転寝しながら見る世界

愚かさの報いは灰が積もる様にやがて自らを汚す

2013/05/12 15:52 投稿

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  • 政治
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先日久しぶりに放送に参加しました。
少し言葉がきつかったかな、などとは決して思っていません。正しい事は正しく、正しくある為には一本の矢が的にまっすぐに(比喩ですが)進むように首尾一貫していなくてはいけません。
そのように自らの言葉に真理を宿すなら、誰に非難されようともその信念を曲げてはなりません。


それは国家についても言える事でしょう。

政治が国民の為に存在するなら、政治家は国民の為にあるのだと言う事を決して忘れてはなりません。
もし、政治家が真理の為に孤立し、あるいは落選しても、正しい行動や言葉はやがて正しい報いをもたらすはずです。政治にとってもっとも忌むべき事は自らの信念を曲げて外圧に屈する事や、甘言に乗り一時の甘露に安住し、行く道を見失う、あるいは誤った方向に向かう事です。

自民党の政治も決して褒められる事ばかりではありません。

何故そうなるかと言えば、上記したような事が政治家に起きるからです。どのように国家に貢献しようとも私利私欲や、信念を曲げるような事をするから、例えば田中角栄や小泉のように報いが生じる訳です。

自らに偽りを持たず、民の声を聞き、正しい道を見出そうとするならそれは国家に正しい報いをもたらします。しかし自らの洞察を持たず、人との関係や言葉や、正しくない人との交わりを深めればそれは国家に害悪をもたらすでしょう。


政治家は孤独でなければならないと思います。

正しい道を、つまり国民に平安と誇りを示す道を行く政治が中道保守の在り方なのです。
政治家は孤独を恐れてはいけません。孤独、つまり自らの責任の一旦でも他に任せてしまった時、目は曇り、耳は聞こえなくなるのです。

そういう状況に国家の舵取りをする人が陥ってはいないか、を我々は見ていなければなりません。そして時には行動で彼に示し、それでもダメなら彼からその権限を剥奪するべきです。それは議会制民主主義において、正しい道を威光とする議員の責任でもあり、その議員に進言するのは国民の責任でもあります。


今は良く見えても、悪業は積りつもってやがて塊となり、国家を誤った道に誘います。我々は正しい友、正しい思考に忠実であらねばなりません。もしそれで孤立しても、孤独を恐れる必要はありません。

コミュの参加者が減っても、私はそういう理由で非難し、解読し続けるのです。


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