村上隆さんの個展が韓国のソウルであり、行って拝見してきた。
2013年7月3日から7月5日まで、2泊3日の行程である。
今回は、その旅行記をお伝えする。
2013年7月3日に、羽田空港からANAで金浦空港まで行った。
金浦空港はローマ字で「Gimpo」と表記してあり、それでは「ギムポ」が正しいのだろうか?――という疑問がふと頭をよぎった。しかし、アナウンスを聞く限りでは「キンポ」に聞こえる。一体どっちが正しいのだろうか?
金浦空港から電車でソウル市内へと向かう。金浦空港駅は空港から少し離れており、ホームも深い深い地下にあって、かなり歩かされる。
しかし電車そのものは快適で、窓の外には自然と人工とが適度に入り交じった郊外の風景が広がる。川を渡る時は、日本の荒川を渡っているような感覚だった。
宿泊したのは、ソウル市庁舎の近くにあるウェスティン・チョースン(朝鮮)ホテル。
とてもいいホテルだったが、電車と徒歩でのアクセスがいまいちだった。これだったらソウル駅からタクシーを使えば良かったと後悔させられるも、電車や徒歩の方が街のスケールをリアルに感じられるので、これはこれで良かったかなとも思ったりする。
その後、ホテルのすぐ近くにあるサムソン本社の1階にあるサムソン美術館PLATEAU(プラトー)で、村上隆さんの個展のレセプションパーティー。
「冬のソナタ」のペ・ヨンジュンさんやチェ・ジウさんもゲストとして来ていた。日本人である村上隆さんの展覧会ということで、日本で人気のある2人が呼ばれたのだろうか?
常設展示してあるロダンの彫刻も数多くあった。
今回の村上さんの展示は、かつての作品だけではなく新作も多数出品とのことで、相変わらずの旺盛な意欲を感得する。村上さんの作品は、いつも見ていると自分も創作をしたくなるインスパイアを得られるので、とても刺激的だ。
ぼくは、自分も作品を作りたくなるような鑑賞体験が一番貴重だと思っているので、村上さんの作品は大好きである。
村上さんは、日本で人気がないことをいつも嘆いているが、それは、多くの日本人が村上さんを「オタク文化」という文脈でしか読み解こうとしていないところに原因があるのではないだろうか。
村上さんの作品は、「世界のコンテンポラリーアートの一作品」という文脈で読み解く方がずっと適当だと思う。オタク云々は、それと比べたら順序ははるか下のはずだ。
しかし多くの日本人にとって、コンテンポラリーアートというのはほとんど馴染みないので、理解しづらいところがあるのだろう。だから、「オタク文化」という文脈でのみ、読み解こうとするのだ。
もしそういう文脈を、外しはしないまでももっと小さな要素として見れば、村上さんの評価は今とは全く違ったものになるだろう。
その日の夜は、村上さんのギャラリーの方がセッティングされたパーティーにお招き頂いて、「韓国の古い家具を展示する美術館」でディナーを頂く。
2013年7月3日から7月5日まで、2泊3日の行程である。
今回は、その旅行記をお伝えする。
2013年7月3日に、羽田空港からANAで金浦空港まで行った。
金浦空港はローマ字で「Gimpo」と表記してあり、それでは「ギムポ」が正しいのだろうか?――という疑問がふと頭をよぎった。しかし、アナウンスを聞く限りでは「キンポ」に聞こえる。一体どっちが正しいのだろうか?
金浦空港から電車でソウル市内へと向かう。金浦空港駅は空港から少し離れており、ホームも深い深い地下にあって、かなり歩かされる。
しかし電車そのものは快適で、窓の外には自然と人工とが適度に入り交じった郊外の風景が広がる。川を渡る時は、日本の荒川を渡っているような感覚だった。
宿泊したのは、ソウル市庁舎の近くにあるウェスティン・チョースン(朝鮮)ホテル。
とてもいいホテルだったが、電車と徒歩でのアクセスがいまいちだった。これだったらソウル駅からタクシーを使えば良かったと後悔させられるも、電車や徒歩の方が街のスケールをリアルに感じられるので、これはこれで良かったかなとも思ったりする。
その後、ホテルのすぐ近くにあるサムソン本社の1階にあるサムソン美術館PLATEAU(プラトー)で、村上隆さんの個展のレセプションパーティー。
「冬のソナタ」のペ・ヨンジュンさんやチェ・ジウさんもゲストとして来ていた。日本人である村上隆さんの展覧会ということで、日本で人気のある2人が呼ばれたのだろうか?
常設展示してあるロダンの彫刻も数多くあった。
今回の村上さんの展示は、かつての作品だけではなく新作も多数出品とのことで、相変わらずの旺盛な意欲を感得する。村上さんの作品は、いつも見ていると自分も創作をしたくなるインスパイアを得られるので、とても刺激的だ。
ぼくは、自分も作品を作りたくなるような鑑賞体験が一番貴重だと思っているので、村上さんの作品は大好きである。
村上さんは、日本で人気がないことをいつも嘆いているが、それは、多くの日本人が村上さんを「オタク文化」という文脈でしか読み解こうとしていないところに原因があるのではないだろうか。
村上さんの作品は、「世界のコンテンポラリーアートの一作品」という文脈で読み解く方がずっと適当だと思う。オタク云々は、それと比べたら順序ははるか下のはずだ。
しかし多くの日本人にとって、コンテンポラリーアートというのはほとんど馴染みないので、理解しづらいところがあるのだろう。だから、「オタク文化」という文脈でのみ、読み解こうとするのだ。
もしそういう文脈を、外しはしないまでももっと小さな要素として見れば、村上さんの評価は今とは全く違ったものになるだろう。
その日の夜は、村上さんのギャラリーの方がセッティングされたパーティーにお招き頂いて、「韓国の古い家具を展示する美術館」でディナーを頂く。
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作品を作り続けられる芸術家は、自分の表現したい概念にノミを入れて削るために自分の感性の揺れを精確に知覚することを必要とし、その概念は健康な身体による健全な方法を通して形を得ていくものと考えているのでしょうか。