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かぼちゃ丸のブロマガ

ぱせりと紅くらげの特に何もない一日(クッキー☆SS)

2015/02/11 22:54 投稿

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年が明けて一ヶ月が過ぎた頃のお話。インターフォンが鳴らされてぱせりが玄関に出ると、そこには寒さに顔を強ばらせた紅くらげの姿があった。 

「あ、紅ちゃん。今日も来たの?」
「うん。寒いから、とりあえず上がらせてもらうわよ」

 ぱせりが「どうぞ」という前に紅くらげは家にあがりこみ、ぱせりの部屋に向かって走っていってしまった。あとに残されたのはぱせりと、友人が脱ぎ散らした靴だけ。ぱせりは「もう!」と、だらしない紅くらげに頬を膨らませながら、靴を揃えて紅くらげの待つ部屋に戻る。
 何か一言言ってやろうと思ったけれど、寒そうに身体を震えさせている紅くらげの顔を見たら忘れてしまった。

「外、そんなに冷えてたの?」
「え、ええ。ほんとすんごく寒くて、凍え死ぬかと思ったくらいよ」
「そっか。なら温かい飲み物を用意するね」

 ぱせりと紅くらげの家の距離はそれほどでもないのだが、この季節の寒さは格別だ。その上、紅くらげは寒がりのくせに、ずいぶん薄着をしている。いつもの私服にマフラーと手袋をしているだけで、コートすら着ていない。これでは凍えるのも当然であった。
 ぱせりは暖房の温度を上げてから、急いでキッチンに行ってお湯を湧かし、紅くらげのためにホットミルクティーを作った。紅くらげが好きなお菓子も一緒に用意して、彼女に食べてもらう。
 紅くらげは出されたホットミルクティーに息を吹きかけながら口に含んでいく。熱いミルクティーが紅くらげの冷えた頬を火照らせる。
 ようやく紅くらげもホッと人心地つくことが出来たようであった。

「どう?」
「ええ、だいぶあったまったわ」

 紅くらげが「ふぅ」と一つ息を吐いた。暖房がいい具合に効いていることもあって、気持ち良さそうに顔も身体も緩み始めていた。

「紅ったら、そんなに寒いなら家にいれば良かったのに」
「何よ? 私が来たら迷惑だっていうの?」
「そ、そんなこと言ってないよ」
「それがさぁ、せっかくの休日だから家でリラックスしてたのに、お姉ちゃんの友達がうち遊びにきてさ。も〜、これがギャーギャーうるさいったらありゃしない。仕方ないから、あんたの家に逃げてきたって訳」
「私の家は避難所なんだね」
「いいじゃない、この私が来てあげたんだから、むしろ感謝してほしいくらいね」 

 紅くらげが薄っぺらい胸に手を当てて、ふてぶてしいことを言う。図々しい紅くらげの態度も、ぱせりは微笑んで受け流すくらいには慣れっこである。
 
「あんたはさっきまで家で何してたの?」
「午前中はピアノの練習してたんだけど……」
「ピアノ? うるさいのから逃げてきたのに、ここでもうるさいのなんていやよ、私」
「だよねぇ」

 わがままな友人に、ぱせりは苦笑いを浮かべる。

「じゃあ、私は勉強することにするから、紅は静かにしててね」
「ええ、いいわよ。ちょうどマンガの続き読みたかった所だし」

 紅くらげはそう言うと、ぱせりの本棚から少女マンガを一冊取り出して、ベットに寝そべって読み始めた。
 ぱせりも問題集を見繕って、ノートを片手に学校で出された宿題に取り組み始める。
 紅くらげは出されたお菓子に手をつけながら、しばらくの間はマンガの世界に没頭していた。
 時折、面白いシーンでもあるのかニヤニヤしていたり、声に出して笑い声もあげていて、ぱせりは机に向かいながらであったけれど、そんな紅くらげの様子を見てはくすりと笑うのであった。
 以前から紅くらげがふらりとぱせりの家にやってくることは多かった。大抵の場合は特に用もなく、ただぱせりの部屋で今みたいにダラダラしたり寝転がっては帰っていく。毎日のように来ることもあれば、一週間以上来ないこともある。
 その気まぐれさは、まるでネコのようだと、ぱせりは思う。

「ねーねー、あんたはこのマンガで誰が好き?」

 一冊読み終わって、紅くらげが不意に尋ねてきた。ぱせりが勉強中という意識は紅くらげの中にはないらしい。
 ぱせりはノートに走らせていたシャープペンシルを止めて、紅くらげの問いに答えようとする。

「う〜ん、私はAが格好良くて好きかなぁ。3巻のライブシーンがとてもかっこ良かったから」
「あー、分かるわ! Aいいよのね! AとBがセックスするとことかもう最高に興奮しちゃうわ!」
「え、AとBのそんなシーンあったっけ? っていうか、AとBって両方とも男の人なんじゃ……」
「はぁ? そんなの同人に決まってるじゃない。あんたはそんなのも分かんないの?」
「し、知らないよぉ」

 たまにそんなやりとりもしながら、二人の時間は静かに過ぎていった。途中からは紅くらげも完全にマンガにのめり込んでしまったようで、ぱせりに声をかけることもなくなっていく。
 しかし、

「あれ? 17巻ないの?」

 紅くらげが次の巻に手を伸ばした時、目当ての本がないことに気づいた。

「17巻ってまだ出てないんじゃないの?」
「出てるわよ。一昨日出たばっかだけど。だからあんたの家にわざわざ来て最新刊読もうと思ったんじゃない!」
「一昨日かぁ」

 ぱせりもその本は好きだが、発売日をチェックしているほどではなかった。本屋にいって最新刊が出ていればレジに持っていくのが彼女の買い方である。

「まったく、私がこのマンガ好きなの知ってるでしょ? 最新刊見逃してるなんてありえないじゃない。今から買ってきてよ」
「えええええぇぇ」

 流石のぱせりも紅くらげのあんまりな注文に大きな声を出してしまう。

「わ、私は勉強中だから。お金あげるから紅が自分で買ってきてよぉ」
「いやよ。外は寒いじゃない。なんで私がいかなきゃ行けないのよ」

 紅くらげの唯我独尊ぶりは今に始まったことではない。だから「こんなふうに言い合ってるけど、結局最後は私が折れるんだろうなぁ」と、ぱせりはうっすらと思ってしまうのであった。

