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みなもと太郎先生の思い出(2,053字)

2021/08/23 06:00 投稿

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みなもと太郎先生が2021年8月7日に亡くなられた。ぼくは、生前みなもと先生に大変お世話になった。そこで今日は、みなもと先生の思い出について書いてみたい。

みなもと先生と最初にお目にかかったのは、2016年だ。その頃ぼくは、岩崎書店で児童書の編集をしており、どうしても『マンガの歴史』という本を作りたいと思っていた。そのとき、作者はみなもと先生以外ないと思った。

なぜなら、みなもと先生はマンガ家であると同時にマンガ研究家でもあって、マンガの歴史はもちろん、マンガ文化そのものに造詣が深かった。しかも普通の歴史にもお詳しく、『風雲児たち』という歴史マンガを描いていた。つまり、「マンガ」と「歴史」に詳しい。こんな人は他にいない。

ただ、最初は連絡先が分からず苦労した。いろいろつてを辿ってようやく住所を知ることができたので、まずはお手紙を書いた。内容は、率直に『マンガの歴史』という本をご執筆いただきたいとした。するとすぐに返信をいただき、先生の仕事場に伺うことになった。

この時点では、まだお引き受けいただくことは決まってなかった。まずはみなもと先生にプレゼンさせていただく――という感じだった。

それでぼくが趣旨を説明した。そうしたら、みなもと先生が「昔、岩崎書店からいい絵本が出ていまして、今ほしいのですが、古本が数万円と高騰していて」と言われた。それは、ポニーブックスというシリーズで、和田誠さんや園山俊二ら当時気鋭のイラストレーターやマンガ家が描いていた。

それでぼくは、急いでこの本を復刻することにした。

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火星へシルクハットを

だから、この絵本はみなもと先生が復刻したと言ってもいい。肝心の『マンガの歴史』は、先生とお話しする中で、ぼくが大友克洋の『童夢』にあった「ドカン」という擬音が特徴のコマにやられたということと、『ドカベン』に産湯を浸かったということをお話ししたら、なぜか先生に刺さったらしく、快くお引き受けくださった。マンガをたくさん読んでおいて良かった。

そうして第1巻が出た。

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マンガの歴史 第1巻

この作品は続刊の予定だったが、ぼくが岩崎書店を辞めさせられたことで、継続が頓挫してしまった。そのため、先生には大変なご迷惑をおかけした。


本の打ち合わせは、いつも先生のお仕事場だった。1階に書斎があり、その地下に書庫がある。先生はとにかくマンガがお好きで、特に昔のマンガの話しをされるときは目をキラキラさせていた。みなもと先生の楽しみは、マンガを研究し、考察を深め、成り立ちを見極めることだった。

先生はすごく真面目な方だった。『マンガの歴史』出版記念イベントのとき、ちばてつや先生と対談することになったのだが、仕事そっちのけで周到に準備を進め、資料をたくさん用意していた。当日は、ちば先生に質問攻めだった。対談というより、ほとんど単独インタビューだった。

ぼくと先生は、馬が合ったと思う。好きなマンガや好きになり方が同じだった。いつか、ぼくが『インディー・ジョーンズ 魔宮の伝説』の話しをしていた。インディーたちがトロッコで逃げるシーンで、途中で線路が切れていて谷を飛び越える羽目になったとき、一瞬BGMが消えて、静寂がこだまする。そのシーンが好きだと言った。

すると突然、みなもと先生の目がキラーンと光った。「ちょっとお待ちを!」と言われて地下室に飛び込むと、一冊のマンガを片手に戻ってこられた。

「これをご覧ください!」

そう言って先生がお示しになったのは、『ハチのす大将』というマンガの1ページだった。その最後のコマに、主人公がバイクで川を飛び越える絵が描かれてあった。

そして、そのコマにだけ「枠線」がないのだ。それ以外の絵は、枠線の中に描かれている。

それを見て、すぐに分かった。驚くべきことに、そこには「静寂」がこだましているのだ。
そのコマは、枠線を描かないことによって、静寂を表現していた。

人間というのは、突発的なできごとに遭遇すると、瞬間的に耳が聞こえなくなるという。代わりに、景色がスローモーションに見える。

その現象を、そのマンガは「枠線を描かない」という手法で表現していた。そして、それは『インディ・ジョーンズ 魔宮の伝説』のぼくがお話ししたシーンと全く同じだった。乗り物で何かを飛び越えるとき、音が聞こえなくなるということを、両者とも表現していたのだ。

ただし、そのマンガは1963年に描かれたものだった。『魔宮の伝説』が1984年なので、あのスピルバーグより20年も早い。しかも、マンガには映画のような動きや音がそもそもない。その中での表現だった。つまり、映画より格段に難しい表現なのだ。そんな難しいことを、そのマンガはいとも簡単にやっていた。

先生は、そのコマの素晴らしさに先生ご自身がしばらく見惚れた後、ぼくに『ハチのす大将』の表紙を見せ、作者の名前を教えてくれた。
そして、「ね!」と言われたのだ。

ただし、ぼくにはもうその作者の名前が分かっていた。絵を見れば誰にでも分かるのだ。
そこには、「ちばてつや」と書かれていた。

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