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夏秋ヲ結エル月兎 第1幕 ―小説版― 【結月ゆかり】

2014/02/10 23:26 投稿

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 今日は7月7日。七夕です。

「あっちぃ……」

 そんな日にマスターはベッドに横になってダレています。服も半そで、短パンとだらしない恰好です。

(全く、困った人ですね……)

 私はPCに備え付けられているカメラでマスターの姿を見てため息を吐きました。

 あ、自己紹介が遅れました。私の名前は結月ゆかり。VOICEROIDです。

 私がこのPCにインストールされてから早半年。マスターは毎日、私を喋らせて遊んでいます。暇な人ですね。

 多分、ほとんどの人がどうして私に意識があるのか気になっていると思いますが、理由は簡単です。奇跡が起きたのです。

 私が目を覚ました時にはもう、このPCの中にいました。その時、わかっていたことは自分がVOICEROIDだと言うこと。そして、マスターがマスターであること。カメラを使えば外の様子がある程度、わかるということでした。最後にこのPCにインストールされているVOCALOIDも意識があり、私と共有しているということ。まぁ、簡単に言ってしまえばVOICEROID の私もVOCALOIDの私も私であるということです。

 こうやって、意識はありますが勝手に動くことはできません。喋ることもできませんし、PCの電源が落ちたら私も眠りにつきます。

(マスター、PCの電源付けっぱなしで何をしてるのでしょうか?)

 きっと、PCを付けたことすら忘れていると思われます。よくありますから。

「あーあ……いいこと、ないかなー」

 マスターが誰にともなく、そう呟きました。どうやら、平和な日々に退屈しているようです。マスターは中二病ですからわかります。

(私にもよく、変なこと喋らせますからね……痛いことから、そ、その恥ずかしいことまで……)

 私がその単語を喋ればマスターは気持ち悪い笑みを浮かべます。私でも引くほどです。

「あ、そう言えば……今日、七夕か」

 体を起こして、カレンダーを見ながらマスターがまた独り言を言います。

(七夕って確か、笹に願いを書いた短冊を飾ったりするお祭りですよね?)

「暇だし、飾るか……」

 マスターはベッドから降りてどこかに行ってしまいます。丁度、カメラの死角になっており見えません。

「よっと……さて、次に短冊か。まぁ、適当な紙を長方形に切ればいいな」

 マスターはPCが乗った机に近づいて来て、引き出しの中からハサミを取り出します。そして、ちょきちょきと自作短冊を作成しました。

「願い事は……よし」

 ボールペンで短冊に願い事を書いたようでマスターは満足げに頷きます。

(み、見えない……)

 マスターの身体が邪魔で短冊に書かれた願い事は見えませんでした。

「ゆかりさん、ちょっと手伝ってね」

 笹に短冊を飾った後、マスターはPCの前に来てキーボードで何かを打ち込みます。どうやら、願い事を私に喋らせるようです。

「これでよし。じゃあ、同時に行こう」

 因みにマスターは私に意識があることを知りません。でも、いつも私に向かって話しかけて来てくれます。傍から見たら痛い子ですが、私はとても嬉しいです。

 マスターはいつもの気持ち悪い笑みを浮かべながら再生ボタンを押しました。

「「ゆかりさんと一緒に楽しい夏を過ごせますように」」

(それが願い事?)

 私は喋り終わった後すぐに呆けてしまいました。まさか、マスターがそんな願い事をするとは思わなかったからです。

「……うん、満足満足♪」

 マスターは何故か、優しい笑顔を浮かべてそう言いました。その笑顔はいつもの気持ち悪い笑みではなく、まるで愛する人を見るような笑みでした。

(ま、マスター……)

 マスターの顔を見ることができなくて、カメラの電源を切ります。きっと、生身の体なら赤面していると思います。

(この状況を見た人は『恋愛フラグktkr』とか『キマシタワー』とか思うのでしょうが……)

「デュフフ……ああ、ゆかりさんと夏祭り行きたいなぁ!!」

 そのフラグを折るのがマスターです。もう、幻滅です。死んでもいいと思ってしまいます。

(何で、こんな人がマスター何でしょう……)

 カメラの電源が切れているのでマスターの表情は見えませんが、いつもより気持ち悪い笑みを浮かべているに決まっています。

「じゃあ、今日はそろそろ寝ようかな」

 時刻は午後9時です。言っておきますが、マスターは二十歳を超えた男です。社会人です。でも、ニートではありませんので安心してください。

「おやすみなさい、ゆかりさん」

(……おやすみなさい、マスター)

 一方的な挨拶を交わした後、マスターがPCの電源を消して私は眠りにつきました。







(何だ?)

 何だが、いつもと違うような気がする。俺は寝惚けた頭でそう感じた。

 ベッドが小さくなったような――いや、ベッドが狭い?

「ん、んん?」

 目を開けて状況を確認する。時刻は午前5時半。いつもより30分ほど早い起床。体を起こしてキョロキョロと部屋を見渡してもいつも通り。

「さむっ」

 そして、俺の隣で寝ている結月ゆかりさんがそう呟いた。きっと、俺が体を起こした時に布団がずれてしまったのだろう。

「おっとっと」

 急いでゆかりさんに布団をかけ直し、ベッドを降りてPCを付ける。まず、朝起きたらやることはゆかりさんとの挨拶だ。

「……ん?」

 PCが起動するのを待っていると何かいつもと違ったことがあったこと気付く。

 振り返るとゆかりさんがベッドでスヤスヤと寝ていた。うん、可愛い。いや、綺麗だ。

(……いやいや、ちょっと待って)

 目を擦ってもう一度、見る。やはり、ゆかりさんだった。

「え、ええええ!?」

 見た目は二次元ではなく、三次元だ。ゆかりさんが二次元から三次元に現れた姿と説明されれば納得してしまうほどゆかりさんに似ている。

(待って、ちょっと待って! 何で、何で!?)

