生きるとは何か?――そう考えることが、ふと気づくとぼくのライフワークとなっていた。このこと事態は、きわめて「倒錯したできごと」といえよう。
というのも、ぼく自身は紛れもなく現に(すでに)生きているわけだから、「生きるとは何か?」ということは考えなくとも、特段の問題はないわけだ。すでにできていることについてあれこれ考えるのは、ほとんど意味がない(ように見える)。
しかしながら、ぼく自身は意識的に、意図してそのことを考えているわけではない。無意識的に、ほとんど本能的に、気がついたら「生きるとは何か?」ということを考えずにはいられなくなっていたのだ。
それは、自然発生的に湧き上がってきた。しかも、今なお「逃れられないもの」としてある。ぼく自身、「生きるとは何か?」などと考えなくなれれば、どれだけ楽かとも思ったりする。しかしながら、これまでは考えられなくてはいられない状態になっていたし、今なおなっ
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