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音楽家・坂本龍一インタビュー 『レヴェナント:蘇えりし者』でチャイコフスキーに勝利した秘話を明かす

2016/04/19 10:30 投稿

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本年度アカデミー賞で主演男優賞(レオナルド・ディカプリオ)、監督賞(アレハンドロ・G・イニャリトゥ)、撮影賞(エマニュエル・ルベツキ)の3冠を獲得した映画『レヴェナント:蘇えりし者』

舞台は19世紀アメリカの未開拓の荒野。狩猟中に熊に喉を裂かれて瀕死の重傷を負ってしまった主人公ヒュー・グラス(ディカプリオ)は、狩猟チームの仲間ジョン・フィッツジェラルド(トム・ハーディ)に愛する息子を殺され、その場に置き去りにされてしまう。フィッツジェラルドへの復讐を果たすため、グラスは大自然の脅威にさらされながらも約300kmの旅を生き抜くことを誓う。

いよいよ4月22日(金)より日本公開を迎える本作は、日本が世界に誇る音楽家・坂本龍一が音楽を手掛けたことでも大きな話題を呼んでいる。

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――今回の作曲にあたり、坂本さんが新たにチャレンジした部分があれば教えてください。

坂本:映画音楽は、はっきりとしたメロディを持つのが通常です。でも今回の場合は、イニャリトゥ監督から「メロディよりもサウンド。サウンドの積み重ねが必要だ」と言われました。だからメロディや既成の映画音楽らしいものを極力排除して、ノイズっぽいサウンドになっている。さらに「ミニマルな(最小限の)音楽にしたい」ということだったので、そのあたりは徹底しました。僕が手掛ける映画音楽としては初めての試みでした。

――中盤は主人公のセリフが少なく、ある意味でスクリーンに映る“自然”が主人公となっていることも関係しているのでしょうか。

坂本:静かな森の中でも、よく耳を澄ますと木の葉や枝がすれるような音が聞こえるんです。森にはたくさんの生物が息づいていて、その複雑な音の重なりが底流には存在している。今回はそういう音を目指したとも言えます。それでも、イニャリトゥとの確執……とも言える関係は大変でしたよ。今まで仕事をした中でも一番難しい監督だったかもしれません。

――確執というと?

坂本:作曲を依頼された最初の段階では、使用したい音楽をイメージするために、各シーンに既成の楽曲が仮で当てられていたんです。それを僕が作る音楽で一つひとつ上書きしていく。中には高名な音楽家のクラシックなどもあって、僕の音楽が負けちゃうと劇中でそちらの曲が使われるわけです。それは悔しいじゃないですか。実は最後の最後までチャイコフスキーの曲が使われているシーンがあって、何度トライしてもイニャリトゥは「ダメだ」と言うんです。こちらもかなりムッとしながら、「とにかく録音まではやらせてくれ。出来上がったものをちゃんと聴いてから判断してくれ」とお願いしました。少しケンカっぽくなりながらも、最終的にはチャイコフスキーに勝ちましたよ。僕としてはとても満足です(笑)。

――そんなやり取りがあったんですね。

坂本:2人の人間がいれば好みや考えも違いますから、衝突するのは当然ですよね。もちろん、お互いに最大限のリスペクトをもって仕事をしていました。チャイコフスキーの件はあまりにも大変だったし、お互いに苦い思いをしたので、「Trust me!(信用してくれ)」と書いたTシャツを作って彼にプレゼントしました。苦笑いしていましたよ(笑)。

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――今年度アカデミー賞で主演男優賞を獲得したレオナルド・ディカプリオについて、演技をご覧になった感想を聞かせてください。

坂本:音楽が付いていない最初の段階から、素晴らしい演技だと思っていました。正直なところ、もともとディカプリオのファンではなかったし、今作よりも以前は彼があんなに演技の達者な俳優だとは思っていなかった。『タイタニック』の印象があまりにも強すぎて、あの歳になっても童顔で、彼はいろいろと損していますよね。今作では瀕死の重傷を負った男の役で、目だけで演技をする難しい場面があります。僕の印象も変わりましたし、イニャリトゥも非常に高く評価していました。だから、彼の演技の強度に見合うような音楽を付けたいと思いました。

――アカデミー賞の話題に関連して、今年度の作曲賞はエンニオ・モリコーネが受賞しましたが、何か刺激を受けるような感覚はありましたか?

坂本:87歳でオスカー初受賞ですからね。自分も87歳まで頑張れるのかな……と。モリコーネは映画音楽を500曲近くも作曲していますけど、僕なんかはまだ20数曲です。今から頑張っても追いつくのはちょっと無理かな。もの凄く多様な音楽性を持っていて、彼のことは本当に大好きす。実を言うと、授賞式の後、個人的にお祝いの花を贈りました。とても喜んでくれましたよ。

――今後も映画音楽を手掛ける機会が多々あると思うのですが、「映画音楽はこうあるべきだ」というご自身の持論はありますか?

坂本:ないです。映画音楽にルールはないし、根本的には音楽にルールはないとも言えます。もっと言えば、映画にとって必ずしも音楽が必要とは思わない。最近気に入った映画の多くは映画音楽がない作品ばかりです。2013年にヴェネチア国際映画祭の審査員を務めた時も、全部で40本くらいの作品を観賞して、良いと思った4作品くらいは全て映画音楽がなかった。職業として映画音楽も手掛ける僕としては悩ましいですが、そういう傾向は今後も続くかもしれませんね。

――最後に、ニューヨークで活動されている坂本さんにお聞きしたいことがひとつ。ハリウッドではダイバーシティーの問題が騒がれていて、イニャリトゥ監督もアカデミー賞授賞式で「肌の色は関係ない」とメッセージを発信していました。日本にいるといまいちピンとこない多様性の問題ですが、現地に滞在しているとやはり肌で感じるものなのでしょうか。

坂本:すごく感じます。警官に射殺されるのは圧倒的に黒人が多いですし、アメリカは未だに差別社会であると思っています。もちろんアメリカだけではなく、難民問題の影響でヨーロッパ各国も急速にその傾向が強まっています。凄い勢いで時代が後戻りしていて、60年代と変わらないような空気感ですよね。

――音楽を通じてそういう空気感を変えていこうという思いはありますか?

坂本:音楽では変えられないと思っています。少なくとも僕は音楽が担う役割ではないと思っていますけど、もしかしたら映画はそういう事に対して強く影響を及ぼすメディアなのかもしれません。製作する側は気をつかうべきだし、今回のアカデミー賞でも大きなテーマとして扱われていました。ただ、アメリカが面白いのは、テレビで非常に政治的なメッセージを発するコメディ番組が存在している点です。日本はいつしか別の方向に進んでしまいましたが、お笑いはもともと政治的なもので、時の権力者を笑い倒すのがジョークの核心だった。そういう意味では、差別社会という残酷な現実もあるけど、そのカウンターとしての笑いもあって、良くも悪くもふり幅の大きい社会だと感じています。

――なるほど。本日は貴重なお話ありがとうございました!

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映画『レヴェナント:蘇えりし者』坂本龍一音楽版予告(YouTube)
https://youtu.be/9Qsnegv68PA

映画『レヴェナント:蘇えりし者』公式サイト:
http://www.foxmovies-jp.com/revenant/

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