 パニックに陥り、あたふたしているとゆかりさんが欠伸をしながら体を起こした。

「あ、マスター……おはようございます」

「お、おはようございます」

 思わず、返事をしてしまった。

「あれ? いつもの気持ち悪い笑みじゃない?」

 めちゃくちゃ失礼なことを言われた。その場で体育座りしてしまうほどの精神的ダメージを受けた。

「……あれ?」

 その時、ゆかりさんが自分の体をペタペタと触り始める。ツヤツヤの紫色の髪。華奢な体。そして、ペッタンコの胸。

「今、何を考えたんですか?」

「え? いや、ゆかりさんってやっぱりペッタンk――」

「成敗ッ!」

「ごふっ……」

 ゆかりさんの鉄拳を喰らってその場で悶える。

「全く、マスターは困った人ですね……」

 ため息を吐きながらゆかりさん。

「あは、あはは……」

 確かにかなり失礼なことを言ったと思う。反省だ。

「さてと……とりあえず、この状況を確認してみましょうか?」

「う、うん」

「VOICEROIDである私が何故か、三次元に召喚された」

「……終わり?」

 あまりの短さに質問してしまった。

「だって、それしか言えないじゃないですか」

「そうだけど……えっと、ゆかりさんは自分のこと、VOICEROIDって知ってるの?」

「はい。それとVOCALOIDでもあります」

 つまり、このゆかりさんは2つのソフトが合体して三次元に召喚されたのだろう。

「後、マスターのことも知っています」

「俺のことも?」

「毎日、喋らされていましたし、見ていましたから」

「……ちょっと待って」

 少し整理したい。ゆかりさんの言うことが本当ならばPCの中にいた頃から自我があったことになる。でも、ゆかりさんの声は人間に近くても所詮、機械。自我を持つわけがない

「マスターの言いたい事はわかります。ですが、私も何故、PCの中にいた頃から意識があったのかわからないのです。自分では奇跡が起こったと思っています」

 さすが半年間、毎日会話して来ただけあって俺のことを知り尽くしている。

「ゆかりさんに自我があったことは、認める。けど、何で三次元に?」

「……もしかしたら、昨日の短冊じゃ?」

「あっ!?」

 そうだった。昨日、寝る前に短冊にお願いしたのだ。『ゆかりさんと一緒に楽しい夏を過ごせますように』と。

「で、でも! あれは今までと同じようにゆかりさんと一緒に平和に暮らしていきたいってことで……」

「それを神様が勘違いして私を三次元に召喚した」

 ゆかりさんは真剣な眼差しで俺の目を見ながら断言する。

 あり得ない。しかし、目の前で喋っている美少女は作り物なのではなく、れっきとした本物。そう、本物。本物。

「ゆかりさん」

「何でしょうか?」

「体、触ってもいいですか?」

「殺しますよ?」

「すみませんでした」

 おっと、思わず欲望が出てしまった。土下座をしながら反省する。

「マスターが変態なのは知っていますので今さらですが、そんなことばかりしていると女の子に嫌われますよ?」

「大丈夫! 俺に女の子の知り合いってゆかりさんしかいないから!」

「じゃあ、嫌いになります」

「すみませんでした」

 うん、気を付けよう。

「はぁ……マスター、時間は大丈夫ですか?」

「え? あっ!?」

 ゆかりさんと楽しくお喋りしていたらとっくに朝ごはんを食べ終わっている時間だった。今から用意しても間に合わないだろう。

(仕方ない、今日は朝ごはん抜きか……)

 朝から食べないと力が入らないが、遅刻するよりはマシだ。

「マスターは仕事の準備を。私が朝ごはんを作りますので」

「え?」

「だって、マスターが遅刻しそうなのは私のせいでもありますから」

「いや、でも……」

「ほら、急いでください。時間がありません。冷蔵庫の中の物、勝手に使いますね」

 そう言って、ゆかりさんはキッチンの方へ歩いて行った。

(PCの中にいたのに料理なんて出来るのかな?)

 そう思ったので止めようとしたのだが、ゆかりさんの手料理を食べるチャンスなど一生無いと思っていたので黙って仕事の準備を始めた。

「……」

「さ、どうぞ」

「……いただきます」

 メニューは白米のみでした。






 私が三次元に召喚されてから早3日が経ちました。その中でわかったことをいくつか紹介しましょう。

 まずは私の身体について。

 お腹は空くし、睡魔にも襲われるので本当に人間の体になってしまったようです。初めてご飯を食べた時は感動しました。

 ですが、問題も発生しています。その一つに私が着る服が一着しかなかったことです。初日はそんなことを考えず、洗濯してしまったのでお風呂から上がった私は絶望しました。お風呂も初体験だったので着替えのことを忘れていたのです。

 私はマスターを呼びました。そう、呼んでしまったのです。まぁ、皆さんもお気づきだと思いますが、見られました。バスタオルの巻き方すら知りませんでしたから全てを見られました。

 マスターもわざとではなかったようで私が洗濯機の使い方がわからなくて呼んだと思ったらしくドアを開けて顔を真っ赤にしてドアを閉めました。あんな恥ずかしいことを言わせるくせに初心なようです。もちろん、殴っておきました。

 次にマスターの生活です。

 今まではマスターが起きる時間は午前6時。起きてすぐPCの電源を付け、それから顔を洗って朝ごはんの支度をします。ご飯の支度が終わって食べた後、私のソフトを起動して数十分ほど会話と言う名の気持ち悪い行為をして歯を磨いて仕事に向かいます。

 そして、私が三次元に召喚されてからは少しだけ変わりました。

 起きる時間は変わりませんが、PCを付けません。本当に私と会話と言う名の気持ち悪い行為をするために起動していたのですね。朝ごはんは私の分も作ってくれます。美味しいです。その後、私と数十分ほど会話と言う名の普通のお喋りをして歯を磨いて仕事に向かいます。

 まぁ、簡単に言ってしまえば会話が気持ち悪くなくなっただけですね。

 最後に私をどうするか。

 マスターは一人暮らし。両親は田舎にいてマスターの家から電車やバスなど乗り継いで10時間ほどで着くらしいです。そのため、私のことは秘密にしておくことにしました。変に心配させる事もありませんし、説明も出来ないからです。

 更にマスターは私に『外に出ちゃ駄目だ』と言いました。理由は言ってくれませんでした。

「……暇ですね」

 時計は午後3時を指しています。マスターはいつも通り、仕事に行っています。その間、私が家事をしていますが、全て終わらせてしまいました。

(どうしましょうか?)