「じゃ、じゃあこうしない? 二人で一緒に買いにいく。これでどうかな?」
「えー」

 ぱせりがこれ以上ないほどに譲歩しても紅くらげは渋い顔をしたままである。
 
「さ、寒いなら、ほら。この前私が買ったダッフルコート。これ貸してあげるから。これ温かいんだよぉ? 紅にもきっと似合うと思う」

 このままでは自分一人で買いにいく事になるのは確実であったので、ぱせりは紅くらげのご機嫌をとろうと必死に頑張った。実際にダッフルコートを出してきて、鏡の前で紅くらげの前に合わせて「ほら、可愛い。紅ちゃんにぴったり」と精一杯に褒めたたえもした。

「途中で温かい食べ物も買ってあげるから」
「はいはい、あんたがそこまで言うなら私も一緒に行ってあげますよ〜」

 ぱせりの努力が実ったのか、紅くらげは不承不承ではあるがようやくその重い腰をあげる。ぱせりは、顔を綻ばしてそれを喜んだのもつかの間、いつまた紅くらげが気まぐれを起こすか分からないので、急いで紅くらげを外に連れ出した。

「さ、寒いね……」

 外の寒波は、確かにすごいものがあった。まだ2月も初めの頃。冬真っ盛りと言っても過言ではない。
 ぱせりの家から駅前の本屋までは歩いて15分程度であるが、この寒さの中で往復30分の道程はなかなかに厳しい。

「や、やっぱり私、家で待ってるから……」

 マフラーに手袋にダッフルコートと、ぱせりに比べてよっぽど重装備であった紅くらげですら、唇を震えさせていた。元々寒さに弱い少女なのだ。

「い、今更それはないよぉ。ほら行こ? 歩いてれば暖かくなるから」

 ぱせりは、帰りたがっている紅くらげの背中を押して出発を促したので、紅くらげも渋々歩き出す。しかし、ぱせりは出発してからすぐに、あることに気づいてしまうのであった。

(わ、私のばか……)

 紅くらげを連れ出すことばかり考えていたぱせりは、自分の防寒について全く考えていなかったのである。上は薄い上着を着ているだけで、マフラーも帽子も手袋も、めぼしい防寒着は何も着用していない。
 確かに歩いていれば多少体が暖かくなるものの、途中で信号にでも捕まれば凍てつく風によって、再び体は冷えてしまうのである。
 びゅーびゅーと音を立てながら襲ってくる寒風に、気づけばぱせりは歯をカチカチと震えさせるまでになっていた。
 
「あんた、そんな寒いの?」

 そんなぱせりを見かねた紅くらげが尋ねる。

「だ、大丈夫だよ。こ、これくらいの寒さなら……」

 ぱせりは強がっていたが、歯を震えさせ唇も段々と青くなってきている彼女には説得力というものがまるで欠けていた。

「あんた、マフラーも手袋もつけてないじゃない。こんな寒いのに準備が足りないわよ。まったく、仕方ないわねぇ」

 紅くらげは呆れたようにため息を一つついてから、

「ほら、マフラー貸してあげるから使いなさい」
「え、いいの? でもそしたら紅が寒くなっちゃうよ?」
「もちろん全部じゃないわよ。そんなことしたら私が凍えちゃうじゃないの」
「そ、それじゃあどうするの?」
「このマフラー長いんだから、もっとくっつけば一本で二人分巻けるでしょ」

 紅くらげは自分の首に巻き付いていたマフラーを少しほどいて、ぱせりの首元にふわりと巻き付けた。
 マフラーを付けるだけでも効果は覿面である。ぱせりの震えが少しずつ収まっていく。

「ほらね、これであんたもマフラーが使えるわ」

 紅くらげは自分のアイデアを賞賛するかのように「うふふ」と笑った。いくら長いとはいっても所詮は一本のマフラーである。それを二人で巻こうというのだから必然的に二人の距離は近くなる。ぱせりと紅くらげは肩がふれあう形になっていた。

「あとは手袋だけど……」
「手袋はいいよ。ポケットにでも手を入れておくから」
「だめよ、歩いてる時はポケットに手をいれちゃだめってお母さんに習わなかったの? そんなことしてたら転んだ時危ないじゃないの」
「べ、紅って妙な所でルールに厳しいよね」
「うるさいわね。とにかく、手袋も片方貸してあげるわ、ありがたく受け取りなさい」
「え? で、でもそうしたら紅の手が冷えちゃうよ?」
「あんたほんっとバカね。こうやって裸の手どうし暖め合えばいいじゃないの」

 紅くらげは手袋を付けていない方の手で、ぱせりの裸の手の方を握った。唐突な友人の行動にぱせりは目を丸くする。

「どう、これで温かくなったんじゃないの?」
「……正直、まだ寒いけど……うん、あったかい!」
「あんた、時々訳わかんないこというわよね」

 満面の笑みでおかしな事を言うぱせりに、紅くらげが怪訝そうに眉を寄せた。彼女はなんでぱせりがこんなに笑顔なのかよく分かっていないようだ。

「もういいわ、さっさと本を買って家に帰りましょ」
「うん」

 ぱせりが元気いっぱいに返事をした。
 ぱせりと紅くらげは肩を寄せ、手を取り合って、本屋までの道のりを進んでいく。最初は冷たかった二人の裸の手はも、お互いの体温でだんだんホカホカしてくる。
 歩いている途中、少女同士で手を繋いで歩いている二人のことをチラチラとみる人達もいて、ぱせりは結構恥ずかしかったのだけれど、紅くらげは全く気にしていないようである。

