貝柱ホタテガイのブロマガ

哲学者の学生。

2020/04/18 21:32 投稿

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ファーストフードの店から出て、僕は二階を見上げた。先程まで会話をしていた、彼女の顔を、僕は思い出していた。

 「悪いんだけれど、私と彼氏ってどうにもうまくいかないと思うんだよね」

 「それはどうして?」

 そこは誰もが来れるようなファーストフード店であった。別にやることもなく、僕はここでアルバイトをしていた。青春三年間をこうやって無意味に過ごすのも悪くはないんじゃないかと僕は思ったのだ。

 彼女はよく一人で来ていた。栗色の髪をなびかせ、最近の女子高校生らしく少し化粧をして、耳につけているピアスがなんとも印象的であることを僕は知っていた。そして、友人達で来るよりも、彼女は自分一人でいることを望んでいるようにも見えた、

 友人といる時の彼女はなんというか、いかにも「その時用」という表情を張り付けてきている。クラッカーにチーズ。白いご飯と、生卵。空と海。本といえば図書館。放課後の夕焼けのさした教室。合うもの、合わないもの、光景というのはどんなところでもあるというのが、僕の持論でもある。つまり彼女の「その時用」というのは、それくらいピタリと似合うものであった。きっとそんなことをいえば、彼女は気味悪がるだけというのは自明の点であるので言わないでおいた。

 つまり先ほどの通り、彼女は一人で来るとき、それは一人の「哲学者」であった。

何かについて必死になって考えており、一つといわず、何十もの哲学を引き連れて、店内に入ってくるだ。

 それはきっと周りの人間から見れば、ありきたりな。しかしそれがもっとも重要なことであるようなそんな目を彼女はしているのだ。残念だが、その哲学はどれも意味がないようにも思えてくる。時が流れれば、川に浮かんだ小舟を流すかのように……その哲学や、彼女にとっては消えてしまう。どこか、外にか、地球上にか――宇宙かもしれないし、そうじゃないかもしれない。 

 しかし、歳を重ねるごとに、彼女の正解はきっと変わってくるだろう。つまりここで考えたことも、いずれは霧散してしまう。

「おい、お前の連れが呼んでいるぞ」

 と、先輩が声をかけてくるまで、僕は彼女が来ていたことに気づいてはいなかった。

少しだけ、だが彼女の髪の匂いがあったかもしれないと思っていたものの、それが果たして彼女のものなのかどうかもわかりはしない。

 だってファーストフード店なのだ。騒がしい声や、油っぽい匂いで鼻がおかしくなってしまう。僕はその言葉に、少しばかりの考察と彼女との関係について精査してみた。その密度と言ったら会計士がお金を数える綿密なもので、僕の頭の中では彼女を視界に留めたシーンをすべて洗いざらい出してみたものの、彼女に呼び出しを受ける正当な理由のようなものはどこにも存在していなかった。

 「彼女、何か言ってました?」

 「いや? 別に何も。ただお前と同じ高校だよね、って話しかけたら、お前を呼べって言われただけだ」

 そんなことをいわれ、二階に上がっては見たものの、彼女はイヤホンで音楽を聴いていた。なんの用もないのか、と疑いたくなるほどの彼女の無視っぷりに数分間僕は二階の入り口に所在なさげに立っては見たものの結局のところ、掃除をし始めた。

 僕の視線は常に、机の汚れを意識しており、その先にいる彼女の存在もまた僕は意識をしていた。

彼女には中学から付き合っている彼氏がいたはずだ。なんだかおかしな気分だが、中学生ともなれば女子達は「お付き合い」というのを始める。

まあ、僕にはとんと遠い世界の話ではあるんだけれど。

「私と彼氏ってさ、うまくいかないと思うんだよね」

 その言葉は僕に放たれたものではないように思えた。だって彼女は最初から僕の存在を無視しているからだ。つまり、これは彼女にとっての独り言。

おばあちゃんによく言われた。独り言をつぶやいている女性にツッコミを入れてはいけないよと。それはロクな目に合わないからね。

「それはどうして? 僕には、君がたくさんのものを持っているかのように見えるのだけれど」

 「完璧なんてこの世に存在しないのよ」

 一言ぽつりとポエムでも読んでいるかのような口調に、僕は顔を上げそうになったがそのまま、机の隅の汚れと戦いを再開させる。

 「彼氏との仲を復活させたいってことなの?」

そう口にすると、その言葉は彼女に衝撃を与えたようで、驚いたような顔をした後、彼女は睨みを聞かせて、僕の顔をやっと見た。これはもちろん僕の妄想の中の話で実際の彼女からの反応はただのため息である。