 腕を組んで悩んでいるとふと、窓から外が見えました。

「……まぁ、ちょっとだけなら」

 やはり、三次元に召喚されたからには外に出てみたい。風や太陽の光、空気の匂いを感じてみたい。そんな衝動に駆られました。

 早速、マスターに借りたジャージを脱いでいつもの服に着替えます。姿鏡で身だしなみを整えて玄関に向かいました。

「あ、靴……」

 そう言えば、靴がありません。仕方ないのでマスターのスニーカーを履くことにします。

「うわ、ぶかぶか」

 こうしてみるとマスターが男の人だと実感してしまいます。

(今、思ったけど私、結構危ないのでは?)

 ソフトでもちゃんと常識は頭の中に入っています。年頃の女の子が男の部屋で寝泊まりするなどいつ、間違いが起きてもわかりません。

(マスター、そう言う素振り見せてませんが、実際どうなんでしょう?)

 ベッドを使わせてくれますし、初日のこともあってお風呂の時はいつも家の近くにあるらしいコンビニに行きます。これはマスターだけなのでしょうか? それとも、世の中の男性全てがマスターのような人ばかりなのでしょうか? 常識があると言ってもそこまではわかりませんでした。

「じゃあ、行きますか!」

 自然と頬が緩んでしまいます。それだけ嬉しいのでしょう。靴ひもをギュッと結び、玄関のドアを開けようとしますが、鍵をどうするか考えていませんでした。

(えっと、確か……)

 靴を脱いで部屋に戻り、PCが置いてある机の引き出しを開けます。そこには私のVOICEROIDソフトが入ったケースとVOCALOIDソフトが入ったケースがありました。すぐにケースを開けます。VOICEROIDケースには鍵が、VOCALOIDケースには少しだけお金が入っていました。前、カメラの前でケースに入れているのを見たのです。

(鍵はともかく、何でお金まで入れたのでしょうか?)

 マスターが帰って来たら聞いてみましょう。鍵とお金をパーカーのポケットに入れて、靴を履いてから玄関のドアを開けます。

「あ……」

 外に出ると生ぬるい風が私の頬を撫でました。でも、不思議と気持ち悪くありません。いや、それ以上に生きていると言う実感が湧き上がって来てとても嬉しくなりました。

(これが、人間なんですね……)

 玄関の鍵を閉めて太陽の光の下に立ちます。夏なので日差しが厳しいですが、私は気にしません。だって、これが生きていると言うことなのですから。

「♪」

 私は意気揚々と散歩を始めました。私にとって全てが初めての体験。それが嬉しくて、嬉しくてたまりませんでしたから。




「ただいまー」

 今日はいつもより早く仕事が終わった。いつもなら午後6時にならないと家に帰れないのに今の時刻は午後5時。1時間も早く帰られた。早く、ゆかりさんとお話がしたくて超特急で帰って来たのだ。

「ゆかりさーん? どこー?」

 しかし、部屋のどこにもゆかりさんの姿はない。お風呂場も探したが、いなかった。

「どこに行ったんだ?」

 首を傾げているとPCの前に二つのケースが置いてあるのに気付いた。そう、VOICEROIDソフトが入ったケースとVOCALOIDソフトが入ったケースだ。

「っ!? ゆかりさん!!」

 それを見てゆかりさんが外に出たとわかった俺は玄関を飛び出した。






「あー、気持ちいい」

 公園のブランコに座って伸びをして私は呟いてしまいます。マスターの独り言が移ってしまったのかもしれません。でも、嫌ではありませんでした。だって、それほど私が今、幸せだと思っているということですから。

(PCの中にいた時はまさか、こんなこと体験ができるなんて思いもしませんでした……)

 人間はこんなに素晴らしい世界で生きている、ということに思わず嫉妬してしまいます。PCの中は身動きが取れず、息が詰まってしまいますので。

「あーあ……私も人間だったらなぁ」

 人、犬、猫。

 車、自転車、バイク。

 ビル、家、お店。

 水、風、光。

 その全てがキラキラ輝いていて眩しかったのが印象的でした。後、少しのお金で買ったコンビニのパンが意外に美味しくてびっくりしました。

「あれ? 君、一人?」

「え?」

 考え事をしているといつの間にか目の前に数人の男性がいました。

「だから、君一人なの?」

「え、ええ……そうですけど?」

 私がそう言うと声をかけて来た男性の方がニッコリと笑いました。

(何か、怖いです……)

 表面上は親しみやすい笑顔ですが、その奥に黒い何かが見えたような気がします。

「なら、俺たちと遊ばない? 奢るよ?」

「え、えっと……」

「君、可愛い声だね。名前は?」

「ゆ、ゆかりです」

「いい名前だね。じゃあ、いこっか」

 そう言って男性の方は私の腕を掴みました。

「ちょ、ちょっと!」

 まだ、承諾していないのに勝手に遊ぶことになっています。

「大丈夫大丈夫。怖くないから」

「そう言うことではなくて!」

 言い訳しようにも掴まれた腕が痛くて言葉が続きません。

(こ、怖い……助けて)

 人間の世界は素晴らしいものでした。ですが、人間になってからまだ3日しか経っていない私が人間の世界の全てを知ることなどできるはずもありません。

 今、私は人間の世界の怖い所を見ているのです。目の前の男たちの目は笑っていませんでした。いえ、ドス黒い何かがグルグルと渦巻いているように見えます。

 怖い、怖い、怖い。

 ただ、それだけしか感じられません。目から涙が零れてしまいました。それでも男は腕を離しません。本当に――怖い。

「だ、誰か……」

 PCにいた時はハキハキと喋れていたのに今は掠れた声しか出ません。それが情けなくて目から次々と涙が溢れて来ます。

(マスター、助けてッ!)

