続・俺様の暇時間つぶし列伝

正義の話をしようか。

2015/09/19 04:11 投稿

コメント:10

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どうも、ハスキーです。

安保法案が可決されたりしてますね。

諸々、様々な意見が、散見されてます。

私は主にツイッターで状況を追ってるんですが。

その中でも、賛成反対含め、たくさんの意見がありますね。

まあ、私なんかは、揶揄したようなツイートしか投稿してないつもりなんですが。

いわばギャグですかね。冗談、という奴です。

政治に対する姿勢というのは、どれが正しいのか、って話にもなりそうですが。



と、いうことで、今回のテーマは、正義です。

ふとこう、思ってるわけですね。

賛成派の中で、過激派というのが、あまり居ないナァとか。

反対派の中で、賛成派を殺すだの、次の選挙でどうなるか目に物見せてくれるだのという脅しを使ってる人が居るとか。

どうしてこうも、議論の熱?のようなものに差が出来るのかなぁと、ふと考えたときに、正義という言葉が浮かんできました。

正義が違うから、そうなるのかな、と。



じゃあ、そもそも正義とは何か。

言葉を分解して遊んでみると、正義とは、正しい義。

義とは、「義を見てせざるは勇なきなり」の、義です。

つまり、道徳というか。

「これは通常こうしなければならない」という、その通常の定義まで含める、絶対遵守の不文律、のようなものだと理解しています。

となると、正義とは、正しい義、正しい道徳、正しい絶対遵守の不文律、という事になりますね。




おそらく、賛成派も反対派も、その正義にしたがっている。

当然こうすべき、というものに、ある程度の正当性を付与して、行動をしていると考えました。

賛成派の中に過激派が居ないように見られる(反対派全員殺せば良いとかは見ないような気がする……)のは、過激になったところでそれは道徳に反すると考えているからなのかなぁとか。

反対派の中には過激派が居て、人を殺してでも自らの道徳を保たなければならない、と思っているのかナァとか。

もちろん、賛成派の中にも、過激な人は居ると思います。居ないとは言いません。

その人も、その人なりの道徳を守って、行動しているはずですね。



つまり、人を殺す正義が、今確かに、この日本に存在してるってことだと思います。



何を自分の正義とするのか、は人それぞれだと思います。

別に、人を殺す正義なんて存在してはいけない、とは言いません。

誰しもが、「ココまで踏み込んでくるならば、相手を殺してでも自分の守りたいものを守ることが出来るはずだ」という境界線を持っているはずです。

守りたいものがない場合を除いて、になりますかね、この仮定の場合。

過激な発言に感化されて、大いなる正義に包まれたような気分になって、自分の正義を決めること。

これも、別に悪いとは思いません。




結局、何が言いたいのかというと。



私の正義とは、正しさ、絶対性など、この世界には存在し得ないのだ、という事なんです。

絶対性が絶対に存在し得ない。

このパラドクス。

コレを抱えて生きています。

ので、多分、強固な正義を持つ人からは、嫌われてしまうのでしょうね。

無論、相手がどんな正義を持っていても、別に構いません。

まあ、この「別に構わない」という態度が嫌われている原因かもしれませんが。

問題は、相手の正義を、世界の絶対道徳とは認めない、という事なんでしょう。

自然法のような、絶対道徳が存在しない、のだから、あなたの行動、意見、そしてそれを形作る道徳、正義は、あるいは間違っているかもしれませんね、と。

否定もしなければ肯定もしない。

そんな、あいまいで、矛盾を抱えている、正義を、私は持っているつもりです。



その中で、今、多くの正義がツイッターで、国会で、騒がれている現状を見る中で。

唯一悪い正義、悪い道徳とみなせるものがあるとしたら。


それは多分、相手の正義を完全に否定する正義なのだろうなぁ、とは思ってしまうわけですね。

先ほどから何度も出ている、人を殺す正義という奴です。

世界に絶対正義がないのだとするならば、あらゆる人間のもつ正義は、それなりの正当性と説得力を持って受け入れられるべきだと、私は考えてしまいます。

となると、その正義を受け入れない、ならまだしも、正義を殺す正義を、認めてはいけないのではないか。

と。ここでまたパラドクスです。

正義を殺す正義を認めないのであれば、それは絶対性を持っている正義が一つ誕生していることになりますよね。

正義を殺す正義を認めない正義。

おろろ、同じ言葉を何度も使うものじゃないです。

これが、まあ、ずいぶんと厄介でしてね。

この辺の整理をしたくて、ブロマガを書きはじめたのですが、まあ結局同じところにたどり着きましたね。



結局は、お互いを理解しあうしかないんですね。

人を殺す正義に、納得できるかどうかを、誰かの正義が死ぬ事とはかりにかけて、考えなければならない。

決断をしなければならない。

どうでしょう。私の正義。すっごくぐるぐる回っちゃうんですよ。

ウロボロスみたいな。そんなに格好のいいものでもないですけどね。

やはり、言葉には限界があるなぁとか感じたりしてます。



と、まあ、ココまで書いておいてなんですけども。

お話は以上です。

もし良かったら、皆さんの正義も知りたいなぁと。

コメント残していっていただけると、すごく嬉しいです。

是非、聞かせてください。あなたの道徳を。

あなたの根底に流れる、精神の絶対法則を。

よろしくお願いします。

コメント

ハスキー (著者)
No.8 (2015/09/21 15:37)
>>7
正義の履行条件、のようなものでしょうかね。
自己管理が出来てない人間に、大勢の他人を救うことは出来ない、というのも、ある程度正しい気はします。
日本国民が全員、世界市民のために滅びるのが、果たして正義か、というテーマにも通じる話ですね。

私もこんな様な事を考えてしまう人間ですので、精神的にかなり不健康だとおは思いますw
お互い、自己管理の上に成り立つ正義を目指して、病んで参りましょうw
とまと船
No.9 (2015/09/21 16:12)
>>8
返信どうもありがとナス!です。

小人物とはすなわち私のことであります(小饅頭かも?)。たぶん、管理人さん含めて、他の人はもっと立派やと思っています。ワイ自身が、ナカナカ自分の自己中心を離れて広く国家の正義を考えられんなあ・・・と思いまして。日々、自分のことで一杯いっぱいです。
ハスキー (著者)
No.10 (2015/09/21 16:53)
>>9
おっと、コメントありがとうございます、の文言が抜けていましたね、すみません。

私も負けず劣らず小人物だと自覚しておりますw
というか、多分その自覚含めて、私の正義なのかなぁ、とも。
国家の正義……まあ、公に対する奉仕という言い方も出来るでしょうかね。
このあたりの考え方についても、いずれ長く書かなければならないかもしれませんね。
短くまとめるなら、私自身器用な人間ではないので、自分の生きる意味を、自分でつけることが出来ていません。
ので、誰かに意味をつけてもらうしかない、なら、誰かのために生きるしかない。

という簡単な狂気を持って、生きておりますw
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