2時間サスペンスドラマ        2020年問題対策本部

山村美沙シリーズの今後を考える(1)

2013/09/14 01:10 投稿

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こんばんは。はつおです。この記事を目にされた方、犬にかまれたと思ってどうかご容赦を(´・ω・)

さて先日。「考察にあたる理由」を序論と位置付け、比較的情愛を薄めにして書いてみましたがいかがだったでしょうか?言い回しが面倒くさい、は自覚しています。今回は本論、「山村美沙シリーズを2020年問題を乗り越えるにはどうしたら良いのか?」を具体的に考えてみたいと思います。これからは本論しか続きません。すんません。

閑話休題。

それはさて置き。
今回考察したいのは、あくまでも2時間サスペンスの生き残り。山村先生の書かれた京都を題材にしたミステリーはきっと多分、需要はあるに違いないと私は思うのです。
で、改めて読み始めました。現在は「京都茶道家元殺人事件」。キャサリンシリーズでも1位2位を争う代表作ではないでしょうか?個人的には「百人一首殺人事件」が1位ですが。

で残念なお知らせ。
この作品の中で重要参考人のアリバイ確認に、自動車電話の基地局によるアリバイが確定する文面が記されていました。当時としては納得のいくアリバイ確認だったかもしれませんが、現在はすべて携帯電話。アイフォンなら海外からかけても、携帯にかけるだけなら料金はさて置き、電話帳に記載されている電話番号から自動的にかけられる仕組みになっています。となると、今同じことを携帯からするとアリバイと認定してくれないのかしら?とちょと不安になったりもしました。つまり、今の私が読んでアリバイ工作やトリック崩しが若干古いことが判明しました。

では今の日本において、ミステリーに関する古典は受け入れられない土壌であるのか?と問えば、それは否であります。日本ミステリードラマとしての代表作と言えば横溝正史氏の金田一耕介シリーズです。このシリーズのように、時代が戦後すぐの1950年周辺から1970年代であっても、日本のミステリードラマ界ではすでに古典として定着しています。わかりやすく言うと、金田一耕介シリーズはテレビ文化における「忠臣蔵」であると言っても過言ではないと思います。ではその扱いはどういうものかと言いますと「ストーリーの変更は不可、でもキャストは時代に合わせるよ!」なのです。監督や脚本家、演技者がどう変わろうとも、加えて多少のストーリーが変わろうとも、ビクともしない重厚な作りとして確固たる地位を築いた作品こそ、ミステリードラマ界における古典作品なのであります。ちなみにこのテリトリーに入れるのは2013年現在「横溝正史、江戸川乱歩」くらいだと私は認識しています。むしろ演者の違いを楽しめ、くらいの勢いですね。

しかし山村先生シリーズはそうはいきません。
まず描かれている時代が1980年代から90年代にかけてと、日本がバブルで華やかになっていく頃が舞台、つまりそんなに昔ではないという事が、現在彼女の作品が古典化されない一要因だと思います。内容についても、アリバイやトリックの若干の古さに加えて、文章ならまだ想像のフォローもききますが、映像化となるとその古さは視聴者に余計な気持ちを抱かせるだけで、本来の2時間サスペンスの楽しみ方とは違うベクトルになってくると考えます。それは現在、山村先生シリーズの2時間サスペンスにおける題材の比率が減ってきていることからも類推できるのではないかと考えます。

だがしかし!
山村先生のシリーズなくして2時間サスペンスの生き残る道はかなり細くなるに違いないと、私は考えます。彼女の作品を題材としたサスペンスは、殺人という恐ろしくも非日常な事柄も、ちょっと気になるアイツ♡で緩和され、しかも日本にびっくりするくらい存在する「小京都」と呼ばれる都市は、殺人事件であってもちょっと旅行気分というよりもむしろ、今度行ってみよか?を喚起させ、ひいては日本の観光産業にも大きくかかわってくる、一つの経済コンテンツとしての地位を確立させているわけです。

こんな重要な作品であるにもかかわらず、現在のテレビは申し訳ないが、山村美沙サスペンスを軽視しているに違いないと、私は抗議したい。お笑いばかりがテレビではない。大河ドラマ級の予算が降りる、金も人も手もかかってるで!ドラマだけがドラマではないのです。

歴史は常に正直です。人間年を経ると毎週の連続モノがしんどくなる、これは誰しもが認めている事実であります。事実、水戸黄門は、マンネリ、水戸光圀はそんな事してない、最初から印籠出せや、50年も「越後のちりめん問屋」って言い続けたら本職の問屋さんさえ水戸光圀に見える、などのザワザワしたチャチャ入れさえ受け入れて、毎年毎年、若いころはかなりバカにしていたけれど年を経って「あれ?おもろいやん」とばかりに参入してくる大量の新人さん達(まあまあ老齢)を受け入れているではないでしょうか。

私には、確かに若いころは「犯人は崖で告白したがる」とか「住宅街であってもすぐにタクシーがつかまる」、などのツッコミを入れていた世代でさえ、今現在、年齢を重ねるとともに2時間サスペンスの面白さに気づくいてきたのではないか?と言いたいです。ツッコミを入れていた世代が40,50歳に入り、いよいよ2時間サスペンスの大量の新人さん層になるのであれば、私は彼らの気持ちに応えたい気持ちでいっぱいなんです。先にも書きましたが、週5日、どこかしらのテレビで新しい2時間サスペンスがあり、再放送を入れたらほぼ毎日どこかしらのチャンネルで2時間サスペンスを放映している現状においても、この論は決して荒唐無稽な話ではないと確信しています。

では、なぜ2時間サスペンスはドラマ界において主流にならないのか?
また、本来大量の新人さんであるべき層のみなさんは今どこに行ったのか?

次回はそのあたりを中心に語っていきたいと思います

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