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五輪エンブレムの問題について、もう一つ

2015/08/30 05:45 投稿

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 この間書いた、記事に追記する形でまた書いてみようと思う。

 五輪のエンブレムの問題で、少し進展(?)があった。

 ネットで人気の扇デザインについて、選考委員の人間が酷評した。

 記事)))

 これについてはそもそも金のために練ったデザインを提出するのと、とりあえずつくってみたよと投稿された作品を同列で語る自体が愚の骨頂なんだけど。

 普通こういうものって、出す前に何度も推敲を重ねるもんだけど、ネットに投稿した方は大体第1次案、原案に色つけたくらいのもんだろ。練ってないんだよ。デザインとしてレベルが低いの当たり前だ。

 そういうものに対してわざわざ酷評したため、逆に選考委員の不審さレベルが急上昇するに至り、さらなる燃料投下になった。


また、佐野氏デザインのロゴは当初別のデザインに似ていた、と言う事実を発表。

 記事)))

 これがまたさらなる燃料投下になった。

 直近的にベルギーへの対抗だったのだろう。しかし、大きな視点で見てみると突っ込みどころがたくさんあり「余計だめじゃねぇか」と言われることになった。


 ほんとにこれ、どこまでドタバタするんでしょうね。

 もうなんか「くだらねぇなぁ」と言う気持ちがしてみてしまったのだけど、また考えていて思い当たったことがあったので、もう一つ書いておこうと思う。

 


 全員が善意と仮定してみる。

 つまり選考委員も善意で悪気があってやっているわけではない。

 もちろん、批判している側も善意だ。まぁ、加熱することで若干行きすぎると言うこともあるだろうが、何か得られるわけでもないので基本は善意だろう。

 選考委員は一個人の依頼人を相手にしたら100%どころではなく120%の仕事をするエキスパートだとしよう。


 そこでふと思ったのだけれど、今回の五輪のエンブレムはコンセプトもテーマもないんだよね。

 メインテーマとして、言葉のテーマがあってからそれをモチーフにしたデザインを募集してって言うのが普通かと思うのだけど。

 で、今回のコンセプトとかテーマとかって、エンブレムの募集要項をみてもないし、公開されていないんだよね。それ自体がおかしいのだけれど。

 もしかしたらさ、選考委員よりも上の団体というか、運営辺りから要望的なものは出されていたのかもしれない。

 公開はされていないけれど、選考時にどういったデザインを選ぶかというのは大事なことだから。基準がなければ選びようがないもの。


 で、もしかしたらなんだけど、基準は上の方から出されていたのかもしれない。公表はしていないが基準があった。もしくは、日本的会議でよくあるふわふわした感じで誰かが言った意見に軟着陸したか。どうか知らんが。

