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我々は誰かを淘汰しながら生きている(2,026字)

2022/05/09 06:00 投稿

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ぼくは2度、自殺未遂をしている。このうち、1度目の自殺未遂をした30歳のときは、誰も助けてくれなかった。そのため、自分で自分を助けるしかなかった。その際、いろいろと勉強し、気づかされたことがあった。

それは、ぼく自身はそれまで、文明的な社会の中で公正に生きてきた――と「勘違い」していたことだ。しかしこの世は、実は激しい淘汰社会だった。うかうかしていると、すぐに殺されてしまう――そういう社会だった。そのことに、ぼくは30歳になるまで気づかなかった。

ぼくはそれまで、「よっぽど悪いことをしなければ、殺されるようなことはないだろう」と、比較的「うかうか」と暮らしてきた。しかし、その結果、周囲から嫌われ、見捨てられ、自殺未遂をするところまで追い詰められた。

しかも、そこまで追い詰められても、誰も助けてくれなかった。そこでぼくは、ようやく「うかうかしていたら、簡単に殺される社会なんだ」と初めて知った。簡単に見殺しにされる社会だということに、30歳になって初めて気づいた。

それまで気づかなかったのは、ぼくが恵まれた環境にいたからだ。30歳になるまで、うかうかとしていても殺されなかった。それは、今風の言葉でいうなら「親ガチャ」「国ガチャ」に当たったからだ。

しかし振り返ってみると、ぼくの知り合いには「殺された人」が実はすでに何人かいた。その人たちは、合法的に淘汰された。この世の中で居場所をなくし、生きる術を失ったため、自ら命を絶ったのだ。いや、絶つしかなくなった。

そのことに思い至ると、ぼくはあらためて「淘汰は、この社会の暗黙のシステムなんだ」と強く実感した。そして、その淘汰合戦に負ければ、待っているのは文字通りの死だということも、強く実感した。それは、ぼく自身が自殺未遂したからこそ分かったことでもあった。また、自殺未遂をしても誰も(家族すら)助けてくれないことによって、強く実感したことでもあった。

そのときからぼくは、「淘汰社会」について深く考えるようになった。例えば「フェアトレード」という言葉がある。この言葉が生まれた背景には、「アンフェアなトレードが横行していた」という事実がある。それを是正しようと、「フェアトレード」というテーゼが立ち上がったのだ。

では、誰がそれまで「アンフェアなトレード」をしていたかといえば、そのほとんどは「先進国の人々」だ。特に日本人は、アジアの非先進国の人々に対してアンフェアトレードをしていた。それによって、不当に富を手に入れていた。そんな淘汰競争も、この世界には起こっていたのである。その意味では、日本人全体が、淘汰の「加害者」だった。

また、日本人同士でもいじめで死んでいった人がいる。また、いじめたことによって社会的な信用を失った人もいる。ぼくの近くにも、そういう人たちがいた。

ぼくは、そういう人たちとは交わらないようにした。いじめる側にもいじめられる側にも加担しなかった。
しかしながら、今思うと、もしいじめで死んだ子がいなかったら、代わりにぼくがいじめられていたかもしれない。ぼくが死んでいたかもしれない。また、いじめで誰かを殺す子がいなかったら、ぼくがいじめて殺していたかもしれない。それによって、人生を狂わせていたかもしれない。

いじめは、いじめられる子はもちろん、いじめる子も弱い子だ。その意味で、双方とも「淘汰される側」といえる。そう考えると、「淘汰する側」は、それに交わらなかった人たちなのだ。その意味で、いじめにかかわらなかったぼくこそ、「淘汰する側」の人間だった。自殺未遂する以前に、すでに何人も淘汰していたのだ。

ぼくは、生きるために動物を殺して食べている。植物の命だっていただいている。
そのことは知っていたが、同じ人間をも淘汰しながら生きてきた。そのことには、30歳になるまで気づかなかった。

ぼくは、東京芸大建築科に入った。そのため、「ぼくが行かなければ受かっていた受験生」が、必ず1人、この世に存在したはずだ。ぼくはその人を淘汰した。ぼくが秋元康さんの弟子にならなければ、その代わりに秋元康さんの弟子になった誰かがいたはずだ。ぼくはその人を淘汰した。ぼくがいなければ、ぼくの妻と結婚した男性がいたかもしれない。ぼくはその人を淘汰した。

そもそもぼくは、母親の子宮の中で、他の1億匹の精子を蹴落として卵子まで辿り着いた。1億匹の、ぼくの代わりに生まれたかも知れない命を淘汰して、ぼくは生かしてもらっているのだ。

そのことを、ぼくは30歳にして初めて知ったのである。それからは、もし生きるなら、この淘汰競争から目をそらさず、正面から受け止めようと思った。そうしないと、きちんと生きられないと思ったのだ。ぼく自身が、他人を淘汰しながら生きているということを、肝に銘じながら生きようと思った。


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岩崎夏海

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