 「そんな簡単に言わないでくれる? 別に喧嘩なんてしていないんですけど」

 これだから男子は……と最後のつぶやきは空気に溶けて消えていく。

 「じゃあ、どうしてそんなことをいうんだ」

「ただの推論よ。彼との間には色々とあるの」

 ただの推論……言葉としては使い方を間違えている気がするが、彼女の真面目な顔を見ていると、どうにも世界が間違っていて、彼女が合っているようにも思える。

 もしかしたら本当にあり得ることのように思える。

「彼氏との間に、もしその……色々あるとして、それをどうして僕に話す気になったのだろう」

「ただの偶然よ。あんまり話かけられず、話しかけられないクラスメイトがよく行くファーストフード店で働いていた。それが事実だからよ」

事実と偶然の違いについて、思わず僕が考え始めたのがわかったのだろう。彼女は僕の思考が終わるまで待つのを決めたかのように窓の外に視線を送っていた。

 頭の中での模索を終え、また僕が視線を戻すと、彼女はストローで飲み物をかき回していた。それは意図的なもので、何もすることがないので仕方なくこうしているという印象を受ける。

 「うまくいかない、というのは現状の話なのか、それとも未来の話をしているのか、どちらなんだろう」

「どちらもよ。だから困ってるの。だってほかに手の打ちようがないんだもの。順調に見えるもの程疑えって、私の家での家訓なのよ」

 その時、店の入店のチャイムが鳴った。それと同時にこの店全体が何故か騒がしく祭りの最中にいるようなそんな気がしてきた。

 そんなざわめきを振り払うかのように思わず、僕は首を回す。音はそのまま波のように引き、再び彼女との部屋に僕の思考は戻ってきた。

「そんな家訓、聞いたこともないけど……。けど君のようにいうのならそれが事実なんだろう」

僕がそういうと、彼女はにっこりと微笑んだ。その笑顔で何人かのおじさんと何十人の学生を勘違いさせることができるんだろうな、と思わせるほどの素敵な笑顔だった。

「素敵な笑顔だ」

素直にほめると彼女はちょっと顔を赤くして小さくありがとうとつぶやき、また元のしっかりとした威厳を持った、表情に戻った。きっと彼女の友達は彼女のこの表情もさっきの笑顔も知らないのだろう、これを知ればもっと彼女の事を好きになるだろうに。

しかし、彼女にとって今、重要なのは彼氏とのことなのだろう。頭の中で、彼女の彼氏について思いを寄せてみる。慎重は高く、少しばかり髪を染めてはいるけれど、そこまで悪い男には見えない。

「先ほどからのうまくいく、上手くいかないって話の続きだけれど、シュレディンガーの猫みたいなものだろう? どちらもこの時点ではどちらの答えも存在しているのだからあまり大きく気にする必要はないと思うのだけれど」 

 

「シュレディンガーの話をわざわざ持ってこなくても、そんなことわかっているのよ。だから推論なの。過程や、互いの事を知り尽くしていて、今までのそれなりに長い若い学生の大切な時間を互いのために使ってきた。もし、別れてしまったとすれば、この時間の返却を誰に訴えかければいいのかって、私は思うわけよ」

 憤懣やるせない、しかし返却を求めている時点で何かが違う気がしてならない。

「彼氏が浮気をしているだとか、セックスに不満があるとか、そういうことの過程ということ?」

 昨日テレビでやっていた、世間の女性の困ったことランキングに彼女を当てはめて二つほど出してみたが、結果として丸めた紙が僕に向かって飛んできた。

 「そんな恥ずかしい事、よく店で言えるよね。まさか、もう体験済とかじゃないわよね」

 僕は右手を挙げて、結婚式で誓うような動作をした。

「神父様に誓って婚前に性行為をするようなことはありません」

「あ、そう。まあ男は簡単にできるからいいわよね。女の子は準備が必要だってのに」

簡単にできるかどうかについては、後ほど詳しく審議する必要性があるが、それでも彼女の肩の力が少し抜かれた気がして、僕は構わないだろうと彼女の横の席に座る。

「ってか、今バイト中でしょ? いいの? そんな座っちゃって」

「あと十分で仕事は終わるし、別に大丈夫。僕の代わりの人はいくらでもいるわけだし」

 肩をすくめて見せると、彼女はぽつりと何かを口にした。

「あ、ごめん。よく聞こえなかった」

丁度、店長が、チラリと二階を覗きに来て僕の顔を見たからだ。普段から神経質な性質ではあるので一瞬身構えたが、店長は僕と話しているのが、女の子だと知り驚いた表情で何かを察し、再び階下に降りて行った。

