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スーパーファミコン発売前夜

2013/08/01 23:51 投稿

  • タグ:
  • ゲーム
  • スーパーファミコン
1990年11月21日スーパーファミコン発売。

※発売当日のテレビニュース
ファミコンに続き多くのシェアを獲得することになるスーパーファミコンですが発表から発売されるまでの期間が長く、後に『出る出る詐欺』と揶揄されました。
そんな長すぎたスーパーファミコンの発売までを見ていきましょう。

新聞、週刊誌報道でスーパーファミコンの存在が明らかに

ファミコン必勝本の記事によると最初にスーパーファミコンという単語が出てきたのが1987年9月9日の京都新聞での山内社長(当時)の発言。それから約一年後の写真週刊誌『TOUCH』でも社長がインタビューに応えるという形でふたたび発言。このときは具体的にソフト名も出てきて、「ドラクエⅤはスーパーファミコンで」という発言が一人歩き。ドラクエⅢの発売から半年でⅣの発表もされていない時期の発言なので注目を浴び、各ゲーム雑誌でも当然スクープで取り上げられます。
各誌がそれぞれ予想した本体のイラストや機能、ゲーム関係者などのコメントも掲載してて面白かった記憶もあるんですが持ってた本が↑のファミコン必勝本のみ。他誌のもだいたいこんなテイストだったと思います。

ついに本体の発表!

1988年11月21日、任天堂本社にて正式発表。奇しくも発売となる日付と同じ。この時点では89年7月発売予定となっていました。ここから2年も待たされることになるとは…。





こちらはファミリーコンピュータマガジンの記事。10ページにもわたって本体や画面写真で詳しく解説
最初の発表ではコントローラーこそ発売されたものと同じデザインですが他はだいぶ違います。
まず本体横にヘッドホン端子。発売当初はRFで接続していたのでこれが残っていれば使ったでしょう。製品版ではコスト的に削ったんでしょうか。
コントローラーの接続端子もNEWファミコンっぽくなっています。これは発売予定だったファミコンアダプタと共通でコントローラーを使うためでしょうか。この形状のままだったらマルチタップがもっとコンパクトになったかと思われます。
ファミコンアダプタ絡みでは切り替えスイッチと背面の出力端子が無くなっていますね。どうやら本体がAVセレクターも兼ねていてファミコンアダプタから信号を受けてSFC側から出力させる仕様だったみたいです。見た感じ普通のコンポジット端子っぽいので残っていれば他の機器を繋いでアップスキャンコンバータみたいな使い方を出来たのかもしれません。
あと、このときに発表があったのはファミコンアダプタを買う際に旧ファミコン本体を下取りしてくれるというもの。ファミコンアダプタの発売中止で実現しませんでしたが行われていればファミコン本体は今よりレアになっていた可能性も。
画面写真のほうに目を向けるとドラゴンフライというパイロットウイングスの原型が。スーパーファミコンの回転拡大縮小を見せるのに適していますね。それからハイレゾモードのデモ用にリンクの冒険のメッセージを漢字まじりにした写真もみられます。これはどこまで出来ていたんでしょう、実際に遊んでみたかったですね。

発表第二弾。しかし…

2度目の発表会は最初に発売を予定していた89年7月。
このときは本体のデザイン変更、ファミコンアダプタの発売中止、サードパーティの発表、スーパーマリオワールドの発表、そして発売は早くとも一年後というアナウンスがされました。
延期の原因は半導体不足。そのまま本体やソフトの価格に響いてくる問題なので仕方なしといったところか。



ファミマガの記事。5ページのうち後ろ2ページは文字ばかりだがバックに実物大の本体写真を使うというニクい演出
新しく発表された本体は製品版に近いデザインに。背面にはRF端子が付くことになりファミコンと共有できたのでファミコンアダプタは発売中止。全面も変更されましたがコントローラー端子の位置や大きさが違います。側面のヘッドホン端子はまだ残っているようです。


ファミコン必勝本の記事。発売が伸びたため価格や発売日の予想アンケート、ゲーム関係各者のコメントなど

発売日決定!


発売日、価格が発表。参入サードパーティの増加やスペックの詳細なども発表された。
任天堂以外のタイトルや画面も紹介されるようになり各誌ともスーパーファミコン一色に。
でもこの時点の本体もコントローラー端子が小さかったりボタンが単色だったりと違いがみられます。

待ちに待った発売!

おなじみの宣材写真、CM、そして発売。
ロンチこそ任天堂の二本のみでしたがどちらも出来がよくスーパーファミコンの実力を魅せるのには充分でした。そのうえ年内にアクトレイザー、グラディウスⅢ、ファイナルファイトと立て続けに発売。最初から勝ちの決まっているかのようなデビューでした。



発表から二年、最初の発言からすると約三年半も経ての発売。その間に他社からもハードが発売されたり市場が変わっても動じず、延期のために逆にサードパーティがじっくり開発できた。
WiiUは発売を急ぎ中途半端になった印象をうけます。Wiiは普及したのだからこの頃のようにどっしりと構えていればまた違った結果になっていたのではと思うのでした。

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