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恥更級日記【はじさらしなにっき】

「人生百年時代」と人は言う。

2020/01/20 14:23 投稿

  • タグ:
  • 雑談
  • 人生百年時代
二年ぶりの実家への帰省に、二年ぶりに祖母に会いに行ったお話。

最後に帰省した後、祖母はホームに入居したらしい。母も介護に疲れていたのと、父方の姉が費用を負担してくれるとのことだったので。

最初俺のことを弟と見間違えていたらしい。似ていない兄弟なのだけれど、それには大してショックは覚えず。まぁそんなものかな、と。それに太って顔が丸くなったからな。丸顔の弟に俺が近づいた形なのかしら。

補聴器をつけても耳はあまり聴こえず、同じ言葉を繰り返す。「ここに入ってからやることないからバカになっちゃっていくの。」

手も腕もほとんど皮と骨だけみたいになっちゃって、えらく冷たい。
それでも髪の毛はまだ母親よりもよっぽどフサフサだし、握る手の握力もそれなりにある。顔色も良いし、食欲もそこそこあるようだ。

祖父が52歳で亡くなってから半世紀未亡人のおばあちゃま。祖父のことが本当に好きだった、尊敬していたおばあちゃま。よく祖父の話を聞かされ、「おじいちゃまのように立派な大人になるのよ。」と。鶴田家の長男として随分期待をかけてもらっていたのに、こんなダメ人間になってごめんな。

会う度に必ず言われるのだけど今回もまた言われた、
「早く結婚しなさいよ。」
うん、結婚ってのは相手がいないとできねーんだよ?と今回もまた同じ言葉で返事する。

母親が用事を済ませたところでまた来るね、と言ってホームを後にする。


祖母に会う度に考える。人生百年時代と世間は宣うが、百歳になって何ができる。
テロメアの研究がもっと進んで、我々が老齢の域に達した頃、健康寿命は延びているのかもしれない。けれど、若い頃に出来ていたこと、当たり前のようにこなしていたことが困難になって、日々をただ漫然と過ごすようになってさえも人生を謳歌していると言えるのだろうか?

これは母方の祖母が同じくホームに入った時に考えたことだった。
こちらの祖母も最後に会った時まではっきりしていて、普通に会話をすることができていた。
それでも自分で歩行することは困難で、車椅子での移動を余儀なくされていた。
母親が持っていくものはあれど、基本的にはホームで出される食事を食べる生活。

「おばあちゃん、今生きていてどう思っている?」

こんな残酷な質問、許されるわけがなかった。母方の祖母は母が一人娘ということもあって、我が家に同居していた。母も書道教室を開いていたこともあり、家を空けている時間が長く、俺は傍から見て相当なばあちゃん子だったと思う。『新婚さんいらっしゃい』から『アタック25』までを一緒に見るのが当たり前だった。
そんな祖母に、戯曲のアイディアとしてつい聞きたくなったことだった。

でも最期まで聞けなかった。

多分、これは父方の祖母にも聞くことはないだろう。それを聞くことは人として何かを失う気がする。
俺自身が口癖に言う「早く死にたい」と、祖母達の言う「早くお迎え来ないかしら?」では重みがまるで違う。
そこにはそこに辿り着いた人だけが心に持つ結論があるのだろう。もしくは結論などないのかもしれない。
その答えは俺自身がそこに辿り着いて初めて知ることなのだろうから、例え身内であろうとも踏み込んでよい領域ではないのだと思う。


人生百年時代と簡単に言うけれど、80過ぎてまで齷齪働きたいと誰が思う。
悠々自適な会長職とかならいざ知らず、そんな歳になってまで職場の前線で日銭を稼ぐことを前提に生きる人生なんざ御免被りたい。
そんなことを簡単に言っているのは、死ぬまでの間を不自由なく暮らせるだけの蓄えがあるご立派な方々だけだ。俺からすれば妄言甚だしいとしか思えない。

人として社会の一端を担って真っ当に生きてきて、老境の域に達した時、自分の人生を振り返りながら、のんびりと過ごしていける、それが老後というものではないか?
それが出来る世の中になって欲しいと思うし、そうするためにこの国は今を変えていかなくてはならないと。
それができる政治家がほとんどいないというのが絶望的なのだけれど。




御年101歳。まだまだ元気であって欲しいと思うのは孫のエゴなのだろうか。
それでもそうあって欲しい。俺の嫁さんと会ってもらうために(←ここ超難関




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