(紅ちゃんからしたら、本当にただマフラーを一緒につかって、手の暖め合ってるだけなんだろうなぁ)

 そう思うとぱせりは、意識している自分の方が恥ずかしくなってくる。ぱせりは、周りの視線を頑張って無視しようと努めてみた。

(私たちはただマフラーを一緒に使ってるだけなんですよー。寒いから手をお互いに暖めてるだけなんですよー。だから恥ずかしくないんですよー)

 ぱせりは誰に言っているのか分からない言い訳を心の中してみた。もちろんそんな心の言葉なんて、周りには届かない。
 でもそんなことでもしなければ、彼女はきっとゆでダコのようになってしまうのだろう。

「そういやあんた勉強進んでるの?」

 顔を火照らせているぱせりに、何の変化も見せない紅くらげが聞いた。急に声をかけられたぱせりは一瞬焦って、一つ深呼吸をしてからそれに答える。

「うん、まぁまぁかな。課題は終わったけど、英語のグラマーをもう少しやっておきたいから」
「あんたも頑張るわよねぇ。そんな勉強してどうするつもりなのよ」
「私、将来保育士さんになりたいから、大学に行って資格取りたいんだ」
「へぇ〜、保育士ねぇ。私ならガキんちょの相手なんてお金もらってもやりたくないけど。でも、あんたならいいんじゃない? ピッタリだと思うわよ」

『そうだね、いつも紅の世話して慣れてるから』という言葉をぱせりは喉まで出して引っ込めた。
 わざわざ余計なことを言って、楽しげに笑っている友人を不機嫌にする必要もないのだ。
 気づけば、二人は本屋の前にまで来ていた。紅くらげは握っていた手を離して、ぱせりに貸していたマフラーを回収する。それは当然の行動なのだけど、ぱせりはちょっとがっかりである。

「さてと。じゃあ私マンガとってくるから」
「うん、私はこのへんで待ってるね」

 紅くらげがマンガコーナーで本を物色している間、ぱせりは雑誌でも立ち読みすることにした。ぱせりは棚からアニメの専門誌を手に取り、女の子の間で人気の今季アニメの特集記事を何ともなしに読んでいた。
 そのアニメにはクールで頼りがいのあるイケメンがたくさん登場し、二次創作も盛んであった。ぱせりもそのアニメを見ていたし、出てくるキャラはみんな好きだったが二次創作での男キャラ同士の絡みはやはりどうしてもよくわからなかった。
 一方の紅くらげはそういうものが大が付くほどに好きで、ぱせりも何度か勧められたBL本を読んだ事はあるのだが、いまいち何がいいのか理解できないのである。
 せっかく友人が好きなものなのだから、自分もその良さを分かってあげたいとは思っていても中々ままならないものであった。

「待たせたわね」

 マンガコーナーから戻ってきた紅くらげが、後ろからぱせりに声をかけた。ぱせりは本棚に雑誌を戻しながら、

「早かったね、最新刊はあった?」
「もちろん。早くお会計すませちゃいましょ」

 ぱせりは紅くらげから本を受け取ってレジで代金の支払いを済ませた。
 袋に入れられた本を抱えて、紅くらげとぱせりは店の外へと出て行くと、相変わらずの寒波がそよいでいる。
 本屋の暖房に慣れ切っていた身体には、その寒さは格段のものだった。

「は、早く帰りましょ、一刻も早く。あ、でも途中でコンビニ寄るわよ、温かいものおごってもらえるって約束だったし」
「も〜、紅はそういう事だけはしっかり覚えてるんだから」

 帰りも行きと同じく、ぱせりと紅くらげはマフラーを共有し、手を繋いで帰った。相変わらずすれ違う人たちからは視線を注がれていたけれど、二度目ともなると流石に慣れてくる。
 
(考えてみれば、仲がいい子同士ならこれくらいは普通なのかもしれないなぁ)

 意識してみれば、二人に注がれる視線は好奇の目ではなく、どちらかといえば何やら微笑ましいものを見るようなものであった。

(それはそれで恥ずかしいのかもしれないけれど、紅とならまぁいいかな)

 途中に寄ったコンビニでは紅くらげが肉まんと一緒に大量のお菓子をカゴに入れて、ぱせりを困らせた。
 結局いつも通り、ぱせりが押し切られる形にはなったのだけれど、紅くらげが肉まんを半分分けてくれたので、ぱせりはそれで満足なのだ。
 家に戻ってくると、紅くらげはすぐさま暖房を最大にして部屋を暖めようとした。

「うう……寒かった。ぱせぇー、早く何か温かいものちょうだい」
「はいはい」

 ぱせりは今度は牛乳をコンロで暖めてホットミルクを作って、紅くらげに差し出した。紅くらげは供された熱いミルクの温度を確かめるように舌でペロペロと表面を舐めながら、買ってきた本の封を開けてほくそ笑む。

「ふふっ、やっと最新刊が読めるわ」

 紅くらげは本屋の封を開けて、早速買ってきた本を読み始めた。ぱせりも話の続きは気になる所だけれど、紅くらげが読み終わるまでは我慢だ。その代わりにぱせりも棚から一冊本を取り出して、読書に興じることにした。暖かい部屋でベッドにもたれながら好きな本を読む。ぱせりの至福の時と言える。
 ぱせりが読んでいたのは高校生の男女の恋愛模様を描いた少女マンガだった。けっこうきつい内容で、自分と同じ年齢の少女たちが次々と男を取り替え、身体を重ね合わせるストーリー。
 自分が送る普通の毎日とは違い、刹那的な悦びを求め快楽に溺れる少女達が魅力的で、本棚の中でもかなり読み返している本だった。
 
