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恥更級日記【はじさらしなにっき】

いまさらながら <アニメ視聴履歴 みなみけ おかわり>

2019/12/27 13:05 投稿

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えぇ、おかげさまで艦これイベント海域の進捗が前段作戦のまま滞っております。
ですがね、男が一度観ると決めた以上最後まで観なければ(ry

『みなみけ おかわり』

何とか無事に全話通して観ました。なるほど。

最初に申しておきますが、ここに書く所感はほぼニコニコ大百科にある概要やコメントと変わらんようなことになるかと。まぁ、それでも個人の感想として書くのだけれど(備忘録の意味も込めて

まず「あれ?ホラー作品なのかな?」というようなOP。シリアストーンな曲に、これまた色々とメタ(ネタ)ともとれる画が並び、そしてあのテロップのフォントよ。明らかに一期のほのぼのふんわりした作品の雰囲気からかけ離れている。前期にも出て来たシリアス顔の、会話の途中に挟むからこそ笑いのエッセンスとして使えるはずのものを、目の部分だけ切り取って使用するのはもうそれそういうものとしてOP全般作っているよね?としか思えないのですが。

で、話の全編通して色調が暗い。確かに季節が冬から春にかけてだから、というのはあるが、それにしても暗い部屋の中のシーンだったり、日没後のシーンが多かったような気がする。これもまた一期の雰囲気から一転、まるで別作品のような様相を呈しているかの如く。

登場人物について。やたらフユキくんが叩かれているのが気になってそこに注目はしていたのだけれど、うん、気持ちは分かる。作品に見合わないキャラクターで、なんかこうもやっとする性格ではある。
基本一期では皆一様に快活なイメージのキャラばかりだったから、突然の異分子に見えるのも理解できる。特におバカサイドのコ達の突き抜けるバカさ加減に慣れていると顕著。
でも実際にはこういう子おるし。気弱で自己主張がなく、頼まれると断れない、真面目なタイプ。分かるわー、おっちゃんもそういうお子さんだったから分かるわー(遠い目

でもそういう子を排除してこそほのぼの日常系アニメは成立しているのだと思うと、アニメ(特にこうしたジャンル)等の作品ってのは特異空間で繰り広げられているのかもなー、と。

そういう気質のキャラが一期を通して話に絡んでくると、こういったトーンになるのもさもありなんとは思う。で、調理の仕方なのかなーなんて。
これが例えば『らき☆すた』にこんな子を投入してみるとどうなるのだろうか。いやしないだろうけれど。
『けいおん』に引っ込み思案で教室の片隅が似合うこんな子を交えたらどういう展開を見せていただろうか。
それぞれの作品がこんな具合のトーンになったのだろうか。と、考えるとやはりそのキャラクターの使い方、というものが見えてきたりする。

春香がヒステリーになって、というのは町内会のゴミ拾いの回くらいか?そこまで毎回カミナリ落とすようなキャラではなかったし、内田の幼女退行はバッチこい!ではあったし。
保坂のキャラはまるでお変わりなく……。
ただ夏奈だけがどうしようもなくダメなコにされていたのが、この二期の評価を下げている感が否めない。まるで壊れたダンプカー状態。

特にチョコの回。いくら食い意地が張ったコだからといって、あそこまで酷い精神構造にすることはなかったのではないか?少なくとも一期ではその「食い意地の張ったコ」というキャラ立てはした上で、何らかのストッパーがかかっていた。他キャラの介入であったり、話の流れ的なものであったり。
それを全部取り上げて「おいバカやめろ」と視聴者が呆れるレベルまで行動させたのは、夏奈ファンにとっても、この作品のファンにとっても相容れがたいものだったと思う。
あれはもうおバカサイドよりダークサイドに堕ちているよ。

そこまでして「二期は変化を伴った同じガワをした別作品です」を打ち出したかったのか?と思うと、作り手側の作為をモロに感じてしまう。
そもそも南家の間取り、調度品、なんなら家の位置(〇号室)すら変わっている。
それに高校の教室も階段教室になっていて、あれ大学ならまだしも(というか大学ですら大型教室のみ)、まさか全部の教室あんなカタチじゃないだろうな?とやたら不自然。
というか、階段教室は動きに制約できるだろうに(小学校組ほどドッタンバッタン大騒ぎすることはないにせよ)、南家の電話の設定変更よろしく変な洒落っ気を出してしまったのか。

