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クエンティン・タランティーノ監督による雪山のロッジを舞台に“ヘイトフル”なクセ者8人が殺人事件をきっかけに「嘘」と「嘘」をぶつけ合う密室ミステリー『ヘイトフル・エイト』が、現在大ヒット上映中です。

舞台は山の上のロッジ、登場人物は吹雪でロッジに足止めを食らい、一夜をともにすることとなったワケありの7人の男と1人の女。そこで起こる密室殺人。一体誰が、何の目的で? 吹雪が作り出す密室で、疑心暗鬼で張り詰めた緊張をほぐすため、またお互いを探り合うため、他愛のない会話をかわす面々。やがてそれぞれの素性がすこしずつ明らかになり、偶然集まったかに見えた彼らの過去が繋がり始める。そこで再び、予想を超えた出来事が……。

本作で美術を担当しているのが種田陽平さん。三谷幸喜作品やスタジオジブリ『思い出のマーニー』などの美術を務め、世界的活躍を見せている種田さんが『キル・ビル Vol.1』以来、タランティーノ監督と再びタッグを組みます。今回ガジェット通信では種田さんにインタビュー。美術での苦労した点や作品について、色々とお話を伺ってきました。

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―まず本作で監督からどの様な部屋、美術を作って欲しいというオーダーがあったのか教えていただきますか。

種田:タランティーノは自分で脚本を書いている脚本主義の監督です。ので、どういう部屋かとか、部屋にどんな物があるかとか脚本に細かく書いてあるんですよね。だから打ち合わせで現場では改めて細かくリクエストされることは少ない。

例えば、「ミニーの紳士服飾店」のくだりでは、には「バーカウンターがあって、そこには3本くらいの酒瓶しか無い。テーブルがあって、食事も出すがシチューくらいしか無い。後は、手紙や荷物の一時預かりをして近所の人が取りに来るという公益所的な位置でもある。でもそこに唯一無いのは“紳士服”だけ」とある。「HABERDASHREY」というのは、都市にある立派な紳士服店の意味なのだけど、それが山の上ポツンとあって、しかも紳士服は置いていないというのが彼(タランティーノ)のひねりなわけですね。後は監督がノートに描いた、ベッドとかバーの見取り図を実現して。

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↑監督が図面を描いて、それを基に種田さんが図面をおこしている。

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―映画の冒頭からずっと雪の道のシーンが続いていて、未だ見ぬ「ミニーの紳士服飾店」とはどんなお店なんだろう? と観客としても想像がふくらむ演出だったと思うのですが、この雪山の中のお店をデザインするにあたって、とっかかりにした事はありますか?

種田:西部劇の中で自分が好きな建物を観て描きましたね。『シェーン』(1953)という映画の雑貨屋兼サルーンとか、『ウエスタン』(1968)の馬小屋と一緒になっているバーとか。でも監督が実現したかったのはのは、最終的には殺戮の場所になってしまうのだけど、それまでの雰囲気は「おとぎ話」に出てくる「おうち」のようにしたいということでした。「ミニーの紳士服飾店」を、よく西部劇に出て来る「サルーンスタイル」にしてしまうとは男っぽくなっちゃうからやめようと。駅馬車に乗って吹雪を逃れようとやってきた悪人どもが、いる人たちが「やれやれ、やっとお菓子の家に着いたぞ」と思えるようにデザインしました。

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―ジェリービンズやキャンディが棚に飾られているのも、女性店主ならではのこだわりですか?