「うわ〜、あんたけっこうすごいの読んでるわね」

 ぱせりの首の横から、紅くらげがひょこっと顔を出した。たまたまぱせりが読んでいたものが目に入ったらしい。その時ぱせりが読んでいたのはベッドシーンで、主人公達が確かに一般的にノーマルとは言いがたいプレイを愉しんでいた。

「あんた、こういうのに興味あるの?」
「マ、マンガの中だけだよ」

 別に慌てるようなことではないのに、不意をつかれたぱせりはついついあたふたしてしまう。
 それを見た紅くらげがイタズラっぽく笑って、追い打ちをかける。

「本当かしら。実はあんたも結構きっついのがお好みだったりするんじゃないの?」
「だ、だから違うってば」
「いやぁ〜、意外な一面がみれたわ。あんたがまさかそんな変態的な性癖を持ってるなんてねぇ。クラスではマジメでエロいことなんてなーんにも知りませんみたいにしてるくせに、実はそういうのが大好きだったのね。」
「〜〜〜〜っっ、紅ちゃんのバカぁ。変なこと言わないでよ」
 
 紅くらげの遠慮のないからかいに、ぱせりが怒って涙目になってしまった。ちょっとしたお遊びのつもりだったのが、泣き出されてしまっては流石に紅くらげの敵わない。軽口を閉じ、一転して友人をなだめにかかる。

「な、泣く事ないじゃないの。ごめんなさいって。ウソよ、ウソ。分かってるわよ。あんたはただ話の中で楽しんでただけだもんね」
「そうだよぉ……もう」

 ぱせりが涙を拭きながら、紅くらげに文句をいう。いつもは温和な彼女でも、つっつかれると弱いところもあるのだ。
 バツの悪い紅くらげはどうにか空気を変えようと、適当な話題を探した。

「で、でもさ、そこまでアブノーマルじゃなくて、普通のえちぃことならあんたも興味あるんでしょ?」
「そりゃ……まぁ」

 ぱせりだって年頃の女の子だ。そういうことに興味がないといったらウソになる。事実、彼女の本棚にはベッドシーンが多めな本が他にもいくつか陳列されている。紅くらげはそれを聞いて、「ふむふむ」と一人で頷いてから、

「じゃあさ、あんた『はじめて』ってもう済ませた?」
「『はじめて』って何?」
「初体験よ。男とセックスしたことあるかって聞いてんの」
「そ、そんなのまだに決まってるよ」

 ストレートな友人の物言いにぱせりは顔を赤らめた。興味はあっても具体的な話になると耐性がないのがぱせりだった。行為自体は本から仕入れた知識で大まかには知っているが、現実に自分や自分の周りの人がそういうことをしているというのは中々想像できない。 紅くらげはぱせりの返答に、少しだけ嬉しそうになった。

「そう、まだなんだ」
「も、もしかして紅ちゃんはもう済ませたの? その『はじめて』ってやつ」
「そうよねぇ。あんたが初体験済ませてるわけないか」
「ねぇ、紅はどうなの? 男の子とえっちしたことあるの?」
「まぁ、あんたにはまだ早いわね。卒業した後に、適当に男でも作ってからでいいんじゃないかしら?」
「紅ちゃんったら、無視しないでよ。教えてよ」
「うるさいわねぇ、あんた!!」
「な、なんで怒るの?」

 無垢な瞳で質問を続けるぱせりに、紅くらげが怒鳴りつけた。友人が怒る理由が分からず、哀れぱせりは小動物のように怯えている。
 紅くらげはそんな友人にも構わず、憮然としながら頬杖をついた。

「それじゃあ、あんたは好きな人っているの?」
「好きな人かぁ」
「ええ、学校の男子とかさ」

 ぱせりがパッと思い浮かんだのは目の前にいる少女なのだが、これは友人枠なので対象外。
 ぱせりはクラスの男子の顔を順々に思い出していった。
 顔が整っていてクラスの中心人物の男の子。
 話が面白く、いつも周りの人達を笑わせてる少年。
 口数は少ないが、野球部のエースで運動神経抜群の子。
 ぱせりによく話しかけてくれて、それなりに仲が良いといえる男の子もいる。
 しかし、恋愛的な意味で特別に『好きな人』となると、

「いないかなぁ」
「なによ、面白くないわね。そこは誰でもいいから適当に言って話を盛り上げなさいよ」

 相変わらずむちゃくちゃをいう紅くらげである。しかし、確かに華の女子高生なのに好きな人の一人もいないというのは自分でも寂しいかもしれないとぱせりは思う。

「男子に告白されたりとかはないの?」
「それもないなぁ。ほら私って、あんまり目立つほうじゃないし」
「目立つ方じゃないねぇ……」

 ぱせりは謙遜しているが、クラスでの彼女はそこまで目立たない存在ではない。確かに、彼女自身は前に出るタイプではないし、人付き合いがとても広いという訳ではない。けれど、顔は整っている方だし、性格にトゲがなく柔和で、一緒にいて気疲れしないぱせりは男子の間で密かに高い人気を誇っていた。そして、彼女の人気を決定づける要素として大きなものがあった。

「…………」

 紅くらげの視線が注がれる、ぱせりの豊満な胸。制服を着ていても隠しきれない友人の二つのお餅は、年頃の男子にとって垂涎の代物である。顔も性格がよくて、更におっぱいもおっきいとあっては、男の子の興味を惹かないはずがないのだ。
 紅くらげも男子からの人気が低いわけではない。わがままな性格はクラスでは猫を被っているし、容姿にも定評があった。しかしいかんせん、おっぱいがない。ただでさえペタンとしているのに、巨大なそれを持つ友人が常にとなりにいるのだから、更にその平らが目立ってしまい、男子から哀れみの目を向けられた事も一度や二度ではない。