 たとえばこんな感じの、
 世界に通用し、肩を並べるデザインである。
 芸術アートの分野において先進国である事を世界に宣伝すること。

 安部さんが「クール、ジャパン」で行くという発言しているし、こういう選考基準になってもおかしくはないと思う。

 もしこの選考基準だったのならば、あの佐野氏デザインが選ばれてもおかしくはないと思う。


 あのデザインは単独で(ほかの条件は全く考慮しないで)見れば一応一級品のデザインだから。

 デザインとして過不足ない状態まで練られているから、「完成」はしている。そして世界に対して肩を並べることができるデザインだろう。

 世界というのは西洋文化圏のことだ。当然西洋文化圏の価値観にすり寄ったデザインになるわけだ。

 そして選考委員はきっちりと誠実に自分の仕事をしたと思うだろうな。もしこういう経緯ならば、誠実な仕事をしていると私も思う。


 まぁ、ダサいものはダサいんだけどね。

 何というか、バブル後期に成金が成金のために作ったホテルにありそう。バブルがはじけて閑古鳥が鳴いているホテル、廃墟になったホテルにありそうなデザインだ。



 ここで「専門性」に関する個人的な見解を。

 専門家というのはその分野において詳しい人のことを言う、というのは当然だな。

 この詳しいというのはどういうことかというと、分解能が細かいと言うことだと思う。

 どっかで読んだ逸話なんだけど、
 子供が電車の中で母親に座席を指さして「これは電車?」と聞いたっていうのがある。

 たしか、言葉の分解能に関する読み物だった気がするけど、どこで読んだのかは忘れた。


 で、専門性というのはこれと同じ事なんだと思う。

 座席、つり革、棚網と、電車の中にあるものを認識できる。それらは電車の中の、と言う括りの中にでの分解だ。
 電車という括りの中で、座席、つり革、棚網、広告など、分解して認識することができる。

 一般的に言えば、あるAと言う事象や物質などに対して、(a1,a2,a3,a4...)と切り分けることができる。さらに言えば、a1にたいして(a1'.a1'',a1''',a1''''....)と言う風に切り分けることができる。

 普通の人がAとしか認識できないところ、こうやって細かく分類することができる。こうやって細かく分解することができるようになることを、専門性を有するというのだと思う。


 で、なんだけど。

 専門家に意見は時に危険であると言うことはよく言われる。

 専門家というのはその専門ばかりに意識が集中してしまって、視野狭窄に陥っている傾向があり、そこから波及する他の分野のことが見えなくなってしまうからだ。


 人は意識に留め置くことができる事柄は3つ、多くても7つまでと言われている。

 実際に作業して処理すると言うことになると、デュアルタスク、2つが限界らしい。

 仮に順番に考えるとしても、頭に置いておける数は3~7と言うわけだ。


 なぜ専門家の意見が危険か。

 意識を向けられる事柄というのは、分解した概念にも適応されるんだ。
 意識に留め置ける事柄の数を5と仮定する。

 専門性のない一般人はAという事柄について考えるとき、他のことが頭にある状態で漠然とAについて考える。Aについてどう思うかという質問に対して(A(A,B,C,D,E))という形で思考する。

 それに対して専門家というのはAという事柄について考えるとき、(A(a1,a2,a3,a4,a5))
について考える。

 専門家は細かく考えることができるが、分解されたそれぞれが1つの事柄なのでA以外のB,C,D,Eについては意識の外に追いやってしまう。

 もし問題の根本がB,C,D,Eにあったとき専門家は見逃してしまうんだ。

 これが専門家の意見が時に危険であると言われる所以だ。

 まぁAの問題について考えずに自己の保身と利益ばかりしか考えない奴もいるけどね。


 さてもう一つ言及したいことがある。

 ネットで人気のデザインについて酷評した意見の中に、「いつからクリエイティブ後進国になったのか」という発言があった。

 この発言からするに、日本は芸術アートの分野においても先進国であるという自負があるんだろうな。

 けれど、そもそもいつから日本は芸術アートの分野で先進国になったんだろう。

 確かに日本はクリエイティブ先進国だとは思う。
 様々な技術的な工夫だとか、商品開発における改善する思考だとか、新しい何かを作っていくテクノロジーの分野では先進国だろう。

 しかし、同じクリエイティブでも芸術アートの分野で先進国だった時ってあったかな。ちょっと思いつかないのだけど。

 はっきり言わしてもらうけど、今も昔も芸術アートの分野で先進国であったことなんてないよ。


 それに、芸術アートって言うのはその国の文化やら価値観が大きく関係している。先進国も後進国もないだろう。

 芸術やアートの分野で先進国なんてないんだよ。あるのは他の先進国(欧米)の芸術やアートの傾向だろう。


 西洋の方では最近の傾向としてシンプルなデザインに向かっている。だから、もともとシンプルに簡略化したデザインを好む日本の文化が進んでいる。なんて思っているのだろうか。

 海外にもたまにいるよね、「我々がやり始めていたことをもう日本ではやっていた」的な発言をする人。それを真に受けてしまっているんだろうな。

 でも芸術だとかアートというのはさ、その国や地域の価値観や社会的倫理の先端なんだよね。今作られた芸術やアートは将来の倫理や価値につながる。こういうのってさ日々着々と成長する木の枝のようなもんだと思うんだよね。

