転寝しながら見る世界

現実は見えているの?

2014/04/13 22:17 投稿

コメント:2

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現実とは何か? こういう書き出しをするから読者が増えないのだろうかwだがこういう書き出しをせざるを得ない「現実」が最近政治オタクに見られるのだ。 君たちは政治を語る前に現実を見なさい、と目の前にいたら私は言うだろう。現実とは字義通りに解すれば「現わに実体化する事」なのである。それは願望でも希望でも思想でもない。それはあるがままに今在る事なのだ。それが見えていない時人はある種の狂いにはまる。

しかしオジサンは優しいので諸君の落ちる穴すら経験してきた。 まだ自分と言う何かについて妄想を抱いたり、希望や願望や失望のさなかでモミクチャな存在である自分に気づくのは成る程シンドイ事でもある。現実の自分の惨めさ(それはオジサンも同じなのだが)を直視する事は困難に決っているのだ。 それほど、現実は自分とは乖離している事自体を理解し、顕に見なければならない。

そのままの現実を直視するのだ。 如何にそれが自分の願望から程遠いものであっても、目を逸らしてはならない。直視したそのもの自体に対処する事を今を生きると言うのだ。その答えが如何に気に入らない事であっても、それを直視し、それが「認めがたい現実」であるならそれを徹底的に分析し、分解し、材料を揃え、作すべきを成さなければならない。それが例え願望や希望を否定する事であるとしても、あるいは安心出来る幻想であっても。

そのように出来ないなら口を閉ざすだけである。 何も成さず、奴隷であればよろしい。この場合の奴隷とは精神の奴隷であり、そのような者は自らが奴隷であることを自覚せず、自らを縛る鎖を誇るだけである。願望に、希望に、信念ですら束縛であると自覚して鎖の呪縛から自らを開放する者を現実を見、成すべきを成す者と言う。

合掌


コメント

大口歩也
No.1 (2014/04/15 20:15)
韓国が政府の方針として30年以上に渡り行ってきた自民族中心主義教育、その「成果」が最初に多くの日本人の目に晒されたのが2002年の日韓共催ワールドカップでした。それ以降、様々な形で多くの人達が韓国人の異常な民族主義を目の当たりにし(ときには政府が主導して、他国の文化を何でも韓国起源とする韓国起源説などもその一例でしょう)、その結果韓国人の自民族中心主義に嫌悪感を感じたのがいわゆる嫌韓と呼ばれる現象です。

日本人は韓国人とは逆に、異文化や異民族・異人種を蔑視する行為を「悪い事」と子供の頃から教わり、そういう価値観を持って育つので、嫌韓は当たり前の反応と言えるでしょう。
その表現の仕方に問題がある人達もいますが、嫌韓の本質はここにあります。

しかし、その事実を一切直視しようとせず、若者の右傾化というレッテル貼りを行い、原因は嫌韓をする側の内面的な問題であると現実を無視した人格攻撃を行う... 全文表示
転寝 (著者)
No.2 (2014/04/16 22:14)
>大口様

コメントありがとうございます。
その通りです
>ですので、「現実が見えていない」「現実が受け入れられない」は何も若い人達だけの特徴では無いのではないでしょうか。

若者はむしろ目覚めているとすら思います。しかし一方で目覚めたばかりの人間が陥りがちな酩酊状態にある人もいるようです。酩酊状態にある時人は自らが如何なる事を成そうとしているのか自覚しない事もあります。そのような若者を利用する「悪しき大人」も存在するのが現実なのです。

嫌韓については、一切異論ございません。ただし、日本人である誇りを損なわない言葉、行動においてです。声高に叫ぶだけが嫌韓ではありません。無韓の境地もございます。何より政治家に直接抗議したりするほうが外で叫ぶより効果的な場合もあります。それぞれに出来る事をしなければなりませんよね。

このブログで問題にしたかったのは残念ながら隣の国の事ではありません。
... 全文表示
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