『ぱせりさんいいよなぁ。あの柔らかおっぱいを一度でいいから触ってみてえよえ、紅くらげ? いや、まぁ可愛いけどさ、アイツ乳ぶかぶかじゃん? ダメダメあんなの。『揉めない』『挟めない』『顔をうずめられない』の『3無いおっぱい』は恋愛対象外だね。せめてC以上になってから出直してきてほしいもんだ。それに比べてぱせりさんのおっぱいったら、確実にFは下らないだろ。紅くらげとか、ぱせりさんに乳の成長吸い取られてるんじゃねーの? あはは』

 そんな猥談を耳にしたことすらあった。その場にいた男子は全員バレないように酷い目に遭わせてやったのだが、そんな憂さ晴らしをしても紅くらげの胸が膨らむはずもなく。

(ったく、お母さんも大きし、お姉ちゃんたちもそれなりにあるのに、なーんで私だけ胸が育たないのよ)
 
 年齢差を考えても家族の中で紅くらげの貧乳は群を抜いており、母や姉たちと一緒にお風呂に入る時には、いつもそれを痛感させられる。姉たちの豊かな胸元に比べ、自分のあまりに貧相なバスト。母親に至っては比べるのもイヤになる。

(まさか、この子が本当に私の胸を奪ってるんじゃないでしょうね?)

 嫉妬と羨望の入り交じった目で、紅くらげは友人の胸を睨みつけたが、純粋なぱせりは友人の濁った視線に気づかずニコニコしている。

「紅には好きな人っているの?」
「……ん、私?」
「うん、どうなの?」
「私が好きなのはA組の田中ね」
「え、うそ。いるの!?」

 何となく紅くらげの好きな男子なんていないと思っていたぱせりは驚きの声をあげる。A組の田中という男子の顔を思い浮かべることは出来なかったが、ぱせりは一気にヒートアップする。

「ねぇねぇ田中くんってどんな人なの? どういう所が好きになったの?」

 ぱせりはわざわざ身を乗り出して詰め寄った。彼女も人並みに恋愛トークは好きなのだ。しかも友人である紅くらげの浮いた話とあっては興奮してしまうのも無理はない。

「あいつの家って会社経営してて、すごい金持ちなの」
「…………他には?」
「そんだけよ」

 あんまりな紅くらげの理由に、ぱせりの期待がしょぼしょぼと萎んでいく。

「紅ったら、お金があるから好きなんて、そんなの恋愛じゃないよぉ」
「何言ってんの。お金はこの世で一番大事なものなのよ? お金をガッポリ持ってるヤツと付き合えば幸せになれるに決まってるじゃない」
「それは、確かにお金は大事だけど……もっと大事なものってあると思うよ? 一緒にいるだけで心が温かくなるような、お互いに好き合える幸せとか」
「そんな曖昧なものじゃご飯は食べられないわよ。いくらきれいごと言った所で結局はお金がなかったらどうにもならないでしょ」

 お金第一ときっぱり断言する紅くらげに、ぱせりが「むぅ」と口を尖らせる。彼女はまだ恋を知らないけれど、理想とする恋愛像は持っていた。
 ぱせりが望むのは甘くふわふわで、何もなくても心が通じ合える。そんな恋愛なのだ。
 その理想を友人に全否定されたとあっては、いつもは穏やかな彼女でも反論をしたくなる。

「じゃあ、紅は私と一緒にいるのもお金目当てなの?」
「はぁ? そ、それとこれとは別でしょ?」

 想定の範囲外から飛んできたぱせりの質問に、紅くらげは少しだけ動揺した。

「別じゃないもん、一緒だもん。紅がお金が一番大事っていうなら、私んちなんて全然お金ないよ? お小遣いだって高校生なのに月に2000円しか貰えないし!」

 冷静に考えれば恋愛関係と友人関係は全く別ものであって一緒ではない。いつもなら普通に反論できるであろう紅くらげなのだけれど、今回はぱせりの珍しい剣幕にたじたじとなってしまっていた。

「それとも紅ちゃんは私のなけなしの2000円を目当てに私といつも一緒にいるの!?」
「わ、わかったわよ。あんたの言う通りよ」
「え?」
「あんたとつるんでるのは、お金のためじゃないわよ」

 それを聞いてぱせりは怒った表情を一転させ、にへらぁと笑った。

「そうだよね。紅が分かってくれて私、うれしいよ。やっぱりお金よりも、心から好きな人と一緒にいられるほうが幸せだもんね」

 愉快そうにそういうぱせりに、紅くらげは言いようのない敗北感を覚える。

(今回は私が大人にになって引いただけだし、そもそも最初と論点がズレているじゃないの)

 とは言っても今更言い返す訳にもいかず、モヤモヤは溜め込むしかなかった。

「腹立つわねー、その顔。もういいわ。丁度いい時間だし、お昼ご飯作ってご飯」
「んー、ご飯? いいよ」

 八つ当たりのような紅くらげのわがままな注文にもぱせりはルンルン気分で台所に向かった。友人がちゃんと自分の言う事を理解してくれたので、ぱせりは幸せいっぱいなのだ。彼女自身もお腹が空いてきていたし、ぱせりは冷蔵庫の中を覗いて、ぱっと作れそうなものを探してみた。

(暖房が効いてるけど、紅はまだ少し寒そうにしてたし、あったかいものがいいかなぁ……)

 炊飯器には都合のいいことに二人分のお米が残っていた。そこでぱせりは、卵雑炊を作ることに決めた。
 鍋に二人分のご飯を落とし、水を入れて煮る。火が通る前に生卵を二つボールに割って、菜箸でシャカシャカと解いていく。実に手際のよい動きである。

「それにしても、えちぃことかぁ……」

 ぱせりは鍋を煮込みを待っている間に、さっきの紅くらげの言葉をそっと口にした。ぱせりもエロいことには平均的な女の子くらいには興味はあるのだが、悲しいことに相手が全くといっていいほど思いつかない。
 ぱせりは先ほどの恋愛トークで『好きな人』と聞いたときに、最初に出てきた顔が紅くらげであったことをぽけーっと思い出した。
 
