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mothy_悪ノP 書き下ろし『拷問塔は眠らない』番外編-第2話-

2013/12/18 18:00 投稿

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このブロマガでしか読めない、mothy_悪ノP書き下ろし小説『拷問塔は眠らない』番外編。
今週は、先週掲載の第1話の続きをお送りします。
三姉妹の父であり、恐ろしい拷問卿として知られるハンク・フィエロン。
彼が「英雄」だった頃の物語を、どうぞお楽しみください。

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【前回のあらすじ】→前回掲載分はこちら
英雄・ハンク卿による、犯罪組織「ペールノエル」討伐のための戦いである
通称『ケイヴ・ホラガの討伐戦』に
司令部付きのラッパ手として参加することになったマルコ。

いよいよ敵の本拠地である洞穴に到着し、戦いが始まった。
戦いの様子を見守っていたマルコの視界を、黒い鳥の羽根が過ったその時……

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 大きな石の塊が突如として空から舞い降り――エリスの身体共々、高台を吹き飛ばしたのだ。
 最後の一瞬、彼女は何か叫んでいたようにも見えた。だがその声は、高台の崩れる轟音にかき消され、おそらくは誰の耳にも届かなかった。
「!?」
 驚愕したのはマルコだけではない。本陣にいた他の兵士達も、これから洞穴の中になだれ込もうとしていた部隊も一斉に高台の方に向き直り、皆、明らかに動揺した表情を浮かべていた。
「い、隕石? いや、カタパルト(投石機)か!?」
「何が起こったというのだ!」
 混乱の中、二人だけ冷静な者がいた。
 ハンク卿と、そしていつのまにか彼のすぐそばに立っていたロマリウスである。
「来たか……。あれは奴の使い魔『ラビア』とやらの力か?」
 落ち着いた口調でハンク卿はロマリウスに訊いたが、眉間には小さく皺が寄っていた。
「そうだ、空をよく見てみろ。小賢しいカラスが悠々と舞っておるわ」
「撃ち落とせそうか?」
「ああ、任せておけ。奴と同様に飛べる部下も存分に用意してある……おい、ラッパ手」
 ロマリウスがマルコに声をかけた。
「は、はい」
「今から私の言う通りに号令を――」
 そこでロマリウスは不意に言葉を止め、崩れた高台の方に向き直った。
「――いや、やはりいい。さすが察しのいい奴らだ。私が命じる前にすでに動き出しておる」
 本陣の右手に位置していた部隊の一つから、何かが次々に飛び立ち、高台の方へ向かっていくのが見えた。
 鳥の群れ、かと最初マルコは思ったが、そうではない。
 あれはハンク卿が『民兵』と呼んでいた者達だ。彼らの内の幾人かが、背中に翼を生やし、各々の武器を片手に高台の上を舞うカラス目がけて飛んでいるのだ
 なんだあれは――そうマルコが驚くのとほぼ同時に、今度はハンク卿から声がかかった。
「! マルコ! 急いで退却の音を鳴らせ!!」
「え!? は、はい――」
 マルコは急いでビューグルに口を当てて吹いたが、その音はさらに大きな――先ほどの高台が崩れる音をしのぐ轟音によってかき消されてしまった。
 太陽と同等、いや、それ以上とも思える光が低い炸裂音と共に辺りに広がった。
 洞穴の上、小高い丘に雷が落ちたのだ。
 空は相変わらず雲一つない、晴れ晴れとした青空であるのに関わらず、である。
 雷は周囲の木々に火を灯し、同時に衝撃による土砂崩れを引き起こした。
 土砂が下まで流れ落ち、洞穴の入り口付近にいたハンク軍の兵士達に降り注ぐのを、マルコはただ見ている事しかできなかった。
 土砂はそのまま洞穴を完全に塞いでしまい、中にいたハンク軍、そしてペールノエルの兵までも生き埋めにしてしまったのである。
「ベリトードの奴め、味方まで巻き込むとは!!」
 ハンク卿はそう叫んだあと、左手の爪を噛んだ。
「裏をかかれたな。ベリトードはどうやらあの洞穴の中ではなく、あの丘の上に潜んでいたようだ」
 ロマリウスの方は相変わらず眉一つ動かさず、燃え盛る丘の木を眺めながら落ち着き払った声色でこう言った。
 ハンク卿はそんなロマリウスの横顔を訝しげに見る。
「よくそんな冷静でいられるな。あの洞穴の中にはさらわれた者達……セルマだっているのかもしれないのだぞ?」
「奴がその気ならばそれ以前にもうとっくに全員殺されているだろうよ。今さらこんなことで動揺しても始まらぬ。……むしろそれこそがベリトードの狙いなのかもしれない」
「では、セルマ達は生きている……あの洞穴の中にはいない、と?」
「他の者はともかく、セルマはな。私が彼女の事を好いている事を知っているからこそ、奴はこんな殺し方はしない……やるなら私の目の前で、私が最も嘆き悲しむようなやり方でやるだろうな。ベリトードとはそういう男だ」
