ぼくとデジタル文化:大学以降編(1,845字)
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大学を卒業するとき、ぼくは卒業制作で建築設計をしたのだが、そのパースに簡易なCADを使った。PCはPC-9801VMだったように思う。それで、ワイヤーフレームのパースを書いたのだ。ただ、その頃はワイヤーフレームでも本当にカクカクとしか動かなかったので苦労した。レンダリングにものすごく時間がかかったのを覚えている。
大学を出て、秋元康さんの会社に就職した。ちょうどその頃、ケータイ電話が普及し始めていた。ぼくの先輩たちは、初めは車載電話を持っていた。1991年のことだ。今では考えられないが、先輩たちは出先で電話するときはわざわざ車に乗っていた。運転しながら電話していたのだ。当時はそういう時代だった。それがまた格好良かった。
ほどなくしてケータイ電話が普及するようになった。ただぼくは、お金がなくて持てなかったので、初めはポケベルを持っていた。93年くらいのことだ。
それで、事務所から呼び出しがあ
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