「度胸あるよね、って言ったの。けどそうやって自分を卑下するのはよくないと思うけど」

彼女は僕の視線の先に何もいないと確認しながら、再びストローをかき混ぜる。先程とは違って氷の音はせず、炭酸の泡が弾ける音が少しした。

その時、携帯が鳴り、彼女との会話が少しの間中断される。彼女はスマホに向かっていくつか相鎚を打ち、困ったように爪を噛んだりする。

本当に女の子みたいだな、と思う。いや、こんなことを言ってしまったら彼女に怒られてしまうだろうけれど。

 哲学者のように見えていたけれど、スマホで通話している彼女は「女の子」という感じがしてどことなく可憐で弱々しい存在に見えてくるから不思議だ。これも彼女の持つ一つの「顔」なのだろう。

 

氷の溶け切った飲み物を飲んでいる彼女を横目に、僕はメモ用紙とボールペンを取り出した。彼女の名前を一番上に書き、今話をしたことをまとめていく。

「何をしてるの?」

 彼女は訝しんで僕を見る。彼女は僕の癖を知らないので、そんな顔をするのだろう。

「誰に見せるってわけじゃないんだけど、こうやって紙にまとめると現実味がありそうな気がするんだよね」

 メモ用紙は、バイト用でもあったけれどここ二か月記入していないので、正直もういらない気もしてくる。癖で、僕は人の話を書き記しておく癖があった。

 その行為をよく母親や父にとがめられてはいたけれど、認知症の前触れが起こり始めていた祖父には大変喜ばれた。

「ああ、これなら覚えられる。じいちゃんな、最近すぐ忘れちまうんだ。優斗が来てくれても、ごはんを食べたかもわすれちまう。けど、こうやって優斗が書いておいてくれるからこそ、俺も覚えてられるし、優斗は賢い子だ。いつかは、じいちゃんよりもすげえことするんじゃないかのう」

初期の頃こそまだこんな会話ができていたが、じいちゃんはその数年後に家族のことすらもわからなくなり、父親の手で介護施設に送られた。

 「現実味、か。私いつも思うけど海外とかだとパソコンで授業を受けているのにどうして日本だと手書きで書くのかしら」

 さして興味なさそうに彼女は言い、僕の書いたメモを指で弾いた。

「ただの発育の問題だと思うけどね。それに、海外でだってパソコン以外にノートとかレポートは手書きでとかってあるはずだし」

 「なんだか、見てきたかのようにいうのね」

「実は昔、海外に住んでいたことがあるんだ。叔父の家で息子のアレンのレポートを手伝ったことがあってね」

 昔から僕には、話の流れに冗談を交えて話す癖みたいなものがあった。それをあまり人に話したことはないけれど、ほとんど初対面の彼女は知る由もない。

「それ、本当?」

 僕が黙っているのをみて、彼女はそれが冗談だとわかったらしい。一瞬訝しんだ後、クスクスと笑いだした。

「ついでにバーでお酒でも頼んだ? 小説の話みたいに」

 「東洋人は幼い顔に見られがちだからね。口説き落とすのに時間がかかったよ」

 僕のその声に、彼女は落ち着いた様子で、体制を整え、顔に肘をついた。

なんだか教室にいる時と同じような感覚が僕の中に沸き上がり、思わず周りを見渡した。

 そこは、僕のバイト先のファーストフード店で、彼女と僕しかそこにはいなかった。窓の外ではいつも通りの世界がそこには広がっていた。人々はスマートフォンを凝視し、歩き続けていた。誰も、前を見ていなかった。

 そんな最中で、僕らはちっぽけにも、ファーストフード店の二階にいた。哲学者の彼女はその場で彼氏の事を考えていたし、僕は僕で海の中に沈んでいる僕を想像していた。僕らは、どうしようもなく、世界に対して無力なままだ。

「それで、私はこれからどうするべきだと思う?」

 

僕は窓の外から目を離し、彼女をみた。

「それは誰よりも、君自身が知っていることだと、僕は思うよ」


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