今作は、定番としてのおもしろさを保ちながらも、ボードゲームとしての進化を見せてくれるのだ。
貧乏神から逃げつつ資産形成! いつもの「桃鉄」の楽しさ
今作、『桃鉄ワールド』も基本的なルールはこれまでのシリーズを踏襲している。ゲームの目的は、一定年数が経過した時点で、全プレイヤー中最大の「総資産」を形成すること。「総資産」……つまり、手持ちの「物件」と「お金」の合計額が最も大きなプレイヤーが勝利する。
すごろくのようにサイコロを振って駅から駅へ移動。目的地として指定された駅に一番乗りすると「お金」を獲得できる。また、手に入れた「お金」で「物件」を購入すれば、「物件」からの収益というかたちでも「お金」を獲得可能だ。
経営ゲーム的なこの基本ルールに、アクセントとして加わっているのが「貧乏神」。「勝手にお金を捨ててしまう」だとか「勝手に物件を売ってしまう」などの悪行によって、プレイヤーを苦しめるお邪魔キャラクターだ。「貧乏神」は誰かが目的地に一番乗りした際、目的地から一番遠いマスにいるプレイヤーにとりつくが、他のプレイヤーに重なることでなすりつけることもできる。
「お金」や「物件」を追い求めつつ、「貧乏神」から逃げる……。この追いかけっこの楽しさが、「桃鉄」シリーズの最も基本的な醍醐味といえるだろう。そして今作もこうした楽しさは、バッチリ備えている。
舞台はワールド! 球状マップで描かれた地球
では『桃鉄ワールド』で新しくなった部分はどこか? もっとも代表的な要素は、マップだろう。タイトルにも含まれている通り、「ワールド」……つまり、「世界」が舞台なのだ。
「桃鉄」シリーズの多くは日本が舞台となっている。もちろん作品ごとに細かくマップが調整されてはいるのだが、それでも日本という国が舞台である以上大まかな構造は似通っているので、何作も遊んでいるとマップ構造を覚えてしまう。このため、まず「マップが新しい」という部分が非常に新鮮だ。
ただ、日本以外が舞台となるのは今作がはじめてではない。ニンテンドーDS向けにリリースされた『桃太郎電鉄WORLD』は本作同様世界全体が舞台となっていたし、PlayStation2向けにリリースされた『桃太郎電鉄USA』はUSA……すなわちアメリカ大陸が舞台。また、日本を舞台にした作品であっても、日本全体ではなく地方をより詳細に描いた作品も存在している。
このため「舞台が世界全体」「マップが新鮮」というだけなら、そこまで新作としてのインパクトは大きくないといえるだろう。だが、本作をプレイした筆者の感想は、「ボードゲームとしての進化が感じられるほどインパクトが大きい」というもの。何にそこまでのインパクトを感じたのかといえば、シリーズ初の「球状マップ」だ。
世界全体を舞台にするということは、要するに、地球が舞台ということ。そしてご存知の通り、我々の暮らす地球は、丸い。ということは、世界全体を正しく表現しようとすると、マップは球状でなければならない。
だが、マップは球状で表現されたことにどんなゲーム的意味があるのか? 本作においてそれは、ルート選択の多様性というかたちで現れている。
もっともわかりやすいのが、地球の裏側に向かわなければならない場合だろう。球状マップで裏側を目指すのであれば、東からでも西からでも向かうことができる。ちょうどコロンブスが陸路を東へ辿るのではなく、海を西へ辿ってインドを目指したように。
つまり、目的地を目指すルートが多彩。現在地から最短のルートは一本かもしれないが、最短ルートとそう大きく変わらないかたちで、貧乏神を回避しながら進んだり、物件を購入しながら進んだり……といったことが可能なのだ。このことは最終的に、ボードゲームとしての戦略性の強化という点へ結びつく。
考えて勝つ楽しさ! ボードゲームとしての戦略性
サイコロを振って目的地を目指すという点で、「桃鉄」シリーズは、運ゲーとしての側面を持っている。サイコロの出目が大きければ他プレイヤーより早く目的地に到着できるし、運悪く小さな出目が連続すれば貧乏神にとりつかれてしまうことだろう。
この一方で「桃鉄」シリーズは、「カード」によってボードゲームとしての戦略性を備えていた。自分のターンであれば持っている「カード」を自由に使うことができ、サイコロの数を増やしたり、特定の駅に飛んだり……といったことが可能になる。運が悪い状況に備えて「カード」を持っておき、的確に使うことができる……つまり戦略的に行動できるプレイヤーは、運の影響を最小限にできるわけだ。
先ほど書いた「ルートが多彩」という点も、「カード」と同様、運の影響を最小限にできる要素。たとえば、「貧乏神」にとりつかれたプレイヤーが自分の近くに迫っていたとしよう。これ自体はプレイヤー自身ではどうしようもない状況で、まさしく「運が悪い」状況といえる。
この時ルートが限られた状況なら、目的地へのルートを諦め「貧乏神」を回避するか、なすりつけられることを承知で目的地を目指すか……といった選択を突き付けられることになるだろう。「運」によって、むずかしい選択を突き付けられた格好だ。
しかし、「ルートが多彩」に用意されていたらどうだろう? プレイヤーの判断次第で、若干遠回りになるものの、「貧乏神」を回避しつつ目的地を目指すことができるかもしれない。
「運任せ」ではなく、「自分の判断、行動」によって勝利を目指すことができる。これぞまさしく、戦略性だ。