 そう、頭の中で叫んだ時でした。

「おい」

「あ?」「え?」

 声が聞こえた方を見ると男たちの後ろに息を荒くしたマスターが立っていました。

(ま、マスター!)

「その子、俺の身内だからさ? 離してくれないかな?」

 マスターは息を整えると男たちに向かってそう言います。

「ああ、お兄さんでしたか? いいじゃないですか、ちょっとくらい」

 ですが、男たちは腕を離すどころか私の身体を引き寄せます。

「きゃあっ」

 あまりにも乱暴だったので悲鳴を上げてしまいました。

「……その子を離せって言ってんだよ」

 それを見たマスターは男たちを睨んでもう一度、同じことを言いました。

「っ……」

 こんなマスターを見たことがありません。その目はとても鋭くそれだけで私の身体が引き裂かれそうなほど攻撃的でした。

「くっ……行くぞ」

 男もマスターの目を見て怖気づいたのか他の男たちを連れて公園を出て行きます。その後すぐ、私は恐怖と安心で思わず、その場にへたり込んでしまいました。

「ゆかりさん! 大丈夫!?」

 マスターがすぐに駆け付けてくれて体を支えてくれます。

「ま、マスター……私、私……」

 謝りたかった。ただ、謝りたかった。でも、体が言うことを聞いてくれません。謝罪の言葉ではなく、涙と嗚咽しか出ませんでした。

「大丈夫。もう、大丈夫だから。家に帰ろう?」

 私の目を見て笑うマスターの目はとても優しく、柔らかかったです。先ほどの攻撃的な目の陰などどこにもありませんでした。

「は、はい……あ、靴」

「え? あ」

 マスターの足元を見ると靴下のままでした。

「あ、あはは。慌ててたから」

 苦笑いで誤魔化すマスターでしたが、恥ずかしさから少しだけ頬が紅くなっています。

「マスター」

「何?」

「助けてくれてありがとうございます」

 そして、私を買ってくれてありがとう。私を喋らせてくれてありがとう。私を歌わせてくれてありがとう。一緒に暮らしてくれてありがとう。

 そんな気持ちを一つに込めた『お礼』でした。

「……どういたしまして」

 マスターは笑顔で頷いてくれました。

(人間の世界は良いところもあれば悪いところもあるんですね……)

