した。
それを見たドラッカーは、こう考えた。
「旧勢力から新勢力への権限の委譲がスムーズに果たされれば、ナチスなどの革命家を生み出すこともなく、争いを避けられるのではないだろうか」
そうして、その「権限の委譲をスムーズに果たす方法」を探し始める。すると、そこで見つけたものこそ「マネジメント」だった。マネジメントこそ、旧勢力から新勢力への権限の委譲を速やかにし、摩擦を最小限に抑えるための最も有効な方策だ。実際、二〇世紀前半のアメリカでは、マネジメントの力によって他のどの国よりも先に新時代への移行を果たしていた。
そこでドラッカーは、主にアメリカの企業で行われていたマネジメントを調査、研究し、それを一つの体系にまとめ上げた。それこそ、一九七三年に書かれた『マネジメント』である。
ところで、ドラッカーはマネジメントを研究する過程で、産業革命にも匹敵する新たな変化が訪れつつあることに気づく。それは「情報化社会」だ。情報化社会によってもたらされる変化というのは、情報があまねく行き渡ることにより、それによる格差がなくなることである。
情報格差がなくなると、一見平等性が高まるように見えるのだが、それ以上に、そこには競争の激化というものが避けられない。それは、人類が横一列に並びヨーイドンで一〇〇メートル競走をするようなものだ。勝ち負けがはっきりしてしまう。そうして結果的に、新たな格差を増大させると見抜いたのだ。
そのため、ドラッカーの次の課題は「情報化社会の摩擦を少なくし、格差を最小限にとどめるためにはどうすればいいか?」ということとなった。そして、その方法こそ「イノベーション」と行き着いたのである。そうして彼は、一九八五年に『イノベーションと企業家精神』を書き上げた。
ぼくの新しい本『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『イノベーションと企業家精神』を読んだら』(通称『もしイノ』)は、この本をテーマとしている。なぜかといえば、二〇一〇年代半ばの今まさに、ドラッカーが予見した未来になっているからだ。情報化社会によって、競争が激化した。それによって、勝者と敗者が色濃く分けられ、格差社会が進行した。そこでは、会社の数はもちろん、職業の数もどんどんと減っている。勝者が限られることにより、敗者の数がどんどん増えているのだ。
そんな時代に、競争の激化を抑止し、社会の疲弊を防ぐにはどうすればいいか?
その方法について具体的に記したのが、『イノベーションと企業家精神』である。そのため、『マネジメント』の次に取り上げるのはこの本しかないと考えたのである。
ではなぜ、イノベーションが競争社会の激化を抑止するのか? それは、イノベーションの目標そのものが、「競争を避けること」にあるからだ。
イノベーションは、新しい価値、新しい市場を生み出す。それが成功すれば、そこには競争が起こらない。なぜかというと、新しい価値、新しい市場であるがゆえ、競争相手がいないからである。そうして、一時的にでも競争を避けることができる。その間は、競争による疲弊を免れるのである。
もちろん、そこにもいずれはライバルが参入してくるから、再び競争が生まれる。そのため、だいじになってくるのはイノベーションを起こし続けること。一時の変化に満足するのではなく、変化に対応し続けることを常とするのである。
変化を起こし続けることができれば、競争の激化による疲弊を回避し続けられる。そうして、疲弊を本格的に回避できる。
そう考えたドラッカーは、イノベーションを起こし続けるための方法を考えた。それをまとめあげたものこそ、『イノベーションと企業家精神』という本であり、それを参考書として女子高生が高校野球界に変化を起こし続ける物語こそ、『もしイノ』なのである。
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