本作では、「ルート」のみならず、「カード」も戦略性を高める方向で調整されている。具体的には、これまでのシリーズで登場してきた移動系「周遊」カードが廃止され、移動系カードには使用回数が明示されるようになった。
移動系「周遊」カードというのは、複数回使用できる移動系カードのこと。通常のカードは一回使用したらなくなってしまうが、「周遊」カードはなくなるまで複数回使用できる。移動系カードというのは主にサイコロの数を増やすという効果を持っており、目的地により早く到着するためには欠かせないカードだ。
このため、移動系カードが複数回使用可能な移動系「周遊」カードは「桃鉄」において主力。ただし、これまでは残り何回使えるのかが確認できず、しかも回数はランダムで決められていた。「あと2回くらいは使いたいな……」というところで使用回数がゼロになってしまい、泣きを見る……なんてことは「桃鉄」あるあるのひとつだろう。
本作ではそんな主力の移動系「周遊」カードが廃止、その代わり移動系カードは基本的に3回まで使用可能というかたちになっている。そして、あと何回使えるかはいつでもゲージで把握可能。何ターン後にカードを補充すべきかが確認できるので、カードをガンガン使って目的地を目指すタイミングと、カードを購入すべきタイミングが分かる。
これはつまり、移動系カードの使用回数を踏まえた立ち回りができるということ。また、ゲージは他プレイヤーの目にもさらされるため、他プレイヤーが「目的地を目指しにくい」タイミングも把握できる。戦略性が強化されると同時に、「カード」をめぐる駆け引きが押し出されているのだ。
「球状マップによるルート選択の多様化」に、「カード使用回数表示による立ち回りの変化」。本作はこの二点の要素によって、戦略性が強化されている。たが、これで終わりじゃない。
戦略性が強化されているということは、「自分の判断、行動」を反映させやすいということ。実際、本作は過去シリーズの中で最も意図したマスを目指しやすい印象だ。そして、こうした変化を踏まえた追加要素が本作には用意されている。
その追加要素とは、本作で三大イベントと呼ばれている「伝染病にうちかて!」「救援物資をとどけろ!」「IT長者をめざせ!」というイベントのこと。
ボードゲームとしての進化! シリーズの今後にも期待
「伝染病にうちかて!」は、全プレイヤーで協力し伝染病のワクチンを開発するというイベントで、ワクチン開発のためには製薬会社物件を購入しなければならない。「救援物資をとどけろ!」は、世界8か所の紛争地域へ救援物資を届けるというイベントで、封鎖によってルートが制限されてしまう。また、「IT長者をめざせ!」は、IT系物件の収益率が急上昇するというイベントだ。
いずれのイベントも、特定のマスへの移動が前提で、「球状マップによるルート選択の多様化」「カード使用回数表示による立ち回りの変化」といったゲーム性変化にマッチしたものになっている。どんなルートを選び、どんなカードを使うか? プレイヤーの判断を最大限活かしたその内容は、「定番」としての楽しさに、ボードゲームとしての新たな楽しさを追加するものといっても過言ではないだろう。
とりわけ、「伝染病にうちかて!」については、プレイヤー同士の協力が求められるかたちになっており、「パンデミック」などの協力型ボードゲーム的な楽しさをもたらしてくれる。経営ゲームとしての楽しさ、「貧乏神」との追いかけっこ的な楽しさ以外に、戦略的立ち回りの楽しさや協力の楽しさが加わった本作は、ボードゲームとして一段階進化したように思う。
ところで、めちゃくちゃ気の早い話だが、筆者は本作をプレイして今後の続編に大きな期待を持ってしまった。定番としてのおもしろさだけにこだわるのではなく、ボードゲームとしての新たな楽しさを貪欲に取り入れた本作をプレイすると、次回作ではどんな楽しさを体験させてくれるのか、期待せずにはいられないのだ。
また、その一方で、定番のおもしろさを維持している点も素晴らしい。確かに戦略性が強化され、ボードゲームとしての進化も感じられるが、「サイコロを振って目的地を目指す」という基本は一切崩れていない。「うんちで線路を邪魔する」「スリの銀次に全財産盗まれる」といったコミカルなネタも健在だし、駅の物件に世界各地の名産品が反映されており、地理的な雑学を深められるという要素もこれまで通り。
このため、「勝利を目指して戦略的にプレイする」のではなく、「パーティーゲームとしてワイワイプレイする」というのでもまったく問題なく楽しめる。スナックを食べながら、お酒を飲みながら、コミュニケーションツールとして楽しむことが可能だ。
「定番」の楽しさを維持しつつ、より奥深い戦略性を実現する……。本作は、この矛盾したテーマを見事に実現してみせた。これまでのファンはもちろん、「ボードゲームは好きだが『桃鉄』シリーズはカジュアルすぎてちょっと……」という人であっても本作は楽しめるだろう。
前作のレビューでも書いたが、やはり「桃鉄」は、100年後の世の中にも残ってほしい傑作のひとつだ。ぜひ今後も継続的に作品をリリースして欲しい。ただその前に、まずは本作をたっぷり楽しもうと思う。
文/田中一広
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