種田:それは「クエンティンだから」ですよ。あの時代にあの形のジェリービンズってまだ無いと思うし、あれは人が攻撃されて倒れる瞬間に血と一緒にジェリービーンズが落ちていく、というシーンをクエンティンが撮りたくて置いたと。後は、映画の冒頭は長い雪の道のシーンからキリスト像のアップになりますが、あれだって西部劇では珍しいシーンで、クエンティンだからこそ、でしょうね。

―あのキリスト像はすごく印象的ですものね。

種田:いわゆる普通のキリスト像じゃない。あれはクエンティンが「セルゲイ・エイゼンシュテイン監督の『イワン雷帝』(1944)のイワン雷帝の顔みたいな顔で」というオーダーで彫刻家が作ったのだけど、撮影中のアクシデントで壊れてしまって、現場のスタッフで一生懸命くっつけて直したんだけど、全然元通りにならなくて、でもそれをクエンティンが見て「これがいい!」って結局、壊れたキリストが採用された。

―なんと、トラブルが結果採用になったというすごいエピソードですね。

種田:他にもジェニファー・ジェイソン・リーがギターを奏でて歌うシーンで、ギターをカート・ラッセルが取り上げて壊すでしょう? そのとき彼女は「ギャー!」と叫ぶ。でも、映画の中の彼女はただそこにあったギターを気まぐれに弾いただけだから、そんなに驚く必要はないんだけど。でも、なんで彼女が叫んだかというと、そのギターは1800年代の本物のヴィンテージギターで、博物館から借りた物だったと。本当は壊すシーンは別のギターを取り替えて撮るはずだったのに、クエンティンが撮影に集中しすぎてカットするのを忘れていて、カート・ラッセルはそんな大切なギターだと知らないから破壊したんです。それを「良い芝居だ!」というので、そのまま使っているんですね。こういった事は、まさにクエンティンだなと思います(笑)。

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―その他今回の美術、デザインで苦労された事はありますか?

種田:今回70mmフィルムで撮っているので、かなり横長なんですよね。なので僕が描いたデザイン画も横長に描き直して。黒い紙をスクリーンの縦横比と同じ様に切って枠にして、デザイン画にあてて調整したりね。これはスタジオジブリの皆から習ったことなんだ。

70mmで撮って70mmで上映する、というのがこの映画におけるクエンティンのこだわりなのだけど、今の日本だと70mm上映が可能な劇場は残念ながら無いんです。この映画の本当の迫力は味わうためにはできるだけ、「丸の内ピカデリー」や「新宿ピカデリー」のような大きなスクリーンで観なければいけない。ロサンゼルスでは70mm映画のスタイルにのっとって、劇場では「序曲」が流れて、休憩が入り、本編がはじまるというとことんこだわった上映の仕方をしました。昔の映画館のワクワク感を大切にして、映画を楽しもうという事をクエンティンは一番こだわっているんですよね。なので、くれぐれも映画館でこの映画を観てください。

―種田さんはタランティーノ監督と『キル・ビルvol.1』でもお仕事をされていますが、本作ではよりハードなお仕事であったのでしょうか?

種田:『キル・ビル』の時は、盛りだくさんで色味も多く、派手な世界だった。でも『ヘイトフル・エイトは、とにかく細かい所まで監督が納得できるように、小道具ひとつひとつまで、目を配らねばならなかった。椅子の高さとか酒瓶の位置とか。リハーサルの段階で「この椅子は高すぎるな」とか「瓶の位置がちょっと……」と監督はこだわってる。家具や小道具が俳優に絡んで、物語を進展させる役割があるからです。タランティーノがいきなり小津安二郎になっちゃった感じでした(笑)。棚に入っている物から壁に立てかけてあるもの、全てに監督の目が行き届いているんです。

―映画の画面に写らないもの、クローズアップされないと分からない物までも、そこまでこだわりがあるとは、タランティーノ監督ならではと言えるのでしょうね。

種田:でも、僕は「クエンティンはクレイジー」とは書いて欲しく無いんだの。彼は決してクレイジーでは無いんです。彼は人種差別や男女差別といった事は一切無い人です。だから、この映画の美術をアジア人である僕にやらせようと発想できるんですね。西部劇だったら、アメリカ人で、西部劇の美術を何度もやっているベテランの人にお願いする事がほとんどだと思うから。でもクエンティンは「いや、この西部劇はタネダにやらせてみよう」と思ってくれる。それって実はすごい事だと思いますよ。

―今日は貴重なお話をどうもありがとうございました!

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