「もし私が男の子だったら、紅ちゃんとそういうこと、してたのかなぁ」

 ぱせり自身は紅くらげとそういうことをしたいとは一度も思った事がない。確かに友人の身体や表情を魅力的だとは思うが、それはあくまで同性としての気持ちなのだ。
 しかし、もしぱせりが男の子だったら、また別の気持ちが生まれていたに違いない。

「……う〜ん、私が男の子ってのは全然想像できないなぁ。それに私たち二人ならどっちかというと紅の方が男の子っぽいかも。男の子の紅ってどんなんだろう」

 ぱせりはまず紅くらげの全体像を頭の中に思い浮かべる。それから身長を高くして、顔を男っぽくして、声も低くして、体型も男性のものにして……(ぱせりは無意識だったが、残念なことに胸を無くす行程はそこには含まれていなかった)。
 最終的にぱせりの想像の中に出来上がった紅くらげ♂は、これまた大層なイケメンになっていた。

「こ、この人と……え、えちぃことするの? わ、私が?」

 ぱせりの顔がやかんのように沸騰し、朱に染まった。どうやら紅くらげ♂と自分の行為をかなり具体的に想像してしまったらしい。
 ぱせりはブンブンと首を降って恥ずかしい妄想を吹き飛ばそうとしたが、一度思い浮かべてしまったものはなかなか消えてくれない。何度か「すーはーすーはー」と大きく深呼吸をして、ようやくある程度の落ち着きが戻すことができた。

「あ、いけない!」

 気づけば雑炊は既にいい具合に煮詰まっていて、美味しそうな香りを辺りに漂わせていた。
 ぱせりは急いで卵をいれて、さらに数十秒煮込んでから火をとめ、鍋つかみで鍋をつかみんで、ぱせりの帰還を今か今かと待っている友人のいる部屋へと戻る。

「ご飯できたよ〜」
「お、来たわね。待ってたわよ。今日のご飯は何かしらん?」

 紅くらげの顔を見たら、先ほどの妄想を思い出してしまうかもとちょっと心配だったが、そこにいたのはいつも通りの紅くらげ♀であったのでぱせりはほっとする。

「ご飯と卵があったから、お雑炊にしたんだ」

 ぱせりは手に持っていた鍋を、「早く早く」と急かす紅くらげの前に置いた。
 美味しそうなおやつに紅くらげは目を爛々と輝かせる。さっきまでのモヤモヤは一瞬にして消え去ってしまったようだ。

「あんた、ほんっと料理だけは上手よね。う〜ん、美味しい」
「えへへ、ありがと」

 ほふほふしながら雑炊を頬張っていく紅くらげに、ぱせりも思わず笑みが溢れる。
 ぱせりの料理が上手くなったのは紅くらげによる所が大きい。
 ぱせりは紅くらげが家に入り浸るようになってから、彼女のために料理をすることが多くなり、紅くらげのために料理のことも一生懸命に勉強していた。
 紅くらげは実にうるさいグルメだった。ぱせりが少しでも失敗したり、手を抜いたりすると敏感にそれに気づいてブー垂れる。それでも一応全部食べてくれるのだけれど、紅くらげの機嫌が悪くなってしまうのである。それはぱせりには少し悲しかった。
 しかし、逆に美味しいものを作れば、紅くらげは実に幸せそうに食べてくれるので、それを見るためにぱせりは頑張って料理を学んだと言っても言い過ぎではない。

「ふぁ〜あ、何だか眠くなってきちゃったわね」

 卵雑炊を食べ終わった紅くらげが大口を開けて伸びをした。重くなったまぶたを擦りながら、うつらうつらと船を漕がせている。

「寝るならベッドで寝なよ」
「ええ、そうさせてもらうわ……」

 しかし紅くらげは眠気の限界が来ていたのか、ベッドにたどり着くまで意識が持たず、仰向けになったまま夢の中に入ってしまった。
  
「もう紅ってば、そんな所で寝たら風邪ひいちゃうよ」

 ぱせりは友人をベッドまで運んであげようと考えて膝を寄せたのだが、そこでふと寝顔が目に入る。

「眠ってる紅ちゃんも可愛いいなぁ」

 ぱせりは、気持ちよさそうにスヤスヤと寝息を立てている紅くらげのほっぺたに指をクリクリと押し付けてみた。友人の柔らかな頬がそれに合わせてプニっとへこむ。
 紅くらげはそれでも起きる様子はなく、少し口を開けてスースーと小さく胸を上下させている。眠っている友人は、さっきまであれほど騒いでいた子とは思えないほどに大人しい。

「あ、そうだ!」

 紅くらげの呑気な眠り顔を見ていたぱせりは、彼女にしては珍しく悪巧みを思いついてしまった。
 ぱせりは立ち上がって、あるものを持って再び紅くらげの下に帰ってきた。

「ふふふ……いつかのお返しだよ」

 ぱせりが握っていたものは、黒のマジックであった。

「そうだなぁ、やっぱり紅だから……こうかな?」

 ぱせりはマジックで紅くらげの顔に落書きを開始した。ほっぺたに、口から放射状に線を三本ずつ。ネコのヒゲである。

「うふふふっ、紅ちゃんがネコになったー」

 ぱせりは一人で腹を抱えて大笑いした。紅くらげは前に一度、眠っていたぱせりの顔にマジックで落書きをしてきたことがあるのだ。今回はぱせりの意趣返しである。
 紅くらげの頬に表れたネコヒゲはぱせりが思っていた以上に彼女の顔にピッタリ似合っている。ぱせりは携帯で、その顔を写真に何枚も撮って、それでも飽き足らずクスクスと笑い続けていた。
 しかし、

「……」

 笑い疲れてくるとぱせりの頭も徐々に冷静になってくる。

(これ、バレたら紅に嫌われちゃうかも……)