あと話の〆方がほとんどの回で投げっぱなしジャーマン。あれじゃオチ担当のキャラが皆受け身とれなくてダメージ食らって終わっている。

キャラクターに対する愛情が感じられなくて非常に残念。脚本家の技量不足か、シリーズ構成がそれでゴーサイン出したのか。監督はそれを良しとしていたのか。

最終話を良い感じに持っていきたくて、長い助走のための演出だったとして、その判断は間違っていたのでは?と思う。
一期の時で十分ダメな子達だったじゃないか。夏奈も内田も愛すべきダメな子だったじゃないか。それが一所懸命ハンバーグを作った、作れた。それで良かったじゃないか。

内田が南家の玄関先で待ちぼうけを食らって終わったのだけはおぢさんどうしても腑に落ちないな!

で、ED。


曲はいいんだ。好き。でもね、このアニメーション。腰をやたら振りながら、夏奈がズンズン歩いていくだけのもの。
最終話で線路の終端に立ち止まった夏奈の姿が額に収められた絵画とされて、それを(大人になった?)夏奈が眺めている、という。
一枚の絵に、様々な日常を通して幾つもの風景を通り越して、そんなこんながあるのだよ、ということを日常系アニメのメタとして盛り込んだ、と解釈するが。

トンネルを抜けた先に立つ春香(であろう)が春香っぽくなく、さながら「中年サラリーマンといんぐりもんぐりするアニメのJK」みたいに見えるのは置いておいて。

何かこれ想像してしまったの。


いや、共感は求めてない、大丈夫。分からない人はググって、どうぞ。

そこら辺からも、この二期というものに暗に不安や薄暗いイメージをもってしまうのかもしれない(逆説的かもしれんが

でもね、保坂先輩のクオリティはそのままだったし、毎回話は面白く観られたし、前半は肌色多かったし


内田はバかわいかったし、作画に関しては原作と離れているけれど、個人的には好きな画だったから良かった。三期からはまた原作寄りに戻っているみたいだけれど。同じ制作会社でもそういうことできるのね。

総評するなら、あくまで個人的な感想として「ほのぼの日常系アニメの、普通なら前面に出されることは一切ないであろう負の感情の部分を余さず掬い上げて固めてできたおぼろ豆腐(ダーク)」といったところであろうか。

前述したようにほのぼの日常系(と勝手にカテゴライズしているが)は言ってみれば、現実でいうリア充うぇいうぇい系のアゲアゲな生活を嫌味なく可愛らしいキャラクターで綴っている、特異空間なのである。いわゆるインスタ空間。非リアなおっちゃんは友人限定でFacebookに愚痴書いたり、Twitterという名の肥溜めの中で罵詈雑言やらに塗れているのがお似合いで、そのような煌びやかな世界とは無縁

……あ、書いてて涙出てきちゃった。

そこに鋭くメスを入れて来た作品だと思えば、中々どうして趣深いものであると思えなくもない。ただし、視聴者にそのニーズがあるか?という点は除く(←ここ最重要

その象徴としてフユキくんは祭り上げられてしまったのではないか?と思うのと同時に、その彼に命を吹き込んだ声優さんがいることを思えば、どうにも叩く気持ちにはなれないのが、おぢさんの心情。彼は悪役でも何でもなく、どこにでもいる普通の男の子で、でもちゃんと最終話でハガキを送ってくる、それだけの成長をしてみせた子なのだから。

うーむ、一期の感想に比べて長くなってしまった。それだけ爪痕を残すに十分なものだったのだろう。アニメ史に欄外でも記録されるべき作品なのかもしれない。

これにて今年の往年のアニメ作品を鑑賞しようは終了。年末は仕事とコミケと艦これイベントで過ごすことでせう。みなみけ三期は年明けからかな。

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