ひだまり猫のブロマガ

「聖書との出会い」と「嫌い。選民思想」

2014/12/01 14:19 投稿

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聖書に初めて出会ったのは9歳のときでした。

学生時代は聖書をよく読んでいました。
特に好んでいたのは創世記、出エジプト記、マタイ、ヨハネ、コリント、黙示録のところ^^

これまでの人生で沢山のクリスチャンに出会いました。
でも、通っていた教会(福音派)の牧師から洗礼も勧められても、「いえ、まだ」と延期し、やっと洗礼を受けたのはナント聖書に出会ってから40年も経ってから(* >ω<)=3 プー

なぜ、そんなにも年月がかかったのか……
大きな理由は3つあります(・・)b

1つは、20代のときの彼氏が食前に祈る私に、「やめろ!」と激怒したこと。
まだ信仰が薄っぺらであったため、そのときの私は神様よりも彼氏を優先しました><

2つめは、私を裏切った人がたまたまクリスチャンだったから。長いこと許せませんでした。

3つめは、私の中にあったクリスチャンのイメージが非常になんていうか……まぁ悪かったからです^^;;

常識がない、協調性がない、批判ばかり、神様には感謝するのに人間や社会には感謝しない、自分は可哀相アピール、厭世的、プライドが高い、教えたがり屋、排他的とか、選民思想など。

まだ、その頃は「人を見てばかりで神様を見ていない」状態だったんですねー。
ですから、教会もサボリが多かったです。

現在はSNSでキリスト者のグループに参加させていただいており、そのメンバーは2000人を超えます。尊敬できる方もたくさんいますが、そうではない方もいます。

それは当然!!
誰もが欠けのある普通の人間で、自分だってそう (´・ω・`)ネー


クリスチャンは未信者を神様に導く役目を持っています。それは言葉の伝道だけではありません。それぞれに与えられた賜があります。

「あなたがたがわたしを選んだのではない。わたしがあなたがたを選んだ」
(ヨハネによる福音書15章16節)

これを誤解して刷り込まれているクリスチャンは選民思想です。(選民思想はむしろユダヤ教)

最初、教会を迫害していたパウロも実は選ばれた者でした。パウロは生まれる前からイエス様の弟子として任命されることが決まっていました。
回心するまでは、あーんなことや、こーんなこともしていました。

私も洗礼を延ばし延ばしにしてきたのは自分の意志、自分で決めたことと思ってきましたが、そうではないようです。

誰がいつ信仰を持つかは神様しか知りません
信仰をもつ「時(とき)」は神様のご計画です。
イエス様は地球の全人類に呼びかけています。

クリスチャンは使命に応えるものであって、「特別に選ばれた権威ある者」ではありません。
ですから、クリスチャンが他信徒や未信徒を区別して見下してはいけないのです。

そして、もちろん、誰が天国へ行き誰が地獄へ落ちるかも神様しか知らないことです。

「互いに一つ心となり、高ぶった思いを持たず、かえって身分の低い者に順応しなさい。自分こそ知者だなどと思ってはいけません。だれに対してでも、悪に悪を報いることをせず、すべての人が良いと思うことを図りなさい。」(ローマ人への手紙12章16節)

おまけ
七つの大罪(↓カトリックの場合)
・傲慢(ルシファー) ・嫉妬 ・憤怒(サタン) ・怠惰 ・強欲 ・暴食 ・色欲

*:・。☆゚・・AMEN 。・:*:・゚'☆。


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