 そのことに気付けただけで私は十分です。それに私にはこんなに優しいマスターがいますから、これ以上の幸せはないと思います。

「あ、ゆかりさん」

 並んで家に帰っている途中、マスターが声をかけて来ます。

「はい、何でしょう?」

「少し先の話だけどさ? 夏祭り行かない?」

「夏祭り、ですか?」

「うん、8月の始めにあるんだけど……どう?」

 きっと、マスターは今日、私が怖い思いをしたから外に出たくなくなったのではと考えているようです。

「夏祭りってマスターも行きますか?」

「え? そりゃ、ゆかりさんが行くなら俺も一緒に行くつもりだけど……」

「なら、大丈夫です。マスターが一緒ならまた、守ってくれますから」

 確かに外の世界には怖い事もありますが、マスターが一緒なら私は安心して世界の良いところを見ることができます。

「っ!? う、うん……」

 マスターは頬を掻きながらそっぽを向いてしまいます。きっと、照れているのでしょう。

「夏祭り、楽しみですね」

「そうだね。あ、ゆかりさんの浴衣、買わないと」

「え?」

「だって、祭りと言えば浴衣でしょ?」

「そうですが、本当にいいのですか?」

 マスターの仕事はさほど給料のいい仕事ではなかったはずです。浴衣は高いものだと諭吉さんが何人も必要になります。

「俺が見たいからいいの」

「え、えっと……」

「ゆかりさんに似合いそうな浴衣……うん、月と兎が刺しゅうされた浴衣とかどうかな?」

「……いいですね!」

 楽しそうに話すマスターにもう、遠慮するとは言えませんでした。それに、私も浴衣を着てみたいと思いました。今から、夏祭りが楽しみです。














































「どう、ですか?」

 少しだけ照れながらゆかりさんがその場でターンをする。

「す、すごく似合ってるよ……うん、綺麗だ」

 今日は8月5日。夏祭りの日。ゆかりさんが三次元に召喚されてから約1か月が経った。

「そんなに、直球で言わなくても……」

 思わず、思った事をそのまま言ってしまったのでゆかりさんが頬を朱に染めて言う。

「あ、ゴメン……でも、似合ってるよ」

「ありがとうございます。では、そろそろ行きますか」

「そうだね」

 時計を見れば午後5時半。祭りの会場はここから歩いて20分のところなので今から出れば花火大会の時間である7時までに屋台でお腹を満たせるだろう。

「マスター、行きましょう」

 ゆかりさんは笑顔で花輪を履いて玄関のドアノブに手をかける。とても楽しそうだ。1か月前に起きたナンパ事件のことはもう、引き摺っていないらしい。

「そんなに急がなくても大丈夫だって」

「いえ、この時間に出れば混む前に屋台で食事ができます」

「なるほど……」

 確かに屋台が混んでいるとゆかりさんとはぐれる可能性がある。もちろん、ゆかりさんは携帯を持っていないので連絡手段がない。はぐれたら終わりだ。

「……あ、いいことを思い付きました」

 俺と同じことを考えていたのかゆかりさんが何か、閃いたらしい。

「マスター、こっち来てください」

 手招きして俺を呼ぶゆかりさん。

「何?」

 靴を履いてゆかりさんの前に立つ。

「手」

「手?」

 自分の手を見る。汚くないはずだが、見落としていたのだろうか。

「こうですよ」

 そう言ってゆかりさんが俺の手を掴んだ。握手ではなく、恋人がするような繋ぎ方。

「っ!?」

「こ、こうすれば、はぐれませんよ?」

 身長差のせいで俺を見上げてそう言ってのける。その上目使いに俺の心臓は爆発しそうなほど、鼓動を打っていた。

「マスター、行きましょう」

「う、うん……」

 俺もゆかりさんも顔を真っ赤にしながら玄関を出る。



「うわぁ!」

 祭り会場に着くとまだ6時前だというのに賑わっていた。ゆかりさんも目をキラキラさせてキョロキョロと辺りを見渡している。

「ゆかりさん、どうする?」

「え、えっとですね! まずはたこ焼きと焼きそばの濃い物で、その後に射的などの遊戯。そして、綿あめとりんご飴がいいです!」

 ここまで無邪気なゆかりさんを見たのは初めてだ。

「じゃあ、たこ焼きから行こう」

「はい!」

 ニコニコ笑いながらゆかりさんが歩き始める。手はまだ繋いだままなので俺も並んで歩く。

「あ、たこ焼きありましたよ!」

「お、丁度並んでないね」

 ゆかりさんの言う通り、まだ6時なので混んでいなかった。

「まずは一つ目ですね!」

「順調だね。あ、今食べる? それとも焼きそば買ってから?」

「そうですね……焼きそばを買ってからどこかに座って食べましょう」

 それからすぐに焼きそばを売っている屋台を見つけ、買うことに成功する。屋台が密集している通りを外れ、適当な場所に座った。

「じゃあ、食べましょう。いただきます」

「いただきます」

 まず、俺はゆかりさんが手に持っていたたこ焼きから食べようとする。しかし――。

「……ゆかりさん?」

「何でしょう?」

「手、離さないの?」

 俺たちの手はまだ、繋いだままだった。

「……嫌です」

 まさか、拒否されるとは思わなかったので面を喰らってしまう。どうしようかと目を泳がせているとゆかりさんの足が微かに震えているのが見えた。

(そっか……まだ、怖いんだ)

 だから、こうやって俺と手を繋いで気持ちを落ち着かせているのだ。でも、離したら――。

「ゆかりさん」

「な、何でしょう?」

「はい」

 ゆかりさんが手に持っていたパックからたこ焼きを爪楊枝で持ち上げてゆかりさんの口元に差し出す。

「え?」

「ほら、食べて」

「ど、どうしてですか?」

「パックを持ったままだと食べられないだろ?」

「う、うん……」

 おそるおそるたこ焼きにかぶりつくゆかりさんだったが、たこ焼きが熱かったようで口をパクパクし始めた。

「あ、あふ……」

 ハフハフしているゆかりさんを見て思わず、笑ってしまう。

「んぐ……わ、笑わなくたっていいじゃないですか。ほら、マスターも」

 たこ焼きが入ったパックを置いて爪楊枝を使ってたこ焼きを俺の方へ突き出す。

「へ?」

「あーん」

「……あーん」

 たこ焼きを口に含む。少しだけ齧ると口の中が熱で支配された。

「あふ、あふあふ……」

「ふふふ、マスター面白い顔ですよ」

 クスクスとゆかりさんは笑みを浮かべる。その顔を見られるなら口の中に火傷を負うのも悪くない。




「マスター、あれは何でしょう?」

 射的、金魚すくいで遊んで歩いているとゆかりさんが何かを発見したようで指を指した。

「カラオケ大会?」

 それはカラオケ大会の案内が書かれた看板だった。開始時刻は午後6時半で飛び入り参加も受け付けているようだ。

「カラオケって確か、誰でも気軽に歌える施設でしたよね?」

「うん、それをあそこの会場でやるみたいだね。まぁ、一人一曲みたいだけど」

「……私、出たいです」

「え、えええ!?」

 突然すぎて驚いてしまった。でも、ゆかりさんの目は本気だと言っている。

「この大会って壇上の上で一人で歌わなきゃだめみたいだぞ?」

「大丈夫です。外の世界に慣れるための練習です」

「……それにカラオケに配信されている歌じゃないと駄目らしい」

「結月ゆかりの歌はいくつか配信されています」

 論破出来ない。

「わかった。あそこで受付してるみたいだから行ってみよう」

「はい」

 少し歩いて受付の人にゆかりさんが声をかける。

「えっと、カラオケ大会に出たいのですが」

「あ、はい。こちらに名前を」

 受付の人が1枚の紙とペンをゆかりさんに渡す。

「ゆかりさん、ちょっといい?」

「何でしょう?」

「そのまま、結月って書くのはマズイかもしれない」

「そう言えば、私ってVOICEROIDでしたね」

 忘れちゃ駄目なことだと思う。

「だから、ここは偽名を使うべきじゃない?」

「なるほど、ではこうしましょう」

 ゆかりさんがさらさらと紙に文字を刻む。そこには『石月 ゆかり』と書かれていた。

「まぁ、ギリギリセーフかな」

「では、これでいきましょう。マスターは客席で見ていてください」

「うん、わかった。頑張ってね」

「はい!」

 ゆかりさんは受付に、俺は客席に向かった。

(うぅ、緊張して来ました……)

 私は会場の裏で待機しています。出番までもう少しらしいです。

(でも、頑張らないといけません)