 紅くらげがあんまりグーグー寝ているものだから、ついつい落書きしてしまったけれど、もし紅くらげにこれが見つかったら、彼女は怒って二度とぱせりの家に来なくなってしまうかもしれない。それはイヤだった。
 同時に、抵抗できない紅くらげにイタズラをしてしまったことへの罪悪感もぱせりの心に湧き始める。

「ど、どうしよう。早く消さないと……」

 ぱせりは、紅くらげが以前自分に同じことをしたことなんてすっかり忘れて、急いでタオルをお湯で濡らしてほっぺたの落書きを落としにかかった。
 運が良い事にマジックは水性だったので濡れタオルで軽くこすると、少しずつではあるけれど紅くらげのほっぺたは奇麗になっていった。
 紅くらげを起こさないようにゆっくりとこすったので時間はかかったが、最終的にはヒゲの跡が分からないくらいにまで戻す事ができた。
 ぱせりはホッと胸をなで下ろす。
 一息ついてから、紅くらげを抱きかかえて今度こそベッドへと運んでいった。ぱせりはそれほど力持ちではないけれど、紅くらげはそんな彼女でも運べるくらいに軽い。
  
(それにしても、お腹いっぱいになって寝ちゃうなんて、ほんとネコみたい)

 ぱせりはおねむな友人に毛布をかけながら、そんなことを思う。

「そういえば、うちにはコタツがないけど、もしコタツ買ったら、ますます紅はうちに来るのかな」

 ネコはコタツで丸くなる理論で、ぱせりは一瞬だけコタツの購入を考えてしまった。コタツに入って一日中ゴロゴロしている紅くらげの様子は、容易に想像することが出来る。

「でも、そんなことしないでも紅は結構来てくれるからなぁ」

 今以上に来訪頻度が高くなると、紅くらげはぱせりの家に住み着いてしまうかもしれない。今でも紅くらげはぱせりの家に寝泊まりすることも少なくないのだから。
 ぱせりは何となく紅くらげと自分が一緒に住むことを想像してみた。

「紅はたぶん今と同じように気まぐれに毎日グータラしてるんだろうなぁ。それで私がご飯作ってあげたりお世話して……ふふっ、今と何も変わらないかな」

 ぱせりは起こさないようにそっと紅くらげの華奢な喉を撫でた。流石に本物のネコのようにゴロニャーとは鳴らなかったけれど、紅くらげはむず痒そうに首を動かすのであった。
 ぱせりの手には、先ほど落書きを消すために触れた紅くらげの頬の感触が残っている。そのほっぺたは柔らかく心地よかった。
 ぱせりはベッドに上がって、紅くらげの横にゴロンと寝転んでみた。側に近づいてみると、紅くらげの身体からは仄かないいにおいがした。紅くらげは香水をつける習慣はもっていないから、それは彼女自身が纏わせている香り。近くで見る友人の顔は、見慣れているはずのぱせりですら見とれてしまうほどに可愛らしい。細くすらっとしたまつげと、小さなお口。瑞々しくキメの細かい肌はまるで赤ん坊のようである。

「そういえば、紅って男の子から告白されたことってあるのかな。さっき聞きそびれちゃったなぁ」

 けれど、ぱせりには聞かずともその問いの答えが何となく分かる気がした。

「こんな可愛くて優しい女の子。男の子が放っておくはずないもんね」

 自分の宝物を自慢するかのように、ぱせりがクスっと笑う。
 今日は一日ピアノの練習と勉強をするつもりだったが、紅くらげが家に遊びにきたから予定はまったく進んでいない。だけど、ぱせりには不満はない。彼女は一人でいるより、この友人と一緒にいた方が幸せを感じられるのだから。
 紅くらげと友達になってから、自分の生活はずいぶん変わったようにぱせりは思える。平穏だけど、どこか単調だった毎日に生彩が生まれた。学校に行くのも、以前よりずっと楽しくなった気がする。 
 ぱせりの家庭は両親が共働きで帰ってくるのはいつも夜遅くで、ぱせりは学校から帰ると広い家の中いつも一人で過ごしていた。そんな家にも、友人通うようになってからは、家に帰っても寂しくなくなった。
 二人で夜ご飯を食べることもあるし、逆に紅くらげの家にお邪魔させてもらうこともある。紅くらげの家族もみな快くぱせりを迎えてくれた。
 何の取り柄もない自分と仲良くしてくれるこの友人を、ぱせりはかけがえのないものだと感じる。
 紅くらげは時々自分を困らせるけれど、本当にイヤなことはけしてしない。誤解されること多いかもしれないが、本来はむしろとても優しく気が遣える子だとぱせりは思っている。
 今日だってこんな寒い中わざわざ家まで来てくれた。おかげでぱせりは一日退屈せずに済んだのだ。

「でも、そうなると紅にはもう彼氏がいるのかな。それか全部告白を断っているのかも。理想の高い紅ちゃんのことだからなぁ」

 ぱせりはアゴに人差し指を当てて「んー」と数秒考えてから、

「ま、いっか。起きたら聞いてみよ」

考えるのを諦めた。実際は先述の通り、紅くらげの周りには貧乳好きはいなかった。ただそれだけのことなのだけれど、ぱせりにはそんなことを知る由もない。

「今日はありがとうね」

 ぱせりは最後に紅くらげの顔に近づいて、自分のほっぺたと友人のほっぺたを重ね合わせた。
 それからもう一度、紅くらげの寝顔を見てニコっと笑ってからベッドを降り、ぱせりは再び勉学へと戻っていった。



