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キズナアイ分裂騒動とけもフレ2騒動に思うこと

2019/09/03 23:17 投稿

  • タグ:
  • キズナアイ
  • Vtuber
  • けものフレンズ
  • ttps://www.nicovideo.jp/watch/sm16963796

 はいどうもー♪(挨拶)名も無きのけものフレンズです。先日のキズナアイちゃん分裂騒動を見て、何とは無しにけものフレンズを思い出したので、つらつらと吐き散らかしました。暇を持て余してしかたない方、お付き合いくださいまし。


けものフレンズが伝えようとしたこと

 けものフレンズがシリーズを通して伝えようとしていたこと、すなわち作品の「テーマ」とは何だったのでしょうか。主人公の成長、友情、多様性を認めることの大切さ、色々とあるでしょうが、その中でも最も重要なのが「命の輝き」です。
 これはアプリ版のストーリーの軸になっています。命には終わりがある。どんな大切な存在ともいずれは別れなくてはいけない。やがて全ては無に返ってしまう。合縁奇縁、一期一会。でも、だからこそ、その一瞬一瞬が美しい。それこそが命の輝きです。主人公たちは命の輝きを守るため、永遠の存在を否定します。

 このテーマは、さして珍しいものではありません。最近だとFGOなどでも見られますね。比較的ありきたりなテーマと言えるかもしれません。しかし、けものフレンズはこれらと一線を画する手法で、僕たちにこのテーマを伝えようとします。


 それは、永遠を否定するために、前作を否定すること


 アプリ版とアニメ1期が特に顕著でしょう。アプリ版でサーバルちゃんが、ミライさんが、主人公が、そしてフレンズ達が命がけで守ったパークは無残に破壊され、全てが無駄になった。サーバルちゃんは、かけがえの無い友情を育んだセーバルのことを、何も覚えていない。アプリ版の徹底否定です。
 僕はこれを知ったとき、驚愕しました。なんてストイックな作品なんだろう。子供向けのような作風に、なんて重いテーマを埋め込んだんだろう。それと同時に、とても恥ずかしくなりました。僕たちが「わ~い♪」「たのし~♪」とバカみたいに笑っていた時に、アプリ版からシリーズを追っていた先輩達は、あのアニメを腸が煮えくり返る思いで見ていたのです。先輩達の憤りは察して余りあります。きっとたつき監督がサイコパスに見えたことでしょう

 さて、その後紆余曲折あって、けものフレンズはアニメ2期がスタートしました。当然、アニメ1期と同様に前作を否定します。安易にオタクに媚びることも無く、けものフレンズはそのテーマを忠実に守り抜きました。立派です。ではそれを見たファンはどのように思ったでしょうか?


製作者には人の心が無い
製作者はキ●ガイ
たつき監督が残した金の卵を笑いながらぐじゃぐちゃに踏み潰したサイコパス


 あらゆる罵声をもって迎えられました。アプリ版からの古参ファンは、前作が否定されることをきっと知っていたでしょう。しかし、アニメ1期から入った僕たち新参のにわかには、けものフレンズのテーマが理解しきれなかったのです。

 無理もありません。僕たちは、作品の世界に惚れ込みます。その世界が永遠に続くことを望みます。ゆりかごの中で揺られるように、その世界にずっとずっと浸っていたいのです。その世界を否定され、破壊され、「これはこういうものなんだ」と言われても、戸惑うばかりでしょう。簡単には受け入れられないのが、僕たちの心情ではないでしょうか。噛み砕いて、理解するには時間がかかります。


「キズナアイ」とはどういう存在か

 僕らの親分、キズナアイちゃんは、インテリジェントなスーパーAIです。バーチャルな存在である彼女は、決まった姿も、声も持ちません。そんな彼女が、僕たち人間とコミュニケーションを取るために用意した対有機生命体コンタクト用ヒューマノイドインターフェース、それこそが僕らの知るアイちゃんのあの姿です。

 やがてアイちゃんは、僕たちともっともっと仲良くなるために、様々な可能性を模索し始めます。そして彼女は、インターフェースを増設するという結論に至りました。所謂2~4号のアイちゃんたちです。これはAIであるアイちゃんならではのコミュニケーションです。先日公式から発表された文章に出てきた「初期ボイスモデル」という言葉も、アイちゃんがどういう存在かをよく理解した、とても配慮ある表現だったと言えるでしょう。



テーマを守ること、受け入れること

 実際には、皆さん御存知の通り、アイちゃんの分裂は戸惑いを持って迎えられました。「初期ボイスモデル」という言葉も、配慮が無い言葉だと、全く逆に受け取られました。
 アイちゃんは今も昔もアイちゃんです。アイちゃんという存在、「テーマ」とでもいえる大本(設定とも言う)は、決して変わっていません。しかし、戸惑ってしまう人がいたとして、責めることはできません。以前の記事でも少し触れましたが、僕らがパーソン・ペルソナ・キャラクターを認識する過程は、そう簡単に割り切れるものではないでしょう。

 アイちゃんの分裂騒動も、けもフレ2騒動も、個別の問題などには今回触れません。ただ僕はこれらの騒動を通じて、「テーマを守ること」「テーマを伝えること」「テーマを受け入れられること」「テーマを受け入れること」、これらは簡単なことではないのだなぁと、しみじみ思うのでありました。

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