 何だか、顔が熱くなって来ました。緊張と恥ずかしさが原因です。

「石月さん、お願いします」

「は、はい!」

 係員さんに呼ばれ、舞台袖まで来ました。舞台では若い男性の方がラップ調の歌を歌っています。盛り上がる曲なので客席のボルテージは最高潮です。

「……大丈夫」

 そう、自分に言い聞かせたその時、舞台から男性が降りて行きます。出番が来ました。

 係員さんに頷いて見せて舞台に出て行きます。外は薄暗くなって来ており、スポットライトが私を照らし出しました。

「石月ゆかりです。祭りに合わない曲ですが、よかったら聴いて行ってください」

 私の声が会場に響きます。すると、客席はシーンと静まり返ってしまいます。何故、皆黙ったのか不思議に思い、客席を見渡すとマスターの姿を見つけました。

(マスター、聴いていてくださいね)

 目を閉じて深呼吸します。そして、音響さんに合図を出して口を開きました。

「恥ずかしいほどのラブソングを君に」




 ゆかりさんは歌い終わるとお辞儀をして舞台から降りた。でも、客席は無反応。いや、ゆかりさんの歌に魅了されて動けないのだ。

(やっぱり、声綺麗だ……)

 俺もその一人だった。透き通るような声音。ハキハキとした発音。痺れるようなビブラート。気持ちのいい高音。その全てが俺を硬直させた。

 だが、その魅了もいつまでも続かず、最初は疎らだった拍手もどんどん、大きくなり最後は今までで一番大きな拍手になった。

「す、すごい……」

 その光景に俺は驚いてしまう。だって、ここにいるほとんどの人がゆかりさんの歌を聞いて涙を零しているのだから。

「マスター!」

「ゆかり、さん?」

 お客さんを掻き分けて俺の傍にゆかりさんがやって来る。

「ど、どうでした……って、マスター、どうして泣いているのですか?」

「え?」

 右手の人差し指で目元を拭うと少しだけ濡れていた。

「あ、あれ? 俺も?」

「大丈夫ですか? 怪我でもしました?」

 心配そうに問いかけて来るゆかりさん。

「な、何でもないよ。それより、ここは混んでるから離れようか」

 というのは建前で周りのお客さんの視線が痛い。

「そうですね、では行きましょう」

 納得してくれたのかゆかりさんは頷いて俺の手を握る。逆効果だった。背中に嫉妬の視線がチクチク刺さる。仕方なく、足早にその場を離れた。



「人いないですね」

「ここ、穴場なんだ。あそこから花火が見えるんだよ」

時刻は午後6時50分。後10分で花火が始まる。

「マスター、どうでした? 私の歌」

「すごかったよ! 他のお客さんも魅了されてたからね!」

「“も”ってことはマスターもですか?」

「そりゃ、ゆかりさんだからね。もう、感動しちゃって泣いちゃったよ」

「あ、ありがとうございます」

 ゆかりさんは少しだけ俯きながらそう言う。褒められて照れているのかもしれない。

「あ、マスターちょっといいですか?」

「うん? 何?」

 ちょいちょいと手招きしてゆかりさんが俺を呼ぶ。何だろうと首を傾げながらゆかりさんの方へ近づく。

「マスター」

「だから、何?」

「―――」

 ゆっくりとゆかりさんが言葉を紡ぐと同時に花火が夜空に咲く。よくある女子漫画のように花火の音でゆかりさんの声が聞こえなかったとかはなく、その言葉を俺はちゃんと聞くことができた。

「そ、それって……」

「マスターがどう思うかはマスターの自由です。でも、これが私の本心ですから。後、さっきの歌に照らし合わせて考えてくださいね」

 ゆかりさんは満足げにウインクしてから花火を見始める。その横顔は花火に照らされていてとても綺麗だった。

「……綺麗だね」

「そうですね、こんなに花火が綺麗だなんて思いませんでした」

「……まぁ、そう言うことにしておこう」

「え? マスター、今何か言いました? 花火の音で聞こえませんでした」

「帰りに小さな花火セットでも買って公園でやろうかって言ったんだよ」

「あ、それいいですね! やりましょう」

 笑顔でゆかりさんが同意してくれた。何とか誤魔化せたらしい。

 それからも俺たちは夜空に何輪も咲き続ける花火を見る。手を繋ぎながら――。



 夏祭りの翌日、私は朝早くに目が覚めました。

(……嘘、ですよね?)

 夢を見ました。詳しい内容は覚えていませんが、大まかなことはわかります。

 それは私が一番知りたくなかったことでした。

「ゆかりさん?」

 ベッドの下で寝ていたマスターが起きて私を呼びました。

「す、すみません……ちょっと、怖い夢を見まして」

「怖い夢?」

 それを聞いてマスターは体を起こして私を見ます。

「……マスター」

「何?」

「今日、仕事でしたよね?」

「え? う、うん、そうだけど」

「休んで私とデートしませんか?」




 8月6日。俺は駅前で待ち合わせをしていた。相手はもちろん、ゆかりさん。今朝早く、ゆかりさんにデートに誘われたのだ。これを断る俺など俺ではない。すぐに仕事場に電話して今日、休む事を知らせた。その後、ゆかりさんに9時、ここで待ち合わせしようと提案されてこうしている。

(でも、ゆかりさん、急にどうしたんだろう?)

「お待たせしました」

 考え事していると目の前にゆかりさんがいた。服はいつものパーカーだが、少しだけ化粧をしているようでめちゃくちゃ可愛かった。

「ぜ、全然待ってないよ」

「そうですか、では行きましょう」

 微笑みながらゆかりさんは俺の手を掴む。

「……そうだね」

 今日はとことん、デートを楽しむとしよう。





「次はあそこに行きましょう」

「ちょ、ちょっとゆかりさん!」

 私はマスターの手を引っ張ってカラオケ屋に入ろうとしますが、マスターに止められてしまいました。

「どうしたんですか?」

「いや、もう午後9時だよ? そろそろ、帰らない?」

 マスターが携帯のディスプレイをこちらに見せながら言います。

「嫌です。まだ、遊び足りません」

「ゆかりさん、どうしたの? 今日、様子がおかしいけど」

「……」

「顔は笑ってるけど、なんだか悲しそうだった。何かあったの?」

 さすがはマスターです。ばれないように化粧をして、笑っていたのにばれていました。

「……マスター、聞いてください」

「何?」

「……私、今日で消えちゃうんです」

「……え?」




 家に帰って来た。俺の正面で俯いたまま、ゆかりさんはゆっくりと今日の朝に見た夢の話をしてくれる。

 その夢に神様が出て来たらしい。その神様が告げたことはたった一言。『明日、立秋だと』。

 PCで調べたが『立秋』とはその日から秋が始まる日らしい。

「マスターは願いましたよね? 『ゆかりさんと一緒に楽しい夏を過ごせますように』、と。つまり、私がこうやって三次元にいられるのは夏が終わる日――そう、秋が始まる日までなのです」