         ☆          ☆         ☆




「おはよ、紅」
「……今何時?」
「今は8時だよ」

 紅くらげが目を覚ましたのは太陽が沈み、辺りが夜に染まり終わった頃であった。紅くらげは眠たそうに大あくびをしながら、むにゃむにゃとベッドから起き上がる。

「ごはんは食べてく?」
「ううん、いいわ。多分お母さんがご飯作ってくれてるから」
「そっか」

 紅くらげは洗面所で顔を洗って戻ってきてもまだ眠たそうに足をふらつかせていた。ぱせりはそんな友人の代わりに紅くらげの帰り支度を始める。

「さっきのコート貸してあげるね。今度からはもっと温かい格好しないとダメだよ?」
「ええ、わかったわ……」

 ぱせりはトロンとした目をした友人に、着せ替え人形のように服を着せていった。コートを着せて、マフラーを巻き、手袋をはめる。
 されるがままになっていた紅くらげは、ふと目をぱせりの机の方に向ける。そこにはぱせりが今まで使っていたであろう勉強道具が残っていた。

「あんた、いままでずっと勉強してたの?」
「そんなことないよ、途中結構さぼっちゃってたし」
「そもそも休日に家で勉強するってのが私には理解できないわね。せっかくの休みの日くらい遊んでればいいのに」
「私はあんまり頭よくないし、人より頑張らないといけないから」
「よく言うわよ。成績かなりいいくせに。それにしても保育士かぁ……」

 紅くらげが、腕を組んで「う〜ん」とうなった。紅くらげの首に毛糸のイヤーウォーマーを引っ掛けていたぱせりが「どうしたの?」と尋ねる。

「いやね、私もそろそろ将来のこととか考えたほうがいいのかなーって思って」
「紅は何か将来やりたいこととかないの?」
「私は一日中ゴロゴロしてたいわね。仕事なんてめんどくさいもの」

 堂々とニート宣言をする紅くらげだけれど、ぱせりは確かに似合ってるかもしれないとも思ってしまう。あくせく働いている紅くらげなんて想像もつかない。
 とはいえ、こう見えて紅くらげはかなり聡い少女でもあった。勉強だってぱせりよりは下なものの、全体から見たらかなり上位にいる。ぱせりからしたら、ほとんど勉強せずに自分に肉薄する紅くらげの方がよっぽど頭の出来がいいように思える。
 友人が本気で勉強しだしたら自分なんてあっという間に抜かされてしまうだろうと彼女は信じていた。

「まぁ、いざとなったら適当に男を引っ掛けて永久就職でもしようかしらね」
「永久就職って結婚ってこと?」
「ええ。この私ならお金持ちのおじさまに見初められて、悠々自適な生活を送れるでしょ? いざとなったら離婚してガッポリ慰謝料もらえばいいもの」
「またそんなこといってー」

 ぱせりがぷんすか文句をいうが、今度はすぐに二人とも笑って受け流した。
 
「じゃあそろそろ帰るわ、私」
「うん」

 寒さに対する備えを整えて、紅くらげがのそりと腰をあげた。ぱせりも玄関まで友人を見送りに一緒に部屋を出る。暖房が効いていない廊下に出るだけで、冷えた空気が二人を襲う。重装備の紅くらげはともかく、部屋着のままのぱせりの身体には堪えるものがあり身体をブルリとさせる。

「帰り道には気をつけてね。変な人が来たら大きい声だしてくれれば、紅のこと助けにいくから」
「あんたが来てもどうにもならないでしょ。むしろあんたの方が心配よ。家の人まだ帰ってこないんでしょ?」
「私は大丈夫だよ、慣れてるし」
「ま、何かあったら電話でもよこしなさい。すぐ来たげるから」
「うん、わかった。ありがとね」

 紅くらげが靴ひもを結び終わり、「じゃあね」と言って玄関の扉を開こうとした瞬間、

「あ、そうだ」

 何かを思い出したように振り返って再びぱせりの方を向いた。

「どうしたの? 何か忘れ物?」
「あんたに確認したいことがあるんだけど」
「なに?」
「あんたさ、さっき私が寝てる間に私になんかした?」 

 ぱせりの胸がドキンと高鳴った。

「え、な、なんで? べ、別に何もしてないよ」

 ぱせりは必死で誤摩化そうとするが、彼女には悲しいくらいにウソをつく才能がなかった。目を泳がせあたふたとしているぱせりを見れば紅くらげでなくても、何かしたことは明らかである。
 紅くらげにじーっと睨みつけられて、ぱせりはすぐに観念せざるをえなかった。

「ご、ごめんなさい! 紅の顔にちょっと落書きしちゃったの。で、でも、もう消したし跡は残ってないよ。本当にごめん」

 ぱせりはガバっと頭を下げて、紅くらげに謝った。自分が悪いのだから怒られても仕方ない。だけど、紅くらげが自分のことを嫌いになってしばらく家に来なくなるような事は避けたかった。
 ぱせりは紅くらげからの雷を覚悟していたのだが……

「……?」

 いつまで経ってもぱせりを責める言葉が聞こえてこない。それどころか紅くらげは何もいわずに黙ったままである。
 ぱせりがゆっくりと顔をあげ、紅くらげの表情を窺うと、紅くらげには怒った様子はなく無反応。

「落書きねぇ……まぁ、いいわ。今日は色々迷惑かけたわね。じゃあまた明日ね」

 紅くらげはそのまま家を出てしまった。後に残ったのは、友人の意図が読めずぽかんとしたままのぱせり。
 外は紅くらげが想像した通り寒かった。太陽が落ちたこともあって、来た時よりも気温は低い。しかし今回はぱせりが散々に防寒対策をしてくれたお陰で、凍えることはなさそうである。
 電灯の光をたよりに、紅くらげは家に向かって歩を進めていく。途中、紅くらげは暗い場所で足をとめ、右手でそっと頬に触れてみた。
 彼女のほっぺたにはまだ、ぱせりの頬と重なり合った感触がおぼろげに残っている。

「人が寝てる間に、あの子はもう……」

 小さく呟いたその顔は、彼女自身の名前のように紅く染まっている。いつの間にやら辺りには雪が降り始めている。空気がまた一段と冷え込んでいたけれど、火照った紅くらげの身体を沈めるには丁度いいのかもしれない。

コメント

じゃがいも
No.1 (2015/12/09 13:26)
頑張ったね
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