 文化が成長するというのは枝が伸びると言うことでさ、大昔に枝分かれした枝と二度と接することがないかというとそういうわけでもないんだよね。

 実際の木を見てみればわかるけれど、枝が分かれて成長した先が再び交差するのは良くあることだ。文化の成長も似たようなものだと思う。





 西洋文化では西洋文化の倫理や価値観のなかで成長して、進んできた。そして向かう方向にたまたま日本がしていた事があったと言うことに過ぎないんだよな。

 枝が交差して接触した後にどうなるのが自然だろう。そのまま分かれて進んでいくのが自然だよね。

 西洋文化の向かう方に日本文化があったとしても、そもそものベクトルが違うんだ。

 西洋文化は日本文化を通り過ぎた後、より西洋文化らしく成長していくだろうね。

 日本の文化が西洋文化の進む先にあったとしても、それは日本が西洋文化の先を行っているというわけじゃないんだよ。

 一本の線じゃないんだから。

 バックには今まで自分たちの祖先が歩んできた歴史がある。たとえ今同じ場所にいたとしても、進む方向は違うんだよ。
 当然のことながら日本がこれから行く方向も西洋の行く方向とは違うのだ。違っていていいし、違うのが普通なんだ。

 芸術やアートの分野で先進国も後進国もないだろ。この分野において先進国であるという自負を持っているという時点で頭おかしいと思うんだが。




 海外から「クール」なんて言われて勘違いしてしまってないか。

 安部さんが海外に向けて「クール、ジャパン」を宣伝するなら、それはそれで結構なんだ。むしろ海外に日本を紹介するにはいい方法だと思う。

 けれど日本の人間がそれに踊らされては逆効果だよ。


 かっこいいという意味で「クール」なんだと思うけど、かっこいいという言葉はいくつかタイプがある。

 海外の人が日本に対して「クール」と言った場合、単純にかっこいいというわけじゃないと思うんだよ。



 良くある話でもないのだけど、たまにある話だと思うんだ。

 中学高校どちらでもいい。最初の登校日、入学式、その後の初々しい生活について思い出して欲しい。

 単純な見た目などから、あの人かっこいい、あの子かわいい、なんて言い合ってなかっただろうか。いわゆる「王子」や「マドンナ」だ。とくに女生ならすごくよくわかる話なんじゃないか。

 けれど、学校生活が長くなると一極集中していた人気が分散してくる。

 こういうときに出てくるのが表立って言われないけれど、噂のように陰で言われる「味がある」なんて言われるタイプだ。

 女の子がおそるおそるといった感じで「あの人かっこよくない?」なんて友達に言うんだ。長く一緒にいることによって魅力に気づくんだね。

 特に、自分流を持っている人なんかは後者のタイプでさ、好き嫌い分かれるけど一定のファンがつくんだ。


 で、日本に対する海外の人が言う「クール」ってさ、後者のタイプだよね。


 話を戻すけど、少し時間をおいて「かっこいい」と噂になった人は、その後の行動で二種類に分けられる。

 1つは「かっこいい」と言う噂が耳に入っても「しらねぇよ、んなこと」と全く気にしないタイプ。

 もう一つは「かっこいい」と言う噂を真に受けてしまうタイプ。こっちのタイプは噂を認識してしまうと勘違いして、一般的な「かっこいい」(と思われる)行動をしてしまうんだ。
 中学高校くらいだと、整髪料付けたり、ピアス開けてみたりかな。色気づいちゃうんだね。

 前者のタイプは結果として、噂が下火になっても一定のファンが残る。

 しかし後者の方は色気づいた行為が少しでも見えた瞬間に幻滅されるんだ。「何調子にのってんだ」「勘違いも甚だしい」「うわ、ダサ」なんてね。

 またやっかいなことに、後者のタイプは幻滅されても気づかないんだよね。
 噂話で他人の口からほめられると普通にほめられるよりもうれしいもの。そして噂程度で語られる悪評は本人の耳には入らない。だからかな。