「じゃあ、ゆかりさんは……」

「はい、今日が終われば消えてしまいます」

「そ、そんな……」

 俺はゆかりさんと暮らしていてとても楽しかった。一緒にご飯を食べ、一緒に喋って、たまに喧嘩して、謝って。そんな日々が楽しくて、楽しくて仕方なかった。

「嫌だ……ゆかりさんと別れるなんて!」

「……私だって嫌です。マスターと暮らしていてとても楽しかったですから」

 ゆかりさんも俺と同じ気持ちだったようでそこだけは嬉しかった。

「マスター、怖いです。消えちゃうのが。人間じゃなくなるのが。マスターと別れちゃうのが。怖いです、怖い……」

 ゆかりさんは肩を震わせて言った。すぐさま、ゆかりさんの傍に移動し、抱き寄せる。

「マスター?」

「ゆかりさん、何かしたいことある?」

「え?」

「このまま、別れるなんて嫌だ。ゆかりさんには笑顔でいて貰いたいから」

 ギュッとゆかりさんを抱きしめて言った。

「……ありがとうございます、マスター」

 抱きしめているからゆかりさんの顔は見えないが、その後すぐ俺の肩が少しだけ濡れた。







 私が泣き止んでからマスターと一緒にテレビゲームをしたり、お料理を作ったり、お喋りしたりと楽しい時間を過ごしました。

「「……」」

 でも、それも長くは続かず、午後11時半。後、30分で秋が始まります。そのせいで私もマスターも俯いたまま、何も喋られなくなってしまいます。

「……マスター、最後に一ついいですか?」

 私が声をかけるとマスターは顔を上げて私を見ます。

「何? ゆかりさん」

「伝えたいことがありまして」

 そこで言葉を区切って深呼吸。マスターも黙って待っていてくれています。






「好きです」






「俺もゆかりさんが好きです」








「……え?」

 マスターの返事に私は思わず、聞き返してしまいます。まさか、即答されるとは思わなかったのです。

「ゆかりさん、俺は君のことが大好きです。PCにいた頃とは比べ物にならないほど、君が好きです」

「え? え、ちょ、ちょっとマスター?」






「最初の頃はゆかりさんにもセクハラしたりしてたけど、あのナンパ事件があって、君も一人の女の子なんだって実感した。多分、あの頃から俺、ゆかりさんのことが好きだったんだと思う」






 だから、マスターはあれ以来、変なことをして来なくなったのですね。でも、まだ疑問は残っています。

「PCの中にいた頃からじゃ?」

 私の問いかけをマスターは首を振って否定します。

「俺、寂しかったんだよ。友達もいないし、仕事は始めたばっかりだったから話せる人がいなかった。家に帰って来ても誰もいない。だから、俺は君を買った。少しでも寂しさを紛らわせるように」

 初めて知りました。マスターが寂しがっているなんて思いもしませんでした。だって、私と話している時は笑顔でしたから。

「ゆかりさんと一緒に暮らして来て本当に俺は幸せだった。ありがとう」

「……ずるいです」

 そんな優しい笑顔で言われたら泣いてしまいます。

「マスターばかりずるいですよ。自分の気持ちを言っちゃうなんて」

「だって、今言わなきゃ一生、言えなかったし」

「それはこっちもです。選手交代です」

 そう言って私はマスターの隣に移動して正座します。

「マスター、私は貴方のことが好きです。初恋です」

「まぁ、人間になってまだ1か月だもんね」







「茶化さないでください。最初の頃、マスターは気持ち悪くて料理が美味しくてお話していると楽しくて……そして、あのナンパ事件で助けてくれた。マスターと一緒で私はあの時、マスターが好きになったと思います」






 それと同時に私のマスターでよかったと思いました。





「マスター、私を買ってくれてありがとうございました。私と一緒に暮らしてくれてありがとうございました。私を助けてくれてありがとうございました。私を、私を好きになってくれて、ありがとうございました」





 時計を見ると11時50分でした。

「でも、お別れしなくてはいけませんね。ほら、見てみてください」

 そっと、右手をマスターに見せます。

「ゆ、ゆかりさん、その手……」

 私の手から光の粒が飛んでいます。最初は少なかったけどどんどん増えて行きます。

「マスター、最後に言わせてください。幸せになって。私を好きだと言ってくれたけど私はVOICEROID。人間ではありません。でも、マスターは人間で、これから、たくさんの出会いがあります。だから、素敵な人と幸せになってください」

「ゆかりさん……」

 マスターの目から涙が零れます。私も負けないぐらい、泣いていると思います。

「そして、ここからは私の我儘です。お願いします、私のことを忘れないで」

「忘れるわけない! 初恋の人を忘れるわけない!!」

 マスターも初恋だったのですね。嬉しいです。

「マスター、本当にありがとう。これはお礼です」

 そう言ってマスターの頬に軽くキスをします。

「ゆ、かりさん……」

「ファーストキスは取って置いてください。きっと、素敵な人が現れますから」

 私はマスターの両手を握ります。そして、お互いにおでこをくっ付けました。マスターの顔が近くてドキドキします。

「ゆかりさん、ありがとう。ありがとう」

「こちらこそ、ありがとうございました。マスター、大好きです」

「俺も、大好きだ。ゆかりさん」

 私の身体から漏れる光が一際、大きく、増えて行きます。もう、時間が残っていません。

「マスター、私はこれからも、マスターのこと、見守っています。だから、寂しくありませんよ。幸せに、暮らしてください」

 夏祭りの時にも言いましたが、私の気持ちは今から言う言葉では足りないほど大きいものです。でも、今はこれしかこの気持ちを伝えられる言葉はありません。だから、もう一度だけ言います。