「……お前達の因縁は俺の思っている以上に根深そうだな。とにかく、今の雷のせいで起きているこの火事をどうにかせねば。先にベリトードがいるとして、このままでは近づけないどころか、火の手が広がればこちらの被害もさらにひどくなる」
 マルコにはもう目の前で起きている事も、ハンク卿達の話している事も訳が分からなかった。
 隕石が舞い落ち、雷が火事や土砂崩れを引き起こしているこんな天変地異のような状況を、ペールノエルの奴らが引き起こしているというのか?
 それだけではない。一方でこちらの兵士達の中にも、事もあろうに背中から翼を生やしてそれに応戦している者がいるのだ。自分が神話の世界に間違って入り込んでしまった錯覚すら、マルコは感じていた。
 火の手はまだこの本陣からは離れたところで広がっていたが、ただでさえ暑い気温が、さらに高まっているように思えた。
 炎が皮膚を直接焼いているような、ひりつく痛み。
 しかし、異変はこれだけでは終わらなかった。
 あれほど晴れ渡っていた空がいきなり雲で覆われた。本当に、何の前兆もなく黒雲が現れたのである。
 そしてそれらは予想外に、いや、ここまで来ればもはや予想通りに、と言った方がいいかもしれない。
 火災を打ち消す豪雨を大地にもたらしてくれた。
「奇跡か……?」
 思わずマルコはそう呟いていた。
 それを否定したのは横にいたハンク卿だった。
「違うな、あれは……ハーガイン、やってくれたな」
 ハンク卿の口元にわずかな笑みが浮かんだ。彼は雨雲を見上げ、次に後ろを振り向く。マルコがつられてそちらを見ると、そこには白いローブを羽織り、小洒落たシルクハットをかぶった男がいつのまにか佇んでいた。
 若くはない。ハンク卿よりは少々年上であろうその中年男は、目をやたら見開きながら皮肉っぽい口調でこう呟いた。
「英雄ハンク・フィエロンともあろう男が、ずいぶんと取り乱しておるようじゃないか、ああん?」
 ハンク卿は彼に向かって軽く手を上げたが、特に何も口に出さなかった。代わりに彼に質問を投げかけたのがロマリウスである。
「あの雨はお前の仕業か?」
「……ああ、あんたがロマリウスか。『妖魔』に会うのは初めてだが、なるほど、話に聞いていた通り気難しそうで、血色の悪い顔をしているな。このクソ暑いのにそんな厚着で、辛いんじゃないのか?」
「それはお互い様だろう。こちらもお前の事は聞いている。ハーガイン・クロスロージア……『魔術師』か。これほどの力を使いこなせるとは、ハンクといいお前といい、人間も中々に侮れんな」
 妖魔、魔術師――聞き覚えのない言葉がマルコの前を飛び交う。思わず無礼を承知で話に割って入り、問い詰めたい衝動にも駆られた。
 だが、実際にマルコがそうすることはなかった。彼としてはもはやそれどころではなかったのである。
 太陽は黒雲に覆い隠され、火は降り注ぐ雨にかき消されている。それにも関わらずマルコは依然として暑さに身悶えていた。
 汗が身体じゅうを伝い落ち、その汗も一瞬にして蒸発していく。
 暑い。
 いや、熱い。熱くて熱くてしょうがない。
 それに喉が渇いてたまらないんだ。
 誰か、誰か水を――。
 ハンク卿達三人の会話は続いている。
「今が好機だ。このままベリトードの元へ打って出るぞ」
「お前自ら行くのか?」
「当たり前だ。むしろ残りの兵は連れて行かない方がいい。余計な犠牲を増やすだけだ」
「まさか、アンタ一人で行く気じゃあるまいな?」
「……ああ、もちろんあなたにもついてきてもらうよ、ハーガイン。俺とあなた、それにロマリウス、三人で決着をつける」
 誰がどの言葉を吐いているのか、マルコにはそれすらもわからなくなってきていた。
 朦朧とした意識の中、マルコはこんなことを思っていた。

 熱い。
 喉が痛い。
 息が苦しい。
 ……そうだ、ビューグルを。
 ビューグルを吹かなければ。

 目の前にはビューグルのマウスピースがある。
 これを吹いても意味のないことはわかっていた。音を伝えるべき相手――エリスはもう隕石にぶつかって粉々になってしまったのだから。
 それでも吹かなければならなかった。
 そうしなければ死んでしまう、とすら思えた。
「よし、行くぞ。久々に大暴れして――」
「ずいぶんと――楽しそうだ――」
「――もらえる物はきっちりと――」
 三人の会話などもうどうでもよかった。
 マルコはマウスピースに勢いよく息を吹き込んだ。


―――第3話へ続く
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英雄ハンク・フィエロンと妖魔ロマリウス、そして魔術師ハーガイン。
そして洞穴に潜むというペールノエル軍――『ベリトード』。

ハンク卿による討伐戦はどのような結末を迎えるのか、
そしてマルコの運命は?
次回、最終話である第3話は、12月25日アップ予定です。ご期待ください。

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