 さらに、かっこいいなら「こんな事もやってしまうもんね」的な行動に出てしまうと最悪だよね。もちろんそういった行為は「王子」「マドンナ」的存在がやると好意的に見られることなのだけどね。

 客観的に見るとおかしいと言うことは明白なのだけど、本人はかっこいいと思っているんだよなぁ。

 それ行為自体がめちゃくちゃかっこ悪いって事に気づいていないんだ。


 なんだか最近の日本ってさ、「クールジャパン」という言葉に踊らされてないか、と思うことがある。

 世界に宣伝するのは結構。しかし、世界(他国)の価値観に合わせてしまうのは違うよなぁ。


 日本は日本らしくあるから「クール」と言われるんだ。


 日本はかっこいいだとか、進んでいるだとか、そんなことを考えている時点でかっこわるいんだよなぁ。




 実際はどうか知らないけれど、
 エンブレム選考委員に好意的な見方をするならば、彼らは彼らなりに誠実に仕事をしたとしても、選考基準がダサい場合どうしようもない。

 選考委員はそのことには気がつかない。あくまでもデザインの専門家だからね。デザインについては詳しくても、視野が狭い。

 オリンピック運営側の考え方がダサい、かっこわるい場合はどうしようもないと思うんだよな。

 選考委員はそのダサい基準から自信を持って選び出すわけだ。当然仕事には自信を持っているはずだ。

 しかし、世間の人から見るとダサいのである。

 世間の人は詳しくないからこそ広い視点で見ることができるから、他の部分の不自然さに目がつくんだ。

 その辺りが選考委員の意見と、世間の意見が食い違っている理由なんじゃないだろうか。


 まぁ、オリンピック運営委員は他にも色々犯しているしなぁ。

 競技場の問題でも国際的に恥ずかしい自体になっている。1500億でも多すぎるんだよ。
 ボランティアユニフォームもあまりのひどさに絶句するレベル。
 その上、大会テーマもない状態でエンブレム募集。このていたらく。



 本当に恥ずかしいのはオリンピック運営じゃないかな。根本的に運営がひどすぎる。考え方がそもそもおかしいんだ。


 と言うことにすれば、エンブレム選考委員は責任逃れにできるかなぁ。
 これ書いているとき、修正案が出て、さらなるパクリが指摘されて、もうどうしようもないところまで来てしまった、様な気もしないでもないが。


 とりあえず、流行に乗って私もエンブレム考えてみたよ。

 是非オリンピック運営につけていただきたい。





コメント

yoppei1900
No.1 (2015/12/12 18:27)
http://bylines.news.yahoo.co.jp/takayukifukatsu/20150907-00049112/
とりあえずこれ↑でも読んでみたら?
えいめ
No.2 (2016/03/26 16:54)
刀剣乱舞は企画書段階から艦これを無断コピーしており、社内のマナーも保てないどころか(ここまでなら社内の揉め事程度で済むが)外部版権を100以上盗用している犯罪ゲーム(ユーザーから散々指摘されても無視を貫き、権利者から苦情が来てやっと重い腰を上げた。)しかも刀剣乱舞運営はこの件により騒がせた事を簡単に謝罪したのみに留まり、盗作の件については「下請けがすんませんでした!」と丸投げしている。(ニトロプラスが悪いと言っている)そしてその下請けは「新人がすんませんでした!」などとうんこの投げ合いになっていた。とにかく火消しを行いたい刀剣乱舞運営は、この重大問題に対し、刀剣乱舞舞台化!刀剣乱舞アニメ化!などと宣伝して無かった事にしようとしているが、はっきり言って消火活動どころかガソリンを撒いている始末。同じDMMだからとかの問題ではない。外部版権に手を出しているので完全にアウト。

詳細はこちら

全ての始まり→http://hamusoku.com/archives/8700212.html

炎上時→http://blog.livedoor.jp/chihhylove/archives/8890794.html

動画→http://www.nicovideo.jp/watch/sm26502793
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