「愛していますよ、マスター」










 そう言って、私は――消えました。




































「おはよう、ゆかりさん」

(おはようございます、マスター)

 あの後、私はPCに戻りました。もちろん、意識はあります。

「実は、昨日、親から電話が来たんだ」

 今日もマスターは私に話しかけて来ます。その表情は七夕前より優しく、寂しげでした。やはり、まだ引き摺っているようです。

「なんか、親戚が死んでその子供を引き取らなきゃいけないんだって」

 カメラに向かってマスターは話します。向こうからはわかりませんが、私は目と目が合ってとても嬉しいです。

「その親戚の子とは昔、何度も遊んだことがあるんだって。あまり、覚えてないけど。向こうは今、18歳だから……8歳差かな?」

(マスター、26歳だったんですね。知りませんでした)

「そ、その……親戚の子が言うにはなんか、俺の家で暮らしたいようで……俺の両親の家で暮らすと学校を転校しなくちゃいけないからって……いいかな?」

(……従妹、ですか)

 七夕前と変わったのはマスターだけではありません。私もあります。それは――。

「ああああああ!? ゆかりさん、ソフト消さないで!!」

 自分の意志でVOICEROIDソフトを強制終了できるようになりました。

(幸せになってくださいとは言いましたが、早すぎます)

 不貞腐れながらも私はソフトを起動させます。これもできるようになりました。

「で、その子が今から来るんだけど、見る? 見るなら、ソフトを消さないで」

(ふむ……ライバルの姿を見ることはいいことです)

「……ソフトを消さないってことは了解したってことだね」

 マスターが笑顔で頷くと、チャイムが鳴りました。ライバルが来たようです。

「お、来た来た。俺も顔を覚えてないから楽しみだよ」

(美人だったら、ソフトを付けたり消したりして驚かせてやります)

「いらっしゃい……え?」

 カメラには映っていませんがマスターが驚きの声を漏らすのは聞こえました。

「ちょ、ちょっといい? このカメラの前に来て」

「は、はい……」

 マスターの従妹の声が聞こえました。それは何だか、どこかで聞いたことのあるような――。

「念のために名前、教えてくれる?」

 そう言いながらマスターがPCの前に移動します。カメラはPCの横に付けられているので従妹の姿は見えました。どうやら、私に従妹の顔を見せようとしているようです。

(……え?)

「はい、今日からお世話になる。“結月 ゆかり”です」

 そこには私の姿がありました。いえ、髪の色や顔のパーツなど、少しだけ違いますが、似ています。声も同様です。

「お兄さん、お久しぶりです」

「う、うん。そうだね、ゆかりさん」

「もう、昔みたいにゆかりで良いんですよ?」

 嬉しそうに微笑むマスターの従妹の頬は紅く染まっています。マスターは驚きで気付いていないようですが、私にはわかりました。

(この子……マスターのことが)

 これはマズイです。私似の高校生従妹などマスターの好みにドストライクです。秘蔵の画像フォルダに私と女子高校生の画像がたくさん、入っていますからわかります。

(マスター、逃げて! その子、マスターが目当てですよ! きっと、昔遊んでいた時に助けて貰ったとかで淡い恋心をずっと昔から抱いていた子ですよ! マスタあああああああ!!)

 この後すぐ、私の存在が従妹にばれたり、色々とありましたがそれはまた、別のお話。





 でも、それはとても騒がしくて、





 楽しくて、





 色んな縁を結えるお話。
















あとがき


 皆さん、こんにちは。ホッシーというものです。
 『夏秋ヲ結エル月兎 第1幕』、いかがだったでしょうか?
 これは去年の9月に開催された結月祭で朗読動画として投稿した物です。
 いつかは小説版を投稿するつもりでしたが、うだうだと長引き、こんな日になってしまいました。
 何故、突然、小説版を投稿したかと言いますと、先ほど公式生放送にて、結月ゆかりさんのメジャーデビューが決定したと聞き、いてもたってもいられなくなった結果です。
 まぁ、保存していた文字をコピペするだけの簡単なお仕事だったのですが……。
 さて、女満別空港の応援キャラクターになったり、メジャーデビューが決定したり、フィギュアが発売したりと最近、ゆかりさんの名前を耳にする機会が増えて来ました。いつも、ゆかりさんの歌声は聞いていますが。
 これからも、どんどんゆかりさん関連のグッズや出来事が増えて行けばいいなと思っています。

 では、最後に告知を。

 現在、マイクラ動画を投稿しています。もし、お暇でしたら見てみてください。そして、はやれ、炭鉱婦憑きゆかり!

 更に、そろそろ第2回、結月祭が開催されそうな気配がしていますね。
 多分、今回は『春ヲ結エル月兎』みたいなテーマになりそうなので、『夏秋ヲ結エル月兎』
は投稿出来ません。
 ですが、代わりに短編の朗読動画を投稿しようかなと絶賛、執筆中でございます。
 そこで、誰か挿絵を描いてくれる人を探しています。結構、面倒な注文をすると思いますが、もし、描いてもいいよ、と思ってくれた方がいらっしゃいましたら、ツイッタ―やコミュの掲示板、生放送などで教えてください。よろしくお願いします。


 それでは、またお会いしましょう。お疲れ様でした! 

コメント

ゲスト
No.1 (2017/12/22 10:45)
良い話でしたー
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